03.共にありたいから |
パタンと扉がしまり、ローもだれもいなくった船長室 いるのはオレだけ 誰もいなくなった部屋 部屋の隅で座ながら窓の外を眺めていたら、ふわりと一匹の黒い蝶が舞う 『お前の出番はいつくるだろうな』 さしのばした指の先にとまった蝶に思わず笑いかける それとともにパシャンと小さな水音だけを立てて蝶の姿は消えた 蝶がいたという形跡はどこにもなくなっていた オレの掌が少し水でぬれているだけ それをみながら、この世界ではじめてオレと“約束”をした男の姿を思いだす この世界は あんな冷たい蛇がいないといい :: side 夢主1 :: 『痛くないのか?』 オレを拾ってくれた青年は、トラファルガー・ローというらしい。 その船に連れてこられて、クルーとも話せるようになった頃、クルーがローの能力によって細切れにされるという事件が起きた。 肉片が動いてはいたが、血はでていない。 生きているようで、『大丈夫か』と問えば肉片から「へいきだよ〜」と返事まで返ってきた。 悪魔の実というのは、本当に不思議な能力だ。 オレがいた世界の 《念能力》 といったものとはまたちがうものだ。 〈あっち〉 なら、確実に殺せる手段となる能力になること間違いなしだ。 ひとりで納得して、肉片を組み立て直すクルーたちをみていれば、そんなオレの様子に逆にクルーたちの方が驚いていた。 「おまえは怖がらないんだな」 ローの言葉に意味が分からなくて首をかしげてみた。 はじめてローの “能力” をめのあたりにした人間は、そのバラバラ人間をみてグロイと言うらしい。あるいは顔色を変えて吐くそうだ。 船に乗せてもらってすぐに目にすることとなったその光景だけど、それをみたオレとしては 『ローは優しいんだな』 この感想につきる。 それを言ったら、船員の皆さんが目ん玉とびださんばかりの勢いで「有り得ない!!」と絶叫した。 なにを怖がる必要があるんだろう? ローは優しいよな。 だって。 『オレの息子もよくトランプ投げては人を細切れにしてたし。なにせ細切れにしたら、 〈あっち〉 はそのまま即死だもん。血みどろだし。肉片は飛び散るし』 それを考えると、やっぱりローの技はとてもきれいだと思う。 『それにね。家の前が血の海だった日には、死体の処理とか生ゴミに出せばいいの?とか本当に焦ったよ。能力で海に捨てたけど。なんかたちのわるい男どもだったし。そんな奴らを肉体や血の片りんでもすこし残せば、能力者が後を追って、こっちがマフィアや盗賊にねらわれるかないからなぁ。 うん。 〈向こう〉 の能力者なんて、えげつないのなんの』 〈あちら〉 の世界でつくられた数多くの能力をみてきたが――彼らは “生かすため” ではなく “相手を再起不能にさせる” ものが多かったように思う。 たぶん 〈あっち〉 は 〈こちら〉 よりも死の距離が近かかったかもしれない。 『もう能力者なんて、そういうところデリカシーない奴が多くて、いやになったわ。殺すならちゃんと後処理も完璧にやれよって思ったもん』 「「「「「・・・・・・」」」」」 『その点ローは、みんな生かしてるし、血も出ていない。組み立てれば治るんだからグロくなんかないでしょう。生首でも』 彼らにはすでに違う世界があるのだということは、理解してもらっていたから、普通に話したんだけど。 なぜかローにも固まられた。 「能力者?」 「息子って・・・え?」 「したいってなまごみなのか?いや、うん。まちがっちゃいねぇけど」 仲間たちが顔を見合わせている。 オレ、なにか変なこと言っただろうか? しまいにはローが、頭痛をこらえるように、眉間によった皺をほぐしていた。 終わると質問された。 「・・・それはどこからつっこめばいい?」 ローとは二人でいたときに十分話したと思ったけど、まだまだ話したりなかったようだ。 オレのうっかりさん。 『どこって。常識でものを考えちゃいけないんだって。 〈あっち〉 はあっちの世界の秩序があって、 〈こっち〉 にはこっちのやりようがある。 〈あちら〉 では、世界の半分は能力者だったしな。なにより海軍のような、 “守るための正義” が存在しない世界だったから。ちなみに 〈むこう〉 の能力者ってのは、全員が “覇気” 使いみたいな感じだったかな』 「世界の半分が・・・覇気使い」 『 〈あちら〉 の常識では、能力者というのは、覇気――すなわち、人間にながれる生命エネルギーを修業をへて、技へと昇華できた者のことだ。だれにだって訓練すればあつかえるものだった。素質の差はあれど』 オレが簡単に 〈向こう〉 の世界の能力者について語れば、ローが考え込むように顎に手を当てててなにかブツブツ言い始めた。 耳を傾けていれば「生命エネルギー」「だれでもつかえる」などという言葉が聞こえた。 何をたくらんでいるんだか。 ローが一度考え事をはじめれば、なかなか戻ってこないのはこの場にいる全員が承知済みだ。 なので、クルーとたわいのない話をして時間をつぶすことにした。 実はオレの方が年上で、トータル70歳超えているんだぞーとか。お前らは息子のようだけど、もう孫だな。とか。 丁寧語で話しかけてくるようになったクルーがいたりして、面白かったので、頭をなぜてみたりした。 それからしばらくして。 ふいに「アザナ」と名前を呼ばれた。 振り返ればローが意外なことに真剣な顔つきをしていた。 でもくる言葉はすでに想定済みだ。 「アザナ。 覇気、いやお前が言う “それ” はおれたちでもできるか?」 やっぱりそうきたね。 これからグランドラインで暴れるために必要な力をくれと、ローに頼まれた。 もちろんできるかできないかは、さっきクルーと戯れつつオレの能力を発動したことで、ある程度の仮説は立証済みだ。 『是。たとえ世界が違ってもある程度の応用は可能だ。 才能が有れば、だれでも会得できる。なければ死にかける。っが。なぁに、オレが絶対にお前らを死なせはしない』 死なせない自信がある。 だから、まかせろとばかりに笑ってやれば、ニヤリとばかりの悪人面がさらに凶悪度を増した笑みがローから返ってきた。 それをみたクルーたちが顔を青くさせている。 「おれたちをきたえてくれアザナ」 『まかされた』 「よし。やろうども!・・・・明日からだ。死ぬなよ」 オレがニッコリ頷けば、ローがさらに笑みを深め、クルーたちからは悲鳴が上がった。 「ちょ!待って船長!!」 「さっきアザナ、死ぬって言ったよ!」 「俺たちに素質がなかったらどうすんだよ!」 「そうならないように頑張れ」 『大丈夫。・・・たぶん!』 「「「強調するところがおかしい!!」」」 頭を抱えるクルーたちをみつつ、なんだかこどもたちが可愛くて微笑みがこぼれる。 手加減しよう。 この子たちを訓練ごときで死なせたくはない。 『ロー・・・』 そっとローの身体にこの身を隠すようにして声をかければ、わかってるとばかりに頷かれる。 「こどもの体には無理をさせすぎたな。 お前ら、でてけ。うちのお子様はおねむだそーだ」 さすが船長というだけある。 なかなかにうまい言い訳をしてくれるものだ。 オレが『ごめんね』と仲間たちに告げれば、気のいいあいつらは笑顔で、席を立ち始める。 「アイアーイキャプテン。またねアザナ」 「おやすみアザナサン」 「しっかり寝ろよ!」 「寝る子は育つっていうからな!」 ローの嘘を信じたのだろうか。 そうでなかったとしても。 もしオレのことに気付いていたのだとしても。 それを知らないようにふるまってくれた彼らは、とても優しいと思った。 もうオレにとっては、十分彼らは大切な仲間だった。 わいわいと部屋から去っていた仲間たちを見送り扉が閉まり、少ししてからほっと息をつく。 なんだかんだ馴染んだと思ってはいたが、それでもまだ自分は前の世界のことをひきづっているのを自覚した。 すでにオレのなかで大切だと思う割合を多くしめているクルーたちに気付かれていないといいい。 そう祈るように、知らぬ神の名ではなく小さく自分の光である男の名をつぶやく。 横にいても聞こえないだろうぐらい小さな声だったはずが、横にいたローがオレをだきあげて膝の上に乗せると、そのまま頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。 「あいつらは気付いてねぇよ」 騒ぐ仲間にはみせないようにかくしていたオレの手は、わからないほど微かに震えていた。 ああ、まだ・・・だめか。 これは、心のどこかに突き刺さる恐怖が、いまだ根深く残っている証。 前の世界を思い出しすぎたせいだ。 また怖くなった。 なにもかもが怖いのだ。 そばにあるものすべてが。 それがたとえ、大切な仲間であったとしても・・・。 その恐怖を自分自身でコントロールする術をオレはしらなくて、そのまま子供のようにあやすローに身をゆだねてギュっと抱きついた。 すがるように、助けを求めるようにローの服が皺くしゃになるくらいひっしにしがみついた。 怖いなんて思いたくないのに。 そう思ってしまった自分を知られたくない。 ああ、できるなら、仲間にさえおびえているなんて、彼らに知られたくない。 ごめんなさいと謝罪が出そうになって、恐怖であふれてきた涙と一緒にそれを飲み込んで、顔をうめるようにローの服にに押し付ける。 ローは何も言わず、一度小さくため息をついたあと、背中をポンポンとなでてくれた。 この世界はどうしてこうも優しいのだろう。 そんなに優しいと怖くなる。 別れがこわい。 でもその前に、そんな優しい彼らだからこそ。その側を離れれたくない。 だから―― 『ロー、オレ、もっとあいつらと一緒にいれるようになりたい』 「・・・ああ、そうだな」 でも・・・ “がんばる” とは、どうしても口に出せなくて、オレはさらにローの服に顔をおしつけた。 悔しい、ような気もする。でも泣きたいような気も、それともおびえたいんだか。いや、違う。きっと頑張りたいんだよ。どうだろう?ああもいい仲間に恵まれて喜びたい・・・の、かも。 自分でも何をしたいんだかわかなくて、そんなぐしゃぐしゃの顔をみせたくなくて、甘えるようにすがった。 そのままオレが疲れて眠りに落ちるまで・・・ 誰かが優しく背を撫でてくれていた。 誰かなんて、言うまでもなくひとりしかいないのだけど。 なぜか・・・ たくさんの大きな手が、交互にオレをなでてくれた気がした。 ―――ああ、この世界はどうして こんなにもあたたかいのだろうか。 こわいな こわい やさしいからこそ 後が ― ― ―・・く なっちゃうよ |