有り得ない偶然Side1
〜HUNTERXHUNTER〜



05.遺跡×扉×別れ





わかっていた
ただ

わかりたくなかっただけで・・・

認めたくなかっただけで
見ないようにしていただけで

もう時計の針は動きだしていたんだ








:: side 夢主1 ::








『離せ!このバカ!!野生児!!』

そう言って、この手を放してくれたのなら、問題はないんだけどな。
そうはいかないのがジン・フリークスという人間だ。



あのハンター試験場でオレがジンを踏みつけてしまったあの出会いから、 すっかりジン・フリークスに振り回され、気が付けば腐れ縁といっていいほどの付き合いとなっている。
グリードアイランドと名付けられた島で、ジンの子供の世話をしたときから数えれば、あれからもう十年だ。
島で遊んでいた当時は、十代であった我が息子もいまや二十代前半。
オレはというと、悲しいことに二十代後半で成長が止まってしまったため、いまじゃ息子と並べば息子の方が背が高いほど。
息子とオレは、髪や眼の色が同じだから兄弟に見られることはあった。っが、そのときに、オレの方が弟とみられてしまう。
年月とはむごいものだ。



オレは現在、すでに十年以上の腐れ縁の友ジン・フリークスによって、遺跡の調査につれてこられてここにいる。もはや誘拐同然にだ。

『離せ!!』
「やだ」
『ガキか!?』
「お前よりははるかにガキだ!」
『開き直りやがった!!!』

オレがここにつれてこられた理由は、オレの 〈念能力〉 だ。
生き残るため。戦えないなら、逃げきるための手段を磨くだけだ。 そう思って逃げ技を磨いていくうちに、周囲の探査能力が磨かれていったのも必然だった。
今回はその探査能力を生かして、この遺跡の調査を協力してほしいと言われたのだ。
もちろん専門家ではないので断ったのだが、「お前の探査能力は役に立つからこい!」と無理やり攫われた――御年五十もすぎたオヤジなオレ。


『いいかげんに迷惑という言葉を辞書で調べたらどうだ若造?』
「やだ」
『やだじゃねぇんだよクソジンがぁー!!』

なぜこここまで、オレがダダをこねているかというと、“それ”が危険なものであると、ひとめみただけで、肌で、魂で、理解してしまったから。

遺跡発掘調査の最中に、物凄く複雑な 〈念〉 をかけられた扉が発見されたのだ。
発見したのがジンであったため、それが一般人がふれていいものではないとすぐさま理解し、まだ誰も触らせていないという。
そこで引きずり出されたのが、ただの刺青彫師でしかないはずのオレだ。
たしかにオレはただの刺青彫師。だけどこの年までずっと鍛えてきた【逃げるための技】が役に立つと、つれてこられたのだ。
その技は、 〈念能力〉 の基礎技術で、オーラをひろげて周囲を探る 《円》 という技だ。 《円》 は、そのものがオレのオーラであるため、その中の情報はオレには手に取るようにわかる。
その能力を駆使して、この年まで必死に裏庭の怪獣どもから逃げてきたのだ。年季が入っているぶん、探査能力はかなりの信頼性が高い。
ジンの依頼は、その 《円》 でなにか仕掛けがありそうな遺跡の扉をみてほしいと言っているのだ。

しかし。そのオレの 〈能力〉 でさえ、扉の向こう側に何があるかわらない。

だからこそ。
これはだめだ。
これ以上はだめだと、いやがおうでも理解してしまう。


無理やり連れてこられた場所で――。
パチリ。
一度小さな静電気が走った。


この遺跡内はじっとりとしていて、乾燥しているわけじゃない。
なのにおこった小さな小さな火花。音も光りもちいさすぎて、オレ以外の誰も気づかないようなそれ。

けれどオレの身体には、強烈な悪寒と痛みをともなって。

それを顔に出すには、オレはもう長くこの世界で生きすぎた。
顔をかすかにしかめる程度で、誰にも気づかれない。
本当は息が詰まるほどには痛みがあったのだとしても。

扉が、この場の空気が、語りかけてくる。
ようやく時がきたのだと。
世界が歓喜に震える音がした気がした。



“その扉”をみていると、はじめて身体が消えかけたときの混乱と恐怖がよみがえり、このままここにいるとパニックをおこして、そのまま錯乱しそうになる。
今すぐにでもこの遺跡から離れたい。
だから暴れるのだが、ジンの腕がオレから離れることはない。



遺跡に連れてこられ、みせられたのはひとつの“扉”。
みせられたものに、オレは血の気が引いた。
みただけ。
それだけでもわかる。
これは“オレにとっては危険なもの”だ。

扉を模すなんてやってくれる。
さぁ、でていけ。といわんばかりのそれ。


あの島で原作キャラクターと触れて感じた、あの“恐怖”が鮮明に蘇る。

あれから原作にかかわるなにかに触れるたびに、静電気のように火花が散った。
それが意味するところが分からないわけがない。
いや、わかるわけがない。
意味なんて分かりたくない。
だからずっと、見て見ぬふりをしてきたのだ。

これ以上の長居はしたくはない。

けれど。
“これ”を目にしてしまうと、もう・・・自分をだますのも限界かとも思ってしまう。


せめてこれが最後だと、ジンにもう一度「離す」ように声をかける。

オレをここから逃がしてくれ。
お前がここでオレの腕を話してくれたら、まだオレは―――

『離せやゴラっ!!』
「お前はゴリラかよ!?
ちょ!あばれるなって!!せめて向こうに何があったかぐらい教えてから消えてくれアザナっ!!」
『っ!?きえ!?・・・ああ、もう!!だから!何も“見えない”んだよ!』
「は?」
『ここはヤバイ!絶対やばい!!二度と“帰れなく”なる!!だから離せっ!!』

この奇天烈ハンター世界で鍛え上げられたオレの勘が、この扉はやばいと告げた。
オレのオーラがひきつけられる嫌な感じ。
たぶん“オレ”が触れたら、もう二度とこの場所に戻ることはできなくなるだろう。
・・・いいや。この場所どころか、きっとこの世界そのものに。

みためはなんの変哲もないただの古びた“扉”だ。
どうしてこうも嫌な感じがするのだろう。
まるで世界中の呪いがすべてつまっているような、そんな雰囲気。
事実、その通りなのかもしれない。
もしかすると、これはオレに対する呪い言が込められたものなのかもしれない。


――けっして、触ってはいけないもの。


「なぁ、アザナ。それをなんとかならないのか?」

ふいにつかまれていた腕から力が抜ける。
いまさらなんだとばかりにジンをみやれば、さっきまでとは違った真剣な顔をした男がそこにはいた。

・・・ああ、本当にいまさらだ。
おもわず苦笑が漏れる。

『無理だ。 〈念〉 を解除したら、間違いなくなにか大きな仕掛けが動く。
逆に解除せずに触れたら。
・・・・・その念は、オレたちをくらう』
「くらうって・・・」
『言葉どおりだ。
この扉は触れたもの 〈念〉 を喰らい、それを動力源に罠を作動させる仕組みになっている』

腐れ縁。その長年の間柄、互いのことはよおくわかっているつもりだ。
ジンも同じだったのだろう。
彼はしばしオレに真意を問うような目を向けた後、オレの曖昧な言葉を信じた。

彼はすぐにオレを捕まえていた腕を解き、「そうか。じゃぁ、つぎいこう」とあっけなく踵を返す。
その際に、しっかり「ここのブロックは立ち入り禁止にしないとな」と指示を出していたところは流石だろう。
撤退の合図にオレは、扉の前でほっとしていた。

離れられる。
この部屋から。
この“扉”を模した 《なにか》 から。

今回はどうやらオレの勝ちみたいだぞ。


無言のまま異様な存在感を放つ“扉”にオレは視線を向け、部屋を後にしようとしたジンについていこうとした。

しかし 〈念能力〉 をしらず、“オレがどんな能力を持っているか”など知りもしない他の一般の発掘者達は、いぶかしげに顔をしかめ、その場から動こうとしない。

そうだね。彼らには彼らの、学者としての誇りがあっただろうに。
〈念能力〉 をしる間だけで、勝手に話を進めたのはよく、なかったね。

オレたちは、学者達の誇りを穢したかったわけじゃない。
彼らを助けたかっただけ。
〈念能力〉 とは、オーラと呼ばれる生命エネルギーを技として昇華する術だが、これについては一般人には教えてはいけなきまりになっている。暗黙の了解というやつだろうか。
それでもオレは、オレたちは、彼らが納得しうる答えを用意しとかないといけなかったのだと、いまになって理解する。
でもオレは、この現象を詳しくこの学者に伝えるすべを持っていない。
説明するなら「呪われている」とか「罠がある」としか言えないのが歯がゆい。

――ただ、かけられた仕掛けから、あなたたちを守ろうとしただけ。

それがいけなかったんだろう。


「なにがだめだ。たかが扉じゃないか」

ジン・フリークスという人間をを知る者は、すぐに彼の後を追って撤退を始めたが、その場に残った学者のひとりが興味心身に扉を触れようとしているのを視界にとめてしまった。
とっさにオレは出口へと進めていた足を止めて、真逆の、もときた部屋へと方向を転換していた。

ああ、さむい。
痛いほど、“扉”の気配が強くなる。
オレのひとときの勝利をあざ笑うような声が聞こえた気がした。

『バカ、触れるなっ!』

オレが慌てて彼とその扉との間に割り込んで、 〈念能力〉 など使えないらしいその学者をとめる。
ギリギリ間に合ったことに息をつく。

オレがふれるのはだめだ。
けれどそれはほかの人間も同じ。
巻き込みかねない。
この“扉”を作ったやつは、些細なものなど気にもしないのだろうから。

扉を背に、学者に向かい合うように立ちはだかるオレは、きっと彼の邪魔をしているやつにしかみえないんだろう。

背筋にゾクリと冷たいものが走るのをとめられない。
扉からなにかがのびてきて、そのままからみつくようなひんやりとした気配が自分にまとわりつくのを感じる。嫌な気配にオレは顔をしかめるしかできない。
もう逃げられない。
そんな絶望感にかられるが、まずは目の前の人間を非難させるのが先だと自分自身に言い聞かせる。
すこしずつ、少しずつ“命”がこぼれていく感覚に、歯を食いしばる。
扉からあふれでる《よくないもの》の気配。“これ”はきっと、この世界の人間であろうとかまわず命を食らっていくのだろう。

「これは歴史的価値があるんだぞ!!」

扉と学者の間に割り込むようにして彼の前に立ちはだかるオレに、学者はさらに顔を怒りにゆがめさせ、怒鳴り返してくる。
あなたの気持ち、わからないでもない。
オレたちは専門家じゃない。とくにオレなんかはさ。
本当にね。何も知らないオレが口出すのはおかしいことだ。
でもね。それでもオレは、プロのハンターなんだ。
あなたがプロの学者であるように。

だからさ、目の前のしかけがどんなものかわからず触れようとする人を見逃すなんてできない。
だってこれは・・・命を奪うもの。
だれかの 〈念能力〉 によってかけられた怪しげなしかけ。
みえないけど、たしかにその“扉”にはその仕掛けがあるのだ。

『触るな。この仕掛けは、いまもなお作動中だ』
「どけ!このまま封じるなんてお前たちのほうこそなにを考えているんだ!!」
『なにが起こるかわからないんだぞ』
「若造が知った口を!
お前はプロのハンターかもしれないが、我々は考古学のプロだ!!お前も向こうの若造も指図をするな!!」

ドン

気が付けばとめるはずが、言い争いになっていて、もみ合ううちに勢いよく学者に身体を押され、触れたくなかったものにオレの背がドンとぶつかった。

『っ・・ぁ!!!』

瞬間、背に何かがあたると同時に、電流を流されたような痛みが身体に走り、一瞬息が止まる。
そのまま痛みに立っていられなくなって、その場にうずくまる。


バチン!――その音が、すべてのはじまりだった。


扉に触れた瞬間、オレのオーラが吸い取られるような感覚くと共に、痛みが走った。
扉にかけられていた 〈念能力〉 が、本格的に動き出したらしい。
どうやら触れると“ひとさまのオーラを奪って、なにかが作動する仕掛け”――というオレの判断は大正解だったようだ。

「お、おい!?大丈夫か」

『・・・だ・・ぇ、だ・・』

なんで。なんで戻ってきた?

なにが起きたかわからないらしい学者が、青い顔をして、あわてて駆け寄ってくる。
継続する痛みが激しすぎて、呼吸することもきつい。その場が動くこともままならないいまのオレには、その彼に答えを返すことはできない。
いままで軽くまとわりついていたものが、完璧にオレをとらえた。
さらには目の前の、“この世界”の人間さえもターゲットにしようとしている気配に、オレは目を見張る。
ザワリザワリと音もなく見えない何かが、オレにまきつき、そこからさらに生き物の“オーラ”をたどってさらには研究者へと“なにか”を伸ばそうとした。
この扉は、“命”あるものを吸い尽くそうとしているのか。
異分子であるオレを排除するだけでは飽き足らず?
それとも原作キャラクター以外は、世界にとってはどうでもいいとでもいうのか。

オレは力の入らない身体を叱咤し、無理やり体を起こすと、オレの横で不安そうな顔をしている男を突き飛ばした。

ここから、早く。
遠ざけねば。
その一心だった。

研究者に延びようとしていた“なにか”は、かわりにオレに巻き付いた。
身体がさらに重くなる。
しかしその代わりのように扉は、力を増していく。

ブゥゥン!とモータ音のような低い音が遺跡中に響き、“扉”が青い輝きを放ちだす。
それとともにグラリと遺跡がゆれた。
まるで、地震だ。
けれどきっと揺れているのは、この扉のある部屋だけに違いない。
オレの命を代価に扉の仕掛けはさらに強さを増していく。

「な、なにが・・・!?」
『仕掛けが、作動したんだ!!はやく!にげろ!!』

突然起きた地震の原因がわからず呆然としている目の前の学者の背を押し出口へ追いやったオレは、その場に残ったまますぐ背後にあった扉をみやる。

くるしい。

“命”がどんどんこぼれだしていく感覚は、何度味わっても気持ちのいいものではない。


ずいぶん、もっていかれたようだ。
さっきま全身を覆っていた痛みさえもうわからない。
もう立っているのも限界だ。
ガクリと膝がじめんにつくもその感覚を感じない。
わかったのは視界が動いたおかげで、自分が倒れたのだと知った。
ああ、これで最後か。

視界がかすむ。

「きみっ!!」

かすんだ視界。これはもう戻らないだろう。
みえないながらも耳は音をとらえる。

さっきの学者らしく奴の声が、少し離れた位置で聞こえた。
どうやらあいつは“扉”につかまらないですんだようだ。
それに少しだけ安心する。
けれど研究者の彼とは違って、オレはもう、逃げられないのだと改めてわかってしまって、涙が出そうになった。

地面にたおれたまま、痛みにのたうちまわるオレを以前グリードアイランドで受けた恐怖が支配する。

いたい。
つらい。
こわい。

さびしい。


このままオレがどうなるかなんてよくわかってる。
しってるとも。

なぜならば、はじめて体が透けたときから、もう何度もあの現象は起きている。
それはきまって原作キャラクターに触れられた時で、そのたびに、周囲の人間から、オレの存在が消えていった。
オレの身体の一部でも崩れれば、忘れらてしまうことも。
そうしてその間隔がだんだん短くなってきていることも。
ぜんぶ。
ぜーんぶ、しってた。


そう。これは異物を排除しようとする世界そのものの意思が生み出した罠。



地面に転がりながら、視界に青いものが視えて眉をひそめる。
扉の念は、このかすんだ視界のもわかるほど、歪んでいた。
オーラをひろげた 《円》 でさえ、その扉の向こうが見えない。

“扉”は青い光を放って、オレのオーラを吸い取り続けている。
それとともにこの体から命がこぼれ落ちていく感覚、身体からもう痛みはなくなったが代わりに寒くて寒くてしょうがなくなる。
これが『死』か。


・・・・いや、だな。


ボンヤリとそんなことを考えながら、揺れる地面に、みんなは大丈夫かなと、遺跡調査の仲間を思い浮かべる。
地震の原因は、間違いなくこの扉だ。
そしてそれを起こしているのは、オレのオーラ。
これで探査チームの誰かが土砂崩れとかにあって怪我でもしたら、オレはいたたまれない。

そんなオレの気持ちさえあざ笑うように、振動に耐え切れなくなった扉はピシリピシリと音を立てて崩れ始めた。 そして青くかがやいていた扉は、ガラリと音を立てて崩れた。
崩れた瓦礫は、“扉の内側”へとどんどん飲み込まれていく。
扉があった場所には、瓦礫は消え去り、なにもみえない暗闇のような空間がぽっかりと口を開いていた。

風が、ふいた――。
遺跡中に、きっとこの風は届いただろう。

扉があったはずのその向こう。
深さも奥行きも何も見えない。
先に吸い込まれたはずの、光っていた扉の破片さえ一つとして見えやしない。
その暗闇の向こうへと、おちてしまえと、おしやるように、風が勢いよく吹き荒れ、すべてを吸い尽くさんとゴォゴォーと風が唸りを上げている。

『っく!!!』

最後の悪あがきだとばかりに、必死にそこらの岩に手をかけるが、この力の入らない身体ではそう長く持たないだろう。

振り返ってみた扉のあった位置には、黒一色しか見えない。“向こう側”は、真っ暗。
見えないのではなく、存在しないのだろうとなんとなく思えた。
光さえ届かない空間は、暗闇のさらなるむこうに、いらないものを追いやってしまおうという“なにか”の意図さえ感じる。
そこに広がるあまりの虚無感に、恐怖よりも悲しさが胸を締め付ける。

風が頬を撫で、身体に触れればそこからは、どんどん命がこぼれていく。
風という現象を借りた“なにか”は、オレ自身さえをも吸い込もうとする。 否、オレだけではなく、すべてをなきものとするかのように、凶暴な風は吹き荒れる。

そうして風とともに奪われていく。
なにもかも。

視界も音も体温もこの鼓動さえ。
それよりもっとつらいもの。
あれはオレの“存在”そのものを消そうとしているのだ。
たったひとりに大掛かりなことだと思わなくもない。
それでもオレの口からは、死にたくないとかそんな言葉は出ない。
わかっていたからね。
あの扉をみたときから、逃げられないって。

消えるという絶望と恐怖。

逃げることのかなわない、世界そのものからの拒絶。



扉はもうなくなったはずなのに、視界の隅に青い光りがよぎり、そのまま意識さえおちようとしてた。
まさにその瞬間―――



アザナっ!!!



異常に気付いたジンが戻ってきた。
かすみかけていたものが一気に、色を取り戻す。

その声に、“こちら”に呼び戻される。

想い瞼を持ち上げて視線だけをさまよわせれば、風にのまれないように部屋の入り口に手をかけたジンが、こちらに手を伸ばしている姿が目に留まった。
その姿を見た途端、オレは地面に張り付いていた頬をひきはがし、自分のものではないような身体を起してたちあがる。
足が震えた気がしたが、わからない。
とにかく、風とは真逆の方へと。

「こっちだアザナ!」
『・・・ぅ・・・って、わかって、る』

ああ、がんばってあそこまで歩けば。
まだ君たちと同じ空の下で、また笑っていられるだろうか。

麻痺した思考が、記憶の中で楽しかった思い出をひきずりだし、オレはまたあいつらバカなことをして一緒に泥だけになって笑うんだと ―― 一瞬扉のことも原作のことも何かも忘れて、それにすがろうと手を伸ばした。

もう感覚もなくて、ちゃんと歩けているかもわからない。
それでも目の前にジンがいて、オレに手を伸ばしている。その距離がゆっくり近づいているのに嬉しくなる。

あと一歩。

これで届く。
彼に手を伸ばそうとして―――。
そこで自分の身体が青い光に包まれているのに気付き、ギョッとした。

思わず伸ばそうとした手を目の高さまで掲げてみれば、指の先から青い光の粒子となって崩れかけていた。
ゆっくりと今度はおのれの全身をみれば、肩や足の先からも同じ現象が起きていた。
痛みはない。
それに泣きたくて泣きたくなったけど、涙はこぼれなかった。
限界を超えるぐらい悲しいと、どうやら涙さえ出なくなってしまうようだ。

ああ、本当にこれで最後なんだ。
この手はもう誰にも届かないのだ。


「なにしてる!!はやく手をのばせっ!」

君はそう言うけどね。

ほら。オレの手はもうどこにもない。
のばそうにもてのひらもないのだから。
存在しないのだから、痛みは感じない。
だから大丈夫。
消えるのなんて、平気だよ。

だからオレはいいから、もう、こっち来ちゃダメだって言ってるのに。
この部屋にはもお前とオレだけなのだろう?
なら、ダメだ。
この風は、世界産み出し、きたるべき日をのぞんでだれかがしかけた 〈念能力〉 。
それを世界が秩序のために利用しているに過ぎない。
つまりこいつは特定の誰かを求めているわけじゃない。
求めているのは、“命”そのもの。

きっとオレはもうだめだ。
“命”をもってかれすぎたから。
もう、逃れられない。

でもお前は違うだろう主人公の父親。
原作史上最強のハンター《ジン・フリークス》であるお前はさ。
ここに来ちゃいけないんだよ。

何度も何度も名を呼ばれる。

けれどオレは「くるな」とそれひとつを告げることもできず、混濁する意識もあいなって、ついにオレの足は一歩もうごかなくなった。 ガクンとそのまま突然世界が揺れ、また地面にはりつけにされる。そういや、もう足の先もなかったな。そりゃぁ、たおれるわ。

そんなオレに、今まで以上にあわてたようにジンが、オレの名を連呼する。
そのまま考えもせず勢いにまかせてジンが部屋に飛び込んでくる。
すべてを吸い込もうとする風に気を付け、部屋の中の壁にしがみつきながら、ジンが身動きできないオレを起こそうと横にまでやってきた。

バカ、ジン・・・。

この部屋に入るなんて。
とびこんでくるなんて。
無茶をする。
巻き込まれるっての。


ほんと・・・


くるんじゃねぇよ、バカ。



それにさ。
もう消えちゃうんだよオレ。

オレの悪友、オレの腐れ縁な君。
ねぇ、知ってるか?

きみはしらないだろうけど。

こうやって身体が消えかけたことはもう何度もあったんだよ。
そのたびに目の前にいた君たちは、オレのことを忘れてしまったんだ。
だからきっと今こうして必死になったこともきっと忘れてしまうよ。


体がもどれば、その“忘れていた”ことさえ忘れて、いつもどおりオレの名を呼んでくれた。
その声が、オレをここにつなぎとめてくれていたんだって、いまならわかる。

でもそれもおしまい。
もう奇跡は起きなければ、猶予もないんだよ。


この手はもう伸ばすことはできないけれど。
この部屋にいる“命あるもの”をのみこもうとする、あのあなぐらからのびる “闇” を阻むことぐらいはできるだろう。

ちっぽけなオレは、世界には勝てなかった。
世界はとてもとても大きくて、原作に必要であるはずのジンさえこの騒動に巻き込もうとしている。
でもね、君は《ジン・フリークス》だ。
これから先にどうしても必要になるキーパーソン。
死なせてなんかやるもんか。

生きろよ。



オレと同じ場所になんか。

――連れてはいかせないよ。




おわかれだ。




感覚のない身体。 “存在”という“命”をうばわれすぎて、消えかけている。 そのせいで体は上手く動かない。 けれど、なくなった足がなんだ。 たおれた体がなんだ。 痛みなんかないのだから、先っぽがなくなってもまだ胴体も顔もあるから移動するのに問題はないだろう。 脳みそがあるかないかはわからなくてもオレの思考はいつにもないほどクリアだ。
泣きそうな顔で、まだ残っているオレの上半身を支えるジンに手伝ってもらって、起き上がる。
伸ばされる手に、はってでも近づく。

これが最後だろうから。
とじようとしていた目をあけて、自分を見下ろしている親友だった奴の顔をのぞいてやる。

「なんだよこれっ!?なんでおまえの名前がでてこないんだよ!!お前は目の前にいるのに!!」
『バカだなぁ』

「アザナっ!?」

『大丈夫だっての』

顔を見ていればわかる。
ジンの中で、オレという存在が消えかかっている。 ずっとオレの名を呼んでくれてるのに、たまに言葉が出ないとばかりに、ひきつけを起こしたように息をのんでは、また呼びかけてくる。
餌をほしがる鯉みたいだ。
いままでみせたこともないその姿に笑ってしまう。

本当は泣いてしまいたいんだ。
でもそれを無理やりこらえて笑う。
いつもと同じように。
わらえてるよな?

世界はオレを拒絶している。
ずっと、痛いほどそれを肌で、魂で感じていた。
自分はここで生きているんだと、生きてるんだから文句は言わせネェ。そう思ってたけど。
もう最後だからね。自分自身をだますひつようもない。

オレはもう叫びそうになるほどの絶望感を押さえて、世界に対し最後の悪あがきをしてやる。
この世界の住人である彼さえ飲み込もうとする暗闇の 〈念〉 が、オレを抱く友人にも手をのばそうとしたのを視界の端でとらえたので・・・

ジンをここから遠ざけるように逆に突きとばす。

手が使えなくともオレだって 〈能力者〉 だ。
腕にほどこした獣の刺青にオーラを流して、その絵を具現化して、獣にジンを入り口へと投げ飛ばさせる。
具現化した獣は、力尽きたようにその直後に消えた。
オレはというと、ジンが投げ飛ばされたと拍子に、あいつの身体からすべりおちて、また地べたに転がり落ちた。

ドンと派手な音を立てて、風の渦巻くこの部屋の向こうから声がする。
光の向こうから聞こえるそれに成功したのだとホッとする。

「んなっ!なにしやがる!!
そんな無駄なことに力を使うなら!そっからでてこいよ!なぁアザナ!」

それでも血相を変えてもう一度かけつけてくるジンをみて、口端をさらに持ち上げて笑ってみせる。

『なぁ、ジン』
「しゃべるな!そのぶん手を伸ばせバカ野郎!!いまなら、まだ間に合う!だから手を!!!」
『なぁに言ってんだよ。もう、手なんかないっての』
「っ!」

必死に。必死に。
何度も何度もオレの名前がこだまする。
手も伸ばされる。
泣くなよバカ。
そんなの前のキャラじゃないだろ。

『腐っても切れなかいような縁だったなオレたち』

なんどその縁が腐り果ててきれればいいと思ったことか。
まだ原作も始まってないのに、ずいぶんとジンには振り回された。どんだけトラブルメーカーだよと思ったもんな。

―――これが、ホントの本当の、最後だから。

思い出すのは楽しかった日々。
騒いで起こって笑って。
とにかく騒がしい人生だった。

『大変だったけど、お前との腐れ縁も悪くなかったよ』

楽しかったよ。

オレももっと生きたかったなぁ。
でも、もういいよ。
もう、手を伸ばさなくていい。
おまえまで巻き込むつもりはないから。

お前の子どもはまだ幼いし、まだお前は必要なんだから。
世界にとっても。
このさきの、この世界の未来にも。

オレに助けなんかいらないよ。
同情も、わかれの悲しみもいらない。
だってそんなこと思ったら、また別れがつらくなるだろ?



――だから伸ばされた手をとるかわりに、つきはなして、笑ってやる。



ここで死んだら、もうオレはこの世界に帰ってこれない。
身体に痛みがないのだけが、救いかな。

もう一度ぐらいなら、なんとかなるかな。

倒れたまま、オレはもう一度オーラを練り上げる。
そのほとんどが、穴の方へと流れて行ってしまうが、もう構わない。
すべての“命”をかける算段で、それを練り上げる。

青い光が増した気がした。

風の音にまぎれて「やめろ!」って悲鳴じみた声が聞こえた気がしたが、無視した。



『さよならだ』


そうさ。いずれ“こうなる”ことはわかっていたこと。
そんな気はしていたから。
いつかオレが、この世界からいなくなるんじゃないっかて、ずっと心のどこかで怯えていた。
ずっとどこかで考えていた。
イレギュラーであるオレが、原作に関わることがありえるなんて・・・おもってなかったよ。

だから“いつか”がこなければって、ずっと願ってた。
それが今日だったのは、きっとたまたま。
オレもまだ覚悟はできてなかったけど。
この世界で五十年も生かしてもらえた。
生きてたんだオレは。
たかだか24歳で死んだ前世に比べれば、大往生と言っていいだろう。

言わなかったけど、本当は扉に触れた時、オレの心はすでに決まっていたんだよ。
諦めと絶望ともいえるそれ。
時が来たんだって理解した。


『腐れ縁ってのはそう簡単には切れないから、腐れ縁っていうらしいからなぁ。
どうせすぐに会うだろう』

―― 〈念能力〉 を発動した。
瞬間、服に描かれた墨絵たいが実体化し、たくさんの蝶が部屋にあふれかえる。
そのまま強引に部屋に入って来ようとするジンをオレの蝶たちが立ちはだかっておさえこんだ。

もうなにも感じなかった。
大丈夫、いたみも疲労感も・・・なにも、ない。





『・・・またな、ジン・フリークス』








世界とお別れは、涙ではなく笑顔で――



生涯最後の大嘘をついた。

“また”なんてあるわけないのに。

だってこの世界はイレギュラーを許さない。
オレのことが嫌いだから追い出そうとしたんだから。

これでオレの物語は閉幕。
この世界での、人生の終わり。





「――― っ!!」


すべてが光に還る。
視界が輝く青で覆われる寸前、ジンの声が聞こえた。

何か叫ぶ声が聞こえて、だけど扉があった場所がカッ!と輝き、いままでにない強烈な青い光を放った。

オレはジンの・・・・・・・・な顔に、らしくないなと、笑った。

それとともに、オレの視界がグラグラとゆれた。
本当にそれが最後だった。





笑えてたかな。
そうだといいな。

でもジンの顔はよくわからなかった。
視界がぼやけて、うまくみえない。

それはきっと。

もう“命”の残りがすくないからだろう。

頬を何かが伝う感触なんかあるわけない。
だってこの身は、光となって砕けて消えてしまったのだから。



きっと、きっと・・・

そう。






























:: side ジン・フリークス ::





ジンが遺跡の発掘中に見つけたのは、 〈能力者〉 であれば、その手をとめてしまうほど、複雑な 〈念〉 がかかった“扉”だった。
もしかするとこれは見える通りの普通の扉ではないのかもしれない。
これそのものが、だれかしらの 〈能力〉 である可能性は否定できない。

「どうしますジンさん?これ、結構やばいっすよね」
「どんな 〈念〉 か、わからないのがいたいな」
「徐念師の知り合いいたっけ?」

「・・・」

同じ発掘仲間であるハンターたちの視線に、ジンは扉を睨むようにみつめたまま考え込んでいる。
やがて立ち上がったジンから、この場所の発掘の一時停止が言い渡され、その日のうちに作業場からジンの姿は消えた。



『離せよ!』
「やだね」

もどってきたジンが俵抱きにしてつれてきたのは、二十代手前ぐらいの赤毛の若い青年だった。
バタバタと暴れるアザナをジンは仲間に「凄腕の鑑定士だ!」と紹介した。
そのときのジンのこどものようにキラキラした笑顔を見たアザナは、「勝手に職業転職させられてる!?」と頭痛を抑えるような憂鬱そうな顔をして叫んだという。
彼の名を知るハンター仲間が、彼の童顔ぶりに目を丸くしていたのは、余談である。





そうしてあのいわくありげな“扉”の前につれてこられたアザナは、それをひとめ見るなり―――逃走を図った。
しかしその場にいた複数のハンターとジンによって、阻まれてしまう。

『専門家じゃないのに・・・。なんでこんな面倒なこと』

ハンターたちは、そう言ってとてもしぶるアザナのつぶやきに、苦笑を浮かべて、ジンに連れてかれる姿をのんびり見送った。
ハンターたちが、彼のことを覚えていたのはそこまでだった。





その後、司令塔であるジンの判断で、その場所は閉鎖されることとなった。
そのむねはすぐに伝えられた。

しかし遺跡の中でアザナと一人の考古学者が口論となった。

言い合いとなり気が高ぶっていたのだろう。学者がしりぞけたアザナがバランスを崩し、彼自信があれほど近づくことを嫌がっていた“扉”に背をうった。
その瞬間、遺跡一体に風が吹きあれた。

「密閉された空間で風?」

ジンは不思議としか言いようのない場違いなものの中に、かすかに自分のよくしったオーラもまざっていることに気付き、あわてて先程の部屋へと向かった。


彼が《異変》に気付いて後戻りしたときにはすでに遅かった。

ジンがその場所に引き返した時には、部屋の外で何かにおびえたように頭を抱える学者が入り口からを中をのぞきんでいるだけ。
さっき感じたオーラの主をさがすように見渡しても外にはいなかった。
その状況にあわてたジンが、吸いこまれそうな強烈な風に流されないように入り口にしがみついて、中をのぞけば―――

“扉”のあった場所にはポッカリと真っ暗な穴が広がり、そこからはあふれんばかりの青い光があふれていた。
その穴の前には、腐れ縁の古い友人の鮮やかな赤い色があった。
一瞬血と勘違いして血の気が引くが、それがジンが探していた自分の髪の色だと瞬時に理解する。
しかしそれに安堵ばかりしていられない。

ジンは、光の粒子が増えるほど、その部屋の中央に横たわっていたアザナの身体が、実体をなくすように薄く透けていき、しまいには向こう側が見えるほどに透明になっていったのを目の当たりにしてしまったのだから。

「アザナっ!」

とっさにでた大声は風に紛れて消えてしまった。
それでもとどいたのだろう。
ジンの声にこたえるように、赤毛の青年が目を覚ました。

「こっちだアザナ!」

彼が何かをつぶやいたのは聞こえたが、風のうなり声のせいでジンにはうまく届かなかった。

「なにしてる!!はやく手をのばせっ!」

自分がこの状態の部屋に飛び込むのは危険だと感覚でわかったがゆえに、中に入ることはせず、手を伸ばし続けた。
なんども、なんどもジンは友人の名を呼ぶ。
彼自身もそれにこたえようとその手をのばしてきた。
しかしそれはアザナみずからやめてしまった。
彼はジンにむけ伸ばした己の手をみて、諦めたように――笑った。

そのまま力尽きたようにまた倒れた相手に、そこからもう彼の足先まで光となって消えていたのを見て、 ジンはいてもたってもいられなくなり、ついには 〈念〉 が風となって吹き荒れる部屋の中に飛び込んだ。

消えているからなんだ!
お前はまだココにいるだろうが!

「アザナ」

部屋に入ってから、ゾクリとした寒気がとまらない。
なにかとんでもないものが側にいて、死神が笑いながら手をこまねいているような恐怖を同時におぼえたが、ジンはそれを振り払って上げの青年のもとに駆け付けた。
抱き起した友人は、体重も重さも感じさせない。温かいはずの体温はすっかり冷たくなっていて、ひらかれた視線はおぼろげなまま宙を数回さまよってからようやくジンを認識した。
なまじジンは優秀なハンターであった。そのため、友人がもう限界であるのを理解してしまった。
腕の中にとらえても“なにか”が、彼から“すべて”をもっていこうとしている。
その“なにか”は、この部屋にいる限りアザナだけでなくジンまでも標的にしているだろうことは、ずっと鳴り響いている頭の中の警告音がよい証だ。

なによりいまさらこの 〈念能力〉 の暴走を止めても遅い。
元凶の扉があった場所を見てもそこにはなにもない。

ふせげない。

くやしさで胸がいっぱいになる。

もう感覚もないだろうに、ジンを助けようと、アザナは、無理やり 〈能力〉 を発動した。
彼によって扉の外に追いやられたジンは、また戻ろうとするもそれをよしとしない、アザナの 〈能力〉 で押さえられてしまう。



「おい、アザナ!」

「――!!」
「っ!?」

「なんだよこれっ!?なんでおまえの名前がでてこないんだよ!!お前は目の前にいるのに!!」
『バカだなぁ』

「アザナっ!?」

『大丈夫だっての』


必死に手を伸ばして、連呼する名がたまにおもいだせず、息が詰まってしまう。
それにジンはさらに絶望を覚え顔色を青くする。

ジンにとっての腐れ縁の青年をつつむそれと周囲に飛び散る青い光が強さを増すと、ジンの口から彼の名前が“消える”。
それさえも彼は奪われているのだとしり、らしくなく無意識に涙があふれでた。
無理やりなにかに塗り替えられて“ないもの”となりそうな赤毛の親友の存在をジンは必至で呼び、かすむ記憶をつかみ取ろうと“なにか”にあらがい続けた。

『なぁ、ジン・・・腐っても切れなかいような縁だったなオレたち』
「なに、さいごみたいに」
『最後、なんだって』
「・・・・・・やめろよ。なぁ、アザナ!」
『・・・大変だったけど、お前との腐れ縁も悪くなかったよ。
楽しかった』

必死に「いくな!」と伸ばした手は届かない。
伸ばしてほしい相手には、冗談のように「もう手もないよ」と言われてしまうしまつ。
それでもいままでのように悪口や罵倒でもいい、腕から先がなかろうと、助かる努力をしてほしかった。

これで最後だとばかりに目を細めて、昔を語る相手に、入り口の外に追いやられたままもどることのできないジンは目を見張る。
光が強くなる。

「やめろっ!やめてくれ!!」


まだ。
まだ・・・だろ?
まだ一緒に騒いでばかやってさ。

やまろよ。やめてくれよ。

あいつはおれの・・・
大切な友人で!


なんで?
おまえが。


そうだ!それにほら。おまえ、こどもいただろ!!
どうすんだよあいつ残して!

どこいくんだよ。



なぁ、



――――アザナ





『さよならだ』





なにがトリプルハンターだ。世界に数人しかいないすごいハンターだ。
なんでおれはこの風に、あいつの最後の〈念〉に抗えないのだろう。


だからあいつは―――・・・



『腐れ縁ってのはそう簡単には切れないから、腐れ縁っていうらしいからなぁ。
どうせすぐに会うだろう』



ひとりでいこうとする。
遠くへと。





もう、具現化する力も尽きたのか。ようやくアザナの 〈念能力〉 から解放されたジンは、自分自身も危ないと理解していながらまた部屋へと飛び込んだ。

かけつけたジンがのばした手は――



パキ ・・ン



―――宙をむなしくかいた。



 パキン
  ――ィー・・ン

結晶が砕けるような小さな音がして、残っていたあいつの体が青い光になって弾けた。
瞬間、風が爆発するように一度強さをまし、青い光は輝きを増した。








『・・・またな、ジン・フリークス』








アザナーーー!!!



空間が 何もかも・・・爆発した。

そんな強烈な光と風圧が、ふたたび遺跡を揺るがした。
無意識に防衛本能が働き頭を腕がかばう。
ジンが目をひらいたときには、“扉”も暗闇だけが広がる穴も青い光も何もなくなっていた。
アザナとともに。

まるであの念は、アザナをとらえるだけにつくられたかのように、彼を飲み込んで収まった。
地震もそれとともに収束し、《黒筆 字 》 という赤毛の男は、崩落事故で死んだこととなった。
真実を知るのは、すべてを目のあたりにしたジンただひとり。











――ジンがのばした手は届かなかった。



親友であったひとりは消えてしまった。

彼との出会いは突発で、おれが損をしていたとジンは語る。
そのあといろいろ巻き込んで。
腐れ縁だった。

親友だった。


その彼から、伸ばされた気がした。たくされた想い。


「・・・アザナ・・」


砕けた青い光となって、消えた。
なにもつかむことができなかった、ジンの拳が、つよく、つよく握りしめられる。

きらり きらり

いまにも爪が皮膚をつらぬきそうなほど強くにぎられたその拳から、青い光がこぼれ落ちたが、それをみとがめたものはいなかった。








**********








――ジン・フリークス指揮のもと行われていた遺跡発掘調査。
その地帯一体を突如地震がおそい、ひとりのハンターが、ともに残された学者をたすけようとして崩れてきた土砂に巻き込まれた。
命からがら学者は助かったが、発見されたハンターは、もうその段階で息はなかった。
彼の葬式はひっそりと身内だけで行われ、遺跡の調査はそのあとも続いた。










 っと、いうことになっている。
表向きはだ。



しかしその棺に遺体はない。
ジンが目にしたままに、アザナは消えたのだ。

その言葉のまま、何も残ってはいない。
当時調査を行っていた遺跡をくまなくさがしても“扉”も部屋もなにもかも消えて、行き止まりの土壁だけが存在していた。
そこにアザナがいたという痕跡さえない。
しかし確かにそこに《彼》はいたのだ。

ジンはそのとき、アザナの最後をみている。
のばした手がすりぬけ、届かなかったのもジンは覚えている。





「やれやれ。
・・・けっきょくあの扉は何だったんだろうなぁ」

思い出した嫌な記憶に、ジンはため息をつき、、あたまをガリガリとかいた。



アザナの死の真相を彼の息子に告げた帰り。

ジンはどことなくこまったように空を見上げた。
空は青い。
こちらの気などしらぬように、すがすがしいほどのきれいな青色。
ああ、あの色は、まさに親友をつれさった色であるのに。
どうしても空の色を憎めない。
それはあの腐れ縁の友が、好きだったものだからだろうか。


「あー・・今日も空は青い」


アザナのことを思えば、ジンは自然と空を見上げてしまう。

そういえば、あいつは空を見るのが好きだった。
あの青い空を見ていると、思わず笑いさえこぼれ出る。

親友が死んだ。
悲しむべきなのだが、しかしジンはなぜか、わらってしまう。

あいつが死んだのに悲しくもないし、むしろどこかで元気でやってるんだろうとさえ思ってしまうのだ。
それはジンだけではなく、彼の一人息子も同じように思ったらしく、その死を悲しむどころか“らしすぎる”と笑っていた。
あいつなら、なぜかまた会えるような。
いつかひょっこり帰ってくるような気がしてしょうがないのだ。

それは彼が最後に見せた笑みのせいだろう。


本当に。
空と同じでこっちの気もしらないで。


「笑うなんて卑怯だよなぁ」


嘘だとわかっている。
それでもつい信じたくなってしまうのだ。
その言葉を。
彼は最後こう言っていたのだ。



“またな”と――。










その後。
ジンを筆頭に、崩落のあった場所を徹底的に調査したが、案の定そこはすでに跡形もなくなっていた。
瓦礫や土砂によって崩れ去ったはず(公式では)の扉や、そこにあったはずの小部屋の痕さえ、どれだけ捜してもみつけることはできかなった。








**********








時間は流れ、やがて。 世間からその話題が薄れるとともに、世界から《ひとつ》の名前が消えた。





「――ぁっと…」


ジンはふと思い返すように空を見上げた。

自分はなぜ墓地などに来ているのだろうかと、思わず首をひねる。
手に持っているのは花束なのだから、きっと誰かのためにきたのだう。
しかしジンは、誰の名を口にしようとしたのかなにも思い当たらずさらに首をひねった。

感だけを頼りに“だれもいない”墓があったような気がして、墓地に足を踏み入れてみるが、そこには、墓石さえもない。
“使われた形跡もない”そこは、ただ野草が静かに風に揺れているだけだ。


カサリと草を踏む音とともに、人の気配がして、ジンは振り返る。

「先客がいたようだね」

振り返った先には、自分と同じように、死者へ渡すための花を持った青年がいた。
彼もまた不思議そうに“なにもない草地”をみつめて、なにかを探すように周囲をキョトキョトと見渡し、それでも見つからないようでコテンと首をかしげた。

「ここに誰かが眠っているような気がしたんだけど…」
「おまえもか」
「そういうあなたもかい?」
「ああ。だからな。この花、どうしようか考えてたとこだ」

たぶんお互いに捜している者は同じなのだろう。
けれどそれがなんであって、なにをさがしていたのかは、ジンも青年もその結論にたどり着くことはなかった。

「・・・ボクの勘違いだったみたいだ」
「おれもさ。なんだか狐につままれたような気分だよ」





遺跡の調査で崩落事故が起きたが、奇跡的にだれも怪我ひとつ、死傷者さえなくすんんだあの日。あの日とと同じ日。
ジンは訪れた墓所で、自分と同じように“なにもない”場所に佇んでとまどう“赤毛の青年”と邂逅した。















――それは原作と呼ばれる出来事が起こるわずか一年程前のことだった。










さようなら
悲しませてしまってごめんなさい
そして

楽しい日々をありがとう








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