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13.帝都へ |
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心はずっと何かを求めている。 帝都へ行けば、その何かをつかむことは可能のだと・・・なぜかずっと昔から当然のように思っていた。 帝都に行けば。否、帝都に行かなければと思っていた。 誰かがそこで自分を待っている。 そんなはずあるわけもないのだが。なにせ帝都に知り合いはいないのだから。 それでも、ずっとそんな夢を追いかけていた。 けれど夢を追いかけることも、壁に挑むこともやめたころ。 小さな鐘はならなくなっていた。 ========== side ダミュロン・アトマイス ========== リンーー 聞こえた音に、ハッとして顔をあげる。 父親といつものように喧嘩をしてそのまま自分自身何にいらだっているか分からないままとびだしていた。 屋敷の者を巻いて、逃げた先でもぐりこんだ酒場。うつむくように酒をあおっていれば、ふいに聞こえたそれに、思わず手を伸ばす。 「・・・な、わけないか」 手で耳元をつついてみても、音は何一つしない。 耳にピアスに加工してつけている鳴らない鐘。 この鐘がまた音を立てたと思ったが、どうも錯覚だったようだ。 帝都へいけと父親に言われた時、一つ脳裏によぎったことがある。 もしかしたら、これをくらたひとが俺のことを待ってるんじゃないか・・・なんてな。そんな都合がいいことあるわけないというに。 ずっと疑問だった。 この胸にくすぶるのは何なのか。 この耳飾りはいつどこでもらったものか。なぜならなくなったのか。 俺はどうしてこの街を出たいのか。 幼いころの自分は、なぜ外と町の境界であり、魔物から街を守るための壁をにらみつけていたのか。 誰かが帝都で自分を待っている気がするのはなぜなのか。 それらすべてが、この耳飾りの謎と共に帝都に答えがあるような気がした。 「有り得ないよな」 ふと思った考えは頭を振ってすぐに消し、なんとはなく耳のそれを手でいじくりながらまた考えに没頭する。 音を鳴らさなくなり、それが当然だといつの間にか馴染んでしまっていた鈴は、もう手がその形を覚えてしまっている。 この耳飾りの鐘が音を立てた。 そんなものは妄想だとわかっている。 だってこの鈴は、“鳴らない”のだから。 音が聞こえたなどありえない。 幻聴だ。 ならない鈴を道楽でつけてと父親似はよく言われる。 そうじゃない!と大きな声で叫びたいのに、本当に鐘の音色は聞こえないから、自分にはどうすることもできないのだ。 わかっている。 けれどーー 気付けば無意識に鈴のかたちを再び手でなぞっていた自分がいて、舌打ちがもれでた。 * * * * * 父親と喧嘩をし、服を変えて家を飛び出し、町の酒場に足を踏み入れた。 だれか親しい娘にかくまってもらおうか。 いや、それでは先程の件に舞い戻ってしまう。 同じ過ちはしない方がいい。 なにより彼女達に迷惑がかかってしまう。 家に帰るのも億劫だ。 あの家で生まれたからには、あの家を支えるべく教育を受けた。 『貴族』らしくあれと。 それが、遊び歩いている俺に対する父上の口癖だった。 (貴族らしく…ふるまえ、ねぇ) 父や母、家庭教師たちが望むような『貴族』。 傲慢で権力や体裁ばかり気にする――貴族らしい『貴族』。 そういう意味では兄は立派な『貴族』なのだろう。 父もまた典型的な貴族の代表ともいえた。 今回の件で、あまりに遊びが過ぎると、アトマイス家の恥だからと、帝都にいけという。 そこで騎士団に入り規律を学んで来いと先程言われたのだ。 尊大に振る舞うことを権利と言ってはばからない『貴族』が、威張り散らすばかりの『騎士』になって…。 いったいなにが変わるというのやら。 いや、でも“騎士”というからには、やはり御伽噺のようにみんな生真面目で強く、凛々しい生き物なのかもしれない。 ・・・それなら、いいが。 家督を継ぐ兄を支えられるようにという名目の、結局のところは体の良い厄介払いだ。 帝都には今の俺のように、“そういう”家督を継がぬ貴族の子供が群れを成していることだろう。 あそこは王族も住まう。 ここよりも貴族と平民の差別が激しいというし・・・。 本心でいうとうんざりだ。 いきたくない。 別に高飛車なところはあっても両親や兄が嫌いなわけではない。 ただ彼らが言う『貴族』としてのありようがわからない。 それが『騎士』となっても変わらないと思うだけで・・・ オレは馴染んだ鳴らない鐘の感触に触れながら、追手のことを考える。 あいつらはまだこの周辺にいるのだろうかと。 騒いでいた父親がさらにうるさくなる前に屋敷を飛び出し、街に繰り出せば、家の者まで「どこですかダミュロン様」と探し始めるしまつ。 それにのっかり、俺への日ごろのうっ憤を晴らそうと、俺を探す者までではじめたせいで、町の中は大騒ぎだ。 そんな追手から逃れて下町の酒場に潜り込んだ。 まぁ、顔が割れているのだ。薄暗いから大丈夫とはいいがたい。ここに長居することもできない。 どうしたものか。ン 「おい、なんだかしらないがアトマイスの家が一家総出で次男坊を探しているらしいぜ」 「ああ。あの放蕩息子」 「なにをやらかしたんだかねぇ」 安酒をあおりながらぐだぐだ時間をつぶしていると不意に酒場の男たちの声が聞こえてきた。 どうやらメイドや使用人、執事まで総出で父は俺を探しているらしい。 父はよほど俺を帝都に連れて行きたいようだ。 帝都にいってなにがあるわけでも・・・ いや。まてよ。 ああ、でも。向こうは格式の高い貴族の巣窟。 ここにはいないような貴婦人達もいるわけで。 そういった女性達とお友達になれるチャンスかもしれない。 だからといって今帰ると、あの父に従った形になってしまう。それは釈だ。 ならば。 どうせ逃げられないことだし。 いっそ楽しんでしまうとするか。 馬車を呼ぼう。 見つかる前に、こちらから“迎えてやろう”。 父に無理やり帝都に送られたといわれるのは嫌だ。そうではなく、自主的に家の為にと大見得えきっていこう。 盛大な見送りと共に、あの父に一泡ぐらいふかせられるだろう。 そうときまれば、即決行だ。 席を立つ。 まだ周囲には気付かれていないが、屋敷銃で次男坊を捜索という噂が本格的に広がれば、さすがに長居すればするほどばれる確率は上がる。 長居は無用だ。 いくぶんか酒場の視線がこちらにうきはじめているのもある。 酒場の読んだ空気を入替えるように扉をあけた。 俺は帝都へいく―― チリン 耳飾の鈴が、また鳴ったような気がした。 それは鼓舞するようにいつもより大きく、一度だけ響いて、再び沈黙した。 * * * * * 「お、おまえぇ…」 「不肖ダミュロン・アトマイス!一層の研鑽を積むべく帝都にて騎士を目指すことになり申した!必ずや立派に務めてまいりましょうぞ」 俺が呼んだ騎士が、正装した“アトマイス家の次男坊”を門前で待ち構えている。 それと肩で息をする見送りの面々に満足し、ニッコリ笑顔で別れの挨拶を告げる。 父も兄も使用人たちもボロボロだ。 つい先程まで町で俺をさがしていたんだからしょうがないだろう。 「だ…ダミュロン!貴様、いままでどこに…でどこに!!」 まさかの父上も帝都に追いやろうとしていた人間が、すでに屋敷にいて、しかも自ら帝都に行く準備も整え、自分で護衛まで呼んで待ち構えているとは思っても見なかったのだろう。 怒ろうとしているのかあきれているのか八つ当たりでもしようというのか、もうなんともいえない間抜けな顔に、してやったりと口端を持ち上げつつ、呆然とする父上の肩をたたいて笑いかける。 「私がいなくなるとファリハイドもさぞ退屈な街になることでしょうが」 「っ…」 「なぁに、心配ご無用。必ず帰ってまいりますゆえ」 周囲の醜態もあるからこれ以上怒鳴ることも言い返すこともできないのだろう。 その隙に「しばしおさらば!」とウィンク一つ残して、俺はさっさと馬車に乗り込んだ。 見送りにはしては若干不釣合いな父の癇癪めいた「ダミュロン!!」というわめき声を背に、俺をのせた馬車は帝都へ向かって動き出した。 なんで帝都にいこうと思ったかなんて、本当のところは俺にもよく分からない。 父や兄たちの先手を打ちたかったのも確かにあるし、女性達と遊びたいのも否定はしない。 それでも心のどこかで“違う”とわかっていた。 俺は、そんなものを望んでいたわけではない。 別の“なにか”を、どこかで求めていたのかもしれない。 俺は…あの酒場の扉をくぐる間際、ほんの一瞬だろうが別のことを考えたような気がする。 けれどそれは自分の中で形にも言葉としてまとまってさえおらず、胸の中がもやもやする気持ちだけが相変わらず募っていく。 なんで あの町にいることが息苦しいと感じていたんだろう。 そういえば、昔はいつも城壁と空をいつも見上げていたような記憶がある。 理由なんて忘れてしまった。 俺は空でも飛びたかったんだろうか? ーー馬車に揺られてどれだけか。 街をまもる壁とにらめっこしていた記憶に惹かれるように馬車から窓の外を覗けば、 もう帝都はすぐそこだった。 帝都を見渡せる場所まで来たとき、揺れる馬車から、四輪の巨大な光の輪が視界に飛び込んできた。 それは剣のような形をした巨大な魔導器を中心に展開していて、円形状に広がる壮大な町を全て取り囲んでいた。 いままでのファリハイドという小さな世界とはかけ離れたそれを見て、ここなら“みつかる”かもしれないと胸がトクンと高鳴るのを感じた。 ここなら。 この感覚はなんだろうか。 これがなにかわかったら、この胸の不快感をどうにかできるだろうか。 * * * * * 見上げれば四輪の結界がひろがる、帝都の空。 俺は今日この瞬間から、変わるんだ。 ――っと、意気込んで帝都に足を踏み込んだ半年前。 現状、“貴族”に関しては、変わりなし。 こっちの騎士団は清廉潔白で〜とかそんな絵本を手に夢を抱く子供の気持ちを完膚なきまでにぶち壊すがごとく、見事なまでに“ここ”はただ利己主義的なまでに平民と貴族の出身者はわかれた組織わけをしていた。 ここの貴族も所詮『貴族』であり、そして家督を継がないがために家を追い出されたような“こども”ばかりだった。 そう。結局は俺がいたファリハイドとなんらかわりがなかった。というより、貴族と平民の差が向こうよりひどい。 だから『騎士』なんかが街を歩けば避けられる避けられる。 目見麗しい令嬢とお近づきになれず過ぎ行く日々…。 俺、もとい騎士があるけば道をあける平民たち。 これではまるでこっちがならずもののようだと何度思ったことか。 「もう、慣れたけど」 はぁーっと、小さくてもため息が漏れる。 人なんてこんなもんだ。 ほら。結局はなにも“変わらない”。 でも―― 空を見上げると四重の輪が視界に飛び込む。 初めて目にしたときはあまりの大きさに一種の感動じみたものを覚えたが、いまはそれもない。 それでも。どうしてもあの結界魔導器の四つの輪にだけは慣れないままだった。 |