片 翼 の 獅 子
++ 第一部 Tales of Vesperi a ++



12.ダミュロン・アトマイス





 テルカ・リュミレース

1000年におよび〈帝国〉が支配する この世界で

人々は〈ギルド〉などに所属する一部のぞき
“貴族”と“平民”という 明確な階級差のある中で 生活を送っていた。






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 side ダミュロン・アトマイス
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 ファリハイド――東大陸イリキアが擁する諸都市の中でも指折りの歴史を誇る邑(マチ)。〈帝国〉の高貴な家系の多くがその命脈を保つ都市。
 ダミュロン・アトマイスは、ファリハイドきっての名門の当主スパルド・アトマイスの次男坊だった。
 この街に住まう多くの若い者が、使い道のない“貴族”という地位を持つ。
跡継ぎとは無縁な子供たち。
その多くがぜいたくな暮らしをし、恵まれた環境でぬくぬくと育つ。
ファリハイドという狭い空間であれば、彼らの願いは何でもかなった。

―――俺もまたそのひとりだった。

 父に呼ばれて向かう間の衣装は、黒を主体としたもの。つややかな光沢のある記事は丁寧におられたもので、金銀の精緻な刺繍が縫い取られた袖からは、透かし模様入りの純白のレース地がのぞく。
装飾品も見事な細工の者ばかりで、嵌め込まれた紅や翠の宝石は小さいながらもけれど俺は他の貴族のような華やかさが苦手で、過美すぎて下品にならないようにはしてもらっているが、それでもこの光沢ある服の素材を見るのは、好きではなかった。
若干の息苦しさを覚える。
そんな俺は貴族には向いてないのかもしれない。
けれど、まだ長男でないだけましだろうか。
 次男であるがために、俺は家督の重責はなく、遊びほうけてばかりいた。
しかし、結界にも端があるように、この街の中で起こることは、狭い範囲内でのみのままごと。やがて飽きをよぶ。
俺は早い内にそれがきていたらしく、いつも何かを求めている自分がいるのにうすうす気付いてはいた。
なにをしてもこれといって熱中することなどなく、何に対してもどこかで一線を引いていた。
そのむなしさを女性たちと愛をささやき、可憐な女性たちを見て癒していた。
勉学には、まるで関心はなかった。
 外面だけはよくみせていたが、実際あちこちで喧嘩を売られまくっていて、それは親兄弟、友人たち、周知の事実でもある。
いざとなれば腕っ節の強さを見せつけてやったし、俺はやられるぐらいならうまく躱して先に逃げることを選ぶ。
何事も臨機応変、自分優先だ。
おかげで恨みを買うことも多々あり、貴族のボンボン連中が雇った輩といざこざを起こすこともざらだった。
それは昨日あった<選ばれし仮面の会>でも同じ。

「やれやれ」

 面倒なことを思い出し、気が重くなる。
ふと今父に呼ばれている理由は、昨日の<選ばれし仮面の会>での騒動ではと思い当り、やはりあそこまでの乱闘騒ぎは控えておくべきだったかと内心舌打ちする。
 <選ばれし仮面の会>とは、その名からはかけ離れたパーティーだ。“選ばれし”とは名ばかりで、実際は若い貴族らの間で、仮面パーティーがはやっていて、簡単にいえば、暇で金のある奴らが乱痴気騒ぎをしているだけの宴会だ。
鐘のある者しか参加できないことを思えば、ある意味では“選ばれし者”なのかもしれないが。
それが定期的にあり、昨日もそれでひと騒動あった。
 けれど悪いのは向こうだし、たとえ仮面をしていても誰が誰であるかわかったとしても仮面パーティーということになっているのだ。素性を明かさないことが暗黙の了解であり、それを自ら破れば、告げ口のような真似をしたあちら側が、自らを陥れることになるだけ。
なにせ狭い町の貴族など決まった者ばかり。あるいは所作や身に着けている物、声ですぐに誰かがわかる。
だから言ってしまえば、そんなものに参加していたことがばれることをよしとはせず、参加者が口を割ることはないはずだ。自分の名誉が大切ならば、な。
それほど誰かが軽々しく言うとは思えないが、父は些細なことでも追及する方だから、また花瓶が割れるかもしれない。


「お呼びですか、父う――」

 屋敷の中でも一頭に重々しい扉の前、あまりの威圧的なそれに、なかにいるだろう父にそっくりだと思い思わず天井を仰いでしまい、これから起こりうることに一度ため息が漏れる。
しかし呼ばれたからにははいらないわけにはいかない。
そう思って笑顔を顔面に張り付けなおし、三回扉をノックして、返事は待たずに扉を開けた。
隙間から滑り込むように中へ足を踏み込めば――

ヒュン! ガシャン!!

 案の定、すべての挨拶が言い終わるより早くに、己の顔面めがけて粋な装飾のしゃれた小皿が物凄い勢いで飛んできて、今日は皿かという気分でそれを最小限の動作だけでかわす。
そのあとも数枚飛んできたそれをかわす。
名のある職人の手による飾り小皿には申し訳ないが、俺にぶつかってくるのではなく、そのまま壁や床にぶつかってもらう。
っが、そこで攻撃は終わらず、インク壺が跳んできたときはさすがによけずに受け止めた。
まだ蓋がしてあったのは救いだろう。
目の前のあの人は、見境なく手近にあるものを毎度のように自分に投げてくるのだから。
そこで猛攻撃が止まったのをみて、投げる者がなくなったかと顔には出さずにあきれる。
本当によくやる。
唯一無事だったインク壺を手に、とりあえず父の机の上に置くと今度は怒鳴り散らそうとでもいうのか席を立とうと腰を浮かせた位置を押しとどめるように、はがれかけた笑顔を張りなおして声をかける。

「御用はなんでしょう、父上?」





 あのあとは最悪だった。
いつものとおりといえばそうなのだが、こちらはたまったもんじゃない。

 いわく――カルニダルの娘の部屋に忍び込んだものがいるとか。
もちろん俺ですね。
でも相手の娘さんが口を割らないという自信がある。
俺が跡を残すようなへまをするはずもなければ、そんな目撃者を残すはずもない。
考えてやってるのだ。
でも「誰にも見られてません」と返せば、そんなことを聞いてるんじゃないと罵声が返ってくる。
おー。物が跳ばなかっただけましか。
けれど彼女は決して相手が俺とはいわないだろう。ならば、それはカルニダル側が何と言おうと言いがかりにしかならない。
そうしたらアトマイス家に泥を塗るなときた。
自重しますと、いつものようにつげようとしたところで、目ざとい父の視線が昨日の<選ばれし仮面の会>でもらいうけた戦利品に向かった。
しまったと思った時には遅く、右手の金細工の腕輪を指摘された。
あれは些細なことでいいがかりをつけれたことから発展した喧嘩、いや大立ち周りの結果得たものだった。
 父には言葉を濁して告げたが、ささいな集まりという単語で彼はすぐに<選ばれし仮面の会>の名をあげ、もらったと言えば「サユジットの三男坊」と的確にすべてをあてていく。
本当に情報が早い。
これではきっとあいつに青痣をプレゼントしたこともばれているだろう。
でも会の中でのことを表に持ち出すとは…ルール違反も甚だしい。
泥を塗られるのはきっと向こうだ。
言うつもりはまったくなかったが、カルニダル家の娘とは大違いの脳なしだ。
 その後、家名がどうだと怒鳴られたが、なにか違う用件があるらしく「まぁ、いい」と珍しく、椅子に座りなした父に違和感を覚えた。
その段階で逃げておけばよかったのだ。
もちろんさっさと逃げたが。
父は言った。

「わしはな、長いことこの問題を考えてきた。父親として、一族の当主としてどうすればおまえの根性をただしてやれるのかとな。それで気付いたのだ。このファリハイドにいる限り、そして我がアトマイスの庇護下にある限り、それは不可能だとな。となれば話は簡単」

珍しく父の表情に怒り以外に笑みのようなものがうかんでいた。
最後に父の笑顔はいつ見たかは覚えていなかったが、あの笑顔はさすがに違うだろうと思った。
それに、気分は判定を待つ盗人―――を装って、続きを待った。
そして――

「おまえを帝都に送ることにする」
「帝都?」
「そこでおまえは騎士団に入ることになる」

長く勤めれば少しはその根性も叩き直されるだろうと言う。
厄介払い?
それにしても……汗臭い、兵隊暮らしなんて――耐えられるわけないだろうが。

「聞いとるのか?」

とびきりの笑顔を浮かべて言ってやったさ。


「御免こうむります」



そのあとは勢いのままに外に飛び出していた。
もちろん根回しをして目立たない恰好に着替えてだ。











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