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09.聞こえない約束 |
| ※王族や歴史は物語に合わせた捏造になります!正史ではありません、ご注意を!! 気が付いたら、町を守る壁際まできて、空を見上げていることはよくあった。 自分でもなんでそんなことをしているのかはわからない。 そんな無駄なことに時間をつぶすぐらいなら、町でイタズラやちょっかいを出していた方が楽しいハズだ。 それでも―― 空に“なにか”を望んでしまう。 きっと きっとーー 俺はあのひとのような「立派な人」になりたかったんだと思う。 ========== side ダミュロン・アトマイス ========== その日は、たまたま昨日ちょっかいをだしコテンパンにしてやったごろつきにみつかり、襲われかけた。 反感を買うのも逆恨みされるのも、こんなことは慣れている。 いつものように対処しようとして―― 「そこまでだ」 突如、俺の視界を覆うように颯爽と現れた存在に目を奪われる。 黒と赤という印象を与える一人の男が、いつのまにか俺と荒くれ共の間に入るように立っている。 男の髪は首元までの短さで、光を浴びたそれは明るく色を煌めかせ、夕日の光をそのまま写し取ったような綺麗な赤色だった。 こちらに向けられた黒いファーのついた外套の背には、なんだか怒った鬼のらくがきのようなどことなくファンシーなマークが白抜きで描かれているのが目についた。 彼が荒くれ共となにか言葉を交わしていたのはわかったが、驚きに脳の回転が追い付いていなかった。 一体何が起きたのかと、頭が結論を出すよりも早く、三人の男たちが攻撃態勢に入って動いた。 乱入者は軽く男たちをかわして、まるで誘導するように彼等の視線を俺からそらしていく。 そこで一瞬、赤毛の男と目があって、すぐにその意図を理解する。 咄嗟に姿を隠した茂みからこっそりと様子をうかがい、あまりの凄さに目が離せなかった。 不覚にも俺は見惚れていた。 からんできた男たちは、俺からみても大した実力はない。 けれど赤毛の彼の動きだけが、まるで舞ってでもいるかのようで、惹かれてやまない。 はじめ剣を左手に持っていたのに、それを投げるように手放し、右手で受けると同時に右側の敵を攻撃し、そこに体術を加えて相手を蹴りあげる。 アクロバテッィックな動きであるのに、その一挙一動に迷いも隙もない。 あっという間に男たちをのしてしまったが、その動きを見ている間は、時間が止まっているかのようにとても長く感じた。 出会った赤毛に黒衣の青年はおかしなひとで、奴らがいる間はずっと凛とした雰囲気で、貴族のように優雅で口調だって厳しく――大人の人に見えた。 けれど背後で微妙に動いた男たちを目にし、あわてて彼の手を引っ張って、町の人ごみに逃げ込むと、まるで無垢な子供のようにはしゃいでいた。 それはまるで俺よりもはるかに幼く、世間を知らない子供の用に。 あまりの純粋な感情の露出に、俺の方が恥ずかしくなった。 綺麗な――俺と同じなのにもっと明るい――緑の瞳でみつめられ、微笑まれ、自分でもわからないうちに、顔に血が上って熱くなり、思わず視線を逸らしたりした。 なんだか、先程のかっこよさはどこにもなかったけど、かわりに周囲をきょろきょろとみては嬉々としている彼が、ほっとけなくなって、彼の言う「はじめて」が常識的に“知らない方がおかしいこと”だとは理解していたし、相手の発言内容がどうも上流階級貴族のようで違うようで…違和感はいっぱいあったけど。それよりも…もっともっと笑ってほしいって思えったんだ。 この人の傍にいたら、俺が空を見上げる理由がわかる気がして―― けれど彼はこの町の住人ではない。 なによりたかが今出会った子供に、彼を引き留めることは不可能だ。 ごろつきからかばってくれたあのときからずいぶん時間もたち、帝都に帰れなければいけないという彼を引き留めたくなって、それを口に出さないようにうつむいて黙っていたら。 手を出し手と言われ広げた掌の上に、そっと釣鐘上の小さな鈴を載せられた。 ピンクゴールドかな?それより少し赤みが強い色合いは、目の前のこの人の夕焼けのような髪を少し彷彿とさせる。 渡されたそれを手に取って振ってみると、チリーンと心地よい深みのある音が響いた。 なんだかその音色を聴くだけでひどく心が落ち着く。 そんなオレをみて、彼はまた柔らかく笑った。 そして彼は、追いかけておいでと、再会の約束をしてきた。 「いつか君が、君自身が“気付いて”、この音まで届いたら・・・オレたちのところへこい」 そう言ったあのひとの言葉は、「気付く」とか「音に届いたら」とか。ほとんど抽象的すぎて理解はできなかった。 あれは彼だけがわかる“なにか”を示した言葉なのだろう。 “こい”ということは、あのひとが求める“それ”が、俺の中にあるということ。 それに嬉しくなって、『約束』をした。 「待ってて!必ずあんたのところまで辿り着いて見せるから!!」 今にも去ろうとする彼を引き留めるように声を張り上げた。 そんな俺に彼は一瞬驚いたような泣きそうな顔をした後、くしゃっとした表情でうれしそうに笑った。 「や、約束だ!!」 「うん。約束だ。オレは君を待つ」 彼と別れた後に、いまだ互いに名前さえ名乗っていなかったのに気付いたが、そんなもの不要だと――手の中の鈴を握れば思えた。 * * * * * ダミュロン・アトマイス。 それが俺の名前。 ごろつきに襲われかけていたところ助けてくれた黒衣の人に、名乗ることのできなかった名前。 教えていれば何かが変わっただろうか。 ああ、でも… それは、ないな。 あの後、約束の証としてもらった鈴は、職人頼んでピアスに加工してもらった。 耳元でチリーンと響くたびに、心の漣がないで行くのを感じ、くすぐったく思うと同時に、あの外壁の向こうの“空”に近づけた気がした。 同時に音が聞こえると、側に温かい何かがいるような気がした。 はじめは鈴をつけることじたいなんの冗談だと家族にいわれたが、『音が鳴らない鈴』なんてどこから持ってきたと――さらに酔狂だと言われ驚いた。 こんな綺麗で暖かなものが聞こえないはずはない。 そう思っていたが、どんな人間に聞いてもその鈴の音は、自分以外には聞こえないらしかった。 さすがの俺も聞こえるのが自分だけだと知ると、だんだんとこれが幻聴ではないかと思えるようになってきた。 それからというもの。数年もすると音は小さくなり、途切れ途切れとなり、しまいにはまったく鳴らなくなった。 釣鐘の中に揺れる金属には異常はない。 振ってもだめで、理由がわからないままだったが、なぜか捨てることはできずそのまま耳につけ続けていた。 自分にも誰にも聞こえない鈴の音――。 だけどたまに色を売る女が綺麗な音ねと囁く。 けれど大概がしばらくすると聞こえなくなるようだった。 いつの間にか音のしないことにも慣れて、ふとした拍子に耳に手を伸ばす自分がいるのに苦笑さえも・・・浮かばなくなった。 ――あれかから十五年。 もう鈴はならない。 俺は結局、あのひととの約束さえ忘れてしまった。 |