片 翼 の 獅 子
++ 第一部 Tales of Vesperi a ++



08.君の音色は何色か?
※王族や歴史は物語に合わせた捏造になります!正史ではありません!ご注意を!





 オレがレギンと振動数を合わせて、共に暮らすようになってから、前より随分と身体の調子が良くなったことに気付いた。
いままでエアルの操作はスパイラルドラコの聖核にたよっていたが、最近は一人でもうまく対処できるようになったのだ。
たぶんレギンが無意識にオレの負担を背負ってくれているのだろう。
おかげで以前より身体が軽く、エアルの調整ごときで身体維持のための眠りを必要としなくなった。
 ただしその分、オレの身は、いままで以上にエアルに敏感になり、むしろエアルに身体が近くなった気がする。
おかげでオレは星喰みに近づき、朱色の髪が根元から黒く染まってしまった。
 同胞である始祖の隷長エルシフルにみてもらったところ、以前とは違って呼吸と共に身体に取り込むエアル量が増しているとのこと。
つまりエアルの過剰摂取過多。良薬(オレの場合食料=エアル)もとりすぎには注意しましょうと、そういうことらしい。
実のところ、レギンが魔術を使うごとに、オレの方の余計なエアルが消費&放出されるため、オレの髪が黒くなろうとも完全に星喰みに飲み込まれることはないだろうともいわれた。

そんなわけで、今のオレは黒髪である。






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 side 夢主1
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「ルーは『レギン様』で」
「レーは『ルーク』なのぉ」

「か、かわいい!!さすがおれの弟たち!!」

 オレなら子どもの姿でも毒も聞かないし、剣術も使える。ある程度の暗殺者など屁でもない。だからレギンと魂の波長を合わせこどもの姿になった。
 あれからレギンの身代わりとなるべく城に迎え入れられた後――ナシラは弟が増えたとばかりにオレとレギンを一緒くたに抱き上げると、嬉々として城に持っていき、オレたちの世話役に可愛さ自慢なんてばかげたことをゆるんだ笑顔でしていた―――オレは二つある名のうちの“人の名”をレギンに渡した。

 その日から、本物のレギンは『ルーク』になった。
皇帝の身代わりであるオレは、『レギン』になった。

ただ、互いに互いを呼ぶ時だけは、レギンのことを「レー」と、オレのことを「ルー」と呼び合う。
表というか、呼び名と相性が逆だが、それはそれ。
オレとレギンはそれを楽しんでいるのだからいいのだ。



「ナシラ!ルーが魔力を使うとパァッ!となってリリンゴンで、髪は夕焼け色にキラキラできれいなんだよ!!ねぇー?」
「レー。それ、意味不明だから」
「いやいやレーの言う通りだぞルー。リリンでゴンはわからんが、パー!でキラキラ〜でうっとりなんだよ」
「「な〜」」
「……だれか訳してくれ…」

 レギンはオレに関しては勘がいい。
感覚が少し始祖の隷長じみてエアルに敏感だし、オレと同じように魂の音――振動数――を聞くことができる。
なにより彼とオレは同一の存在だ。
だから彼が言う擬音の山もなんとなくだが、いいたことはわかる。
 レギンが言っている“パァッ!”というのは、魔力を使った時のエアルの輝き。
“リリンゴン”というのは、エアルの流れが奏でる音色。リリーィンと高く、ゴーンと時には低く鳴り響く。
“キラキラ”は前述の夕焼けという単語があったことから、エアルが抜けたオレの身体が星喰み化がとけ、元の姿に戻った時太陽の光を反射したという意味合いだろう。
それを同じようなテンポで繰り返すナシラの言葉は、ビューンとかドーンとかの擬音ばかりで王というのを疑いたくなる。感覚理論とでも名付けるべきなのか。
 貴様の言語録は、本当に大丈夫なのかと。子供と同じ視点で会話しているいい年をした大人を見て、思わず不安になる。
「なぁ〜」とニコニコ笑顔で、よく似た感情論だけで語り合う兄弟に、ネコがじゃれているように見えてきて、いっそのことアスピオの魔導師に翻訳機を作らせようかと一瞬思ってしまった。


 城では『レギン様』を知る数人の使用人に見守られて育ち、ナシラからが教わった秘密の抜け道を駆使して下町に遊びに行ったりして過ごした。
 それから十歳の時、遠縁の子としてではなく、クルノス14世の実弟『レギン』として。
相棒は『レギン』の騎士『ルーク』として、世間に正式に発表された。
とはいえ、それで自由が制限され、今まで以上に刺客が向けられたかといえば、オレたちがどうこうされるわけもなく。あれからもオレたちはちょくちょく城を抜け出しては、ベリウス叔母やホワイトホースに会いに行ったりした。
さすがに海上のアイフリードには、なかなか会うことはできないので、彼女たちが定期的に訪れる港に言伝や伝言を預けるぐらいだが。

 あれから七年ぐらいだったろうか、とにかく約十年程たったわけだ。
物の数えがおおざっぱなのは、オレが数千を生きる始祖の隷長ゆえ。あまり年を数えるという概念がないのだから仕方がない。
 オレとレー(『ルーク』という名の本物のレギン)が出会ってからは、オレたちはいつも一緒だ。
でも離れられないというわけではなく、オレたちは離れていても繋がっているらしく、相手の感じていることが何となく伝わってくる。
だから問題ない。

なので、ただいまブラリ一人旅の最中だ。

 もちろんこういうことはよくあり、レーには事情を言ってある。ナシラだって「いってらっしゃ〜い」と見送ってくれる。『レギン様』の留守のことは、二人が今頃うまくかわしてくれていることだろう。
いつものことだ。
 ってなわけで、本日も一人珍道中。
 今日は、ベリウス叔母、アイフリードやホワイトホース、あの旅好きな逃亡癖のある皇帝までもが、お前は絶対行くなと言われていた場所に向かっている。
だってダメと言われたら行きたくなるじゃないが。
 みんなが若い頃は、陸だろうが山奥だろうが海だろうが、愉快に旅をしていた。
そんなとき彼らがどうしても近寄りたがらない場所があったのだ。
なぜだと聞けば、全員が全員そろって同じことを言う。

いわく、あそこはオレにはむかないのだとか。


 いつもどおりエルシフルに帝国の近くまで迎えに来てもらった後、ノードポリカで降ろしてもらうなんてことはせず、さくっと“あの町”に向かった。
 人の姿では見つかったときの言い訳が思いつかないので、本来のチーグルの姿に戻る。
街を歩いてすぐに分かった。
ここは帝都の縮図のような場所だった。
貴族が支配する町。下と上の関係が激しい街。
現皇帝でありながら、オレたちと過ごしていたナシラは随分性格が貴族らしくない。その彼を含めた自由人、アイフリードやホワイトホース、レーが嫌うのも納得できそうな町だった。
 人間って不思議だ。
同じ種族間で優劣をつけて暮らしを分けるなんて。
 でも、そんな人間の気持ち、わからなくもない。
オレも以前は、きっと人間であった時もあっただろうから。

 うん。軽くて見てさっさと帰ろう。
 ひとにみつからないように極力人込みを避け、裏道や茂みをぬってすすむ。
結界はあるが、やはり街の端には壁付がある。
そこまでたどり着いたところで―――

ふいに、それは目にはいった。


  リーー・・・ン    チリリーン


 灰色の壁と青い空をいっぺんに睨むように、上を見上げてたたずむ少年がいた。
うちのレーよりさらに若く、年のころは10歳かそこらか。
 どうしようもなく惹かれたのは、彼から聞こえる“音”のせい。
オレが捕えるのは魂の音色と、魂が発する振動数。
聞こえたのは、よくわからない不協和音。
レーの命が危ないのだと知った時の昔のナシラのような、憤りとやるせなさがグルグルしているような…低い音が常に響いている。それにくわえて、何かを求め続け、いつかはそれをとらえんとする夢を追う者の強く澄んだ音色も聞こえてきた。
それはいまにもこの壁に挑み壁を越えて羽ばたきそうな――まだ地面に埋もれたままの原石のそれ。
 思わず声をかけようとしたら、タイミングわるく町のごろつきが身なりのいい子供を見て集まってきた。
その手には武器。一人は魔術師か、とくに手に何かを待追ってはいないがその腕に、魔導器らしき鈍い輝きがあるのを確認できる。
八つ当たりか、金の請求か。どちらにしてもろくなことを考えてはいなさそうだ。

「ゲッヘッヘ。アトマイス家の坊ちゃんがこんなところで何をしてるんだい」
「おまえら貴族のせいでおれはおれは・・・」
「こないだはどぉうも、お坊ちゃんよぉ」

「・・・・・」

 子供に向かっていっせいに喚きだした三人の男たち。
しかしこどもが向けた視線は冷たく、子供らしくない思考の渦が彼の中で激しく吹き荒れているのが分かった。
感情の激しい起伏ではなく、言葉を探すべく思考をめぐらせているそれは、ナシラやホワイトホースに似た、年以上の成熟した知性の片鱗を感じるほどの鋭利な瞳だった。
 たぶんオレが何もしないでもあの子ならば、ぬらりくらりとあんな男たちなどたやすく交わしてしまえたかもしれない。
けれどオレの場合は考えるより先に体が動いてしまっていたのだから、馬鹿と言われようがどうしようもない。
以前のオレからは信じられない行動だ。
オレも随分、人に近づいたものだ。

 茂みをかき分け、子供の前に飛び出すときには、姿は始祖の隷長の獣型から人へと変わっている。
 髪は黒。短く首元まで切ったそれが、風にあおられてくすぐったいが今は気にしないようにする。
服装は相変わらず旅用にとレーからもらった黒のファー付きの外套姿。
現在17歳のレギンと同じ身長に、同じ体格。
それで子供の前に飛び出した。


「そこまでだ」
 オレ特製の、小さく凝縮された親父ことスパイラルドラコの聖核を嵌め込んだ音叉の形をした剣――通称『アザナさんのチートな鍵』。それをエアルに還元し、身体に取り込み、いつでも取り出せるようにしたもの――を具現化する。
 人の姿で剣をとるのは、前世の影響。
はじめはホワイトホースやベリウスもオレが剣を使えることに驚いていたが、たぶんこうやって体に取り込めばいいとか、こうやって『鍵』を作ればいいとか、剣の動きはこうだとか。そういうのは、オレが忘れた前世の記憶から肉体が率い継いだもの。
記憶も一部欠けていようとも、肉体が入れ替わろうと、長い転生人生における戦い方はこの魂に染み込んでいる。
少し練習すれば魂の記憶はすんなり今の肉体にも反映されるように馴染む。

 スッと、鞘から剣を抜くと、背が伸びる。
 もともとはなにかの流派をもとにした自己流であるがために、癖のある剣術だった。
しかし『レギン』として振る舞ううちに、身についた所作がある。
剣を振るう時もそう。
背を伸ばせば、必然的に口調も変わる。
人々が望む“皇帝の弟”たるべきありように。
それはオレのパフォーマンスのごとき粗雑な剣技にさえ、品格をもたらした。

ここでそれを使わない手はない。

 不思議なことに、人間という生き物は自分たちを戒めるのが好きなようで、世界が求める理よりもさらに狭い範囲内での規則を定めるのを好む。
狭い範囲で生きる彼らは、人が決めた地位というのが、その個人の価値を決めるという。
それを取り払おうと、ナシラたちが頑張ってはいるものの、今のこの現状では、地位でもって威圧して物を収めるのもありかもしれない。

「話を遮ってすまないな」
「なんだてめぇは!」
「誰だって構わぬだろう。私がお前たちが誰であるかを知らぬように。
ああ、そうだ。ありきたりのセリフで悪いが、子供一人によってたかってなさけないとは思わないのか?」
「ああ?俺らはなぁ。てめぇなんざに用はないんだよ!」
「そうそう。用があるのは、こっちのお坊ちゃんだけなんだよ」

「……くだらないなカスどもが」

「「なんだとっ!!」」


 人の側にいて、魔術の側にいると髪が黒く染まる。これは星喰みになりかけている証。
しかしレーかオレが魔術を使えば、それでエアルは体外に出てしまうので、髪の色は赤に戻る。だけどまだ大丈夫。
それに、オレが使わずとも…ほら、髪が赤くなってきた。
レーは体内にエアルを取り込みすぎないようにと、最近ではギガントモンスターの討伐をするようになった。
オレが出かける前に、レーは結界の外に遠征に行くと言っていたので、世界のどこかにいるオレの片割れが、今頃ギガントモンスターでも倒すべく魔術を開放したのだろう。
彼を通してもエアルが体外に解放されているから、そう簡単にはオレが闇に飲み込まれることはない。
 髪が黒くなければ、すぐには『レギン』だとバレることはないだろう。
 オレはたかが煽り文句でつられた男達が、それぞれの獲物を手に雄たけびを挙げてこちらにふりかぶる。
それに思わず口端が持ちあがる。
こうも簡単にこちらの策に溺れ、こどもから意識を逸らせるとは。
現に彼らの背後で呆然としていた子供は、我に返るなり姿を隠すようにすぐそばの茂みの陰に隠れた。
賢い子だ。
オレの狙い通り動く。

 振り下ろされた斧を紙一重でよけるのは大した苦労ではない。むしろ魔術を扱える人間がいたことに驚く。魔導器は遺跡から発見されるのをギルドが保持しているが、その大半は帝国が管理していたはずだ。

「その魔導器はどうした?」
「へっ!お貴族様にはかんけぇねなっ!!」

「貴族、ね。お前たちにそう見えるならオレの17年も無駄ではなかったということだろう」

 問えば、男たちは案の定まっとうな回答は返さず、ニヤニヤとしてどこか堅苦しい理論だった術の詠唱をはじめ、それをサポートするように斧をもった男と、剣を持った男がオレの隙を突こうと迫りくる。
稚拙だ。あれでは教科書を棒読みしているのと同じではないか。

まぁ、どうでもいいけど。

 とある大男が片手で振り上げた斧によりうまれた隙をみて、オレは右手に持っていた剣を咄嗟に左手に持ち変える要領で相手の胴を斬りつける。
同時に背後から振りかぶられた剣に対しては、正面の剣士を踏み台にしてクルリと身体を回転させ、オレの剣を再び投げるように手から離す。その間に斧の軌道を逸らしておもいっきり蹴りを入れ、剣士の方に蹴り飛ばす。
クルンと宙で体の向きを変えて、空中で剣をキャッチし、音も立てず地面に着地する。とっさに背後で息をのむ声が聞こえ、治癒術が発動する気配に、振り返る。
斧のお男によって下敷きにされた男に意識はないようだったが、体格がよかったからダメージがすくなかったのだろう。斧の男がオレが背を向けると同時にうめきながらも起き上がって、またこちらにむかってくる。

「おそい」
「なっ!?」

トス

攻撃を軽くバックステップでかわして、男の背後に回って首に手刀を叩き込む。
ドサリと音がして相手が倒れるときには、オレは地面を蹴って駆け出していて、残る詠唱中の魔術師の正面につき、のどの皮一枚のところに剣を突き付ける。

「ひぃ!!」

 キィーーン。
金属が振動する音。
剣と剣がぶつかり合ったわけではなく、オレが剣にエアルをまとわせたことで、振動が発生したにすぎない。
 それと共に詠唱が止まり、怯えたような声が聞こえたところで、無意味に煩い悲鳴を聞きたくもなくて、くるっと剣を反転し、柄の方で魔術師を殴ってさっさと意識を刈り取った。

 倒れた三人の男に、運動にもならないとあまりの動きしかできなかった相手に、ため息をつく。
帝都の縮図と称されるここが、このようなレベルのごろつきしかいないのであれば、それはちょっと帝都の方も考える必要がありそうだ。
結界に囲まれた都市にのみ生きる彼らならば、それはしかたないことなのかもしれないが。
なんにせよ帝都も見えないような場所ではあまり環境がよくないのは明白なようだ。
そろそろオレたちも帝都の騎士団や結界の外ばかりではなく、下町の方も見た方がいいかもしれない。
人の成長などたかが知れているのかもしれないが、悪い人間ばかりでないのもわかっているつもりだ。


「さて。問題はこいつらだが」

 悪い人間ばかりでないんはわかる。わかるが、彼らをこのまま放置するわけにはいかない。
このまま捕えることは簡単だが、それではオレがいないときにあの子供がまた狙われかねない。
きっと今日のことをあの子供が他人に言いふらすようなことはしないだろう。
しかし心配すべきなのは、今目の前で意識を失っている男たちの口の軽さだ。
今度は仲間をひきつれてくるかもしれない。
目覚めた時が面倒だ。
たとえ「おぼえてろよ」とこれまたどこにでもある三文小説の逃げる悪役のようなセリフを吐いて去っていったとしても、そういう発言をする奴はしつこいものと相場が決まっている。
オレがこの町にいないと知れれば、彼らの標的はあの子供に向かうだろうし。

 男たちが子供の名を呼んでいたのは知っている。
子供が有名な貴族の血筋のものか、あるいはそれ相応に名の知られた子供だったのか。
いたずらでもしまくって(オレとレーは評議会の爺どもにソレとわからないようにやっているが)顔でも覚えられているとか。それとも神童とかいわれているか。詳しくはわからない。
 どちらにせよ、彼らはあの子供の素性を理解している。
ならば、男たちはいつでもあの子供の居場所を把握し、三文芝居のごとき報復をしかねない。
このまま放置するのも…あまりいい判断とはいえなそうだ。

 どうしたものかと考えていると、今の今までおとなしくしていた子供が、茂みからヒョッコリ顔をのぞかせた。
その目がキラキラとやんちゃ盛りの子ども丸出しで、小さい時のレーを思い出しておかしくなる。

「あ、あの…」
「大丈夫だった?」
「あ、はい!大丈夫、です!それよりそいつらどうするんです?」
「そう、なんだよな。う〜ん。ここの領主、あるいは警備隊たちはどちら側だ?」
「どちら?……ああ。それなら、彼らはしょせん貴族の子飼いの者達にすぎません」

 草むらから出てきた子供にレーを重ねてしまい、思わずその墨色の頭をワシワシと撫でる。
こどもはくすぐったそうに笑ったあと、その宝石のような綺麗なヒスイ色の瞳をこちらに向けてくる。
 好奇心か尊敬の色に輝いていた翠色の目が、オレの問いに答えようと思案気に揺らぎ、次の瞬間にはオレが望む答えを出した。
それに口元が緩む。
案の定、頭のまわる子供だ。

 このままこのごろつき達をこの町の騎士に引き渡してもおとがめなしで終わりそうだ。
こういうやから一掃するには、ちょっと無理があるし…

「大丈夫、です…から」
「ん?」

 子供は慣れているのだと、男達をチラリと一瞥し、後の処理は不要だと、オレのコートの袖をクイっとひっぱった。
逃げるが勝ち!といたずらっこのように笑った子供に連れられて、城壁の傍を離れた。



「こっちだよお兄さん!」
「あっはっはっ!ちょ、待って。お腹よじれる!なにこれ!なにこれっ!?楽しんだけど!!」

 鬼ごっこなんて、レーとナシラで城の庭先でぐらいしかやったことがない。
でかけるにしても護衛ってついていたし、ましてや始祖の隷長時代は逃げも隠れもせずただ寝て過ごしていた。
人に寄り添ってからは、レーかナシラがうまく追跡者が来ないように計らってくれていたし、必ず誰かに伝言やらを託していくので、わざわざ護衛やらをまくために走って逃げるなんてことをする必要はなかった。
後ろから「待て〜」なんて声が聞こえるが、子供と手を繋いで狭い路地裏を縦横無尽に走り抜けるのは意外とスリルがって楽しい。
ここまでオレの感情が高揚していれば、相方のレーにまでこの感情は伝わっているかもしれない。

なんだよこれなんだよこれ。メチャクチャ楽しい!!

 魔物と戦うときに近距離を走ることはある。
始祖の隷長たちの背に乗って空をものすごいスピードで駆けることはある。
だけどこれは違う。
頬にあたる風も、赤い髪を揺らすのも心地よくて、自分の足で桃生動く一生懸命走るなんて、なんて気持ちがいいのだろう。
後ろへと去っていく風景が、またいままでとは違う。
人であれば『レギン』であるため、獣の時は魔物だから。そういった理由でいつも隠れるように街中を移動していたけど、そんなことをしていた自分がバカみたいだ。
獣姿のときは、同胞のみんなとはちがって足が短いから鈍足で、自分の二本の足でこうやって速く走れるのは初めてで――。

 くすぐったい。嬉しい。嬉しい。楽しい。

「…あーもう!お腹痛ぁ〜い!!クスクス」
「な、なんで笑ってんだよあんた!?」
「いや、だって…たのしっ!!」

うわっ。路地せまい。
でもそんなのも人ごみも気にせず子供はオレをひっぱっていく。
それがまた楽しい。

「オレ、本気で走ったの生まれて初めてだ!」
「は?」

初めての感覚に笑っていると、オレを誘導していた少年も昂奮したような赤いほっぺのまま、笑い返す。

「変なやつ」



 それからオレたちがついたのは、町の中央にある広場。
そこには噴水があって、人であふれている。

「こんな目立つところで大丈夫なのか?」
「“木の葉を隠すなら森”だ、よ…はぁ」
「なるほど。さすが少年」

 少年がやっと手を放してくれたのは、噴水についてからで、体力だけはあると自負しているオレはともかく、少年の方が疲労困憊みたいで、肩で息をついている。
たしかにオレたちに目を向ける人はいない。
少年は疲れをいやすように噴水のヘリに腰掛けている。
その彼の前に立って、オレは『皇帝の弟』を演じず、オレのまま声をかける。
この気持ちはきちんと伝えなくてはいけないと、ベリウス叔母が言っていた。
人間は始祖の隷長と違って感情をそのまま伝えることはせず、言葉を音としてでしか伝えることができない生き物。
言葉にするから想いは通じ合うのだというのは、アイフリードが教えてくれたもの。
だからゼェハァーと息を整えるように、肩で粗い息をついている彼に今の心情を

「ありがとう少年!」

心のままに告げた。
「はぁ、はぁ。なんで、お兄さんが、お礼、言うわけ?(ってか息切れしてない!?どんな体力だよ)」

(あ、口調変わったなぁ。うん。こっちの方がいい。じゃぁ、オレも普段の仕様でいいよな)

「だって外で思いっきり走るのって楽しいって教えてもらったから!だからありがとう。
嬉しい時はきちんと言葉にしないといけないとリードが言っていたからな」
「リードって…」
「ん。しばらく前までオレと旅をしていた友人の愛称だ」
「いや…そのことはきいてはいないけど……」
「空を飛ぶのとも違う。魔物と戦うのとも!ナシラ兄に付き合って舞踏会に出るのとも、叔母上に放り出されて闘技場で剣を振り回すのとも違う。
“走る”ってこんなに早くて、庭先でレーと泥まみれになって遊ぶのとも違うんだな!オレ、まだ心臓がドキドキしてる」

 自分の心音を聞き取るように、目を閉じて服の上から自分の胸に手をやる。
ドキドキという高揚感が音になったように、いつもより早い心臓の音が伝わってきた。

くすぐったい感覚。

生まれて初めて、体を動かすことでドキドキした。
くすぐったくてうれしくて、繋いだ手が温かくて―――

 まだ息の粗い少年の手を両手でつかんで、身体のエアルの調整をしてやる。
魂の波長を合わせるなんて芸当じゃなくて、エアルそのものを操作したので、オレにも少年にも害はないはずだ。

体力を回復させるべくエアルを動かすと、リーンゴーンゴーンと小さな鈴から低い鐘の音が複雑に合わさるように周囲に波紋を生み、オレが少年の手をつかんでいた部分で光がパァッと生まれてはじける。
それにこどもはたれ気味の目を大きく見開かせて、宙に溶けるように消えた光の部分を凝視している。

「え?今の…治癒、術?」
「の、オレ的アレンジバージョンね」
「すげー。しかも無詠唱魔術なんて。治癒術だって高度な術だって聞いてる。お兄さん本当に凄いんだな」
「どういてしまして」

 ヘラリと笑ったら、相手も気が抜けたのか、クシャリと笑い返してくれた。
優しく賢い子だ。
少し話をして改めてわかったが、この子の側は心地いい。

耳に聞こえる澄んだ魂の奏でる音色が、子供にしてはあまりに深い音を奏でるので、これでお別れにするのがもったいないとさえ思えた。


「ここまで逃げれば大丈夫。お兄さんも早く去った方がいいよ」

 息も正常に戻ったせいか、少年は立ち上がると、オレを心配げにうかがう。
それと共に「心配」「守る」「まだ…」そんないくつかの心象が、あの綺麗な鈴の音共にオレに届く。

「“まだ別れたくない”って思ってくれてありがとう」
「なっ!?なんで!そんなこと…」
「オレも。君の成長を側で見ていたいと思ったよ」
「っ!?」
「でも、ごめん。そろそろ帝都に帰らないとヤバイんだ」

 音叉の形のあの鍵を具現化する要領で、ひとつの小さな鈴を作り出す。
チリーンと綺麗な音を響かせるそれは、この子が放つ音色と同じもの。
オレという存在の影響を受けているからか、鈴の表面は赤にもオレンジにも見える夕焼け色の鈴。
 レーなら『ああ、おなじだな』と、この子供と鈴の音色がまったく同じ音色を奏でていることにすぐに気付いてしまうだろう。
けれど“魂が奏でる音”が聞こえるのは、オレとレーだけ。
始祖の隷長のなんにんか似たようなモノはわかるかもしれないが、普通の人間にはたぶん無理だ。
でもこの音をオレだけが聞くのはもったいない気がして、再会の願いも込めて――

「あげる。いつか君が、君自身が“気付いて”、この音まで届いたら・・・オレたちのところへこい」

帝都へ――


 だされた小さな掌に、ピンクゴールドのような色合いをした釣鐘状の小さな鈴を載せた。
オレがもう一度ここに来るのは多分難しいだろう。
でも、もし成長しても君が、まだオレに会いたいと思ってくれたら、会いたいなと思った。


帝都で待つ。


「お、俺!ぜったいあんたに会いに行くから!!」
「なら、早くその音色に“気付いて”、会いに来い。待ってるから」
「本当はあんたが言ってることは、いまいちよくわからない」
「それが普通さ」
「でも!」
「ん?」

ギュっと掌の鈴を大事そうに握る少年が、キッと顔をあげ、まっすぐオレを見る。

「待ってて!」

強い光が翡翠の目に宿り、今までにないほど“音”が強くなる。


「必ずあんたのところまで辿り着いて見せるから!!」


 子供からの訴えに、驚く。
 ああ、また“はじめて”だ。
オレの周囲には大切な人や優しい人間がいる。
でも彼らは、オレを引きずりあげてくれる。手を差しだし、オレに“与えてくれる”者たちばかり。
レーのことは与えるではない。同じだから、与えるも奪うもないのだ。
けれどこの子は、生まれて初めてオレを“与える側”の存在にさせてくれた。

「や、約束だ!!」
「うん。約束だ。オレは君を待つ」

 嬉しくなってまっすぐな瞳に笑顔でうなずき返す。
少し癖のあるふんわりした髪に手をやりぐしゃぐしゃと撫でまわすと、子供はくすぐったそうに目を細めた。





 うん。待つよ。
きっとその音色が帝都で響いたら、オレはすぐにでも君のもとに駆けつけよう。

だから――


君は君のままで。
そして自分の心を覆い隠す目隠しさえ取り払って、オレの前に現れろ。


「楽しみにしてる」


想いを言葉に乗せて、いまだ輝き方を知らぬエメラルドの原石にたくした。













- - - - - -

 ひとと暮らせば、人の暮らしはそれなりにゆっくりと時がたつ。
あっというまだとおもっていた人間の命。
でもレーと生きるようになってからは、その一分一秒が長く感じた。
人の生きるという意思の輝きが、美しいものだと知った。



 オレがお忍びで、ファリハイドに行ってから早数年がたった。
あれ以降、オレは下町に遊びに行く際、追っての目の前で“撒く”という行為をはじめた。調子に乗ったレーと一緒に、面倒な手続きや裏工作をせずに、ゆうゆうと下町へ足を踏み出す。
“走る”という行為のほかにも、人間らしいそれを下町ならたくさん発見できたから、自分の足で動き自分の目で見るということを多くするようになったのだ。
 今日もまたレーとともに城から脱走し、護衛騎士を撒いてきた。
そこで聞こえたものに、オレだけじゃなくレーまで足を止める。

チリーン

澄んだ鈴のような音。
それはひどく懐かしいリズムを奏でていた。

 足を止めるとやはりレーもきこえたのだろう。視線が合った。

「あれ。お前の鈴だろ?」
「あ、やっぱレーにも聞こえたか」
「当然!これでも俺はお前だからな」
「ああ。オレは君だ」
「なら言うことはわかってるだろう?」

ニヤリと青空のような目が、いたずら上等とばかりに弧を描く。
それに頷き返し――


「「いこう」」

 二人、顔を見合わせ走り出す。
路地裏を曲がったところでみたのは・・・

「ぶっ!」
「ちょっとレー、そこで笑うのはどうかと思うよ」

“騎士の貼り付け”だった。









________________________________________

【時間軸】
・Tales of Vesperia
・原作より25年前
・場所はファリハイド
・夢主がレギンと出会ってから16年後



【レギン(17)】
・通称「ルー」
・転生を繰り返していたらしい夢主
・始祖の隷長(音属性)
・現在は人として暮らしている
・「レー」と魂が同じで繋がっている



【ルーク(17)】
・通称「レー」
・夢主の半身
・人間
・皇帝の実の弟だが、命を狙われていたため夢主に身代わりになってもらい入れ替わった
・幼い頃は擬音語オンリー会話だった。今は違う
・「ルー」と魂が同じで、繋がっている



【ナシラ(36)】
・クルノス14世
・レギンの実の兄
・人間
・「ルー」も実の弟同様に扱う
・十代の頃は「ルー」の旅仲間だった
・幼い子どもが大好きで、擬音語オンリー会話でもきちんと理解する感覚人間
・普段はまじめな皇帝



【ダミュロン・アトマイス(10)】
・ファリハイドの貴族、アトマイス家の次男坊
・人間
・綺麗な音を奏でる魂の持ち主
・幼いながらも頭の回転が速い
・「ルー」に新しい感情を与えた











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