片 翼 の 獅 子
++ 第一部 Tales of Vesperi a ++



06.手を伸ばした先の





 人間は好きじゃない。
知ろうともせず、魔物把握と決めつけるようなところも嫌い。
生きるサイクルが違うから・・・そばにはいれない。
おかげで人間不信が悪化した。

だから嫌いだ。


 それに人は幾度終わりをむかえようとも生きることをやめない。
そして繰り返すものらしい。

星喰み。
始祖の隷長。
しろきもの らと共に散ったという満月の子。
凛々の明星。
ザウデ不落宮。

そして時代が移った今もまた―――ヘルメスが作った魔導器によるエアルの異常。

いつもいつも。
世界を揺るがそうとするのは、人間からだった。



 それでも。
その人間にいつも何かを望んでいたのは、オレの方だと知った。






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 side 夢主1
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 オレはひとりだった。
始祖の隷長は群れでつるむことはしないので、それは存在のありようとしては当然なのだろう。
残念ながらオレにはその当然が当てはまらない。
オレには前世からの記憶(とはいえ曖昧なものだが)があるからか、人一倍さびしがり屋だ。
側に誰かを望む。そのぬくもりを欲している。
しかし人間も同胞もオレがこの世界に生まれてからは、いつもオレをおいていく。
 それに一度寝るとオレは次にいつ目を覚ますか分からないので、寝たりを繰り返すだけで時が流れすぎてしまう。
そのため、気が付けば時代がまたがらりと変わっていた。

だからオレは人と関わるのをやめた。


 本当は人間が怖かったんだ。
遠いどこかでうろ覚えながらも覚えている記憶の中では、むかしはたしかに人であったはずだ。
なのに、どうしても人が怖くて、獣として暮らすことが多くなった。



 ――― しろきもの が死んだとき。
正確にはエアルを体内に取り込みすぎて、星喰みとなって闇に飲み込まれたのだ。
オレにはそのとき、彼女の言葉とは違うものが聞こえていた。
届いたのは“世界の悲鳴”。

こわい、いたい、いきたい。ーー

しろきもの も、そんな内なる声をあげて消えたのだ。



 あんなものきいてしまったからか、よみがえったのは、“ルーク”の叫び。

狂ったように、死にたくない生きたいと願い続ける声。
悲しみが混じった死ねという声。
いつでも見限れる。
見損なった。
憎しみを込められた「返せ」という言葉。
ひだまりをかえさなくちゃという想い。

たくさんの言葉と断片駅なシーンがオレの中ではじけるようにあふれ、それは一つの奔流となると、最後は静かに深淵に沈むように泡となって消えた。
思い出したわけじゃない。
けれどオレに紫の悪夢を呼び覚ました。


  しろきもの が消えた日以降からしばらく記憶が吹っ飛んでいる。
何をしていたかも覚えていない。
目を覚ました時には側に黒い異形たる始祖の隷長たるスパイラルドラコがいた。
ずっと寝ていたよといわれた。
そうかもしれない。
けれど長い夢を見ていたようにも思う。
しばらくはなにもやる気が起きず、寝て起きて食べるを繰り返していた。
気力が戻り人間の世界を見に行ったらすでに しろきもの が死んだ日から数十年という月日が過ぎていた。

 時間がたつのは早くて、やがて父親代わりのように側にいたスパイラルドラコも死んだ。
残ったのは赤く輝くきれいなエアルの結晶と、暴走する彼の肉体。
オレはいままでエアルの調整とか身体が小さすぎてできなかったけど、スパイラルドラコの残した核――聖核というらしい――に力を借りることでできるようになった。
そのあとは他の始祖の隷長と協力して、スパイラルドラコの身体をとある遺跡の奥に封じた。
 その後も核はオレがもつこととなった。
いつかオレの体の中にもあれと同じものができるのかもしれない。

 それからの暮らしは、よけい「なにか」とつるむことをしなくなった“ひとり”の生活だった。

人間は相変わらず好きじゃなかった。

 あれらの後は、だらだらと暮らしていたら、どんどん月日は流れていき、寝て目が覚めるとあれほど栄華を誇っていた人間たちの文明は消えていたり、ベリウスが人間の町を作ったり、空になかった星ができていたり、始祖の隷長仲間が減っていたり、新しい子が生まれていたりした。





* * * * *





『人の子はどうだい


 死と共に新たな生を目の当たりにした。
あれからどれくらいの月日がたったのか。


年を数えるという概念もなくなった頃。
人好きな始隷の霊長に連れられて、無理やり人の世界に降りることが多くなった。

そうしてオレはひとりの人間と出会った。

彼女はオレがひとでなくとも対等の存在として話しかけてくれた。

オレはまたオレの心を動かすものと出会ったのだ。


人間を切り捨てたつもりでいた自分が、実はひとこいしがっていたのだと思い知らされた瞬間でもあった。
けれどそれはとてもくすぐったい気持ちになるだけで、けっして不快なものではなかった。



アイフリード。

 海賊なのに女で、人間で、本当は貴族のお嬢様だというがその欠片さえない豪快な生き物。
 彼女はたまたまベリウスのもとに遊びにいっていた獣姿のオレをふみつぶしたあげく、そのまま船へとお持ち帰りしてくれた。
なんとか隙をついて逃げ延びたが、すぐにまた出会ってしまった。
二回目の出会いは、たまたまオレが人間の姿のときだった。
縁があったのだろう。
そのあとも何度かおかしな場所で出会うことが多く、あるときオレが人間の姿で何度目かの再会をしたとき、旅に誘われた。
そのままついて来いと、なしくずしに船に連れて行かれ―――。
気が付けばオレは、一年以上も人の姿のまま、誰かに寄り添うなんて珍しいことをしていた。


「ひとのこがどうしたって?」


『スパイラルドラコを亡くした後、心を閉ざしたそなたが。
最近感情を見せるようになったのが、わらわは嬉しいのだよ』
「オレ、そんなに笑ってなかった?」
『自覚がないならば、なお性質が悪い』
「・・・・・」


 随分昔、ベリウスに「そなたを支える家族でありたいのだ」と言われた。
だけど母も父と呼ぶべき存在はオレの中にいる。
しろきもの を姉のように慕っていた彼女は、ならばと人間の子らに倣って“叔母”とでもよんでおくれと、その図体のでかさを逆手に取られて告げられたのはいつのことか。
幼くはないし、年齢でいうならおれの方が年上なのだが、小さな身体のオレに、始祖の隷長たちはどうも過保護になりやすいようだ。


 そっか、オレは笑えていなかったのか。


あの叔母ことベリウスが、久しぶりにアイフリードとの旅から戻ってきたオレにニコニコして指摘したそれに、自覚がなかったオレは驚く。



 前世は確かに人間だったか、それに最も近しい存在であったという自覚はあった。
しかし人間には興味がなくなったはずだった。
獣の暮らしで満足していたから。
人の傍にいることが苦痛だったから。

けれどこんなオレなんかを気にかけ、心を動かし、人間世界に呼び戻すような――存在があったのは事実だ。

それがアイフリードだ。


『今回の旅はどうであった?』
「たび・・・うん。うん。わるく、なかったよ」

 たぶん“たのしかった”のだと思う。
この気持ちがーー楽しい?

 アイフリードには「最近ようやく笑うようになったな」と言われたが、そのときは意味が分からなかった。
あとからあれが“楽しい”という感情だと気付いたが、それは随分後のことだった。
きっと楽しかったから、アイフリードひきるギルド『海精の牙』にいたのだろう。
 彼女との出会いがあったから、ひとが怖いだけのものではないと、思い出せたのだろう。
オレはまだ微かに潮のにおいのする自分の服や赤く長い髪をもてあそびながら、微笑むベリウスに笑い返す。

「ひとも、悪くない・・かな」
『ふふ。それは何より。
。ゆっくりとでいい。もっとそなたは視野を広げるべきであろうな』
「寝るのが、怖くなるな」
『そうじゃな。人の一生は短い。しっかり目をあけてあれらの傍にいるといい』

心がウキウキハラハラドキドキ。
懐かしい感覚は、忘れた心と感情を震わせる。

側にいたい。

しかしオレの眠りは不安定だ。
だから次に目を覚ました時、彼らはいないかもしれない。
ベリウスだって、最近生まれたばかりの魚のようなドラコの姿の始祖の隷長バウルだってそれは同じ。
それが怖い。
始祖の隷長らしい働きをするとやはり数日は寝込むが、でも最近の眠りはひどく穏やかで、次の日の朝には大概目覚められる。
だから

「そうだな。オレが目覚めているときは人に混ざってみるのもいいかもしれない」





 それからしばらくして、新しい星に出会った。

次に出会った星は、ホワイトホースという生きのいい子供で、やはり彼も人間だった。
ホワイトホースはアイフリードとすぐに意気投合して、彼女のオマケのように側にいたオレも自然と仲良くなった。
そうしてアイフリードがホワイトホースとたまの杯を傾けているときに出会った――というか、「わらわの愛し子が世話になっているようだな」と人間の姿にわざわざなって乗り込んできた―――ベリウスとも二人はすっかり意気投合し、公ではないものの交流が生まれた。





* * * * *





 アイフリードに連れられ、ともに旅をして、人間の生活も悪くないなと・・・ようやく思えた頃のこと。
そのころのオレは、いまだ人間というものが苦手で、仲間というものに恐れ、怯えていた。
いつか見限られると――



――ルークは『仲間』って言葉が嫌いみたいだけど、あたしは好きさ。
むしろウチからしたらあんたも仲間よ。


 いつだか船の上でアイフリードがニィっと笑って言ってのけた。
すでにその頃には、彼女も船のやつらもみんな、オレが年を取らないと知っていた。
いや、あのときはまだ童顔としか思われてなかったようだが…。
実際、オレは年を取らない。

“ひと”じゃ、ない・・から。


「仲間にはなりたくない」

人じゃないから。だから怖くて、言われた言葉に首を横に振った。
喜んでその笑顔を真に受けることができない。
ここで首を縦に振ったら、見捨てられる気がして。
置いて行かれるのはわかりきっていた。生きるときが違うから。でも、また置いて行かれるのだと思った。
また《おれ》は、手を振り払われるのだろうか。
生きたいんだ。死にたくないんだ。一人はいやだ。

お願いだから。

もう「死ね」と言わないで。
“もう一度”は――耐えられない。


「その言葉は《おれ》をしばる」
「いいじゃないのさ。というか、いや、もうウチらは仲間だと思って・・・」
「だって……いや、おれなんかのことはどうだっていい。
それに。はじめから無理、なんだよ。
だってアイフリードもホワイトホースも年を取っていく。
オレがどれだけ望んでも、どれだけ大切だと思ってもあんたらはオレを置いていくだろう?
オレたちは生きる世界が違うから」
「ふぅむ……世界と来たか」
「ああ。違う」

 本当は、それがいやだった。
オレが悲しみたくなかったからか、それともオレなんかのせいで誰かを悲しませたくなかったからかはわからない。
でもこの世界の人々は優しくて、いつもオレに関わろうとしてきて、その手を伸ばして笑うのだ。

そうして置いて逝ってしまう。

仲間なんかになりたくなかった。
後で待っているのはどうせ別れだ。
逆にオレが心を寄せた途端、見限って、おいていくのだろう?
だから嫌なんだ。

怖いのもつらいのも悲しいのも・・・本当はもう嫌だ。

そう思っていたのに、

「バカバカしい」
「リード?」

「あんたが嫌がろうともうウチらはもう仲間だ!あんたが断ることは、あの海の果てまで行こうとも有り得ん!!」

っ!?
なんだよそれ…。

彼女らはオレの言葉を否定して、オレを仲間だと迎え入れた。


「なら・・・・・オレが、もし。人でないとしても?」


「それがどうかした?」

「え・・・。だって。人間じゃないんだぞ」
「なら、あそこにいるヒューイだってただの人ではないぞ。あやつはクリティア族だからな」

〔あ、ど〜もルークさん。船長といると新しい発見ばかりで楽しいですよね〜〕
〔おいヒューイ。眼鏡がまた曇ってるぞ。それで地図を見間違えて前みたいに方角失うんじゃねーぞ〕
〔おっと、いけない〕

「うむ。研究馬鹿でおっちょっこちょいで、あのようなやつで、さらにクリティア族であろうとも。それでもあやつはこの『海精の牙』の大切な一員(クルー)であるには変わらない。
いまさら人じゃないといったところで気にもならないのは当然ってことさ」

「・・・・・・」

 どれほど突き放しても。
どれほど仲間ではなく、気まぐれでいるだけだと説得しても――アイフリードは意にも介さず。
それはドンホワイトホースも同じで。
仲間だと豪語してやまない彼らに、あるとき意を決して、言ったのだ。自分は人ではないと。
そうしたら彼女は笑った。
なにをいまさらと。

魔物でもなんでも駄歓迎だ!魚人なら直よし!!と、胸さえ張られた。

 さすがはアイフリード、海の女だった。
むしろ魚類系の魔物なら大歓迎!なんて言われてしまえば、おかしくなって、思わずオレもつられて笑った。

「そんだけとんでもない童顔はさすがのウチも気にはなっていたわけよ。どれだけワカメを食べれば、そんなこんにゃくのような素敵な肌が保てるのかとね。それにあんた、自覚ないようだから言っておくけど」

「じかく?」

「そう!なんであたしら女が苦労して保っている美肌が、なにもせずたもっていられるのかってこと。なぜだい?それに化粧のノリはよさそうだし。だが、それもひとじゃないといわれてようやく納得したところだよ」

〔むしろわしはキャプテンが女らしい発言をしていることに驚いたがね〕
〔そうだなぁ〜〕
〔化粧や肌のハリやら・・・貴女もまがりなりにも女だったのだなアイフリード〕
〔え?人間になれる魔物もいるんだ!すごいなそれ〕
〔しゃべる魔物…る、ルークさん。ぜひともボクの研究に〕
〔うわー!!だれかヒューイをとめろ!!こいつ涎垂れてるぞ!〕
〔逃げろルーク!〕
〔研究馬鹿もほどほどにしろよっ!!〕

「ほれみろ。気にする者などこの船にいないだろう?って、こらそこ!お前たちはあたしをなんだとおもってるんだい!!」


 彼らはそれを“何でもない事”のように言うのだ。

 その言葉をオレがどれほど望んでいたか知りもしないで。
どれほど“人でないと知っても”この手を取ってくれるひとを望んだろう。
記憶の彼方の以前から、自分を認めてくれる存在を求め続けていただろうか。

 彼らは理由もなく、たやすくオレを受け入れ、仲間として笑いかけてくれ、人も魔物も関係ないと、ただ同じ世界に生きる仲間なのだと言ってくれた。
彼らにとって仲間とは、血も地位もなにもかも関係なく、側にいる家族のことだという。


 なんて嬉しいんだろう。
涙がでたのは、たぶんはじめてだ。
それを言ったら、ベリウスやホワイトホースに、お前も少しは人を信じろと突っ込まれた。


でもその手は優しくオレをなでてくれた。


 ああ、でも。
それなら―――――レプリカでも?
オレが偽物でも傍にいることを、生きることを許してくれるだろうか?
大罪人でも?
いや。偽物の模造品でしかないオレは、してはいけない罪を犯した。それはアグゼリュスの・・・・・・。
許されるはずは・・・・。

あれ?

レプリカってなんだっけ?
アグなんとかってなんだ?

レプリカが何かは覚えてないけど、それが人間じゃないのは知っている。
レプリカの血や涙体の細胞ひとつ、毛ひとつのこさず消えてしまう人間のかたちをしたまがいもの。
オレはたしかに“それ”だった。
《おれ》は【レプリカ】と呼ばれていた存在。

ソレデナイニシテモ、ムリナンダヨ。

そうだった。
オレは始祖の隷長。

 やっぱり後には何も残せるものはないだろう。
 そう告げたら、アイフリードたちは十分もらっていると笑った。
お前と生きる時間が違っても、生まれや育ちが違ても、たとえ種族が違っても。
お前が助けを呼ぶならいつだって手を差し伸べる。
でもいつかはおいていくだろう?オレたちは“違う”んだから。
さびしいというなら自分たちがいなくなったあと、自分たちの子供の面倒をお前に任せるよ。
時がたち、自分たちが死んだとしても心はともにある。それが仲間ってもんだろう。

そういわれた瞬間、身体の中に粒子に分解してしまいこんでいたスパイラルドラコの聖核が、ふわりとひかり、チリンと音を奏でた気がした。
トクン。
それは心が刻んだオレの感情か。
それともスパイラルドラコの聖核の奏でたものか。
それはまるで暖かな心臓の鼓動のようだった。











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