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04.流れに身をゆだね |
楽しい時間はすぐに過ぎてしまう それはどうやら言葉のあやなどではなく そのとおりでるらしい ========== side 夢主1 ========== “それ”がおきたとき。 そのときオレはまだ、この世界に生まれてから、ざっと千といくばくか・・・と、いった頃だった。 始祖の隷長というのは、総じてどの個体もみな長寿であることが多く、当時まだ500年ちょいしか生きていないオレは仲間内では子ども扱いされていた。 なかには数千年以上生きている者もいたことから、それはしかたないことだった。 とはいえ、ひとのような短命の生き物たちからしたら、 千にも満たないとはいえ500年という歳月でさえ、きっと想像もつかない果てしなく長い期間と感じるのだろう。 実のところ、始祖の隷長となってからは、オレにはあまり時間の感覚というものを考えることは特になかったため、短命種の気持ちが理解しづらい。 なにせ周囲の同胞たちはみな、オレの数倍以上生きた者達ばかりだったため、千年でも足らないと思えるぐらいだったのだ。 そのせいで、まったく気づかなかった。いつのまにか、人の文明が何代も変わっていたなんて。 そういわれるだけの年月をオレは生きてきたわけだが。 しかし彼らひとの子が言うように、長く生きた――という実感はオレにはない。 そもそもチーグルのようなオレの小さな身体では、エアルの調整が難しく、無理をしてはすぐに寝込んでいたのだ。 寝込むといっても食べ過ぎたので寝てしまおうという程度のもので、熊の冬眠のようにひとところで丸まって眠るだけだ。もちろん病気というわけではないし、ある一定以上の時がたてば自然と目が覚める。 うなされるわけでも熱を出すわけでもない。ただ体力を回復するための一時の休息といっていい。 しかし、目が覚めるたびに、ひとの世では何十年と年月がたっていた。 そうして、世界は変わる。 あっというまに時間は流れていく。 オレからしてみたら、[まだ] 数百年ほど生きたかなといった感覚だ。 けれどその年月は人に換算すると長く、人の歴史はめまぐるしく動いている。 同じようにオレにとってもたくさんの出来事があった。 * * * * * 一番最初にオレの周囲で起きた変化。 はじまりは――しろきもの。オレを拾い、育て、名を与えてくれた白い始祖の隷長の死。 彼女は誰よりも美しく、そして慈悲深かった。 巨大な白い身体はうっすらと金がかかった白金色で、綺麗な翼は立派で、太陽の光に浴びると、身体がキラキラと輝いた。 陽だまりの化身のようだと何度も思った。 光の中にいる彼女の周囲はいつも優しさに溢れていて、側にいると誰もが穏やかな気持ちになれた。 だれよりも美しい始祖の隷長。 それが今は亡き、オレの育ての母だ。 けれど彼女は、世界を愛しすぎた。なにより優しすぎた。 それがため、エアルを限界以上に体内に取り込み、最後は“星喰み”と呼ばれる黒い影にあらがうこともできず、飲み込まれ、彼女自身もまた星喰みとなってしまった。 そこでいったんオレの記憶は途切れている。 次に目を覚ました時は、しろきものが死んでもう八十年がたっていた。 睡眠時間の最高記録を更新した。 目が覚めて側にいたのは、生まれたてのオレをしろきものとともにみつけてくれた始祖の隷長スパイラルドラコ。 どうやらオレは彼に守られていたようだ。 『しろき、もの・・は?』 《・・・吾子よ。我らの生は、人の感覚では無限に近いのだという。時間は有り余るほどある。今はただ眠れ。それがお前の傷を癒す》 『なにを、言って、るんだ?』 《吾子、もうしろきものは・・・いや、よい。眠れ吾子・・・まだお前には早かったのだ》 眠気のせいかぼやけた視界のなかで、いびつな影が苦笑した。 『ふふ。この、腕の中で・・・目を、覚ますのは・・・まるで・・・・・はじまりの、ときの・・ようだな』 そっとなでられた大きなしっぽで、再び眠りを促され、目を閉じる。 《今は眠れ》 たぶんこのときには、もうオレはどこかで壊れていたんだろう。 心が壊れていたから、それに付随されるように体が動かず、眠ることで完全に壊れるのを無意識にふせいでいたにちがいない。 それがわかっていたからか、いつ目覚めてもスパイラルドラコはそこにいた。 彼は父親のように、オレの側にいて、オレの成長を見守ってくれていた。 * * * 『・・・時は流れる・・か』 スパイラルドラコは、人の上半身に一本角の龍頭、両脇に竜の頭、下半身は巨大な四足、二本の尾に巨大な翼をもつケンタウロスに似た、始祖の隷長で、猛々しくだれよりも強かった・・・と、思う。 彼はどうも飛びぬけた異形の姿にコンプレックスがあったようで、それをつかれるたびに暴れ、そのうちに最強の名を得てしまったという武勇伝を持つ。 やがてそんな彼も死にいたる。 彼の死はエアルの影響を受けたものではなかったため、星喰みにはならなかった。 寿命を前に、彼は残していくオレを気遣ったのだ。 オレが寂しくないように、心身ともに不安定なオレがもっと強くなれるように、長生きするようにと・・・ 彼は死の間際に、自ら心の臓を抉り出し、それをオレに手渡した。 彼からうけとった心臓は、そのまま赤い結晶となった。 始祖の隷長が死ぬと、その内に溜め込んでいたエアルが、超密度の結晶――聖核化というらしい――に姿を変えるという。 しろきものは、闇にのまれてしまったので、始祖の隷長が死ぬとあんなものが残るとはしらずひどく驚いたものだ。 長年あつめたエアルは、循環する力の最も強い心の臓に宿る。 ゆえに本来であれば、死によって肉体の構成を失い肉体ごとエアルに還元される際に、 心の臓を中心に“力”が収束していき、やがては一つの結晶となるため、肉体は残らないらしい。 しかし今回はスパイラルドラコが生きているうちに、心臓を抜き取ったがために、身体ごと結晶化するようなことはなく肉体は無傷で残った。 ――綺麗な赤色のそれは、いまオレが所持している。 始祖の隷長の死後あらわれる聖核。本来であれば、それはすぐにエアルへと還すらしい。 理由としては、死者への弔いという意味として。もうひとつは、ひとにその存在を見つけられ余計な争い事が生まれぬようにと配慮してだ。 しかし今回その聖核は、オレが手にしている。 オレのことを知る同胞たちいわく、スパイラルドラコの意思を優先した・・・と、いうよりも、損得勘定から 数の少ない始祖の隷長の命を一つでも長く後世に繋げるべく、聖核を持ち続けることを許されたといってもいい。 始祖の隷長たちに、ひとと同じような価値観や感情を求めることは、それ自体が間違っている。 彼らはひとなどには計り知れない生き物たちだ。 “力”の結晶でもある聖核をオレがもつことで、ふつうの始祖の隷長たちより肉体の構成が弱くふとした拍子にエアルに還りかけるオレの ちっぽけなこの命をつなげるのだと、始祖の隷長たちはいう。 つまり生きるのも、エアルの調整をするのも、スパイラルドラコの聖核は、オレにはもってこいのサポーターとなるわけだ。 これからはエアルの調整にいちいち自分の身を削る必要はなく、この聖核が力を貸してくれるだろうとのこと。 そんなこんなで、スパイラルドラコの聖核をエアルには還してない。 むしろ同胞たちによる決定がなくとも、オレにはきっとエアルに還すなんてできなかった。 なにせスパイラルドラコは、ずっとそばにいてくれた存在だ。離れがたい時間を共有し、長い人生のほんの一時とはいえ家族として過ごした。 この聖核はオレにとっては家族の形見といっていい。 思い出を作りすぎた。 人間臭い考えと仲間たちはこういったことを否定するだろう。 だけど事実だ。 オレがこういった感情を持つようになったのは、しろきものやベリウスという身内に囲まれて過ごしたおかげ。 この感情という贈り物こそが、彼らの残してくれたものの証。 ゆえに、同胞やひとのこらに彼の聖核を渡せと言われようとも・・・きっとオレは、手放すことさえできずにいたことだろう。 ああ、大事なことを忘れていた。 ちょっと笑える話なんだが、肉体は無事だといっただろう。 実は、その肉体が、勝手に彷徨いだしてしまったんだ。 さすがにそのときばかりはオレを含めた始祖の隷長たちもびびった。あまりの奇行に一同唖然。 あまりにびっくりしすぎて、誰もが長い時間呆けてしまい、一時あれを世界に解き放ってしまったという・・・ まぁ、そんなびっくり仰天の事実は、当時の始祖の隷長だけの公然の秘密である。 それから暴れてどうしようもないスパイラルドラコの肉体を、心臓を持つオレがおとりとなり、他の始祖の隷長と協力して、 どこかのダンションに封じ込めた。 魂も心臓がなくとも彼の肉体はもはや凶器。自我を持たないからこそ余計に歯止めが利かず、 だれにとっても危険極まりない存在となり果ててしまったので、そのままダンジョンも壊してきた。 そこへいくには特別な術式を発動しなければ不可能となった。 オレたち始祖の隷長には、家族や両親という概念はない。 それでもオレには、しろきもののことを忘れられないし、スパイラルドラコにいたっては、聖核をとおしいまだに彼に守られているという自覚がある。しろきものとスパイラルドラコのふたりは、オレにとってはたしかに家族で、両親だった。 そして同じように、ひとりとなったオレの面倒をみてくれたしろきものの妹分だというベリウスもまた・・・。 オレの小さなこの身体では、きっとどれほど巨大な力をもっていよとひとりで生きていくことなどできなかった。 だからこそ、そばにいてくれたことはありがたかったし、なによりその暖かさが泣きたいほどどに、ひどく嬉しかったのだ。 この世界のことも知らず、この身一つでは生きていけなかったから、側にいて、子育てなんて慣れないことをしてでも面倒見てくれたかれらは、間違いなく大切な存在だったんだ。 しかし育ての親は二人とも死んでしまった。 それ以降、オレはひとり。伯母上にもたまに会いに行くことはあったが、ほぼひとりで世界を放浪しながら生きてきた。 * * * 時がたち、やがてベリウスのように、長く人間の姿を保てるようになったころ、オレは興味本位で人の中に混ざろうとしたことがある。 とはいえ、その姿は、はじめてこの世界で意識を得たときの、消えかけの子供の姿そのものだった。 ひとでいうなら、七歳ぐらいの子供の姿だという。 人型もこどものなのは始祖の隷長としてもまだ子供である証らしく、あと百年ほどの歳月がたたなければ、そこそこみえる年齢まで成長しないようだ。 それをきいたオレは、人と暮らすのをやめた。 年を取らない子供というだけでも人の世では生きていけない。きっと周囲から、怪しい目を向けられてしまう。 さらに人というのは、金というものが必要らしく、それを得るには働かなくてはいけないらしい。 しかしこの幼い姿では、仕事さえまわしてもらえない。やれば何でもできると思うのだが、人間はオレたち始祖の隷長とはことなり、"感じるイメージ"をやりとりするものではなく、外見で物事を判断する生き物であるため、仕事さえさせてもらえない。 子供の姿で、人間世界で生きるのは不可能だと判断した。 離れようと思った。 オレは"人ではないのだから"と。 なにせこの人型は、何かと不便が多い。 そもそも人間はオレたちとは、時間の流れが違う。 かれらは、自分たちと異なるものを嫌う。 人間として彼らの中で生きることはできないのは明白だった。 だから、“共に生きる”――その選択は選ばなかった。 結局オレは相変わらずで、人とつるむ気にはなれず、人間の側に行くときはひとところに長居はせずぶらぶらし、ひとしれずどこかの森の奥でこもって暮らしたりと――人の記憶に残らないよう生きてきることにした。 * * * * * ――現在。 オレは相変わらず一匹ぼっち。 以前(がいつなのかは忘れたが)は、いつも“おいていく側”の立場だった気がするが、今回は“おいて逝かれる側”。 始祖の隷長とはいえ、命はやがて尽きる。 そうして初めて“おいていく側”になり、ようやく知ったのだ。 ひとり、残される悲しみを。 さびしい…のかも。 しれない。 でもオレはもういらないんだ。 "仲間"なんていらない。 大切なものももういらない。 どうせ別れる運命なら、わかれる悲しみを知ることになるのなら。 はじめからそんなものいらない。 スパイラルドラコをエアルに還してあげられなくなるぐらいだ。 情がうつっては、きっと相手にとって良くない。 それに、オレはまだ怖いんだ。 しろきものがいたころは、頑張って人の町に行ったけど、人の世へと連れて行こうとする者がいなくなり、オレは森に引きこもるようになり、もともとの人嫌いが悪化した。 だって―― ――夢を見るんだ。 何十、何百年と生きようと、忘れることのできないソレ。 今でも見るんだ。 こわいこわいくるしいかなしい・・・それを永遠と繰り返す。 それは紫の悪夢。 それがある限り、オレは人をどこまで信用していいのか…わからなくなる。 ひとはすぐに死んでしまう。 世界はオレだけをおいてどんどん変わっていく。 どうやって。 どうやって オレは手を伸ばせばいい? それさえ、もうわからない。 - - - - - - 「置いていかない」 いつもみんなそう言う なのに・・・ そう言ってくれたひとたちは みんな もう いない オレだけが まだこの世界に―― “ある” |