片 翼 の 獅 子
++ 第一部 Tales of Vesperi a ++



01.夕暮れ色のチーグル





一度目は、寸前までに感じていた「死」を実感した時。
二度目に目を覚ましたときには、もうそれすら覚えてはいなかった。

また、自分が "なにか" もわからず、目を覚ました。






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 side 夢主1
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視界を一面の緑が覆った。
見上げた空は綺麗な青。
ああ、海のようだ。

また、うみがみたいな。


『・・・ぅ・・・・・』

何を言おうとしたのか。
目覚めとともに、自分の口から洩れた音で、違和感に気付く。
口が動かない。
そもそも言葉とはなんだっただろうか。
自分のノドからもれるのは、言葉を忘れた "音" だけだ。

ノド?
コトバ?
自分はなぜここにいるのか。
ジブンってなんだ?

わからない。

わからない。
けど、自分が見上げているものが空で、あれはアオイロだと知っている。
その眩しい色を背景にした木々に手を伸ばそうとして、身体の違和感が増す。
今度は手を空に向けようとしたが手が動かなかったのだ。
同じように、他の部位を動かそうとするも力がまったく入らず、指一本動かすこともできずにおわる。
せめてもっとしっかり言葉を口に出そうとしたのだが、喉からはうめき声とかすれた息だけが漏れるだけ。
無理してなにかを動かそうとするたびに、何とも言い難い吐き気がして具合が悪くなる。
しまいには心臓がありえないぐらいぎゅうってしめられたように痛くなったり、息を吸えばそのまま肺が悲鳴を上げる。
意識が飛びそうなほどそれはひどい。

ああ、でもこうしているうちに、次第に目に映るものが何かを思い出してくる。

あれは林。
のたうちまわる自分の頬にふれるのは、地面。大地。緑。草。
自分を見下ろすように上に広がっているあれは空。コロコロと色が変わるもの。今は青。だけど赤くなれば、呼び方が変わって――“夕焼け” になる。

目にするもの、疑問に思うもの。それらが浮かぶたびに、知識が脳裏をよぎる。

無意識に浮かぶ言葉たち。
けれど自分で言っていながら、意味が理解できない。
たとえばさっきのように「喉」と自分で言っていて、「ノド」がなにかわからなかったあれだ。 けれどそこで疑問に思えば、どこからでてくるのか「ノド」が何かをすぐに理解する。 それがわからず疑問がすぐに浮かぶ。



気が付けば、青かったはずの空は、隅の方に別の色を浮かべている。
あれがアカイロ。

記憶が多数入り乱れていようと、どうやら一般的な常識は問題ないようだ。
金と朱色が見事な光のコントラストを生み出す夕焼け色に代わり始めていて、太陽はまもなく沈むのだろうと思えた。
へたするとじきにこの茜色の空は、紫から黒へとグラデーションへと移り変わるのだろう。

それをみて、ふとあること脳裏によぎる。
その自分の想像に、ありえないほど顔がひきつる。


・・・このままじゃやばいんじゃ。


自分の状況がいまいちわからないが、気づいたらここにいた。
それだけしか自分にわからない。
そこはこの際、どうでもいい。いま重要なのは、身体が動かないこと。

そして、ここは森である。


ちぎれた記憶の断片をかき集めたにすぎない常識でもここが危険な場所であるのは、すぐに理解できた。
なにせ、見える範囲すべてが緑――森の中だ。
人の気配もざわめきもないことから、町などは遠いのだろう。
ならよけいに、ここに長居すべきではない。
ただでさえ森や、夜には魔物が出現しやすい条件が満たされていたハズだ。
当然魔物がでてこないはずがない。

やばい。
どうしよう。

でも体が全然動かない。


どうしようかなと思っていると、ふいに目の前が暗くなる。
なにごとかと思っていたら、そうとうでかい "もの" が、オレと夜空の間にわって入っていた。

山のような一つの大きな影。

日がくれたせいと、吐き気と頭痛のせいでこぼれた涙のせいか、霞む視界ではちゃんとした姿を捉えることができない。
かろうじて動く目で、そのでかい影を見やれば、ひどくいびつだと気付く。
この不恰好な形からして、魔物かもしれない。
けれどなぜか怖いという感情は浮かばなかった。

《――ああ、これは珍しい。エアルの異常を感知してみれば・・・ひとの姿をした仔とは》
《しろきもの。面白がっている場合ではないだろう》
《スパイラルドラコともあろうものがあわてる姿もまた珍しい》
《やめろ。その名は好きではない》
《ひとにつけられた名が嫌いか。なら、目の前のひとの姿をした仔はいかがする?》

思念のような "声" が、頭に言葉として響く。
聞こえてきたのは、女性らしい柔らかな声。
もうひとつは低く落ち着きのある男の声。
ふたつの声は、我が子を見やる親のように暖かな響きをもち、考えごとをしていたせいと肉体的にも疲労していたオレの心を落ち着かせる。

どうやら声からして、影はひとつの存在ではなく二つの存在が折り重なっているせいでいびつに見えたようだ。

《いかがするスパイラルドラコよ?》
《ひとの形をしていようと、我らの同胞。連れて帰るぞ》

厳しい口調のそれは、男らしく低い物。
けれどそれは酷く優しく、慈愛に溢れたものだった。

穏やかな気配に、ここで目覚めてから、初めて肩の力を抜いた。

《もう、大丈夫だ》

優しい声に誘われるように、大の字にたおれたまま目を閉じると、ふっと風がオレをつつみこむのを感じた。
オレの中に何かが流れ込んでくる気配と、悪いものが身体の外へ出ていくかのような感覚。

――いま、なにが…

《応急処置といえばいいのか。エアルを大量に取り込みすぎたせいで、生まれたてのお前の身体は壊れかけていたのだよ》
《しろきもの、仔はまだ生まれたばかりぞ。それでわかれば苦労はせん》
《本能でわかるかとおもったのだけどね》
《まだはやかろう》


ふたつの影は、 "始祖の隷長" という魔物に近い生き物らしい。
しかし彼らは魔物とは違い、エアルという世界に満ちる "音素" のようなエネルギーの調整役なんだという。
始祖の隷長はエアルを食べて、世界に増えすぎたエアルと世界の均衡を保つのだという。

ん?あれ?音素ってなんだ?
たしか〔レプリカ〕や "前世のおれ" を構築していた物質だったような気がするけど・・・まぁ、いっか。

前世の記憶が曖昧なくせに、それでもわずかに残っている記憶が、おかしな具合で、知識となって無意識に零れでる。
けれどそれが何を指すのかもわからず、結局、オレの思考は混乱をきたす。
そんなわけのわからかないものを解明するほど、悠長に付き合っているゆとりは、今の精神状態のオレにはない。

この具合の悪さを何とかしようと、理由を知っていそうな "声" の話を必死に聞くのでせいいっぱいだ。



結局のところ、オレもまたいつのまにか始祖の隷長というものらしい。
この世界で生まれると同時に、オレの意思など関係なく、始祖の隷長としての役割を果たそうとしたこの身体が、エアルをこの身に大量に引き寄せてしまったのだという。
しかしそれはオレにはタイミングがわるかった。
まだ肉体が完全に "誕生" という構築をしきっていなかったこの身体は、体の細胞が世界に定着する前に大量のエアルを浴びてしまったせいで、オレという存在そのものが崩壊しだし、それで体が透けていたらしい。
この怠慢感もまたその影響だという。

始祖の隷長はエアルを調整すべく、それを自分の体内に取り込むという。

今回のは、それの過剰摂取が原因だとか。
つまりへたするとモンスターに食べられる以前に、オレは自我を確率させるより先に死んでいたかもしれないということ。


死 消滅――。


オレはこれに近い感覚を "以前" にも知っている。
身体を構築する音素が細胞としてくっつくことで触れることのできる肉体となり、ひとつの音素だけでできているのが〔レプリカ〕だ。しかしその細胞が離れていき肉体をたもてなくなって、乖離して消える。こんな現象をオレは "音素乖離" と呼んでいた気がする。



ああ、だめだ。

"以前" とか"今"とか。こうもグルグルした思考では、何かを思い出しかけてもまとまらず、"今"と "曖昧な過去" が混ざってしまう。
うまく考えることできない。

そうしているうちに、やっとすくい上げたはずの "記憶" は、またすぐにオレの中にある深淵へと落ちてしまった。

『なん、で・・・』

やっとみつけた!そう思ったのに、なのに、それは手からあっけなく落ちてしまった。
その感覚に悲鳴を上げそうになる。
大事な記憶だと思ったのに・・・。


《慌ててはいけない幼き仔。大丈夫だから》

焦っていたオレに、高くもなく低くもないが、耳に心地よい声が空気を震わす。
なにに焦っているのか自分でもわからなかったが、その言葉に足掻くのをやめた。
すると先程より楽になった気がした。

無理やり考え事をしようとしたのがいけなかったようだ。


《まだエアルが安定していないから、しかたないこと》
《それに、他にもまだ。仔にはいろいろと、我々とはまた異なる事情があるようだ》
《いまは休息が必要だよ幼き仔。本来の姿に戻った方がいい。・・・もどれるかい?》


――ほんらいのすがた?

透けてはいるが、これがオレじゃないのか?


彼女の、始祖の隷長たちのおかげで、先程の様な苦痛はなくなり、荒く肩を上下するしかできなかった息も今は楽にできるが、まだ長い言葉を口にできるほどは回復していない。
それほど体力は削られ、いまだってすぐにでも瞼が落ちてしまいそうなほどだ。
そんなオレが彼女に伝える言葉なんてなかったが、彼女はオレの心を読み取ったように頷いた。

思念やテレパスというもので始祖の隷長は繋がっているので、思うだけで大丈夫だと諭された。

《我らは "始祖の隷長"。ひとには魔物といわれるが、あれらと形は似ていても非なるものゆえ。
そう。魔物であり、魔物でないもの。世界の調停者だね。それこそ我らの本質》

魔物でもない魔物?

《おい、しろきもの。仔はわかってないぞ。魔物など下世話なものと同じ扱いをする人間は好まんが、仔のためだ。いまは簡単な言葉を選べ》
《そうさねぇ。なら、ひとの言葉を借りるなら【魔物らしい獣の姿】といえばいいのかね?幼き仔、獣の姿を想像してごらん。 すぐにおもいつく姿。それがお前の本当の姿であろうから》

魔物の姿を想像しろ。なんて。
記憶が混濁中なオレに無茶を言う。

自分のことも、世界にどんなモンスターがどこにどうやっていたかもわからないのに。


とりあえず目の前の相手のような巨大な "始祖の隷長らしい" 姿を考えようとしたが、それより先にオレの脳裏には青く小さな魔物の姿が思い出された。
おなかに金のリングをつけた、たしか "チーグル" と呼ばれる種族のこども。

あの魔物だけが最後まで〔おれ〕の側にいた――ような、気がする。

それからはどれだけ考えようとしても、チーグルの小さな姿しか思い浮かばなかった。


《浮かんだようだね》
《目を》


言われた通り目を閉じる。
深呼吸をするように、微量のエアルを体内に取り込み、ひとがたを放棄する。
今にも光となって崩れて消えそうで神経もなにもかも異常を訴えていた体が、徐々に楽になっていく。
半透明だった身体にもしっかりと重みと感覚が戻ったところで目を開く。



《ふふ、これはまた。随分とかわいらしい姿よ》
《・・・・・・ち、小さいな》

始祖の隷長からもれたのは驚き。
そのあとは楽しそうにクスクスと笑う「ほほえましい」という声。
どう対応すればいいか困ったようなスパイラルドラコのソワソワとした感じ。


案の定、オレの姿は人間よりも遥かに小さな存在に姿を変えていた。



人でいるときの髪は、先にいくほど色素が抜け落ちたような金に変わる朱色だった。
年齢でいうなら七歳ほどだと、人というものをよく知る始祖の隷長が教えてくれた。
うん。まだまだ子供には変わりないようだ。
なにせこの世界では、生まれたてだし。それも当然か。

そして獣の姿―――これはチーグルとよばれる魔物で、毛色は全体的に朱色だがお腹周りが白。
耳の先っぽが、人間のときと同じように色が抜け落ち、金から白へとグラデーションがかかっていた。
目はでっかくて、見覚えのある明るい黄緑色をしている。


本来なら始祖の隷長は巨大な身体が特長ともいえるのだが、自分の小さな姿を目にしたとき、記憶とは違う色合いでありながらもこれが "今のオレ" だとオレのなかですとんと納得してしまった。
まぁ、オレだしね。普通じゃなくて当然かもしれない。
ならば、本来は馬鹿でかいはずの始祖の隷長といえど、小さくてもおかしくないというか、オレならばやはりこんなもんだろう。
納得するにはそれで充分だった。


チーグルといえば、青色というイメージがある。
だけど・・・青いチーグルは〔おれ〕の心の支えだった奴の色。

だから記憶と違っていい。

青は、オレの色じゃない。
オレは〔おれ〕で〔俺〕だから。

だから赤いチーグル。



『これが、今の、オレ・・・』

世界は、決められた未来へと、いつも従って動いているわけではない。
覆せない未来はない。
それは、本当はどこの世界でも同じこと。

"絶対" なんてありえない。

だからこそ。
始祖の隷長が総じて巨体であると思うのは、いままで前例がなかったというだけ。
現に始祖の隷長というくくりでありながらもみなが同じ姿をしているというわけじゃない。
オレの本来の姿というのがチーグルのような小さな獣であっても、始祖の隷長としておかしいことなんかあるわけもなく、オレはオレでしかないから。


小さな身体の始祖の隷長でも――



だれも、異端だとオレを責めることはしなかった。
だれも、オレを見捨てなかった。
だれも、 "定められたものと違う" からと、見限ることはしなかった。
この場のだれも。


赤くて小さな獣のオレに、他の始祖の隷長たちは、共に歩もうと、優しく手をさし伸べてくれた。





《生まれてくれありがとう我らが小さき同胞よ》





まずは知ることから始めなくてはいけないだろう。


《大丈夫だ仔よ。我らが側にいよう》
《幼き仔、お前は普通よりも小さいのだから無理は禁物だ》

あたたかすぎる彼らに、なぜか、オレの目からは一つだけ大きな涙のツブが零れ落ちた。
オレは優しく大きなその手をとった。













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《ああ、けれど――面白そうな物にはどんどん首を突っ込むといい》

《・・・しろきもの、おまえ、最後のでいろいろ台無しだ》
《おやおや。なんのことやら。面白いは正義だと思うのだがねぇ》











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