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15.深淵は焔をのみこむ |
はやく。 もっとはやく! そう思って走っても。 走っても。 走っても・・・。 パシリと手をつかまれる。 気付けばまたあの女がいて、オレの腕をきつくつかんでいた。 知らない女。でもあいつはオレのことを知ってるみたいで。 こ わ い 今のオレじゃなくて、記憶がなくなる前のオレのことをしっていたら。 今のオレを否定されたら・・・。 きっとオレは生きていけない。 いらないって言われたら、甘やかされて育ったオレはどうしたらいいかわからなくなる。 だから女の隙をついて逃げ出したのに・・・ ああ、まただ。 逃げてもすぐに追いつかれてしまう。 「手間をかけさせないでちょうだい」 ― 手間だと思うなら・・・ 「離せよ!!!」 「離したら迷子になるじゃない貴方」 ― なんで? な ん で・・・ 「知ったふうに言うな!!オレのことなんか知らないくせに! なんで会ったばっかのお前がそう言いきるんだ!お前はなんなんだよ!!」 「これだからこの頃の貴方って嫌になるわ。 すぐに癇癪を起して、我儘ばかり言って。私がやることなんでもすぐにダメだしばかりだし。人の話を聞かないのは相変わらずのようね、ルーク。 そもそも“貴方は何も知らない”のだから、こういうときは土地勘のある私に従っていればいいのよ」 彼女はどうしてオレがここに詳しくないと思うのだろう? (よく兄達やイオン、ピオニーたちとも来る場所だというのに) どうして“オレが何も知らない”なんて言うんだろう。 (それって前の、“記憶をなくす前のルーク”を知っているってこと?) 「離せよ!オレは帰るんだ!!」 「いい加減にして頂戴! どうしてあなたってこうなのかしら。やっぱり私がみていないとだめなのね。 はぁー、しょうがないわね。面倒だけどほっぽといったら何をするかわからないし、側で見ていてあげるわ」 どうして? 手間だと思うなら。 邪魔だと思うなら。 面倒だというぐらいなら。 どうして この手を放してはくれない? -- side レプリカルーク -- 「おきてルーク」 目覚めの第一声。 しらない女の声だった。 タタル渓谷にいたオレは、はじめわけがわからずパニックになった。 記憶が途切れていることが酷く恐ろしかったが、側にいた茶色い女がいたのでおきたそいつに「なぜオレはここにいる?」と聞いてみれば、 返ってきたのは支離滅裂な言葉ばかり。 彼女の言葉をつなぎ合わせるに、超振動がおきたようだ。 なにをどうしてあの平和な茶会でそんなものが起きるのかはよくわからないが、 何を考えているかわからないヒゲ男がやってきたあとこの茶色い女も侵入を果たし、 あげくヒゲと茶色い女はそのまま人様の庭で殺し合い(と言う名の演技)をはじめた。その結果がこれということは理解した。 とんだとばっちりである。 しかも女の台詞の要所要所には、すでにこうなることを“知っていた”ふしがある。 つまり計画的犯行・・・・らしい。 どうやらこの茶色い女は、ある程度の事情を知っている。 さらには、この後どうするべきかも彼女の中ではすでに計画が立てられている。 状況からして、その計画のためにこいつがオレを気絶させ、ここまでつれてきたということで――まぁ、間違いはないらしい。 オレがまた記憶を失ったというわけではなく、ただたんに気絶していたから記憶が途切れているのだとわかれば、少しだけだがホッとした。 また記憶がなくなってしまったのではないかと、そう思ったら怖くてどうしようもなかったのだ。 それがわかっただけでも僥倖だろう。 生まれてから十年分の記憶がまるっと消えてしまったとあと、“忘れる”という恐怖にいつもどこかで怯えて過ごした。 だからささいなことでも忘れないようにと、夜はいつも日記をつけているし、メモも常備していた。 今回もしっかりポケットにはメモ。 茶色い女には不快そうな顔をされたが、状況を整理するためにも彼女から聞き出した情報はちくいちメモっていく。 茶色の女に言われたことは、(知らないわけではないが)メモをしておく。 いつ、どこで、なにがあったか。 後の証拠にもなる。なにより現状を理解するために紙にかくというのはもっとも効率的である。 効率的である。ハズだけど・・・ 「第七譜術師だからかくまわれていたのね」 「かくま?え?」 「いまのは疑似超振動よ」 「超振動って・・・うそだろ」 「そんなこともしらないの?」 「あ、いや。今のはそういう意味じゃなくて」 ――と、始終こんな感じで、なぜか話がかみ合わない。うまく進まない。 なんとか単語をつなぎ合わせて女の言葉をある程度メモることに成功したのち、 その内容を読み返し、ふと疑問が沸き立つ。 思わず読み直すが、結果は変わらない。 首をかしげるも、顔の眉間にとった皺は取れていないだろう。 「えーっと。あんたさっき、オレが“セブンスフォニマーだからかくまわれていた”と言ったか?」 「だからなによ?」 「それで、第一声が“ルーク”?」 「何を言ってるの?貴方自分の名前も忘れたの?」 いや、忘れちゃいないけどね。 ついでにオレ、本当はルークって名前じゃないけど。 思ったんだけど、さ。 「“ルーク”って誰のことか知ってるのかあんた?」 「だれってあなたのことでしょう?」 「・・・キムラスカでの“ルーク”の立場は?」 「なにをいってるの貴方。貴方はルークでしょう。ルーク・フォン・ファブレ。ファブレ公爵家の一人息子で、キムラスカ王国第3位の王位継承権でしょう? なぁに?そんなこと聞くなんて。もしかして自慢のつもりなの?それとも平民は口をきくな?とか。貴族だから言うこと聞けとか、そんな傲慢なことを言うつもり?」 「・・・・・・よぉくご存じで」 そんなのしらないわけないでしょう。そう切り返されたが、それを知っていてなぜ―― なぜ、そんな態度がとれるんだろう? 「えっと・・・一応、オレ、そのキムラスカの王族のひとりだけど。同姓同名の一般人じゃない・・んだけど?」 「だからなによ?」 「え。本当にわからないのか?」 「失礼ね!あなたにわからないとか言われたくないわ。 ああ、そうね。そういえば貴方、今の時期はたしか屋敷から出たことないんだったわね。 いいわ、それなら“戻ってくるまで”は、私がこの世界のこと教えてあげるわ」 「・・・・・・」 さっそくピンチです! ユー兄様、兄上、ナタリア、エステル・・・オレの常識はなにかおかしいのでしょうか? 謎の茶色の女は、まるで知ったようにオレにあれこれ指図してきます。 しかも“ルーク”がどういう立場か理解しているのに、なお、こんな態度をとってくるので、 こっちも対応の仕方に困るのですが。 あれ?赤い髪って、珍しいからすごい特徴的なキムラスカの証だから、外では目立つって言われてたんだけど。 もし表だっての外出以外で外に出るなら、その髪だけは隠すようにって・・・みんなが言ってたんだけど。 赤髪ってキムラスカの王族の証じゃなかったの!? それともキムラスカの王族は、貴族の中でも一番地位が低いのだろうか?だからののしっていい対象だったりするのだろうか? 一応王族。 だけどこの女は、オレが王族だって気付いてないのだろうか? もしかするとオレの態度が悪かったのかもしれない。 目が覚めてすぐはパニックをおこしていたから、他人に構うゆとりさえなかった。 だから、彼女を邪険に扱ってしまったかもしれない。 当然そのときの口調は、公で話すようなかしこまったものじゃなかったはずだから、そのせいで砕けた話し言葉のように聞こえてもしかたない。 砕けた口調=彼女と対等の立場の人間。そう彼女がオレのことを勘違いしてるのかもしれない。 たとえば、オレがファブレ邸にいたのは【ルーク様のただの同名の、屋敷にかくまわれたセブンスフォニマー】と認識しているとか。 だからこんな態度なのかもしれない。 友達に向けるような・・・否、もっと下の者(自分の言うことを聞いて当然の人間)に対するような態度をとられているのも、 彼女からしてみればオレは【その王位継承者のルーク】とは別人に思ってしまったとか。 そこまで考えて、もう一度メモを一から見直してみる。 どうもオレ、こいつに誘拐されたみたいんだんけど・・・。 王族だからお金目当てなのかな? 茶色の女の考えはよくわからない。 とりあえず目の前の茶色い女が“勘違い”している可能性を含めて、正式なもので自己紹介をすることにした。 そういえば自分はまだこの女の名前を聞いていなかったと今更ながら思い知る。 言葉を歪曲してとる彼女が、まっとうに名前を教えてくれるかはさておき。 このとき念をいれて、いずまいをただし、きちんと“ファブレ公爵が子息”らしく振る舞いをあらためる。 まずはと深呼吸をする。 一度またパニックになりかけた脳内に新しい空気を取り込んだことで、冷静さを取り戻すのだ。 吸った空気と共に、優しく甘いにおいが体の中に取り込まれる。 それだけですこしほっとし、肩から力がぬける。 そうやて思考を落ち着けたところで、「さぁいくわよ」と女が立ち上がる。 オレはあわてて今すぐにでも立ち上がってどこかに行こうとしていた茶色い女に待ったをかける。 話はまだ終わっていない。 「わたしは“ルーク”・フォン・ファブレ。貴女が言うようにキムラスカの王族で、第三王位継承者です」 「なによルーク。そんなの最初から知ってるわよ。 私がどれだけ貴方の口からその身勝手なセリフを聞かされ続けたと思ってるのよ。 そもそもいまさらそんなかしこまった態度とってなんのつもり? その地位がなにかの免罪になるとでも思ってるの? いままでの傲慢な態度が許されるとでも思っているなんて、本当傲慢ね」 「what?」 彼女の言っている意味がまったく分からない。 ただ、彼女は“ルーク”が、王族だとわかっているらしいこと。 王族だと分かっていてなお、彼女はオレを拉致し、わかっていてこの態度・・・。 さらに彼女はどうやらよほど“ルーク”を傲慢キャラに仕立て上げたいらしい。 もういっそのこと、彼女は妄想壁が強いのだと思った方が楽かもしれない。 「ここは危ないわ。馬車まで案内するから貴方は木刀で前を守ってちょうだい」 なんかオレのことというか“ルーク”のことを知っているようなことを彼女はたまに言うのだが、全部言ってることがトンチンカンだ。 しかも言動があってませんよ!? だってオレは―― 木刀なんか持ってないからなっ!! しかも馬車って!?馬車ってなんだっ!? 誘拐した後ここに到着することも予定内とか、なんて計画的犯行!? っていうか、いまさらだけど!よく超振動で転移して、オレたち五体満足で無事だな!? だれか翻訳機寄越せ。 * * * * * あまりにも理解しがたく、さっぱり意味が分からない。 いままでこの場所に魔物の気配がなかったことから、このセレニアの花畑はきっと安全地帯だ。 武器も何もないのだ。夜中に動き回るのはよくない。 この花畑で火をおこすなりすれば、さらに安全性は保障されるだろう。 だというのに、茶色い女は、「前はそうしたもの」とかわけのわからない理由で、この花畑を抜け出てしまった。 そして前衛を命じられた。 「木刀があるでしょ!」 意味が分からない。 「援護するわ!わたしのことをしっかり守って!」 意味が分からない。 「優しいのもいいけど、どうして戦わないの!殺さなきゃ殺されるのは私たちよ!」 意味が分からない。 「いい加減にして頂戴!あなたは前衛でしょ!?なんでなにもしないのよ!おかげで私が戦うはめになったじゃない!」 意味が分からない。 何度でも言う。 意・味・が・わ・か・ら・な・い・よ。 だってオレは木刀なんか持っていない。 手ぶらだ。 もし持っていたとして、木刀で魔物に戦って・・・無理だろ!? 刃もない木刀なんて、魔物相手ではただの棒きれでしかない。それで攻撃しろというのがまず無理なのだ。 刃物ついてないんだ。斬るなんて芸当ができない木刀では、つきさすか、殴りつけるかしか攻撃方法はない。 せめてお前の持っているその短刀をよこせと言いたくなるぐらい、理不尽な話である。 木刀で突き刺して魔物を殺せ。暗にそう言っている彼女の言葉をもしも実行に移したとしよう。ああ、なんてグロイ。想像しただけで手に伝わってくるものの嫌な感じがしそうだ。 やらなきゃ、殺される? あなたが騒ぐまでは魔物は近づいてきませんでした。 ついでにいうと、あの場で動かなければ、殺る殺らない以前に襲われることもなかったでしょう。 たいがいの魔物は夜行性ですから、朝を待った方が遭遇率は低かったはずだ。 オレが前衛といつきまったのか。 家では、主に術をメインに教わってたんですけど。これって後衛だよね。 っていうか、オレ、王族・・・。 いや、もうこの女に敬語もなにも使う気はないけど。 口調が王族らしくなくても。 それでもオレは王族なわけで。 そんでもって、王族って守られるべき存在ですよね? え?違う? もうよくわからないよ。 とりあえず途中で「川があるはずなのよ」と茂みの中に入り込んだ女に無理やり腕をひっぱられ(反論しても離してくれない)ていけば、 少し前の言葉通り馬車があった。 車輪がちょっとおかしいらしい。 “車輪がおかしい”らしい。 のに、「乗せて」と言う女。 本当に意味不明である。 御者については、てっきり茶色い女の仲間かと初めは疑った。だが、御者はオレたちをみて「漆黒の翼か!?」と驚いていたことなどから、 たまたま居合わせたのだとわかる。 本当にたまたまなのかはあやしい。 もしかすると打ち合わせた結果のかもしれない。 なにせ女はここに馬車がとまっていることを知っていた。 この時間にここに馬車がいることをはじめから知っていたということは、逆に言うと、“そうなるように仕組んだ”本人であるとも否定できない。 彼女が馬車の車輪がおかしくなるように、道あるいは前の街などで仕掛けをしていたということもありえるということだ。 すなわち、計画的犯行。 そこまで考えてゾッとした。 目が覚めてから記憶が途切れていることへの恐怖とはまた違った、寒気。 これ以上はやばいと本能が告げる。 どこにつれていかれるかわかったもんじゃない。 そもそも「送る」「護衛する」などなど。茶色の女の口癖はどこかおかしい。 誘拐犯が、人質をどこに送るというのだ? そんなもの一つしかないじゃないか。 たとえば、彼女の言葉が本当だとして、まっすぐキムラスカにむかったとしよう。 そうすれば、きっと領内に一歩でも足を踏み込んだとたん彼女は捕まるだろう。 ひとえに誘拐でなく本当に事故で転移したのだとしても、それはきっと変わらない。 なぜなら彼女には、侵入罪、傷害罪(譜歌による眠りの攻撃)という罪状が既に存在するのだから。 その犯罪者が、どうどうと奇襲をかけた家に凱旋などするだろうか。 つまり、ここでいう「送る」とは、他の仲間の元へ。ということに違いない。 ただでさえ「〜にいかなければいけない」との発言が多いことからして、すでに決められた何かに向かって女はすすんでいるように思う。 やはりこの女は他にも共犯者か何かがいて、そこへオレを連れて行かなければいけない。そういう任務を負っているのではないだろうか。 それを証明するように、オレが彼女の言うことに従わなければ、すぐにいらついたように眉を吊り上げ、声を荒げる。 これは計画通りに事がいかないがゆえのいらだちではないだろうか。 なんにせよ。状況はあまりよくないだろう。 むしろこの女と共にいることの方がよくないように思えてくる。 それから、はったもんだのすえ、馬車に乗ることになった。 馬車の行先を訪ねたとき、首都と言われ女は納得していた。 その際、“どこだかわからない首都”につれていかれることが決まった際も、馬車の御者に「オレはいかない!」と言ったのに、 「なに、我儘を言っているの!?」と無理やりのせられた。 言葉を濁すようにど“どこの”首都とは告げなかった御者に、思わず女の仲間ではないのかと再度疑ってしまう。 こちらに行先を分からなくするためだろうか。 “噂にあるとおりのルーク”なら、屋敷の外に出たことがないから、場所などわからないから大丈夫だろうと。 彼らは偶然を装って、女の仲間のもとへオレを送迎する役を兼ねているのではないか。 違うとわかっていても。 すべてを疑いたくなる。 疑心暗鬼だとわかってはいても、意味不明な言動をする女にふりまわされていると、彼女と会話した人間すべてが彼女の仲間なのではないかとつい疑ってしまう。 警戒がオレのなかでさきにたってしまうのだから、どうしようもない。 女の手を振り払おうとは試みたんだけど、ながく細い指は関節が見事にはまり、ギシリとオレの腕をつかんで離さない。 逆にしめつけてくるしまつで、しまいには顔をしかめて、そのまま痛みに顔をしかめたら、その隙をついて馬車の荷台に放り込まれた。 「それじゃぁ、首都までお願いします」 「ちょ!まてよ!離せよ!オレはあそこに残るっていってんだろ!みんなが迎えに来るのを待つ!」 「本当にルークったら我儘なんだから」 「我儘ぁっ!?そういうあんたはなんでこの馬車にのろうとするんだよ!」 「何を言ってるの?そう、歩くのが嫌なのね。これだから貴族は。いつでもどこでも自分の思うとおりにものごとが動くと思わないでちょうだい」 「はぁ!?オレにはあんたの言っている意味が分からないんだけど」 「屋敷に幽閉されてたからって知らないことは罪よ。どんだけもの知らずなの貴方?」 「しらないとわからないは意味がちげぇよ!!だからお前の目的はなんだって言ってるんだよ。なんでこの馬車で、どこに向かうのかって聞いてんだよ!」 「安心して。この馬車に乗る。それが一番正しいのよ」 「人の話を聞けよ!あんたオレを誘拐してどこにつれてこうっていうんだよ!ああ、もう!!オレは帰る!!」 「はぁ〜。本当にあなたってどこまで学習能力がないのかしら。 誘拐じゃなくて、これからあなたの家まで送り届けるって話でしょ?」 「誘拐!?」 「いえ、ちがうのよ御者さん。ほら、ルーク!あやまりなさい!あなたのせいで御者さんが勘違いしてしまったじゃない」 「なんでオレが!?」 御者の人に何を言ってもそれを女が毎回否定する。 オレの言葉を遮るなんてのも普通で。 しまいには「ごめんなさい御者さん、この子、私がいないとだめで」と女が申し訳なさそうに頭を下げた日には、 「いいってことよ」「大変だなあんたも」と御者のひとは呆れたように同情するように女に笑い返すだけで、 オレの言葉に耳を傾けることはなくなった。 オレが全面的に悪いことになってるんだけど・・・。 むしろおかしいのはオレなのか? なんだか口をきくのも疲れた。 ならばお前らが望むようにしてやろうじゃないかと、わざと罵声を吐いて、ふてくされたフリをして荷台の隅でふて寝を決め込む。 といってももちろんすべてフリだ。機会をうかがっているにすぎない。 情報収集がてら、その話を聞きながら、寝たふりを決め込んでからしばらく。 馬車に揺られ、女が御者と世間話をしていた。どうやら目的地がバチカルじゃなくマルクトの首都だとしり、 女は“あわてることもなく”「ならエンゲーブまででお願い」と話していた。 それははじめから“こうなることがわかっていた”かのように、“エンゲーブこそが目的地”であるといわんばかりに、 彼女は驚いた様子、思案する様子一つ見せずに言い切った。 その際に、彼女はこうも言った。 「ここがどこだかわからなかったから、まちがってしまった」だと。 あんた、地の利があるからついてこいってはじめに言ってたじゃねぇかと、つっこみたかった。 寝てることになっているので、だまって“寝ているフリ”を続けたが。 改めてわかったこと。 ――この場に味方はいない。 なによりこの女の側は危険だ。 魔物が出ようが女から離れたくて、その場に残りたくても、何かしらの手段でキムラスカの兄たちに連絡をとろうにも、かならず女が妨害してくるからだ。 ならば。やることはひとつ。 自分で動くしかない。 そう決めたオレの行動ははやかった。 オレはあのやりとりのあと、ふてくされたふりをして馬車の隅に移動して、寝たふりをしていた。 馬車の中で、女は知らないやつといるのも気にせず、警戒なんて言葉さえ知らなそうにあっさり船をこいでいる。 オレがふて寝を始めたふりをしたとき、「こんなときによく眠れるわね」と言われたが、その言葉、今そっくり返してやりたい。 馬車がゴトゴトゆれながら進む。 ある程度すすむと、森からぬけた。さらに進むと、しだいに人工的な舗装された道にでた。 周囲の様子からして、そろそろ町あるいは村が近いのだとわかる。 だからオレは―― 女が寝込んでいることをいいことに、オレは動く馬車から飛び降りた。 ドサッ。と重い音がして、ゴロゴロとそのまま勢いを殺しきれず少し転がる羽目になる。 音は意外と響いたが、御者が振り返ることもなければ、馬車が止まる様子もないので気付かれずにすんだのだろう。 きちんと受け身はとった。 馬車の人には悪いとは思ったけど、なかにあったボロ布を一枚かりてそれをまきつけて衝撃に備えたのが、そのまま飛び降りるより功を奏したようで目立つ大きな怪我はない。 速度は遅くても動いている物から飛び降りた衝撃は、やはり布一枚では防げなかったせいで、体中が痛い。 それでもあんなわけのわからないやつと一緒になんかにいれるかと、いたるところに擦り傷や打撲をつけて痛む身体を引きずって、駆け出した。 はしって、走って・・・。 とはいえ身体があちこち痛むせいで、それほど速度を出せたわけではない。 そんななか。途中で、大きな音が聞こえてきて、地面もガタガタとゆれるような振動を感じた。 それらが徐々に大きくなってきていることで、なにか巨大なものが近づいてくるのだとわかり、とっさに街道沿いの繁みに飛び込んだ。 ほぼそのすぐあとに、黒い馬車がオレの目の前の街道を凄い早さで駆け抜け、その後ろをそれなりの間隔を置いて巨大な戦艦が土煙を巻いてやってきた。 「そこの馬車、怪我をしたくなければどきなさい」 放送がながれた。 オレを置いてもうずいぶんと前方を走っていた馬車が、あの戦艦に巻き込まれそうになって、あわてて聞こえてきた放送に従ってよけている。 結局無事だったからよかったけど。 へたしたら茶色い女たちがのった馬車は、怪我だけではすまなかっただろう。 まちがいなくあの茶色の女たちが乗った馬車はペシャンコになっていただろうし、人死にが出ていた可能性がある。 お前が止まれよ!と思うがあの巨体ではそこまで機動力はよくないだろうから、馬車の方によけさせたのも仕方ないにしても・・・せめてブレーキはかけろと言いたい。 そのままスピードをとめることなく戦艦は、何かを追いかけていってしまう。 それだけならよかった。 っが、しかし。 戦艦はその前方を爆走する黒い馬車を止めるために・・・砲撃した。 ってか、町のすぐそばであいつにしてんの!? 町に被害がでたらどうすんだよ! かりにあの黒い馬車が犯罪者だったとしても、砲撃したのはあの戦艦だ。犯罪者を追っていたから自分たちは悪くない。といういいわけは、きかないはずだ。 しかもそのまま橋は無残に破壊された。 あ、あの橋って・・・。 あーあ。キムラスカとマルクトの流通止まったわ。って思った瞬間だった。 砲撃の名残である煙が消えた後。黒い馬車はもう姿も形もない。破壊された岸の向こう側で、馬車が駆け抜けていくガラガラと言う音ともくもくと土煙がみえるだけ。 っていうか、砲撃までして逃げられてるし。 ここで笑うべきか悩むところだが、逃げられたというよりは、自滅じゃね?とも思う。 自分で橋をこわして「逃げられたか」っていうのは、発言的におかしい。 だって自分で橋をこわしておいて、それで渡れなくなってんのに、逃げられたも何もない。むしろ逃がしてるようにしか見えない。 やっぱり笑うべきなのかな。 とりあえずいまは呆れるしかなかった。 あれがマルクトの艦というのはわかるけど、あんな傍若無人な振る舞いをする人間がマルクトの軍人にいたのかと、そっちに驚く。 しっかりもののアスランさんが上層部で顏を利かせているような国だから、いるはずないのにと不思議に思う。 なんにせよ―― 「あ、ピオニー陛下の心労が増えそう」 思わず呆然と、残骸となった橋をみつめてしまった。 その間が悪かったのだろう。長く見つめていたのがいけなかった。 あの女たちの馬車の方から、艦の衝撃で目が覚めたらしい茶色の女の「ルーク!!」という癇癪じみた悲鳴がここまで聞こえてきた。 慌てて身をひるがえすものの、ホロから顔をのぞかせた女と視線があった。 これは目立つ赤い髪のせいで、確実にオレの居場所がばれている。 まずいと思って草むらからさらに奥、森の中へと駆けこむ。 足場の悪い森のなかであろうとかまわず、必死になって走ったのだが、こちらは馬車から飛び降りたアレで満身創痍。 いままではお遊びでダアトに潜入捜査中のアシュレイと入れ替わったりはしてはいるが、普段は貴族として優雅な暮らしをしている身。 こんなところでそういった体力の差というのが出てきてしまい、身長差(足のコンパスの差)もあってか、女にすぐに追いつかれてしまった。 それからは最悪だ。 茶色い女は譜歌までつかって、こちらの動きを止めてきやがった。 力が入らなくなる身体を無理させてあばれようにも、女から逃げようとするも、力が入らず・・・。 眠りの譜歌のせいで、意識が途切れそうになっていたところに、女をおいかけてもうひとり茂みをかき分けて登場した。 やってきたのは、女の味方をする御者。 女は彼をみるなり、「さっきの砲撃に驚いて馬車からおちてしまったのね。ルークってばおっちょこちょいなんだから」 「連れがちょっと具合悪くなってしまって」「私では彼を運べなくて」などなどしおらしく御者に告げるものだから、 それを真に受けた御者がオレをいたわって、わざわざ馬車まで肩を貸してくれるというありがたくないオチ。 いや。動けないのはその女の譜歌のせいだから。 そうして口を開けば、言い争い。 力技で反抗しようとすると譜歌。 さらには勘違いと身の潔白についての攻防が続き、オレは無理やりエンゲーブまでつれてこられた。 馬車とはここでお別れ。 警戒すべき存在がひとりでもへっただけで肩の荷の重さがずいぶん変わる。 ホッと一息ついたのが間違いだった。 村では盗難事件が続いているらしく、オレはなぜかその騒動に巻き込まれた。 もちろん。原因はあの茶色い女である。 こっちきて。と村に入ったとたんひっぱられ、市場へ連れて行かれた。 ちょっとここで待ってなさいと命令口調で言われ、逃げるのももう疲れたので、言われた通りしていた。 何が何だかわからなかったが、ひとまず喉が渇いた。 ちょうど近くにりんご屋がいたから“金を払って”、一番近場にあった手前のそれを選ぼうとして 「そのリンゴより、こっちのリンゴの方が甘いですよ」 手にしていたリンゴを奪われ、かわりに赤いリンゴを渡された。 店の人が「にいちゃんいいめをしてるなぁ」と笑っていたので、そっちの方が甘いのだろう。 そう思って、ありがたくそれをうけとり、よごれを服でこすってからひとくちかじれば、シャリっと涼しい音を立ててそのあとすぐに口の中にじゅわりと広がる甘酸っぱさに幸せな気分になれる。 これはいいりんごだと、リンゴを選び直してくれた人物へとふりかり 「サンキューな本当にあまいや・・・・」 ゴトン そこにいた相手が予想外の人物すぎて、手にしていたリンゴを思わず落としてしまった。 それでも相手はきにせずたわいもない(?)話をひととりすると、待ち人が来たからと何かに気付いたように笑顔で手を振って去ってしまう。 あまりのことに、しばらく呆然と見つめてしまったほど。 しばらくしてリンゴを食べていたことを思い出し手をみるが、あの甘いものを食べて気分を変えようとおもっても、そこにはなにもない。 そういえば落としたんだったとがっかりしてしまう。 その様子を見てリンゴ屋のおじさんが苦笑して、「りんごもう一つやるから元気出せ」と、落ちたリンゴの代わりをくれた。 「い、いただきます」 「おう!たんと食って元気出せよ!」 っと、新しくもらったそれに口をつけたところで―― 「ルーク!あなたなにをしているの!」 茶色い女が戻ってきて、「お金も払わずに何をしている」のと周囲に聞こえるように叫び、 リンゴ屋がとめるのもきかずオレをひっぱっていく。その間もあれはだめ。これはこうするのよ!これだから〜。というような単語を大声で叫び、その結果。 オレは最近の盗難事件の犯人にされてしまった。 村人にオレを引き渡す際の茶色い女はそれはドヤ顏だった。 あの女はつかまらなくて、オレは捕まるってどういうこと? 女も一応共犯者とみられたようだけど、ダアトの軍人だからと丁寧に扱われていた。 オレなんか、髪を引っ張られたり、しばられたり、床に投げつけられたりと散々だった。 おい。誰か。 王族って何か教えてくれ。 * オ マ ケ * 「あ!探しましたよおふたりとも!」 「あはは。ごめんごめんフレン」 「フレンも、リンゴ食べる?」 「いただきますが・・・。それにしてもまたずいぶんと買い込みましたね。どうするんですそれ?」 「どうもこうも食べるに決まってるじゃん。リンゴパイ。リンゴジュース、リンゴ飴、りんごジャム、リンゴソ・・・」 「あ、もういいです。そういう甘いものはユーリにまかせてありますので」 「・・・ユーリね。たしか“ユーリ・ローウェル”だっけ君のお友だち?」 「それがどうか・・ハッ!?もしかしてユーリのやつがまたなにかしでかして!?」 「そうじゃないけど。フレン、君さぁ・・・」 「なんですか?」 「いや、知らないってすごいなって思ってね」 「です」 「はぁ?」 「褒めてるんだよ。“ユーリ”とフランクに話せるなんて、顔が広いなと思ってね。ふふ、まぁそのうちわかるよ。 それより【ドンタコスデヨヨイノヨイ】により先に行くところところができたよ。 いくよ二人とも」 「はい、です!」 「わかりました」 |