片 翼 の 獅 子
†+ 第二部 Tales of th e Abys s +†



12.星のない世界で





 ――男は空を見上げ、そこに輝く六つの音譜帯をみて、今は見えないそのはるか向こうにある星空へ想いをよせる。
夜になっても季節が廻ろうと、この空に、男が記憶しているような強く光輝く一番星はない。


「・・・“星のない”世界か。随分遠くまで来たものだな」






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 side 転生アレクセイ
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 わたしがはじめて、“以前”の記憶を思い出したのは、随分幼いころだったように思う。
思い出す――というよりは、物心ついたころから、誰かの視点での夢を見続けた。
当時はただの夢だとばかり思っていたが、年を追うごとにそれは違うのだと気づいた。
それが人ひとりの人生の記録であり、同時に“以前”の私のものであると理解するのもそう時間はかからなかった。
 そうして長い年月をかけてわたしは、“テルカリュミレースのアレクセイ”としての記憶が今の身体になじんでいくのをゆっくり感じていた。
 おかしなことに、生まれ変わってなお、わたしの名は「アレクセイ・デュノイア」であり、容姿も何一つ変化はなかった。
変わったのは世界。
そして敬愛する主の不在だけが、“以前”と異なっていた。

 生前のわたしが、主と認めついていたのは、レギン様とその騎士ルーク。
炎のような髪をなびかせるレギン様と、白い髪をうっとうしいとばかりにいつも短く切っていた騎士のルーク。
生まれたときから共に育ったという二人は双子のようで。
結局政治の都合で、大戦の後に殺されてしまったのだが。
 当時のわたしは、そのときから気が狂っていたのだろう。
戦争だったとはいえ、大切なものを失いすぎた。

 平和と言う言葉にすがり、それ以外が見えなくなったわたしは、死ぬはずだった騎士に人工心臓を与え、無理やり彼らを生かした。
そこからはあまりいい思い出はなかったな。
 最後は、世界の平和につながると思っていたことが、世界を破壊するスイッチであった。
あのときほど自分のしてきた行いに悔んだことはない。

それが最後の記憶だ。



 わたしは、“馴染み自分のものとなった記憶”をもとに、同じ過ちは起こすまいと誓った。
生まれ変わることができたのは、きっと罪を犯したわたしへの最後のチャンス。あるいは許しか。
ただ前世の行いを振り返るに、後者はあり得ない気がする。
それだけのことをわたしはしてしまったのだから。


 時が流れ、わたしはダアトのローレライ教団神託の盾(オラクル)騎士団首席総長という存在と出会った。
会ったとはいってもすれちがった程度だが。
 主席――その言葉に、なぜかひかれたためだ。
そのときはなぜ惹かれたかわからなかった。
けれど“思い出して”からは、それもおのずと納得できた。
まだわたしは、「橙の騎士」に謝っていないのだ。
 もちろんダアトの総長とやらが、彼シュヴァーンに似ていたわけではない。
 シュヴァーンに髭はあってもあそこまでもっさりしてなかった。
あとあそこまでごっつくない。
シュヴァーンは、清廉潔白な・・・ゆるいのに人望ある騎士だった。

 たまに“もしも”と思うことがある。いや、“願う”の方が正しいか。
屈託なく笑う笑顔が似合っていた「橙の騎士」もまた、この世界にいればいいのにと。
謝罪をして、無理やり生かしてしまったこと、道具として扱ったこと、彼に許してもらいたいわけではない。
ただ、純粋に会いたいと思った。
戦争が起きる前と同じように、笑顔でいてほしいだけ。

 ――なにせ今の彼には、記憶がないかもしれないのだから。


 あれは、本当にたまたまだったと思う。
 ピオニーが玉座をもらってすぐ、任務でキムラスカに渡ったとき、一度だけオレンジのこどもをみた。
黒髪の子どもを必死に探す十四,五歳ほどの青年。
その橙の恰好は、年若いのに騎士のいでたちであった。
 それがきっかけだったように思う。
 突如、思考がクリアになった感じがした。
いままでみてきた夢が実は夢ではなく、“ここ”とは違う世界の、生前の自分だと明確に理解した。
ピオニー様が、皇帝になる頃にはその45年分の前世の記憶をすべてを見終わり、わたしは自分が救おうとして壊してしまった世界を悔いた。

 残った世界がどうなったかは知らない。

 ただ、なんの縁か。
前世を覚えていなくても、こうして前世で縁を結んだ顔見知りたちが、生きている。
ならば前世の償いをすべきだと、同じ過ちは決して起こすまいと、 ピオニー陛下を支えるためにさらに研究を進め、知識を学び吸収し、また剣の腕を衰えさせないようにと常に主を主って務めた。


 わたしがピオニーと出会ったのは、彼が11歳の頃。
玉座に縛られる自分の代わりに、手足となる“駒”と優秀な“力”を集めていると、幼い彼は言って、わたしを「いい人材だ」と笑って手を差し伸べた。
 その目は、当時十一歳のこどもとはおもえないほど、聡明で、遠い未来を確実に見据えていた。
そのときにはまだ夢のことを詳しくは“思い出して”はおらず、ただあまりに遠い未来を見据える年下の少年の目の力強さに惹かれ、彼の手を取ったのだ。
この幼い子が見据える未来を、自分もみてみたいと思った。

 それからまもなくわたしは、ピオニーが玉座に上るとのことで彼についていった。


 時がたち、記憶も安定したころ、ダアトに赴いたわたしは、もうひとりのわたしと呼べる存在を見つけた。
噂のダアトの主席総長だ。
 すれちがった程度で相手はわたしのことなど知りもしないだろうが、妹らしき少女の頭をなでる優しい兄の姿――にはためからは思えた。
しかしその目が何もうつしていなかった。
 それに寒気がした。
 何かを感じた。
親近感。
そうだ。あれは“むかし”の自分そのもの。
いや、もっとあれは暗くよどみ、目の前の暗闇しか見えていない――そんな目だった。
 彼のその目をみて、下手をすればわたしと同じような過ちを犯すのではないかと思えた。
けれど彼の側には、彼を心より慕う妹がいたから、安心もしていた。
彼を支えてくれる者がいるのなら、わたしのような過ちは起こさないだろうと思ったのだ。

 なによりダアトには、ダアトの頂点たる導師や、どこか〔主〕を彷彿とさせる顔だちのアッシュと呼ばれていた少年もいて。
あの子供を見ていると、レギン様が側にいる気がして・・・心が少し暖かくなった。
彼らがいるならなら大丈夫だろうと、その場を離れたのだ。





「安心なんかするんじゃなかった。
なんであの妹は王族に奇襲をかけてるんだ?なんであの髭兄は王族の家に我が物顔で不法侵入してるんだ?」

 そして今回、見守ろうと思っていたダアトのグランツ兄弟が、我が国の大尉と一緒になんかやらかした。
自国の王からは、誘拐された隣国の王族の保護を求められるしまつ。
なんだかんだ旅立てば、自国の軍人が今度は橋を破壊したとか。軍艦窃盗したとか――しかもその軍人がわたしの元部下だったというオチ。
しでかしまくってくれた彼らに対し、頭痛が激しくなった。








* * * * *








「悩んでおる様じゃの」



 旅の途中、一人の少女にであった。

「ほぉう。これはまた。随分と懐かしい顔じゃな」
「お前は――」

 金髪におさげをゆらし、海賊帽子をかぶった少女。
横にいるのはライガだろうか。
随分と人に慣れている。
 少女は片手に・・・おでん(?)を持って、道の途中の大きな岩に腰掛けていた。
その海のような深い色をした青の視線と目があい驚く。

「アイ、フリード」

「ううむ。うちをその名で呼ぶ者はもうおらんと思っておったが、そうか。“お主も”じゃな」
「生きて、いたのか。ではこの世界はやはり・・・」
「はてさて。生きていたのか生まれ変わったのか。それは人によりけりじゃろうし、この際どうでもいいことじゃな。うちはうちじゃ。それがわかっていればいい」
「・・・貴方も“記憶”があるのか?」
「おぬしは星を探しておったのじゃな」
「星、を?」
「ふふ、それもいたしかたあるまい。うちもときたま夜のなかの灯台を探すように空を見る。
お主があの星から輝きを奪った――ここは別の世界ではなく、その先に開かれた未来」
「・・・・・・」
「じゃがお主は海藻のようにただ大海原をたゆたうのではないな。
以前のような鮫のごとき切り裂いてでも航路を開こうとする目でもない。
お主の目の前に広がる海は――はてさて。どのような深海か。今度はひかりはきちんとさしておるかの?それともお主がアンコウかの」
「・・・貴方はかわらないのだな」
「そういう運命だったのじゃろうな。
うちは好きで生きておる。
たとえソーマの副作用といえど、死のうと思えばいつでも死ねる。しかしな、生き続けることはどれほど願ってもかなわない。
うちは、後悔はしたくないんじゃよ」

少女はそう告げると岩からとびおり、自分の側へと降り立った。
パクリとハンペンをくわえながらかたるしぐさは幼くも、そのまっすぐな目は今の自分の主よりひどく老成して見えた。

 少女は死ねないがいつでも死ねると言った。

 その言葉に、“最後の瞬間”に垣間見た、己が裏切ってしまった主を思い出す。
二人で一人とばかりに、常に騎士〔ルーク〕と行動していた皇帝の弟君〔レギン〕様。
最後にみた我が主は、わたしが仕えていていたとは違う赤い髪を揺らして、けれど変わることない翡翠の目に強い輝きを載せていた。
世界の滅びを前にすべてをあきらめてしまった自分に向け、懸命に〔ダミュロン〕とともに手をのばしてくれていた。

死ぬな。
生きろ。
そう、伸ばされた手を、彼らには笑っていてほしかったのに、泣かせてしまった。



――ああ。そうだ。きかなければ。


「・・・レギン様は?」

「ふむ。世界の行方は聞かずしてよいのか?世界よりもただ一人の小童を取るのか」
「世界に関しては…貴方がここにいる。それがこたえなのだろう」
「ふん。クジラのようじゃなお主。アンコウにしておくにはもったいない。
まぁ、いいじゃろう。わるくはないな」

「すまない。アイフリード」


 彼女には、アイフリードには、ブラックパール号事件に係ることで償いきれないことをした。
そのせいで今も彼女は年も取らず以前のままの姿で目の前にいるのだ。

 そして、翼をもがれ地に堕ち、白と黒にわかれることになった〔ダミュロン〕にも。
星の名をもつギルドのかれらにも。
主〔レギン〕様や、クルノス陛下にも。

 たくさんの申し訳けなさで胸が締め付けられる。
やってはいけないことだとはしらなかった。それでは許されなかったこと。
けれど許しの言葉は望まない。
謝るのは自分の罪を許されたいからではなく、戻らない彼女たちの過去へだ。
それ以外でわたしが彼女たちに謝罪することは、わたし自身が許さない。

 聡い彼女はそれを理解しているのか、聞き返してくることはなかった。
ただ彼女は静かに笑った。



「うちはパティじゃ。パティ・フルールじゃ」


 それで?

 少女の姿をした不老不死の秘薬を過去に飲んだ大海賊の女はニカリと笑う。
その海の色を持つ女に問われた。

お前は誰だ?と――。

 この胸の奥にあるのは、決して許されざるもの。
同時に翼のエンブレムを胸に抱く温かな青い騎士たちと、双子のような主の笑顔がある。

そして“最後”にみた、不器用な鴉の泣きそうな顔。


「わたしはアレクセイ・ディノイア」


 ふいに“今の主”のことを思い出した。

 それとともに、彼につかえる銀の従者のことが脳裏をよぎる。
彼らと共に過ごした日々こそが――“今”。
青が似合う幼き君主が、自分にのばした手の小ささ。
温もりを・・・。

「わたしは、マルクト皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト9世にお仕えする・・・」
「つかえる?」

 見定めるように、青い瞳が煌めく。

 夢だ前世だ過去だと言えど、すべてを嘘にはできない。
たとえこれが今を生きるには、不要な記憶であろうとも。


「騎士です」


 こちらの表情を見て満足そうにわっらた彼女に、久しぶりに心からのもの返すことができた。
 マルクトに騎士はいない。
軍があるだけ。
隣国キムラスカは軍の代わりに騎士がいる。
そこにはきっと、鈴の音が良く似合うオレンジの騎士がいるのだろう。
それでいい。


わたしはこの世界に生まれた。










「うちはパティ。はじめましてじゃの」
「ああ。よろしく。小さな冒険家の御嬢さん」

「アイフリードはのう。大いなる星の時と生命を司どる七番目の精霊ローレライの友・・・と、 お主は精霊のことはまだ知らぬのじゃったな。この世界では“音素意識集合体”といえばわかりやすいか。
お主の主は世界となった。世界は誰も拒絶はせん。そこにあるだけじゃ。
あの海のように、すべてを受け入れる。
その包容力の大きさに飲まれれば、魂とも海の藻屑っじゃな。
・・・世界はいつもお主を見守っていよう栄光をつかみ取った者よ」

 別れ際の言葉。
皮肉がきいている。
栄光など、つかんではいない。

つかみとったのは世界の楔だったのだったから・・・。

それをこわしてしまったから、世界は闇に飲まれた。
過去、わたしはそこで死んだ。



 ああ、でも今度こそ――

民の笑える世界をつくる者のために



この剣をかかげよう。





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