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08.星の鍵は津波に飲まれる |
キラリと空に星が輝いたとき、男が一人倒れていた。 あわてたように白亜の宮殿をかけて主の元に向かおうとしていた兵士は“それ”をみて思わず足を止めた。 「ひぃ〜!!た、隊長ぉっ!?」 カラフルな毛玉の山の隙間から飛び出ているオレンジの布を見て、兵士は悲鳴をあげて“それ”にかけよったのだった。 兵士がみたのは、自分たちの隊の、そのさらに上の上司であった。 シュヴァー・オルトレイン。 特徴的なオレンジと赤の騎士服に身を包み、背筋を伸ばして歩く凛とした姿はキムラスカの民ならば誰もが知っている。 その腕は確かで、人格者でもあり、誰もが憧れる隊長主席として知らぬ者はいないほど。 その彼が、ひとひらの騎士服の端だけをのぞかして、どこから現れたと突っ込みたくなるような大量のチーグルによって埋もれていた。 ほとんど姿が見えないがその特徴的な騎士服は一目でわかる。 いつの頃からか、キムラスカの城内にはチーグルが住み着き、なぜかこのオレンジの騎士は常にそんな聖獣たちにまとわりつかれていた。 しかし今日のはひどい。 兵士はあまりのチーグルの量に、隊長主席を思っていたたまれなくなって泣きそうになったが、「今お助けしますシュヴァーン隊長!」と、ぬぉー!と変な雄叫びを上げると、毛玉の塊のようなチーグルたちをひきはがして、ほりかえし、ぐったりと白目をむいているオレンジ色の騎士を掘り出した。 「ご無事ですか隊長!!だいじょうぶですか!しっかりしてください!!隊長ぉー!!!」 ポロポロとシュヴァーンの身体から引きはがされては不満そうにミュ〜と鳴く声が騒がしい。 それでも起きないシュヴァーンに、兵士は初めに謝罪を述べると、肩をつかんでゆすり起こす。 「ん…」 「シュヴァーン隊長!よかった!気付かれたんですね」 意識が完全に落ちていた相手を心配し涙目になっていた兵士に気付き、もうろうとする視線を向けていたが、シュヴァーンは軽く頭を振って意識をはっきりさせると、周囲でミュウミュウいっているカラフルな生き物たちを見て納得したように大きなため息をついた。 「大丈夫ですか?」 「あ、ああ。お前のおかげか。たすかった。すまないな。ありがとう」 「いえ。それにしても…今日はいつにも増してすさまじいですね。 いったいなにがあったんです?」 あたりに散ったカラフルな毛玉たちを見て兵士は顔を引きつらせつつ聞けば、側にいたシュヴァーンからは先程よりも大きな溜息が返ってきて 「そうなのよね〜。俺様何かしたから?」 「は?た、隊長?」 声はかの隊長と同じだが、なぜかいつもとは違う……おねぇ口調で返事が返ってきて、兵士は何か聞いてはいけないものを耳にしたように、真意を確かめるべく慌てて振り返れば、そこには死んだ魚のごときうつろな目をしたシュヴァーンが遠い目をして空を見上げていた。 その肩にはこれまたいつのまに戻ってきたのか、追い払ったはずのチーグルがヨイッショヨイッショとばかりに小さな手足を懸命にばたつかせてよじ登っている最中だ。 左右逆に一匹ずつ、緑のチーグルと赤色のチーグルが乗っかっているが、それを彼の肩から払う者は、今この場にはだれもいなかった。 ――とある兵士が、毛玉の山から埋もれていた隊長主席シュヴァーン・オルトレインを助けた日。 「あ、ああ…すまない、意識が向こう側に行くっていたようだ」 「それって大丈夫んなんですか。あ、いや…その、お帰りなさい?」 「…わたしのことは気にしなくていい。 そうだ。なにか用があったのではないのか?」 そうでなくてはこのような場所は通らないだろうと、若干の陰りを載せたまま振り返ったシュヴァーンが告げる。 その顔は一瞬の間に消耗し、つかれてやつれてしまったようにもみえた。 いったいなにがあったんだ!? その雰囲気の変化を見た者ならだれもがそう思うだろうが、兵士は黙っていた。 なにぶん彼が無理やり視界から追い出していた物体がミュ!っという可愛らしい泣き声をあげれば――聞かなくても結果はもう見てしまったのだ。ここで聞き返せばシュヴァーンの傷をえぐることになる。 それだけは避けるべきだ。 兵士は思った。 むしろ聞いてはいけないと――。 それは本能に近い警告だった。 これ以上問い詰めたら目の前の人がそのまま消えてしまいそう、というか、そのままぶっ倒れて今度こそ岸の向こう側から帰ってこないのではないかと兵士は思った。 「どうした?」 不思議そうに緑の瞳をまばたかせ小さく首をかしげたシュヴァーンに声をかけられ、先程の考えを振り払うように首を横に振ってなんでもないことを告げると、兵士は自分がなぜここを通ったかを説明すべき姿勢を正す。 チーグルに襲われていたとはいえ、なんかしぐさが外見と真逆で幼い感じがして癒される〜とか、部隊が違うとはいえ、相手は上官だ。 相手にならうように自然と伸びた背に、騎士としての敬礼を加え、先程ファブレの館に襲撃があったことを報告した。 「はい。それが……」 ファブレ邸に襲撃があり、疑似超振動が起きて・・・。 その話を聞いたとたん、シュヴァーンはふと数刻前のことを如実に思い出した。 疑似超振動、それに感化された音素の動きで、あれほどチーグルたちが騒いでいたのだろう。と。 数週間ほど前のこと。ダアトで張り切ってスパイ活動中のファブレ家のご子息アシュレイからの定時連絡があったため、 そろそろなんらかの“事件”が起きるかもしれないと警戒を促す通知が来ていた。 それを受け取ったファブレは、館の警備をかためるように動いていた。 本日シュヴァーンは、その警備の件でシュザンヌ様からお呼びがかかっていたのだ。 ファブレ邸に向かう途中に、とちゅ所大気の揺れのような振動を感じ、とっさにファブレ邸で何かがあったのだろうと駆け出そうとしたのだ。 しかしそこで鈴の音が聞こえた。 シュヴァーンはそのリーンという鈴の音が、まるで「行ってはだめだ」と聞こえた気がして一瞬足を止めた。 しかしその音をかき消すように、リンゴンリンゴンと今度は太くも高い鐘の盛大な音が空気を震わすように響き、 あまりの大きな音にシュヴァーンは頭痛を感じてとっさに耳をふさいだのだ。 それがわるかった。 シュヴァーンの両手がふさがるのを待っていたかのように、突如チーグルたちが現れた。 ザワリとした大量の“気配”に驚き、痛みをこらえるように無意識に閉じられていた目を、うっそりと開けたシュヴァーンがみたのは、突然の壁。 目の前が突然壁と見間違うほどの影でおおわれて―― ザァーーーーーーー ミュ!ミュ!ミュ!ミュゥ〜!! 「・・・・・・」 まるで、津波だった。 群れてひとかたまりになったチーグルは一気にシュヴァーンの身長を追い越し、そのまま倒れ込むようにチーグルの壁はオレンジの騎士服をのみ込んだ。 そうシュヴァーンは、チーグルの津波におそわれ、視界は暗転したのだった。 (し、死ななくてよかった…) 自分の想像が現実になっていたら、どれだけ恐ろしいことだろうか。 チーグルに殺された人間なんて話題はいらない。 あまりのことに圧死しそうになったとか、隊長の主席を務める者がたかがチーグルにしてやられたとか、末代までの恥だ。 「はぁ…」 シュヴァーンは生まれてこのかたピアスなど一度さえつけていないのだが、気が付けばそこに何かを求めていて ――それはもう癖であった――そこに何かがあった気がして、触ろうとするように、無意識に手が耳に伸びる。 その癖を見て小さくチーグルが笑った。 何かがあったり、行き詰ったりすると、いつも手が宙をさまようのだ。 これは無意識にチーグルを抱きしめているのと同じで、シュヴァーンの癖の一つだった。 「みゅう!」 手が、左耳へとのびる。 そこへ懸命にシュヴァーンの肩をよじ登っていたうちの小さくて赤いチーグルが、彼の手に飛び乗った。 自分の頭をなでようとしていると勘違いしたのかもしれない。 シュヴァーンはすでに慣れているのか、そのまま肩にいたチーグルを抱き上げる。 表情筋がそのさい一切動かず、本人自身チーグルの存在にすら気づいていなかったので、相変わらずの無意識の行動だ。 何事もなかったかのように抱き上げてその頭をなでているが、目は相変わらず虚ろで、一連の行動を側で見ていた兵士はどうしたらいいか戸惑い顔だ。 「ミュ!」 ただ一匹。満足そうな存在がいる。 シュヴァーンの腕の中で頭をなでられ気持ちよさそうにしていた赤いチーグルが、嬉しそうに声をたてて笑っていた。 しばらくするとチーグルはするりとシュヴァーンの腕から出ていき、再び器用に肩に飛び乗ると、彼が気にしていた耳元に頬釣りをして、別れの挨拶を告げると他のチーグル同様にいずこかへとかけていく。 普段ならだれかが無理やりはがさない限り、無意識にシュヴァーンに抱きかかえられているチーグルは去ることがないのだが…。 「では、私は報告がありますので」 「待て」 「はい?」 「陛下の元へはわたしがいこう」 「はい!ありがとうございますシュヴァーン隊長!」 「いや。今日はファブレ邸ではエステリーゼ様やユートゥリス様がいたはずだし、その件についてはシュザンヌ様と本日話す予定であったこと。わたしからも連絡する必要があるからな。 お前は随時シュザンヌ様の指示に従い手配を頼む」 「はい」 シュヴァーンは軽く今後のことについて語ると、それに頷き兵士は彼に言伝を頼み、隊長主席の指示を別の者に伝えるべく廊下の向こうへさっていく。 シュヴァーンは肩から力を抜くようにフーと息をはくと、足元でバラバラと散っているカラフルな毛玉たちを見やる。 先のように襲ってくる気配はなく、うごめく毛玉たちは、森にいる野生のチーグルそのもので穏やかだ。 「本当にいったいぜんたいなんなんだろうな?」 なぜいつもチーグルは自分の側によってくるのだろうか。 シュヴァーンはいまだ廊下に残っている彼らを見て首をかしげた。 そこへ。 「おーい!シュヴァーン!!」 「殿下?」 遠くの方からバタバタと廊下をせわしなく走る足音が聞こえ、 それとともによく聞き見知った呼び声を耳にして、シュヴァーンはチーグルから視線を廊下の向こうへ移す。 白い廊下に黒い影がみえ、それが自分の仕えるべきこの国の王子であると認識すると、シュヴァーンはチーグルに背を向けて歩きだした。 ちりー・・ん 振り返り際、シュヴァーンの片耳にゆれる釣鐘上の鈴の耳飾りが小さく音を立てて、廊下に鈴の音を響かせた。 ないはずの耳には、いつのまにか朱金色のピアスがきらめいていた。 「ん?なんだ今の音は?」 「どうしたおっさん」 「いえなんでもありません。それより殿下、宣告ファブレの方で事件があったとか」 「ああ。そうそう。それなんだが―――」 空に光が走る。 “それ”が、世界が動き始める合図なのだと、“戻ってきた者”やその協力者たちは知っていた。 ゆえに事前に“それ”を防ぐように動いていたが、彼らの意に反して、“記憶していた”日付とは異なる日にことは起きた。 |