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07.深淵を覗き見る |
自分でさえ疑問に思う。 なんで自分はこれほどまでに―― 「シュヴァーン・・・おまえ」 「殿下」 「相変わらず《チーグル》好きだな」 いえ、“俺が”好きなんじゃないです。 なんかおかしなぐらいに“チーグルに”俺が好かれてる――の間違いです。 ========== side 転生シュヴァーン/レイヴン ========== いつのまにかか《手にしていたもの》に戸惑っていたわたしのもとに現れたのは、上から下まで真っ黒な青年だった。 髪も服も武器も何もかも黒い。眼だけが宝石のように明るい緑をしている。 そんな人物この城中探してもひとりしかいない。 ユートゥリス・ロウル・キムラスカ・ランバルディア。 この国の第一王子だった。 このキムラスカの王族は、独特の髪色をしていて、その多くが赤色である。 そんななかこの国の皇子たる殿下は、母親似の黒い髪をしている。眼の色だけが父親によく似ているので、一般人の恰好をしてしまうと馴染んで誰も王族だと気づかない。 「お出かけですか殿下?」 「ああ。まぁ、な」 服装が相変わらずラフな真っ黒な衣装に、愛刀を肩たたきのようにあつかっていることから、いまから城下に降りる予定だったのかもしれない。 殿下はいかにもひきつったような顔で「どこからきたんだこいつ」と言い、わたしの腕の中にいた黄色のチーグルを奪い取ってこねくりまわしている。 わたしはもともと小貴族の次男坊だったが、戦争により一族は離散し、生き残っている者はほとんどいなくなった。 そこへファブレ侯爵が手を差し伸べてくれたのだ。 その後ファブレ侯爵の口利きにより、剣を学び仕えることができるようになった。 あの方に、生きるすべをもらったようなものだった。 その恩義に報いようと、わたしはさらなる力を身につけ、気づけばこの国の王族を守る騎士団の長を命じられていた。 “シュヴァーン・オルトレイン”である自分は、騎士団を任された身であり、それ相応の騎士らしい鎧に身を包んで城にいるのが常だ。 別に可愛いものや甘いものがすきというわけではない。 し か し。 なぜかチーグルをみると、気付けば手を伸ばしていて…。 完全に無意識である。 おかげでキムラスカ王城にすみつき自由気ままにうろつくチーグルたちは、わたしをみたら“抱かれるもの”だと認識したらしく、嫌がるでもなく、ごく自然なものとしてわたしの腕に抱かれている。 あまりに自然すぎて、わたし自身いつの間にチーグルを腕にかかえていたのかわからなくなるほどだ。 最近ではわたしが抱いているのではなく、チーグル自身が勝手にわたしの腕におさまっているのではないかという気さえしてきた。 あるいはチーグルにとっては、わたしという人間は、運送屋と同意義なのかもしれない。 慣れゆえのことだが、チーグルごとき軽いものが肩に乗ろうが頭に載ろうがマントにくっついていようが、わたしは気にもせず歩いている。 そのせいで足の短い彼らには都合のよい乗り物がわりになっているのかもしれない。 どちらにせよ。周囲からは誤解しか生まないな。 「なぁ、シュヴァーン」 「なんでしょうか?」 「お前さ、チーグルに興味あるわけじゃないのに、なんでいつもチーグル捕まえてんだよ」 「それはこちらのセリフです」 たしかに殿下と会うときいつもわたしの腕の中にはチーグルがいる気がする。 だが、「なぜ」だと? そんなもの、こちらがききたいぐらいだ。 なぜ? それが分かっていたら、わたしとチーグルたちのあいだに無意識的な交流はないはずだ。 理由を知りたいが、わからないのだからどうしようもない。 「…というか殿下。なんでうちの城はチーグルが自由に闊歩しているんですか」 ずっと疑問に思っていたことだ。 別に話を逸らしたわけではない。 だって“これでは”城と呼ぶには、あまりにもあんまりだ。 由緒正しき城の中にファンシーな生き物が自由にのさばっているなんて、威厳がなさすぎる。 マルクト皇帝がペットにブウサギを飼っているのと同じじゃないかとおもっていたら、先程とは違うものすごい渋い顔をされた。 「キムラスカはもともと緑も少ない場所だ。魔物や小動物さえいないんだが…ほら、アシュレイがダアトのスパイ活動を始めただろう?あのあたりから気付いたら一匹、二匹とふえていき、害があるわけでもないし知能も高いし。まぁいいかと放置していたら結構増えたんだよ。 どうもチーグルたちは《なにか》にひかれてくるようで、すみついているのは庭先に二家族ぐらいなんだが。 まぁ、いうなれば、ここはチーグルの聖地のようなものなんじゃないか?っと、思いっきり突っ込みたくなるぐらいチーグルがいききするようになってな」 「そんな事情が・・・」 「まぁ、お前は知らなくても当然だな。騎士達の相手や、いろんな場所にもぐりこんでもらってるしな」 ファブレ邸の子息アシュレイが、スパイ活動を始めてから・・・。 それとチーグルの増殖が何で関係あるのだろう。 実に謎だ。 そういえば、時期的にはチーグルが増え始めたころからだろうか。 “あの頃”から、ファブレ邸には、もう一人赤毛の子供ができた。 正確には予言に読まれていなかったため隠されて育てられたアシュレイ様の双子の弟だという。 存在も名前もいままで教えてさえもらえなかったことが、信頼されていなかったようで悔しいが、それも“隠されて”育てられたのだから仕方がない。 なにより、このいろいろ問題ばかり作ってくる黒い王子が、その二人目をかなり気に入っているようだし、殿下の幼馴染であるファブレにつらなる傍流貴族の姫君が、異様にもう一人の赤毛を気に入っていたはずだ。 それほどのこどもならば、表に出たことで亡き者とされるより、生きていてくれたことに喜ぶべきだろう。 表だって彼らは、双子ではなく、ファブレ侯爵の一人息子“ルーク”を演じている。 二人で“ルーク”を演じているが、もちろん二人ともきちんと別の名前をもっている。 濃い色合いの髪の赤毛が兄で、アシュレイ。 髪色が薄く、朱色っぽいこどもが、ルルー。 どうもルークという名でよばなければいけないのは、予言やら政が深くかかわっているらしい。 まぁ、大人のエゴなのだが、実際のところ、館内ではアシュレイもルルーもきちんとわけて呼ばれているため、 いままで隠されていて会えなかったとはおもえないぐらい双子は仲が良い。 もともとファブレ邸には秘密が多く、双子は親しい者以外に真名を教えないし、ルークとしか名乗らない。 陛下の前でさえ、あの一家は双子をルークと呼んでいた。 “ルーク”という名に込められた真の意味。 予言へ疑問を抱く者達が、ひそやかに動いている事実。 ユートゥリス殿下や某国の皇帝まで巻き込んだ――【ギルド】の設立。 アシュレイがダアトに“スパイ”にいったこと。 親しいもの(殿下、殿下の幼馴染の姫様、俺、屋敷のメイド、屋敷の騎士)のみにだが、突然存在を明かされた二人目の赤毛の子供のこと。 少し前の世界情勢では考えられなかった数々の出来事。 “裏”で、誰かが手を引いていることが多いこれら。 そのあまたの改革やわたしが感じる“違和感”は、きっとそこになにかが巧妙に隠されているからおこったもの。 自分とて、その“裏”に、若干とはいえ関わっているが、下っ端でしかない自分には、とうてい【裏の支配者たち】の思惑などわかりようもない。 そう。彼らの世に“なにか”を知っているがために、それから逃れようと“変わろう”とする意志の流れが存在する。 なにか。としかいいえないもの。わたしには到底理解できない巨大な何かのうねり。 “裏”の方たちは、それに挑もうとしているらしい。 そしてそこには《ルーク》と呼ばれるキーワードが必ずある。 わたしにわかるのは、それぐらいのこと。 けれどそれは、実は根っこのどこかで一つにつながっているような…。 「おっと。こんなことしてる場合じゃなかったわ。俺さ、ちょっくらルークに会ってから【ギルド】いってくるわ。 うまく俺の留守をごまかしてくれよシュヴァーン」 「またですかぁ殿下」 「ああ。どうせ“予言から外れたユートゥリス殿下”は、その存在さえ隠されている今、まだ表だって動けないしな。 しばらく俺は《ユーリ》で好き勝手やるから、あとでお前も来いよ《レイヴン》」 ユートゥリス殿下は自由な人だ。 おかげで彼が考えたという【ギルド】の仕組みが世界に根付き始め、わたしはその【ギルド】のメンバーとして変装までさせられ、 彼ら【裏の支配者たち】の世界革命の手助けをさせられている始末だ。 協力者は、ファブレ夫妻。マルクト皇帝エトセトラエトセトラ…。 だけどユートゥリスなんて方は、この世にはいない方だ。 だから「ユーリ・ローウェル」なんて偽名を使って、平民のふりをして飛び回っている。 死者である。いないも同じ――本人はそれを満喫しているようだが。 そもそものはじまりは「予言」から始まった。 ユートゥリス殿下は、予言によって死産とされていたこどもだ。 それゆえに隠されて育てられた――ことになってはいるが、実際のところ“殿下”が生きているらしいという噂はキムラスカには流れている。 城の中では普通に“殿下”として過ごしているし、城に使える誰もが黒髪の王子のことを知っている。 もちろんこれは作為的に流した噂である。 ユートゥリス殿下の正式な発表が世界を駆け巡るも近いのだろう。 ほらよと。殿下から返された黄色いチーグルをうけとめつつ、ぼお〜っと空を見上げて考える。 【裏の支配者たち】――そう呼ばれる裏で“なにかのため”にいろいろ動いているのは、 なにも彼だけではなく、どこかの帝国皇帝やら、どこかの侯爵夫妻だったりする。 しまいには導師もそのひとりだというから、世の中終わっている気がする。 そんな【裏の支配者たち】が、ひそかやかにかつスピーディーに、そして着実に勢力を広げていることを―――その国を治める王(インゴベルト陛下とか)や上層部がまったく知らないというのは、この先恐ろしいことが待っていそうで怖くて考えたくもない。 そこでわたしは、【裏の支配者たち】の顔ぶれを思い浮かべたところで、考えることを放棄した。 ふと、去っていく黒い姿をみつめつつ、腕の中の黄色をなでる。 思い出すのは、先ほどの殿下の言葉。 (“ルーク”…様、ねぇ。なんかその名前を聞くたびにむずがゆい感じなのよねぇ) それからしばらくして、わたしは本当の意味で《ルーク様》に会うことができた。 それはいわば――“再会”だった。 * * * * * ギルドの仕事の帰り、どじをしてしまい体力が限界にたっしてしまった。 力尽きる前、《レイヴン》の姿のままでは怪しまれると、協力者の一人であるファブレ侯爵の邸にしのびこみ、 いつものように侯爵夫妻に挨拶だけして、変装をといて帰ろうとした。 ここで“俺”は、噂の“ルーク様”と出逢った。 たまたま歌声が聞こえたのだ。 まだ恰好はレイヴンのままだったが、闇にまぎれるように廊下を走っていた。 そんなとき、なんとなく聞き覚えのあるようなメロディーが聞こえたきがして、気が付けばそちらに足が向かっていた。 歌の歌詞も名前も知らない。 けれどそれは幾度も耳にしたことがあるように思えて、心臓がトクントクンといつもより速さを増して鳴る。 徐々に旋律がはっきりしてくると、魂が震えるように――。 なぜか泣きたくなった。 懐かしいと、思った。 歌にひかれてたどりついたのは、ルルー様のいる離れだった。 離れには何度も訪れたことがあるし、ルルー様とも会ったことがある。 なのに、一歩近づくごとに、いいしれぬ違和感が湧き上がる。 この歌声はルルー様や、アシュレイ様のものではないと。 ルルー様の部屋は相変わらずかわりがない。 ベッドと必要最低限のものが置かれた広い部屋。 その部屋の中央で、真夜中にもかかわらず、小さな子供は起きていた。 起きてベッドの上に座って、楽しそうに窓から入る月を追って歌を歌っていた。 「〜ァ レィ ズェ トゥエ ネゥ ズェ リュオ ズェ クロア リュオ レィ。ん?」 長い髪が、月明かりに当たり金にも赤にも魅せ、まるで炎のようだと思わせる。 ベッドの上で光を追いかけ、星の数を数える十歳ほどの幼子。 たしかにファブレ夫妻の子供だと思わせる容姿をしているし、今まで何度も見てきたが意見と何も変わらない。 変わらないはずだ。 なのに、なんで違うと思うのだろう。 これは月の光が見せる幻か? このこが、“ルルー”だって? これが? この“こ”が? ちがうだろう。 だってこれは、このひとは―― 「 〔レギン〕 ・・・さま?」 口からこぼれたのは知らない名前。 たしか古い言葉か何かで「レギン」という単語があった気がするが、それさえとっさには思いつかない。 記憶力はいい方だ。身近にその名を持つものは誰もいないしその名を出しているものさえ知らない。 だけど口から出たのはたったひとつの名前だけ。 歌うのをやめたこどもが、侵入者たる俺へと振り返る。 相手の目は、アシュレイや侯爵夫妻より、殿下に似た薄い黄緑で、キラキラとした赤の髪は実は夕焼けのような朱金色だと知り“違和感”が増した。 月光を浴びるその長い髪があまりに幻想的に映え、おもわず目を見張る。 俺が仕える陛下やファブレ夫妻よりも直鮮やかで明るい色。 「だぁれ?」 みためよりもしたったらずな口調で、小さな子供は無邪気に俺に問いかけてきた。 その子は、しばらく不思議そうにしていたが、何かを思い出したようにポンとてをたたき―― こどもはニヤリと、いたずらをたくらんだガキ大将のような顔で笑った。 「ああ、そうだ。お前は――“ダミュロン・アトマイス”だな」 瞬間、俺の中で何かがはじけた。 * * * * * ゴーンゴーンと教会の鐘のような音が鳴り響いている。 しかしそれは常人には聞こえるはずのない音。 音素たちのささやきだ。 こどもはそのささやきに応えるように、窓の外できれいな月を浮かばせる空を見上げる。 「大丈夫だよ 〔レギン〕 。ちゃんと生きてるよ。僕が彼を殺すわけないだろ」 月明かりだけのさしこむ暗い部屋のまんなかで、ポツンとたたずむ少年が一人。 その“まっくら”な瞳は、どこか悲しげに、月から視線を外し、今度は床に倒れている男を静かに見下ろした。 紫色の羽織に、ボサボサの灰色の髪――レイヴンだった。 こどもはそっとしゃがみこむと、その小さな手をレイヴンに伸ばした。 「まだだよ。まだ《星の鍵》の出番は先だ。 ダミュロン、君はしらなくていいんだ。 いまはただ、"あるべきがまま"に、眠れ――」 |
ND2013 《ダミュロン・アトマイスサマ》 が “世界の深淵”に おふれに なられました |
ND2013 “ルーク”サマ が 「失われしもの」に ご接触 なされました |