片 翼 の 獅 子
†+ 第二部 Tales of th e Abys s +†



05.始まりの鐘 (五人目)





――出会い方が違えば友達になれたかな?


 そんな“あいつ”の笑い声が聞こえた気がして、さぁねと笑ってみた。
その笑いが、いつもみたいなひにくったようなものになったか、それともボクが浮かべたことのないような―――になったのかはわからない。






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 side 逆行シンク
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 ここは音譜帯。
体も何もないから、ボクが笑っていたかなんて分かるわけもない。

だけど。
どうしてだろう。

いまでもはっきりと思い出せる“あいつ”の声。
それはまるで直接ボクに語りかけるように魂に響いてくかのようで・・・


≪そうだね。なら、ともだちになってよシンク≫


いやだよ。

――ボクは君のような甘い奴は嫌いなんだ―――


 ボクは世界に生まれて、そこで三度死んだんだ。
そのうち二回は“あいつ”と敵として戦って、自ら死を選べるように誘導するようにボクは死んだ。
ここであいつの気配を強く感じるってことは、結局“あいつ”も死んだってこと。
もう闘う理由さえない。
そもそも闘いたくないとか、“あいつ”が「必要とされたレプリカ」だから・・・とか。
そんなのもう関係なかった。
ここまできてしまえば、もう憎悪とかそういうのが、どうでもよくなる。
 からっぽだったボクが、違う意味でさらに空っぽになっただけ。
こういうのなんていうんだろう。ああ、そうだ。感情に決着がついた――そんな感じ。
だから真っ白でからっぽ。

 “あいつ”もボクもセブンスもレプリカだった。
第七音素ですべてができていたから、だからこうして死んだ後もボクらは同じ場所にたどり着いた。

それだけのこと。

 魂だけになってまでお門違いなものを恨み続けるほど、ボクはできていない。
 そういえば・・・・・・“あいつ”は?
“あいつ”はどうなんだろう?
音譜帯からずっとみてきたけど、“あいつ”が一番ボロボロだった。
世界に、被験者に何度も殺されたのは“あいつ”。
ボクははじめにザレッホ火山に突き落とされたとき以外は、自分から死ぬ道を選んだ。そういう行為ばかりしていたから、死んでもかまわないと思っていた。
死にたくはなかったけど、振り返ってみるとボクの人生ってのは“あいつ”よりはましだったと思う。

“あいつ”は―――恨んでないのかな?

“レプリカ”を迫害する世界を。
自分達で生み出しておきながら、生きる価値もないと、偽者だからと、どうせ何も残さない模造品だからと、ボクらに「死」を押し付ける被験者達の世界を。



≪なぁシンク。友達になってくれよ≫

「だから。イヤだっているだろ」

 なんか、まだ幻聴が聞こえる。
子供のような感情豊かな声。
“あいつ”の声。
ボクが断れば“あいつ”はやっぱり、すねたようなむくれた顔して――
え〜。でもなってみなきゃわからないんだろ?っとか、いうのだろう。


≪オレのことよくわかってるな〜≫
「まぁ、ね」

ボクが答える。

こんな些細な言葉に、“あいつ”なら、こうやっていちいち喜怒哀楽を見せて、嬉しそうに笑うのだろう。

≪だろ!そうだよな≫

こんなふうに――。



「・・・・・・」


って・・・。
ちょっと待て。

なに?いまの反応?
どこから聞こえた?


 ふいにリンと鈴がはねたような、嬉しそうな声が聞こえ、ふわりと・・・ないはずの手をにぎられる感じがして驚く。
以前、ヴァンの強い妄執じみた念と譜歌によって音譜帯にいたボクはひきずられて、世界に再びよみがえったことがある。

それとは違うもっとあたたかな―――

『よっしゃー!シンク捕獲〜!一名様ご案内!』
「・・・なに、してんのあんた?」

 驚いた。気がついたらボクは目の前に朱色の髪の小さな子供が居て、ボクはしっかり“ボク”としての身体があった。
なにより手をつかんだまま離そうとしない“あいつ”が、幸せそうに笑っているのを見て、その手を振り払うことが出来なくなった。
周囲を見ればそこはヴァンといたような禍々しい雰囲気の空間ではなく、七色に光が輝く 光の粒子は暖かい光を放ち、あまたの音にあふれた場所だった。
その粒ひとつひとつが、世界にある生命の輝きだと無意識に理解する。
そして世界はたくさんの音にあふれているのだと、あらためて思い知らされる。


リィー・・ン。

『シンクは世界が嫌い?』

 命の音に魂が歓喜に震える。そんななか、その音は一陣の風生むように高く澄んだ鈴の音色が耳についてはなれない。
儚く消えそうなほど小さい音のくせに、周囲に漂う音のどれよりもしっかりボクの耳には「音」として届いた鈴の音色。
それとともに聞こえた朱の不思議そうな声。
ああ。これは“あいつ”の音なんだなって思えるから、ボクの音はどんなのだろうとふと考える。
この鈴の音は楽しそうだ。
何が楽しいかは分からない。
ボクのは、不満そうなのかな?それとも――

「突然なに?」
『えへへ〜』
「ほんとしまりない顔だよねあんた」

 ただ目の前で、後ろ髪をヒョコっとはねさせた短い朱色をゆらして無邪気に笑う相手を見て、“あいつ”はうらむことをしないのを思い出した。
 そう“あいつ”を追い込んだのは、“あいつ”が仲間と呼ぶ者たちと世界。
だから“あいつ”は笑うしかできない。
泣くことも怒ることも嘆くことも許されなかったから。
 おもわず渋い気分になり、顔が歪む。
そんなボクの心を読んだように、“あいつ”は首を横に振って「違うよ」と、世界はきっと綺麗だよとほにゃんと、空気を和ませるようにわらう。

『だってオレがはじめてみた外は、夜だったけどすごく綺麗だったんだ。
海も空も大地も人も。
アニスとかに言ったらばかにされちゃうからひみつだけど、初めてにドキドキがとまらなかったんだぜ』

 まぁ、そりゃそうだろうね。
なんたって生まれてからずっと館に軟禁されてたんだから。
当然だ。

 内心うなずきつつ、“あいつ”の感情の起伏とは違う場所でだんだん大きく響き始めた鈴の音が、なにを示すのか気になって、何処から聞こえるのだろうと首をかしげる。

「ねぇ、この鈴の音。あんたのだろ?」

でも、どこから?

 そんなボクの内心に気付いたのか、朱色の子供が驚いたように大きな目をさらに大きくしてパチパチと瞬きを繰り返す。
かわいげがまったくなかった被験者とは違って、目の前の子供は表情豊だ。
ボクが鈴の音について聞くと残念そうにうつむいてしまう。

『もう、そんな時間かぁ』

「なんのことさ?」
『うん。やっぱともだちにならなくてもいいや』
「はぁ!?ほんと、意味分からないよあんた」

 突然うつむいたりなんかするから、はじめは泣くのかと思った。
だけど、顔を上げた朱色はやっぱり楽しそうに笑っていた。
なんだかこれからいたずらをしま〜すって感じなのが気になる。
 まぁ、いいけどね。
 音譜帯から見てきたこの朱色は、いつも笑っていても笑ってなくて、泣くことさえしなかったんだから。
それに比べれば、こんな裏のありそうな笑みでもまだいい。
ここが音譜帯だからか、ボクらが死んだからか、“それ”が心からのものだと分かるから苦笑を返せる。

『あ。シンクが笑った!うわ〜貴重だなぁ』
「それで?なんなのあんた?」
『ん?えーっとさ、空っぽだって言ってたから』
「だから?」
『もっと楽しいことあるよって言いに来ただけ』

 ふーん。
っていうか、まさかそれだけのために姿を見せたとかは言わないよね。

「たとえば?」
『え?えっとぉ。ほら!エンゲーブのりんご!すっげーおいしいんだぜ!!それにアニスの作るご飯はいつもおいしかったし!』

 全部食べ物関係!?しかもそれって“おいしい”であって“たのしい”じゃないよね!?

 本気でこの子がなにを言いたいのかわからない。
あきれた表情をしたら、一瞬ビクリと肩を揺らして視線を彷徨わせたけど、こっちを見てと、視線を合わす。
怒こってはいないよ。あきれてもいない。ただ呆然としてしまっただけだから。

「・・・それはつまり。ボクに食道楽の旅にでも出ろと?」
『しょく、どう、らく?』
「ああ、そうだったね。あんたはまだ七歳だった。言い方を変えよう。食い倒れの旅、だっ!」
『食い倒れ・・・あはは!シンクが食い倒れ。いいね、それ!』

笑えないんだけど。

 いや。でも意外といいかもしれない。
闘うこともしなくていい。めんどうなことはしなくていい。髭にわざわざ従う必要もない。
レプリカだ被験者だ。声に出して公言しなければ、傷をおったりしない限りはばれないだろうし、そういのなにも気にしなくていいのなら・・・そういう目的もなくふらふらするのもいいかもしれない。
 まぁ、それも次に生まれることがあったらの話だ。
なにせボクらは死んだのだから。死んだからこうして音譜帯にいる。

「考えておくよ」

 突然意見を変えたボクに、いまだ手をつかんだままの朱色がまたあの翠の目をひらいてキョトンとしていたが、すぐに嬉しそうにうなずいた。

『わかった!』

 なにがわかったのかはわからなかったけど、そこで朱のこどもの感情に従うように鈴の音がはねたり響いたりしているのに気付く。
こいつがよろこぶと鈴も小刻みに鳴る。
何か考えていると長く尾を引くようにこだまする。

 こいつの音は鈴の音色。
無邪気にはねて間延びして弾んで踊って、なんだかボクまで楽しくなってきてしまって思わず笑った。

ああ。ほんとうはこいつ七歳なんだよな。
ボクらとはちがって刷り込みをされてないから。
本当の子供のように朱色は無邪気に感情を表す。

『約束だよシンク!今度は空っぽになる前に、自分でその空っぽをうめていって』

 にぎられていた子供の手に一瞬力がこもり、けれどすぐにゆるりと離れる。
もう、おわかれなんだなと漠然と思った。

「あんたは?」

 そのときボクはボクらしくもなく、あいつをひきとめていた。
一度離れた手を今度はボクが握る。

「あんたはどうするのさ?」
『オレ?』
「そう。そこまでいうなら、責任とって一緒に空っぽを埋めるの手伝ってよ」

らしくもない。
らしくもないけど、あんたと一緒ならまぁ世界も見る価値があるかもしれないと思った。
だけど子供は悩むような顔をして困ったように笑った。

『じゃぁ、“ルーク”をつれていってあげて。きっと喜ぶよ』 

 それじゃぁ、ボクが次に生きるそこにいる“ルーク”は、あんたじゃない・・・みたいじゃないか。
一緒にいたいのは、今目の前にいるあんたなのに。
 ボクがそう叫ぶより前に、また手をぎゅっと握られた。
見上げた先、ボクとも被験者とはまたちがう濃い緑の目と視線が合った。

『シ〜ンク。アッシュみたいな顔になってるよ』

 宝石のような鮮やかな緑が柔らかく弧を描いて細められる。
周囲の光がその慈愛にあふれたほほえみに呼応するように、今までにない音を奏で始める。

『約束だよシンク。からっぽだなんていわないで』

その言葉を最後に世界が音で満たされた。

 意識が白で塗りつぶされる寸前リリーンという澄んだ音とゴーンという低い鐘の音が響いた。
それは鳴り続け、まるでボクを祝福するように空間に響き渡った。



『まきこんでごめん。一緒に行こうって言ってくれて――』





あ り が と う





 まちなよ。もう、いくの?
まって。

まってよ―――



「ルークっ!!」


 ルークは本当に、心から、笑っていたんだ。
ボクは解き放たれた“ローレライ”に、世界が歓喜するその荘厳なまでの歌声を聴きながら・・・今度こそ意識を失った。
最後の最後に伸ばした手は、あの笑顔には届かなかったかもしれない。とどいたかもしれない。








* * * * *








 光と音の洪水。
そこから再び世界に降りたったのはちょうど今から十年前。

 この世界は暖かい。
自分と同じ色をした森を歩きながら、木々の隙間から差し込む陽だまりの暖かさにポカポカした心がくすぐったくて笑う。
木々の隙間から見上げる空は青く澄んでいて、梢の音が合唱のようだ。

綺麗だと、思った。


リィーー・・ン


 ローレライの、いや、世界にあふれている第七音素がささやきかけてくる。

「ありがとうルーク。教えてくれて」

リリン リリン

 魂から何まですべての情報を書き換えるようなあの巨大な本流を思わせる鐘の音とは違う、小さな小さな鈴の音。
ボクが“以前”はレプリカだったせいか、それとも…ルークのおかげか。
ボクが「ボク」としてこの世界に新しく生まれてからずっと、《世界が奏でる音》が聞こえている。
ローレライの一部であるルークの声なんかばっちりだ。

―――じきにアノコが来るよ――

 リィーンっと、ささやきかける忠告に、ありがたく頷き返す。
どうやらアノコは、ボクを探してくれているようだ。
こうなってはそろそろ帰らないと、口うるさい護衛の少年までやってきてしまう。

 それからすぐにローレライの言葉通り、教会の方から桃色の髪の少女がボクを呼びながらかけてくる小さな姿が見えた。


イオン様ー!」


ああ、ほら。アリエッタがきた。

 側にあった《光球》は、彼女の目にとまる前に弾けて消える。
言うだけ言って満足したのか、ローレライは音譜帯にでも還ったのだろう。


「イオン様!」
「こっちだよアリエッタ」

 抱きつくようにやってきた彼女をうけとめ、そのサラサラとした桃色の髪をなでる。
今、彼女は生きている。
それが酷くうれしい。
今度は“あんな”終わり方は絶対させない。

でも大丈夫。

だって世界は、“終わらないよう”に動いている。
それは“世界”そのものの意思。
この世界のローレライが望む優しい未来。



 ――ボクはからっぽじゃなくなった。
楽しみだってたくさんある。


 “くりかえし”っていうのは、さすがにちょっと気に食わないけどね。
それでもこの世界は、この世界そのものが陽だまりのようにあたたく、生きている者たちに笑みが絶えない。

こんな世界も いいかもしれない。



「イオンさま。エッタ、休暇取れた!」
「そう。じゃぁ、こんどはキムラスカにでもいこうか。 あそこの闘技場近くにあるっていう【ドンタコスデヨヨイノヨイ】ってパスタと納豆がおいしくて、パフェは特盛って店があるって。 わけわかんないよね。でもボクは行くよ。
どんな珍味か。すべて食い尽くさなきゃね。
ああ、そうそう。その究極の珍味に挑んだあとは定食No1という…」

導師…

「きたな偽黒髪」
「に、にせ……。ああ、もう。いまはそんなことはどうでもいいんだ。
いまのお前は導師イオンなんだ。たのむから逃げないでくれ。まだ仕事は残ってるんだ」
「うるさいよ《アッシュ》のくせに」
「《アシュレイ》です、“導師イオン”」

 アリエッタに続いていやってきたのは、アシュレイ。
ボクとは違う形で、“もどってきた”以前で言うならオリジナルルークもといアッシュだ。
彼はスパイとしてダアトにもぐりこんでいて、いまは見事な紅い髪を黒く染めて、ボクの護衛なんてものをしている。

 そう。この世界に生まれたとき、ボクはレプリカではなくなった。
向こうの世界での本物のオリジナルイオンがその後どうなったかなんて知らないし、こちらの世界に彼がいるわけではない。
 今、“導師イオン”はボクだ。
ボクは、オリジナルになった。
 でも結局ボクがボクであることは変わらなくて、身体に流れる血も痛みも感覚も何も… “レプリカのとき”とかわらなかった。
だからボクはボクとしてここにいる。

 ボクは好きに生きさせてもらうよ。

「導師、お戻りを」
「そうさ。“ボク”が導師だ。お前はボクの部下だろう?」

 アリエッタに続いてやってきた神託の盾の子供アシュレイに、見せつけるようにニヤリと笑ってやる。
するとを紅毛を隠すために髪を黒く染めてはいるが《アッシュ》にしかみえない子供は、やっぱり眉間にしわを寄せて、口をへの字に曲げた。
どこらどうみても《アッシュ》だ。

 彼もこの世界に“もどってきた”ひとりなのだろう。
この世界が“前”と違うわけ。それが彼の様に“戻ってきた者”が複数いて、彼らが力を合わせて未来を変えようと動いているからだ。

 それにしてもアシュレイは、子供にしては落ち着きがあるが、落ち着きがありすぎて老成しちゃっている。かわいそうに。
眉間のしわまで深く刻まれちゃって。
きっともうとれなくなってるぞあれ。

 でもボクは知っている。
この偽黒髪アシュレイが、たまに“別の誰か”と入れ替わっていることを。
 眉間のしわや口調までそのままだけど、確実に今目の前にいる《アッシュ》とは違うアッシュレイがいる。
ま、それがダレだっていいけどね。
その“別の誰か”が楽しそうに眉間にしわを寄せる練習をこっそり見るのも…まぁ一興だよ。


 ボクが思わずクスクスと笑ってしまったら、ふいにアシュレイが深くため息をついた。
かと思いきや、今度は、彼は息を思いっきり吸い込んだ。
どうやら次に来るのは愚痴か…いや説教のようだ。

「――そもそも!」
「なにさアッシュ」
「アシュレイです!っで?何がしたいんだお前はっ!!どれだけ食べれば気が済むんだ!?」

「なにって世界の食べ物を食べつくすまでボクはやめないよ」

 からっぽじゃなくなったボクの夢を奪うというなら容赦はしない。
アッシュのくせに――いい度胸じゃないか。


 この世界は“ボクら”に優しい。
レプリカだったもの。向こうの世界で死んだ者。今頃彼らは、無邪気にやさしい太陽の下で笑っていることだろう。
それは世界を守る精霊が“あいつ”だからなのか。

 まぁ、どちらにせよボクは【ドンタコスデヨヨイノヨイ】へいくけどね。

こういうときってダアト最高指導者である導師って便利だね。
権力万歳!





 それではみなさん。
はい、かまえてー。

レプリカじゃないから遠慮なく力が使えるって素晴らしいよね。

眉間のしわの似せ黒髪の子供に向けてぇ〜せーの!


「アカシックトーナメント!!」












ND2003 《六神将シンク》 が “世界”に
《オリジナルイオン》 として お生まれに なられました











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