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04.始まりの鐘 (四人目) |
エルドランドでレプリカの兵士たちに刺される前、俺と“あいつ”は存在をかけて、剣を交えた。 そのとき、流れ出た音素が交差し、記憶をのぞきみるように、互いの記憶が互いの中に流れた。 ========== side 逆行アッシュ ========== 最後の最後で。 ようやく俺達は存在をかける意味の無意味さを知った。 俺がしてきたことのいかに浅はかで、無意味だったかを。 辛かったのは、俺だけではなかったこと。 “あいつ”だって、辛かったのだ。 居場所を返そうとしていたのだ。 こうして剣を交えて、そこでようやく――理解した。 そうして、このときやっと心から“あいつ”のことを認められた気がした。 今、思えば、バカなことをしたものだと思う。 俺たちは、“同じ”だが“違う”存在。 見かけは同じでも中身まで同じなんて物は、この世の何処にもありはしないのに。 なにが「存在をかけて」だ。 まるで御伽噺の旅人達のようだ。隣の旅人の荷物のほうが互いに軽そうにみえてうらやましく、互いに荷を交換していざ持ってみれば自分の方が軽かったとかばかげたオチだった。 だがあれは“結局は〜”という言葉がつく、どちらもたいしてかわらなったということ。思い込みによる勘違い。 本当にあのときの俺は、一方的な旅人だったのだろう。 あまりの自分のどうしようもなさに、哂えてくる。 大爆発によって被験者がレプリカにくわれるのだと知った時(結局は間違った認識だったわけだが)、絶望と怒りのほかにも想いはあった。 自分が死ぬのなら、生き残る“あいつ”にすべてを託そう。 この身の時間が持つ限りは、やれることをやろう。 そう思っていたのも事実。 本当はあの最後のときよりももっともっと前に、俺は“あいつ”を認めている自分に気付いていた。 そんな自分を認められなくて、あがいてあがいて 「・・・・・・」 死んだような気がするのだが・・・。 なぜか目の前に気持ちの悪いさわやかな笑みを浮かべてこちらをみつめてくる髭。もといヴァンがいた。 「大丈夫かルゥ・・「ぎゃぁぁぁーーーー!!岩斬滅砕陣!!」ークぅを!?奥義だとぉゴフッ!!」 思わず手を差し伸べていた〈髭〉を慣れた技で吹き飛ばす。 「顔がちけぇんだよこの屑がぁっ!!」 はぁはぁと荒くなった息を整え現状を把握しようと周囲を見回し、自分が“生きている”ことに頭がパニックになる。 なぜ? 俺はたしかに死んだはずだ。 生きていたとしても乖離がもうどうしようもないほど進み、治療の施しようなどなかったはずだ。 レプリカの兵士達との戦いの後、万が一にも・・・一命をとりとめたとしても、俺にはもう残された時間はなかった。 しかしどうしたことか。今、ここにいる俺は、乖離の前兆も、ましてやレプリカの兵士達にやられた傷さえない。 大爆発をしたために、被験者である俺が生き残ったにしては、この現状はおかしい。 なぜなら、俺には“あいつ”の記憶など欠片も持ってはいないのだから。 そこでようやく自分の身体が、随分と縮んでいることに気付き、驚きすぎて剣が手から落ちる。 その手は幾度もまめがつぶれ、節くれだった剣を握る者らしい硬い――17歳の俺の手ではなかった。 “最後”の記憶からはかけ離れた、小さなもみじのようなこどもの柔らかな手。 小さくなった手のひらを見て目をまるくする。 「っ!?」 このままではわけがわからず頭がおかしくなりそうだと思った。 そんな思考を止めるように、ふいに“音”が響いた。 ゴォォーーン ゴォーー・・ン まるで大きな鐘楼を鳴らしたかのような鐘の音は、頭の中でじかに鳴らされたような衝撃とともに大きく響き続ける。 それがひきおこしたのか、ズキリと頭が痛み、あまりの苦しさに頭を抑えてその場にうずくまる。 瞬間、光がはじけた様に視界が白で染まった。 それをきっかけに、一気に“いままでの”映像が脳裏を駆け巡った。 その記憶は間違いなく俺のものだが、俺ではない【アシュレイ(俺)】のものだった。 新たに生まれた記憶が教えてくれる。 ここが、俺たちが歩んだ人生とはまた別の道を辿っている“別のオールドランド”であることを。 この世界での【俺】は、アシュレイというらしい。 これらの状況から判断するに、どうやら、こことは別の世界の17歳の俺が、【この世界の10歳の俺】の中に逆行という形で戻ってきたらしい。 “前回アッシュ”としてたどったのとは違う【アシュレイ】としての十年分の記憶が、俺の中に溶け込むと、ようやく頭痛が収まりほっとする。 この世界の【俺】は、もとからヴァンが嫌いだったようで、いまはそのヴァンによって強制的に剣の稽古だと、庭先につれだされたところだったらしい。 しぶしぶ稽古に付き合ったところで、誤って転倒してしまい、尻もちをついた。 ヴァンがあわてたようにかけつけてきて相変わらずの胡散臭い笑みでもって「心配した」と、偽りの優しさをはりつけて手を差し伸べた。 そこへタイミングよく“別の世界の未来の俺”が憑依したということらしい。 いや。憑依というよりは融合。もはや大爆発のような状態だ。 ローレライか?ローレライのせいなのか? いや、それ以外考えられないだろ。 こんなばかげたことができそうなのは奴ぐらいだ。 だが、いっこうに、“この世界のローレライ”からは何の連絡もない。 自分を解放しろとも、世界を救えとも…とくになにか言われたわけではない。 この世界では、まだ奴は地殻にいる。 そのせいで声が届かないとかそういうことだろうか。 いや。それにしては、この世界はすでに大量の第七音その気配に満ちている。 この世界を包み込んでいるのはたしかに第一から六番目の音素が中心だが、ローレライを解放していないにもかかわらず濃く第七音素にあふれていて、ひどく優しく暖かい。 俺たちの世界の冷え切ったような空気とは違う。 ―――・・ッ シ ュ ・・・―― リィーーン・・ 「っ!?・・・これは、クズか?」 先程の激痛を呼び寄せるような鐘の音ではなく、小さな鈴の音色がきこえた。 クスクスと笑うような小さな鈴音は、甘い花のにおいを乗せた風に混ざってまとわりついて、空の音譜帯へ消えていく。 あれはたぶん世界の表面に残されたローレライの一部だろう。 きっと本体はいまだ地殻のはずだ。 “前の世界のローレライ”と同じようで違う気配。 なぜか“あいつ”が、あそこにいるような気がした。 最後まで認めることができず、けれど互いに惹かれてやまなかった俺の半身。 俺のレプリカ。 もうひとりの俺。 ――アッシュ―・・・――これから生まれる「俺」とは仲良くしろよ―― 声が・・・ 声が聞こえたような気がした。 「お前がこの世界のローレライなのか…ルーク」 頭上に輝く音譜帯をみあげ、自分だけが戻ってきたことに―――まだ剣タコ一つない、やわらかな小さな手を握る。 その手が強く握られすぎて、柔らかいこどもの肌はあっけなく傷ついていく。 それでも自分に対する怒りとやるせなさが先立ち、かまわず空を睨みつけていた。 “あいつ”がローレライでないのなら、カエセと言いたかった。 この手を音譜帯に伸ばして、取り戻そうとしただろう。 あれは俺の半分なのだと。 取り戻したいと思った。 やり直すなら二人で―― だけど“あいつ”もまたこの世界にいるのに、“あいつ”自身がローレライで。 世界にはどうしたってローレライは必要だ。 泣きたくなった。 自分には何もできない。 精霊となんか比べるのも可笑しいが、どうしても自分の未熟さと力のなさに、“前回”のことまで蘇えってきて、悔しくて仕方なくなる。 いつもレプリカばかり損をする。 けど涙を流すことは“あいつ”がせっかく生かしてくれたこの命にたいして申し訳なくて、唇をかみ締めこらえることしかできない。 それに“あいつ”は最後の最後まで、一度だって泣かなかった。 いや、泣けなかったのに。 泣くことは許されないと、たった七歳の子供に業をおしつけたのは俺たちだ。 そのひとりである俺が、泣いていいわけがない。 「まぁまぁ。手が傷ついてしまうわ」 爪が皮膚をさこうとしたその握りこぶしに、ふわりと優しいぬくもりが覆いかぶさり、その行為を止めた。 柔らかな声に振り返れば、“最後”の記憶よりも若く、“前回”よりもはるかにいきいきとした母が、庭の地面と熱烈キスをして倒れているヴァンをないものとして、あのかかとの高い靴でもって踏み潰してやってきた。 生き生きとしているせいか物凄く若く見える。いや、本当に今の彼女は若いのだろう。 病弱ゆえの儚さも青白さもないためか、いまだ若々しさを誇るその姿は美女といっても過言ではない姿だった。 見覚えのあるそれは、たしか屋敷に飾られていた人物画の若き―― 「は、ははうえ!?」 「お帰りなさい“アッシュ”」 “自分ひとりではない”と知った―――始まりの日。 母は異常に若若しく、異常に強かった。 * * * * * 日々は繰り返す。 新しいいくつかの“希望”を交えて、“前”とは少し異なる道をたどりつつ。 それでも同じ道をたどろうとしている。 「今のこの世界なら、〈レプリカルーク〉をつくることをとめることなどたやすいでしょう」 あのヴァンによる誘拐事件間近に、母上に聞かれた問い。 レプリカルーク…いや、ルークを生み出すかどうか。 それは俺がこの世界に来てからずっと考えていたこと。 俺や母上が知る“向こう側のルーク”は、すでにこの世界にいる。 ただし、七番目の意識集合体として。 ならばこれから生まれるレプリカルークは、別人だ。 俺がヴァンの手を取らないという方法もある。 それでも―― 「母上、俺。いえ私は、ヴァンのもとへ参ります。 これから生まれてくる命を知っていて、それをないものとなどすることは私には出来ません。 レプリカルークを生まれさせないようにすることは、たしかに可能でしょう。 ですが、それは“以前の世界”でレプリカルークが、“記憶をなくす前のルーク”と比べられ、誰にも“彼個人”として見られなかったの同じ。 私はこれから生まれるレプリカを“俺たちの知るルーク”だとは思ってはいません。 なにより、勝手にその命の有無を決める権利など私たちには元々ないでしょう。 そうやって勝手に生まれることさえも否定してしまえば、“前”のときにルークが世界から受けた理不尽さとなんらかわらない。 生まれない方が幸せかもしれない。 けれど今度こそレプリカルークにも陽だまりを与えてやりたいのです」 「・・・これから生まれるレプリカルークは、“あなた”を知るルークではないのですよ?なにもしらない別人です」 「それでもいいのです」 ただの無垢なる者。 すべてを教えなおさなければいけない。 生まれてきたことを呪うかもしれない。 それでもいいのかと、まっすぐに見つめてくる同じ色の瞳に、迷いなく俺も見つめ返して頷く。 「これは“俺の世界のルーク”と私の意思」 「あのこの・・・。やはりあなたちは、二人で《ルーク》という存在なのですね」 「ルークもまたこの世界に還ってきています母上。大いなる意思そのものとして」 「そう、ですか。それがきっとあのこの役目だったのでしょう。 あのこが私たちより先に大きな存在になってしまった。 では、貴方は、世界を守ってくれているあのこに、むくいるだけのことをしなければいけませんわね」 「ええ」 「ならばこそ。これからやってくるあなたの大切なものを今度こそ守り抜きなさいアシュレイ」 「はい!母上」 「“二度”は許しませんよ」 二度目はない。 その真っ直ぐな眼差しがなにを言いたいのかは理解している。 “以前”はこの場から逃げた。 そして王族としての義務をないがしろにし、自らの民を苦しめ、自分の感情を優先し殺めた。 “前”と同じ短慮がうかがえたら今度は容赦なく切り捨てる……母上の言葉はもっともだった。 むしろなぜ前回それが許されたかの方が、不思議なほど。 「私、アシュレイ・フォン・ファブレの名に誓って」 この世界には何人か“前”の記憶を引き継いでいる者がいて、“前”のときにはまったくかかわりを持たなかったような人が身近にいたり、いなかった存在がいたりする。 母上は“もどってきた”側だ。 それゆえに生まれてくる子供には〈ルーク〉という名をつけることを良しとしなかった。 なにやらいろいろと武勇伝がるらしいがそれはさておき、今の俺はアシュレイという俺だけの名前を頂いた。 この名に誓って、俺は必ずこちらの世界のルークを守ろう。 “ルーク”。 どうか、俺の我儘で生まれるもうひとりのルークを見守っていてくれ。 「それにしてもヴァンはなぜ私のことを“ルーク”とよぶのでしょうか」 それはこの世界に来てからすぐに、【アシュレイ】としての記憶を垣間見てからずっと思っていたことだ。 いな、俺ではなく【アシュレイ】が疑問に思っていたことだ。 この世界では、ファブレの息子は表立っては一人しかおらず、ルークと呼ばれてい――ということになっているが、 ユートゥリスという前例があるせいで、“いない”ことにはなっていてもキムラスカの住民たちはみんな俺の本当の名を知っている。 館内ではとくに、アシュレイの名で普通に呼ばれているほどだ。 ちゃっかり屋敷を訪れまくっているヴァンが、その事実を知らないはずはないのだ。 そういえば、ヴァンの他に、なぜかモースとガイは普通に俺のことを「ルーク」と呼ぶんでくるな。 まぁ、どうでもいいことか。 生まれたときから「アシュレイ」であった【この世界の俺】は、「ルーク」と呼ばれるたびに、いつも自分が呼ばれてる気がしなかった。 けれど叔父、インゴベルト陛下を含む周囲の大人たちが「ルーク・ファン・ファブレ」であると演じろと指示してきたから、いやいやながらも従っていたに過ぎない。 だからヴァンに呼ばれるたびに、一瞬誰のことを詠んでいるのかわからずワンテンポ間が空いていた。 むしろ思い込みで勝手に「ルーク」としか呼ばない奴を尊敬しろというのが間違いで、それゆえこちらの世界の【アシュレイ】は、今の俺が来る以前からヴァンが嫌いだった。 「あの方たちは、この世界のあなたはもとから“アシュレイ”という名であることを知らないのではないかしら? 予言を猛進して、予言にはこうあるのだから間違いない“ルーク”とつけたに違いないと信じ、あなたを“ルーク”と呼んでいるにすぎないのでしょうね。 《ルーク》その名は、あなたたち二人の名前。だからこそ違う名前を付けたのですけど。 何を勘違いしてるのだかずっとあなたのことをルークと呼んでいるんですよあの髭」 「・・・結局、一番予言に振り回され、予言を信じていたのはヴァンだったということですよねそれ」 「ええ」 「それでも…」 「その顔ということはあなたは【ルーク】の誕生を待っているのですね。 あんな予言妄信者どもにあなたを渡したくはありませんが、“前回”と同じならば誘拐まではそれほど時間はないでしょう。 話したいことがたくさんあります。どうかきいてくれますか?」 「私もです母上」 その後、この世界での記憶を引き継いでいるのは自分だけであることを知った。 同時にここは過去ではなく、“前回”とは少し異なる世界であること、自分たち以外にも何人か“戻ってきている”ことなどを聞かされた。 「ごめんなさいねアシュレイ。あなたにはまたつらい思いをさせてしまうわ」 「いいえ。今回ダアトへいくのは、スパイ行動。俺の意志です。 それにここには待っていてくれる者がいるのを“今度”は理解しているので、大丈夫です」 「ダアトにつれてかれても無茶はしないように」 「ご安心ください母上。 目的はヴァンの監視ですが、ダアトに我々の同士がいるかもしれません。その同士たちの保護も必要でしょう。 なによりさっさと髭をまいてすぐに帰ってきます」 「いざというときはマルクトを頼りなさい。髪の色は隠すのですよ」 「ダアトについたらそうします」 別れはつらい。 せっかく分かり合えた両親に、金髪のナタリア。 “前”はいなかったインゴベルト陛下の嫡男にして、黒髪のイトコのユートゥリス殿下。 ファブレの分家たる桃色の少女エステリーゼ。 “前”とは違って、家族としてもできたひとたちに囲まれ、屋敷の中の全員が母上によって人間味を増した。 本当の陽だまりがそこにはあった。 そんな場所をまた自ら蹴った。 あの予言の年が始まるまで、いや、もう二度とこの陽だまりに帰ってくることも、大切な家族らと会うことはかなわないかもしれないが、それでも俺はヴァンの手を取りレプリカと入れ替わった。 どうか幼き俺のもうひとりの半身に陽だまりを。 今度こそ。 今度こそ・・・・ 「あ〜!しゅれにぃ!」 「俺がわかるんだなルルー!ルーは賢いなぁ」 「あらアシュレイ、帰っていたのですか」 「ただいま帰りました母上」 「無事で何よりですアッシュ。ですが、まだわかれてから二週間もたってはいないですが」 「ええ」 いざヴァンの策には待まった振りをしてついていってみれば・・・。 そこでみた現実に唖然とした。 今回の俺はもともとすべてを知っているし、もともと【アシュレイ】もヴァンが嫌いだった。 そのせいか、牢に監禁され暗示をかけられそうになっても、冷静なままでいられた。 だからこそ周りがよぉく見えた。 そこであったのは、奴の計画のあまりの稚拙さ。 策が穴と隙間だらけであったがために、こうして何週間に一度の割合で、実家に戻ってきているほど。 本にあいた虫食い穴・・・にしては、虫に失礼もいいところだったと思うほど、計画は大雑把だったのだ。 そのあまりの稚拙な作戦具合に、“以前”の自分はよほど短気だったと実感してしまい、頭が痛くなった。 おかげさまで、あっけなくこうしてキムラスカにいる。 いまでは物凄くちょくちょくダアトからキムラスカに帰ることができるほどである。 筋肉バカならぬ 「「所詮脳まで髭だったということです(ね)」」 * * * * * レプリカルークは《ルルー》と名付けられた。 はじめは――光(希望)の先駆者、導くもの、“冒険王”などの意味がある「レギン」という名にしようという話だったが、 全員一致で目の前のレプリカルークがどうしても“レギン”らしくないと思え、「ルーク」から名をもらい「ルルー」と命名した。 命名したのは、年上で陽気な黒髪のイトコ。 四文字以上の名前を覚えるのが苦手で、色んな奴にあだ名をつけているあだ名の達人だ。 ユートゥリス殿下もまた、“朱色のルーク”を知っている可能性があるらしいが、 記憶を引き継いではいないとのことで、それ以上問い詰めることはしなかった。 普通は記憶がないのが当たり前なのだ。 ないものを思い出せというのが無理なこと。 ましてや忘れてしまったのなら、それが本人にとっては最良だったということだ。 記憶の消去とは自分の精神を守る手段でもある。 だから「以前のルークの関係者かもしれない」にしても、そのことは母上との秘密とし、イトコ自身には告げずにいた。 それから一、二年もすればすっかっりルルーにもひとなみのことができるようになってきた。 ルルー驚いたのは、ルルーが勉強が好きなこと。 “ルーク”は勉強が嫌いだったからな。 まぁ、ルルーがそうなったのも理由はあるのだろう。 今回の世界では、ルルーは優しい人々に囲まれ、理解ある者達の間で過ごしているから、飲み込みもよく好き嫌いも少ない。 こうやってある程度知識がつくと、今度は剣術をおしえようということになり、俺とヨートゥリスとで剣を教えることとなった。 そうするとルルーは、外見も知識も剣術もあっというまに同レベルまで追いついてきた。 なお、この世界の【導師イオン】にもレプリカがおり、自分のレプリカをつかってよくいれかわりごっこをして楽しんでいるらしい。 遊び半分のイオンじゃないけど、俺とレギンも互いに互いの癖を覚えているので「ルーク・フォン・ファブレ」役をいれかえて、ダアトとキムラスカを交互に行き来するようになった。 入れ替わっても家族以外誰も気づかなかった。 それを今度はつらいとは思わず、ルルーと共に楽しんだ。 世界は見方ひとつで、こうも明るく輝かしいものになるのだと知った。 「なぁ、ルーク。なんで俺ここにいるんだ?」 『え?ア、アッシュ!? なんでもう音譜帯(コッチ)に来ちゃってるんだよ!まだ早すぎるから!! せっかく生き返らしたんだから戻れよ!』 「・・・・・戻ったら今度は病人食が俺をここに引き戻す」 『なに言ってんだよ?いみわかんねぇーんだけど』 「幸せって、命を懸けるほど尊いものだったんだな」 『お、おい、アッシュ!?』 この世界にきてからは、幸せだった。 もう一人のレプリカルークことルルーは、いいこだし、一緒にいると癒しだし。 陽気な黒髪のイトコのつくる料理はうまいし。 兄もいるせいか、こちらのナタリアは、前回より明るく、前回より(若干)賢い。 ファブレの庭先にはペールの整えたみごとな花がさきみだれ。 いとこたちと花を見ながら茶をして。 穏やかな幸せを満喫していたのだ。 そう。そこでお茶をしたのが間違いだった。 男である兄なんかにまけられるかと、ナタリアは前回よりも数段料理に打ち込んだ。 それは、茶会にも出された。 たかだかパイ皿にのせられた小さな一切れ。 しかしそれは、すでに世界を覆う瘴気を一人で背負うよりもはるかにすさまじい“なにか”と化していた。 見てくれからして紫とか、どろどろしていて、なにか沸騰したマグマのようにボコボコしていて、目玉らしきものがギョロギョロ動き、視線が合った。 あんなものを本当にケーキと呼んでいいのだろうか。 たかだかケーキ一切れが、見てくれからも、これほど恐ろしいとは―― ルルーのためにつくったんですのよ。 っと、自分のため。というのに、一般的なケーキがどういうものかあまり理解していない無邪気なルルーに、 ナタリアがその“未知なるもの”食べさせようとしたものだから、茶会は大慌てだった。 こちとら死を覚悟してそれを奪って俺がかわりに!と・・・・・・食べた。 一瞬舌の上に瘴気を固形化して食べたような、 いや魔界にある泥の海(瘴気まみれ)を口に入れたような、どろりとしているのにじゃりじゃりとして――あとは脳天をぶち抜かれたようないままでに感じたことのないもうなんともいえないすさまじい衝撃がきて――― 目の前にローレライになったはずのルークがいたとか。 やたらいろんな音が響く白い空間にいたとか。 そこが音譜帯だったとか。 死んだらしい、俺は。 ナタリアよ。どんだけすごいんだお前の料理は。 むしろ料理じゃないだろこれ。 兵器?最新兵器になるんじゃないかこれ。 いやいや、もう秘奥義とか、FOF技とか、はるか上行くレベルだったんだが。 俺とルルーでがんばらなくとも、“こっちのナタリア”の手料理をヴァンに食わせればすべて終わる気がする。 たとえどんな魔物でもどんな敵が何度あらわれようとも。 たとえそれが相手がディストが作る機械兵器だろうが…きっと勝てる。 そんな気がする。 とりあえず。 ルーク。また会えてうれしいぞ、このクズが、ぁ…・・。 『ぎゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!アッシュがぁアッシュガァ!!!! なにがあったんだっ!しっかりしろぉ!』 「むり、だ・・」 がくり 『アッーーーーーシュっ!!!』 |
ND2010 《アッシュサマ》 が “世界” 灰「・・・・・・・・・」 おもどりに なられました |