片 翼 の 獅 子
†+ 第二部 Tales of th e Abys s +†



03.深淵を覗き見る





 隠された皇子。
けれどみんなが彼を知っている。

下々へと耳を傾けろ。
そうすれば聞こえてくるだろう。

予言により存在を亡き者とされた黒い子供の行方が。
予言により存在を入れ替えられた金色の子供の行方が。

ゆえに、誰も知らない“ということに”なっている皇子がいる。
けれど彼は“だれもがそのことを知っている”がため――


 そのもの
ユートゥリス・ロウル・キムラスカ・ランバルディア

キムラスカ第一王位継承者なり。






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 side 転生ユーリ
==========






 俺はユーリ。
これはあくまで愛称で、本当の名は肩書きまでつけるともっと長い。

キムラスカランバルディア王国の第一王位継承者ユートゥリス・ロウル・キムラスカ・ランバルディア。

それが俺の名前だった。


 容姿は黒髪に緑目。
運がいいことに、年齢より老けて見える父より母似で、じゃっかん女顔だが、それほど女っぽくもなくしっかり男に見えるので、まぁよしとしよう。
髪も母と同じ黒色で、くせひとつない。
目だけが父親に似たキムラスカ王家縁の濃い深緑色だ。
 俺の国では王族は赤毛と決まっているが、決まっているからといって、それ以外の色を持って産まれても王家から排除されるわけではない。
ようは確率の問題である。 今までは金髪やら赤毛、赤毛と赤毛の夫婦―― といったように、色の組み合わせ的に赤毛率が高く、王族は身内で結婚することも多かったせいで生まれてくる子供は赤毛が多かっただけのこと。
王族等言うのは公の場でも見世物のようにさらされるので、周囲へのその容姿が周知となる。 その宣伝効果により、赤毛はキムラスカの王族の特徴というふうに感じるのだろう。
実際、街中でもいることはいる。
 今回の王妃が黒髪で、赤色よりも黒の遺伝子の方が強いのだから、必然的に赤毛と黒髪夫婦の間には、より強い黒の遺伝子の子ができてもおかしくない。
その子供の俺が黒髪でも当然――ということだ。





 俺の生きるこの世界には、予言というものが世界を支配している。
浸透しているというよりは、どこからどうみても支配されているようにしか見えない。

未来が分かるから、ひとはそれに頼りすぎて思考することを放棄してしまっている――そんな感じだ。

 現にこの国の重鎮達や貴族は一部を除いて、その予言に頼っている。そして予言こそが絶対だと信じ込んでいる。
こういう話になると、俺は父インゴベルトと同じく眉間にしわがよるらしい。
それもしかたないだろう。俺は予言にあまりいい印象を抱いていないのだから。
 なぜなら、俺はその予言において、死産となっていたこどもだからだ。
 本来ならその予言は出産を控える王妃には負担になりえるとして、王にさえ告知されることはなかったはずだったのだが、 出産に立ちあった凄腕のヒーラーにより、予想外にも俺が生き残ったため、王にふせられていた予言が伝えられた。
 ちなみにこの凄腕のヒーラーというのは、俺にとっては叔母に当たるシュザンヌ様である。
彼女は予言に沿おうとした暗殺者を笑顔のままとある奥義によって完膚なきまでに吹っ飛ばし、 そのまますぐに俺に最上級の治癒術をかけたというから・・・たしかに色んな意味で“凄腕”なのだろう。


 そうして俺は十年予言に逆らって生きている。
もちろん予言を遂行しようとした奴に何度も暗殺されかかったが、それでも俺はこうしてしぶとく生き残っている。

つまり予言は絶対ではない。
オレはその生き証人ということだ。



 そもそも予言が絶対ではないと証明し「お天気予言以外は信用ならない」と宣言したのは、 当時わずか10歳であった王妹シュザンヌ様だ。
 身体の弱いシュザンヌ様は食も細く、あまり脂っこいものや味の濃い食べ物は身体が受け付けない。 だというのに、予言では朝からカツをだせ、やれシチューをだせなど。 濃かったり脂っこいもばかり片っ端からかかれていたというから、「だれだそんなメニューを考えたのは」と、 逆に予言にの内容に疑ってしまうほどだったという。
まさかとは思うが、《病気に勝つ》とかで《カツ》とかかれていたと予言師が言った日には、そう“詠んだ”予言師の終わりが目に見えるようである。
 もちろん食事というのは毎日朝昼夜とあり、その日その日によって手に入る食材も違う。
いちいち予言にあったものをそろえたり予言を確認するより、コックたちは俺たち王族(雇い主)の体調を考慮して、 さらに実際に生きの良い食材を自分たちの目で選ぶつわものたちしかいない。
よってここで日々予言が覆されていたのが証明され、インゴベルト陛下を含めた多くの者が予言に疑問を持ち始めた。

「なんだその間抜けな予言離れのきっかけは?」

 幼いながらも思わずそうつっこみかけたが、今更そんなこと突っ込む気さえ起きない。





 俺が物心ついた頃のキムラスカは予言脱却を掲げていたが、それ以前はずっと予言に傾倒していたわけではない。
そうでなくては、マルクトとキムラスカという二つの国しかないこの世界は、 今頃どちらかが滅びて、完全なるダアトの支配下。予言国家として、全国民が洗脳されていたことだろう。
マルクトとキムラスカがそれぞれ国としてなりたっているのは、 当時の皇帝や王たちが、予言に深くはまりすぎず、ダアトのことは適量適度に対処し、きちんと政治を行っていたからに過ぎない。

 その微妙な均衡が崩れ始めたのは、先代マルクト皇帝の代だろうか。
 時を同じくして、予言に傾倒していた先代マルクト皇帝と同じように、 ダアトの甘い言葉に誘われるように先々代あたりからキムラスカの王も予言を盲信するようになっていた・・・らしい。
 隣の国の内務情勢は知らない。 ただこのキムラスカの現状はよくわかっているつもりだ。
 前前王の悪政へのつけを、次の子供の代で汚名返上することもできないほど、悪政の影響が出ているのだ。
その影響は、まさに現在、下々の生活に余波として広がっている。 おかげでこの国は実質、財政もどこも赤字罰点印の山。ほんの少し前までは、まさにそんな傾き傾向にあったのだ。
ぶっちゃけていうと、ダアトの予言なんかに援助金高支援金高寄付金を払っている余裕など国に荷はびた一文なかったのだ。

そんな状況に光が差したのが、今のキムラスカの王族兄妹による影響だった。


 当時十歳のシュザンヌ様は、「予言なんか信じられるか!」と発言し、 これにより、物を深く考え民を第一に考えていた賢王と名高きインゴベルトが、 今まで以上にに周りを見すえるようになった。
そして王位を譲られたばかりであったにもかかわらず、インゴベルト陛下はその才能を存分に発揮し貴族の膿を削り始めた。
そのあいまに出された政策は、いままでのそれとは一変していた。
貴族やダアトにどれだけ金を使わせるかではなく、民のためを思う政治へと変わった。
そこから発揮される王と、その妹による政治手腕はすばらしく、まさしく革命だった。
そうしてわずか十数年足らずで、キムラスカは民の暮らしが大きく高上し始めることとなった―――らしい。

 もともとキムラスカが予言に傾向しているというよりは、上流階級の人間達が脳を働かせることを忘れてただただ身勝手に生き、 すべての悪行などを《予言》という言葉一つになすりつけているにすぎない。 そういうやつらは、なぜか馬鹿馬鹿しいほど周囲を省みず、自分のためには悪知恵が働くらしい。
貴族は腑抜け、さらには先代王までの悪政治の影響により、国として成り立っている方がおかしい状況だった。
実際目にしてみればわかることだが、そんな次代からの骨董品もとい上層部の貴族が「予言予言」と騒いでいるのだ。
そうしてみるにみれない腐った上層部が完成した。

 それを当時の若きインゴベルト陛下は、腐敗した膿を取り除くことから手を付け、 階級に厳しいこの国を実力社会へと変えていこうとした。
実力ある者こそが、その力を存部にふるうことができれば、下階層社会もいまより荒れることはないだろうということだ。 同時に意欲ある者たちは、彼らは国の力となる。
 もちろん自分大好きな金喰い虫どもが、新王のその政策におとなしく賛同するはずもなく、 やがてそういった輩は謀反を起こしたり、変な(あからさまに私利私欲にしかなり得ない)政治を行おうとしたり、 自分の穂が上なのだとアピールせんばかりに暗殺者を送ってきたり、悪口を言ったり、ありもしない噂を流したり・・・。
 いまだに貴族からの嫌がらせは、あとをたえない。
それでもキムラスカは、再び国として歩むための努力を始めたのだ。

 虫というのはおかしなもので、排除しても排除しても、どこからともなくわいてくる。
キムラスカに巣食う膿の正体は、そういった虫のような貴族たちなのだ。 そして彼らは古い人間ほど頭が固く、肥え、どこまで腐りきっているその醜悪さを俺たちにみせつける。

 いままで予言をだしに美味しい思いをしてきた"彼ら"にとってみれば、予言がなくなれば、いままで自分たちがしてきた悪事まで表ざたになるのだ。
さらにはいままでと同じように甘い汁を吸い続けることができなくなる。
このまえまでの裕福な贅沢三昧な暮らしがもうできなくなる。 ――彼らの行動原理は、そういった身勝手な恐怖からの反抗意識だ。

 食物が上手く育たず他国からの援助でまかなっているようなこのキムラスカでは、民はつねに予言を詠んで日々をおくれるほど、生活にゆとりはない。
予言ひとつ詠むのでさえ予言師なるものを雇うために金が必要で、そんなことができるのは本当に無駄に金が有り余っているような奴か ダアトぐらいだ。と、いってもダアトでさえ、無償で教えてくれるような奇特な者は少ないだろうが。

 かなしいんだか、情けないんだか。
これらの悪影響が重なり、上の余波を浴びていたに過ぎない一般家庭までが【予言に依存しきった国】と思われてしまっていたのだ。
だが、実際依存していたのは全て上層部だけだ。
 たぶんだがマルクトも少し前までの皇帝が同じように予言派だったらしいので、ピオニー陛下もさぞ国内の掃除が大変だろう。

 肥えるのはダアトの懐ぐらい。

 こどもながらにも思ったものだよ。
予言は大事なのかもしれないが、それで得しているのはダアトだけじゃん――と。

 ダアトは決して不吉なことや、死、事故などの予言は詠まないという。
むしろ悪い予言を詠んでもらうべきだよなと、シュザンヌ伯母上により常識が日予言派に傾いていたお子様な俺は思ったものだ。
 なぜなら「悪いこと」を慈善に知ってればなにかしら対策を練って避けることができる。
それは幸せな未来しか聞かず突然不幸な事故などに見舞われるより、事件などを慈善に回避できるのだからより人生幸せになれるだろう。
 これではまるで麻薬だ。ダアトは、「死」を言わない。人日の望む「いいこと」ばかりを告げる。その甘い言葉だけを信じるから、人は予言をいいものだと勘違いして、もっと「いいこと」はないかと――予言に依存し始める。
心を奪う――それじゃぁ、麻薬と同じだと思うのだ。



まぁ、そんなこと大声で言えるわけもないが。



 キムラスカが予言脱退へ本格的に動くのきっかけは、もちろんシュザンヌ様による鶴の一声だ。それが大いなる未来への始まりだった。
王が国民と真の意味で手を組んで国を導こうと、共に歩もうと、そう国全体が変わり始めた一番の原因は――俺が生まれたこと。
 俺は予言に読まれていない子供だった。
だが五体満足で生まれた。
これで予言が絶対ではないと確実となった。
そうしてキムラスカの王インゴベルトは、予言離れをしようと本格的に動き始めた。
 父インゴベルトは、王として、民の前でこれからのありようを浪々と宣言し、 そんな陛下に対し、はじめ国民は大きく不安がった。
しかし、少し考えてみてほしい。 そもそも予言というものは無料ではない。そうとうの金持ちでなければ、予言など一年に一度確認するかしないか程度のものでしかなかったものだ。
そのこともあって、民たちの予言離れは徐々にではあるものの、いたって苦もなく、むしろ意外とあっさり彼らは“予言に頼らない生活”に慣れていった。
 ところかわって貴族などの上層階級組みでは、いろいろな思惑やら反対派が暗躍していたが、 すべて大げさにせずに処理がすむようなことで、内乱などといった騒動は下でも上でも起こることはなかった。というか、表に出る前にすべて潰されたと言った方がいい。
ひとえに王族たちの尽力があってこそであり、シュザンヌ様が庶民の血税をきちんと彼らの生活に還すように政治を行っていたことも強い後ろ盾となっていた結果だ。

そうしてキムラスカは、ゆっくりと。だが確実に、予言からの撤退を行っていった。
それは自然の流れのように、やがては人々の意思が予言より重視されるようになる。


 すべては数十年前から動いていたシュザンヌ様やインゴベルト陛下による努力の賜物だ。
さらにはそのシュザンヌ様の夫にして、陛下の剣にして右腕であるファブレ公爵の地道な支えがあってこそ、だ。
予言撤退への流れは、このころにはすでに土台が出来上がっていた。
 そして“裏”にはやはりシュザンヌ様がいる。
彼女はまるで予言よりもより多くの未来を知っているかのように動く。 否、未来を知っているなど人間ではありえない。 《知っている》というよりは、王族として《見通している》の方が、表現的に正しいのだろう。
彼女はそれほどの才覚をもっていた。
降嫁せずに王宮に残っていれば、時期王は彼女になっていたかもしれないほど、その手腕は素晴らしいの一言に尽きた。



 シュザンヌ様といえば―――いまだ予言重視派をすべて追い出しきれていないインゴベルト陛下には知らせず、 体が弱いのが信じられないほど、よくお忍びと称して姿をくらませている。
 ファブレ公爵は知っていても、それをうちの父(陛下)に言うことはないし気付かせない。
ファブレのメイドや騎士達は口が堅いし、もれることはない――【機密事項】。
彼女がそのおしのびの間にいったいなにをしているのかは、物凄く怪しいが・・・。
表立って聞けるわけがない。
 どうもシュザンヌ様の外出目的は、予言に関することらしい。
彼女は陛下を含めた俺たち王族の知らない情報を知っていて、それをなんとかしようとひそやかにあちこちで協定を結ぶべく動いている。

 ちなみに。
俺がそれを知ったのは五歳の頃だ。








* * * * *








 ―――五年前。

 城からの抜け穴に気付いて城下へおりたとき、髪の色も服装も変えたシュザンヌ様と遭遇し、そのまま笑顔で拉致された。
向かった先は港で、そこにはすでに船が用意されていた。
見送りにきていたらしい、これまた髪の色を変えて変装済みだったファブレ公爵が待っていて、 伯母は「殿下はわたくしがしばし預かると兄上様にお伝え下さい」と俺のことを彼に言伝し、厚い抱擁を交わして二人は分かれた。
 護衛は数人。
着いた場所はなんと長年敵対しつづけているはずの隣国マルクト。



「あのときほどおどろいたことはないよな」


 さすがに当事五歳でもマルクトはキムラスカの敵なんだよ〜というのは聞いていたから、驚きもハンパじゃなかった。
びっくりしてかたまる俺に、さらに驚かされたのは“マルクト皇帝からの命により”シュザンヌ様に護衛がついていたことだ。

あれ?マルクトの皇帝って予言バカだってシュザンヌ様愚痴言ってたよね?
ってか、敵ではなかったか?
むしろなぜ隣の国のトップが、キムラスカのシュザヌ様を知ってるの?

目を回す俺に、彼女は手にしていた扇子で口元を隠しながらあでやかに笑って、「あら。愚かな独裁者は数日前に引退しましたのよ」と言った。

他国の王様を愚か者よばわり!?

 俺の背筋に冷や汗が走ったのは今でも覚えている。
逆らってはいけない。
宮殿という暗黒世界か、はたまた世間という荒波にもまれすぎたためか、吹っ切れすぎている目の前のこの人にだけは逆らってはいけないと――本能が警鐘を鳴らした。


「あなたはああなってはいけませんよユートゥリス。
民を虐げ、万のために一人に死ねと言うような、己の身の保身ばかり護ろうとするのは愚王のすることです。どうせやるなら両方助け出す努力をしなさい」

と、俺と同じ色の瞳を細めて笑う姿に、ガクガクふるえる身体を必死で動かし首を縦に振るのが精一杯だった。
――言葉は、出なかった。



 幼いながらにあの時伯母上に抱いた恐怖は未だしっかり根付いていて、その後の俺は彼女の微笑が自分に向けられないよう必死に勉強した。
王族とは何か。貴族とは?国の政にも手をつけられるように家庭教師にもわからないところは何度でもきいた。
予言だから。暗黙の了解だから。などと言って、教えてくれないことも多々あったが、 そのときはいつもシュザンヌ様が隣国の先代皇帝を愚王と言った時のあの顔がちらついた。 瞬間恐怖がぶりかえし、目をかっぴらいて泣きながらすがっておしえをこうた。

だって、そうしないと世界そのものを動かそうと裏で動いている“彼女達”に、いつ首を切られるか分からなかったから。


 そんなこんなで。気がつけば、俺もシュザンヌ様を筆頭とした各国や財閥のトップにして【裏の支配者】たちの政治に首を突っ込むことになっていた。
 ちなみにあの五歳の日の拉致事件の初顔合わせのとき、その幹部達を目にした瞬間、気絶しなかった俺を褒めてほしいほどだ。
そこに集まっていた 〈裏の支配者たち〉 として自己紹介された人物たちの大物ぞろいの著名人ばかりだっこと。
俺は聞き覚えのありすぎる名前に、目に涙をため、目を馬鹿のようにひらいて、そのままかたまって動けなくなったのは言うまでもない。
けれど彼らの放つ王者ならではの威圧感に圧倒されたあげく、涙は落ちずに引っ込んだ。
微妙なラインで目に水は溜まっていたが、それがこぼれるよりも先に、あまりの恐怖が先行したためだ。
だって紹介された全員が、五歳児でも名前の聞いたことのある有名所ばかりで、 しかも自己紹介の後「誰にもこのことは言っちゃダメよ。言ったら――うふふふ」と、赤毛の女帝に言われてしまえば、それはもう、壊れた人形のごとく頷き続けるしかなかった。
 とりあえず、シュザンヌ様や金色の髪のブウサギマニアさん、さらには某巨大宗教団体の笑顔がステキなおじい様たちいわく、 すでに幾度とマル秘会談を行っていたとのこと。
そして関係ないはずの俺は、 〈裏の支配者たち〉 の顔を全員見てしまったがために・・・・・会がひらかれるその都度、マル秘会議へと連れて行かれた。
 彼らからすると、その拉致は、第三者の新しい意見をもとめてのことだったらしい。
役に立つと言われても、勉強を始めたばかりの五歳児になにを期待しているのかわからない。
俺はひたすら泣きそうだっただけだ。
まぁ、勉強嫌いだった俺だったが、日頃の努力のかいもあって、なんとか会話についていけていたのが救いだろう。



 そんなある日。 〈裏の支配者たち〉 の話題の中で、ふいにもたらされたのが、国境問題だった。
とにもかくにも国境が邪魔でしかたないのだという。
  〈裏の支配者たち〉 とひとくくりにされる人物たちは、表ではそれぞれが国の重役であったりした。
よって彼らの一人でも自ら行動を起こしてしまえば、それはすぐに誰かに察知されてしまうのだという。
世界救世のための調査をしたいというのだが、本人が現地に行くことも、彼らの部下が動くことももってのほか。
 マル秘会議の様に、こうやって国境をこえて、誰かの目に留まらないように、ひそやかにやり取りをするのは、彼らの表の立場的にそれはそれは大変なのだ。
〈支配者たち〉 の定例会議で集まるのも頻繁でないのもそのせいであり、ひとたび会議に参加しようとすれば、 ただいなる手間と苦労と隠ぺい工作、裏工作などをしっかり行ってからでないといけない状況だ。
  〈裏の支配者たち〉 は、本人が動くことができない立場にいる者達ばかりの集まりため、その手足となる存在があちこちに存在する。
たとえば本人ではなく、代理人、または手足が動くとしよう。
しかし 〈支配者たち〉 と関係がある人間が動くだけで、彼らにとっての“敵”に、 〈支配者たち〉 の行動や彼らが警戒していることがばれてしまいかねないらしい。 俺としては、むしろ 〈支配者たち〉 と呼ばれている彼らに、“敵”なる存在がいたことの方がビックリだが・・・。

 そんなに国境が邪魔なら、手下とか使えよ。自ら動くなよ世界の重役ども、と叫びたい。
だがそんなの無理に決まっている。
彼ら 〈裏の支配者たち〉 が気にしているのは、世界と“敵”のこと。
そうそうに誰かに任せられるものでないから、本人達がこうして無理やり場を作って話し合っているのだ。
なら彼らたちが信頼できる者を自由に動かす方法を探すだけだ。
彼らの身近にいる存在はすべて“敵”の監視下にあるとするなら・・・。
もっと距離の置いた・・・いっそ他人に、手足となってもらうしかないだろう。 その手足となってくれる者の行動が、だれにも怪しまれず、自由に動かせるように――。

そうだよ。自分達でこんな場所までこずに、自由な手足を得ればいい。
表立って手足が“使えない”のなら、新しい手足を“作る”だけだと思うんだよな。

 そもそも世界中の重鎮達が自ら動くから、周囲をごまかしたり場所を決めたり、いろいろややこしいことになっているのだ。
彼らは自分たちの立場を少しばかり忘れている気がして、しょうがない。
 たしかに“個人”より“世界平和”のほうがそりゃぁ大事だろうけど、 〈裏の支配者たち〉 の誰一人として一般人の立場の人間がいない。 貴方達の立場一つ一つがとても重要すぎるといっても過言ではないのだ。それに気付け。いいかげん、自分たちだけでどうにかしようとするのが間違いなのだ。

  〈裏の支配者たち〉 が、世界のためにと、いろいろ動きたいし、調査などもしたいのはわかる。
っが、だからといいて本人がそれをする必要はないということだ。
むしろするなと言いたい。

シュザンヌ様しかり、現皇帝陛下や老齢の導師しかり。
だめなら誰かの手を借りることも時には必要だろう。

 そこで一つの案を提案してみた。

  〈支配者たち〉 彼らの理想は、キムラスカでもマルクトでもない。ダアトの者でもない。だけど全部に平等である存在。
国に属さぬ第三の勢力。

 まぁ、オレが考えたのはそんな大げさなものではなく、所詮子供の戯言にすぎないのだが。
「便利屋でも雇えよ」と、一言で言うなら、まさにそれだけ。
 でも 〈支配者たち〉 直属の“手足”を動かすには、対象は世界。規模が大きすぎるし、“敵”とやらにみつかりかねない。
だったら、もっと広範囲に動いても怪しまれない大きな便利屋集団を“つくれば”いいだけのことだ。

所詮便利屋の集団なんだけど―――
《ギルド》という仕組みを提案してみた。

 俺の思いつきの案―――《ギルド》。
それは一種の傭兵組織ととってくれてもいいし、便利屋集団と思ってくれてもいい。特定のことに特化した組織でもいい。
 そういった組織の初めは、目標ややりたいことがある人間が、予言というしがらかみから一歩を踏み出した結果に生まれる。
ゆえに、予言によって人間として腐敗している世界にありながら、自らの意思で考えて動く者たちばかりが集まるだろう。
だが、そうでなくては、自立的に行動する組織はできない。
なにより率先して、人様の頼みごとを背負うような便利屋のようなことなどするわけないのだ。
 予言に縛られた人間は決められたとおりにしかえ動けない。それから外れる行動をしない。
しかし《ギルド》に集う者たちはそうはならないはずなのだ。
彼らの多くが、予言など気にもしない者、予言に疑問や反感を持つ者など――ある意味では反予言派な人種が集うかもしれない。

それこそシュザンヌ様たちの望む存在になりうる。


 だから“ない”なら“作れば”いい。


 予言のせいで考えることを忘れてしまったのなら、自らの意思で物を考えられる状況を作って“場”を与えてやればいい。
自分から《外》にでることを。
踏み出す勇気があれば、きっと世界はいくらでも変わる。





 ――っと、いう案をだした。とはいえ、とっさの思い付きだったけど、それを言ったら、即採用された。

「ないなら作れば?騎士が動けばその“敵”ってやつにばれちゃうんだろ?だったら便利屋とかなら怪しまれないんじゃね?」

 そんなこどもながらの案は、しばらくしてきちんとした“制度”としてダアトでつくられ、 なににも属さない新しい集団として、やがてマルクトとキムラスカにも浸透するようになっていく。
それから、シュザンヌ様に子供が生まれる頃には、すっかりその制度は、確固たるモノとして世界に根付いていった。










 そ れ か ら――


「ふざけるのもいい加減になさいませ。自らでは予言さえ読めないくせに、予言予言と」

 おこがましいにもほどがある。
そう言って、ベッドの上で生まれたばかりの子供を抱きしめつつ、見事なまでの“あの”綺麗な微笑を浮かべているのは、我が偉大なる叔母シュザンヌ。
 シュザンヌ様のいるベッド脇で、椅子に腰を下ろしているのは、相変わらず口数がないクリムゾン公爵だ。
クリムゾン様はいつにもまして眉間に見事なしわをよせて、しかめっつらで、モースを睨み付けている。
 さらに周囲のメイドや警備をしている騎士が物凄い顔をしかめている。
 そんな三者の様子にまったくと言っていいほど気付いておらず、ひたすら予言を語る太ったおっさんは――ダアトの大詠師モース。

 はっきりいって部屋のなかは、カオスとかしていた。
たまたま居合わせた俺は、このままブリザードにふかれて小声死ぬか、息ができず地租臆するのではないかと思った。


 数週間前に、俺にとって甥にあたる子供がファブレ家に生まれたのだ。
モースはその誕生祝いにと、ダアトの使者一行を連れてファブレ邸を訪れた。
 俺はたまたまファブレ邸に遊びに来ていて、門のところで、使用人と勘違いしたモースによって案内を命じられた。
言い返すのも面倒であったし、一応(キムラスカの人間は、公表されてなくても俺のことを知っているが)予言に読まれていないがために(他国には) 存在が公表されていないことになっているのもあり、 そのままモースを案内してくればこれだ。

なにやら部屋は、不穏な空気が漂っている。


 そういえば俺が生まれたとき、予言ではなく祝福をくれたのは、年のいった導師エベノスだったという。
しかし今回はそのエノベスが高齢なこともあり体調不良で臥せっているため、 調子の悪いエベノスに代わって導師に次ぐ権限を持つ大詠師モースが誕生祝に予言を授けに来た。

それがいけなかった。
あの大詠師、とことん空気が読めない男だった。


「お帰りください」

「し、しかしファブレ公爵夫人!これをきけばあなたも!」
「これ以上何を聞けというのですか。自分の立場もわきまえない愚か者が。さっさとでていきなさい」
「婦人はわかっておられないだけです!予言は絶対のもの。なによりこうして予言には」



ND2000

ローレライの力を継ぐ者 キムラスカに誕生す
其は王族に連なる赤い髪の男児なり
名を《聖なる焔の光》と称す
彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう



「だから子にはルー・・・ 「だから?」 え?」

「だからなんだというのです?その予言を貴方が教えに来なければ、この子に“聖なる焔の光(ルーク)”などと、つけることは決して有り得なかったのです。
私と旦那様は産まれた子に《アシュレイ(再生の光)》とつけようと、決めていたのですから。
そもそも子に名前を与えるというのは、親が生まれた子に一番初めにしてあげる贈り物であり義務。
そして変わりなき愛情の証。
それをなんですかあなたは。
聖女とはいえ、二千年も前の存在。今のわたし達には予言を通してでしか縁もなく、性格もなにもかもまったく知らないに等しい見知らぬ女が残した言葉に従って、 夫婦で悩んで決めたせっかくの名前を変えろだなんて。 人間としての心や自分の意思は貴方にはないのですか?それでも道徳を重んじるダアトの大詠師だとでもいうのですか?
それに、あなたはやたらと我が国の国政に口を出してきますが、貴方がこの国にとって必要であり、重要な立場の者だとでも思っているのですか?」
「なっ!?わ、わたしは《ダアトの大詠師》ですぞ!」
「そう。あなたは“ダアト”の者なのですよモース様。
私たちからしてみれば、貴方は所詮たかだか地位が少し上の部外者です。それも他国の存在。
地位とは、その地位をきちんと使える場所でしか効力を発揮しないのはわかっていますか? ここはダアトではなくキムラスカ・ランバルディア王国。あなたはあくまで部外者なのですよ。
そもそも子の名づけとは、わたしたち夫婦が天より与えられたこの子を生み育てていくという責任と誓い。 私たち自身が決めるべきものです。
一般人ならまだしもれも、この子は我がキムラスカ王国の王族です。将来の王位継承者となる者。
その正統なる王位継承者であるからには、これもまた政にかかわります。余所者のあなたがでしゃばることではありません。
さぁ、お帰りなさい。あなたがここにいるのはお門違いというものです」

 シュザンヌ様は息も乱さず畳み掛けるように言いきると、なんとかしてその場にとどまろうとするモースに出て行くよう促した。
決め手は、「あなたの一言でダアトへの寄付を打ち切られたとしったら、さぞや導師エノベスはお嘆きになることでしょう」 「それとも“あなた”を不軽罪で捕らえてもよろしいんですのよ」という――鋭利な刃物を飲まされたような威圧感を発して凛と告げた鋭い言葉の数々こそ、モースの口をふさぐ充分な凶器となった。
あれにはさすがのおしゃべりモースも「ぐぅ」っと息を詰まらせ、苦々しい顔をして黙らざるを得なくなっていた。

 シュザンヌ様が言葉で攻めれば攻めるほどに、徐々に悪化してくるあからさまなモースの態度。
自分より上の立場である上位者や、貴族へ向ける態度でないそれに、冷静沈着で評判が高いさすがのクリムゾン様の表情でさえ険しくなっていく。

「ええい!予言に反するか!?予言は絶対だ!ユリアを愚弄しおって、どうなってもしりませんぞ!!」

そう捨て台詞をはいていまいましそうに地団太を踏むモースに、「モース様はお帰りよ」「つれていけ」ととげとげしく告げたこの館の二人。 その主の言葉に、待ってましたとばかりに、あばれているロース・・・いや失礼。モースを、騎士たちが引きずるようにして連れて行く。
パタリと扉が閉まってなお、ブーブーとなにか聞こえたが、それも程なくして聞こえなくなった。

 モースがいなくなって静かな部屋。
いまだに変わらない空気。あまりの空気の冷たさに、ごくりと息を呑む。


 この場に偶然居合わせてしまった俺は不幸だと思う。
 俺とともにいた護衛の騎士シュヴァーンの顔が、ピクピクとひきつっていて、俺の視線に対し同情の眼差しを返してくる始末だ。

 ――たすけろシュヴァーン。
 ――む、無理です殿下。

視線だけで言葉を交わすも動くことができる雰囲気ではなく、お互い背に詰めたい汗を流れるのを止められなかった。
それほどまでのシュザンヌ様の猛攻撃だったといってもいい。

 せめて彼女の腕の中の赤ん坊でも泣いてくれれば、少しは空気も緩むだろうに。
そう思ってもシュザンヌ様の腕の中の赤ん坊はおとなしく、あの騒動の中でも目覚めることなく健やかに眠っている。

 そんな凝り固まった空気をほぐしたのは、原因の一人であるシュザンヌ様だった。
部屋の中にハァ〜という愁いを帯びたシュザンヌ様のため息が響く。

「ユリアユリアユリア。彼はユリアになにを夢見ているのでしょうか。
だって私たちは彼女について何も知らないに等しいのですよ。 むしろ名前しかわかってない人物ですから、下手したらマッチョの男ということも。 私たちもモースもまた、ユリアのことなど、歴史で語られることしかわからない。 実際彼女がどんな想いで予言に手を出したのかさえ、その性格性別をとっても。本当のことなど何一つ知らないのです。
そんな数千年前の名前だけの女の尻をおいかけている男(モース)など、この国には不要ですのに。あれほどハッキリ言っているのに、気付かず、ただ自分の傲慢な考えだけをこちらに押し付ける。 あの方はそれらにいつ気付くのでしょうか」
「・・・シュザンヌ。口が過ぎる」
「まぁ旦那様。これでもたりないぐらいですわ」
「だろうな。まぁ、いい」

 二人の予言嫌いが悪化した日。
そんなこと知りたくなかったよ。



 そんなこんなで(どんなこんなだ?)
結局、予言にキムラスカの繁栄がよまれていたこともあり、王命が下り、ファブレ夫妻の子供は【ルーク・キムラスカ・ランバルディア】とされた。
ただしこれは体裁を取り繕うためだけに、表だってのことである。
実際、館内でお子様は「アシュレイ」とよばれている。
 予言離れを掲げている父だが、今回のことは他国の思惑も絡んだ結果の、そんな命名だったらしい。
とはいえ、インゴベルト陛下が、生まれた子供を「ルーク」と呼ぶことはなく、あのひともまた「アシュレイ」ときさくに声をかけている。
「ルーク」と子供を呼んでいるのは、館の外の人間だけだ。
あ、あと、もうひとり。館にいつのころからか働いていた俺と同い年ぐらいの金髪の使用人だけは、なぜか「アッシュ」と変な呼び方をしていたっけ。あいつ、何様だろう?

 陛下がなぜ「ルーク」の名を公表したのか。その詳細を俺はしるよしもなく、ただモースが父をうまい具合に誘導したのだと思うことにした。
シュザンヌ様が激しく舌打ちしていた。
名前が決定したとき、《聖なる焔の光(ルーク)》という単語が名前に入っているのを知ったファブレ夫妻が、 影で渋い顔をしていたり、怒りをあらわにしていたりということは―――けっして父には言わないでおこう。
言ってしまったが最後、きっと父の命が危ない。








* * * * *








 時は流れ、あの《脅威の名前事件》から数年後。
アシュレイは、相変わらず公式の場では「ルーク・フォン・ファブレ」を演じながら、すくすくと育った。
ひとえに体調管理をしっかりして、気合も常にフル充電、寝込むこともあまりなくなったシュザンヌ様がしっかり躾、育てたおかげだろう。
その結果、アシュレイはすっかり反予言派の、とても常識ある賢い子に育った。
むしろ子供らしくなく、酷く大人びた感じの・・・遊び歩いている俺なんかよりもっと王にふさわしい雰囲気を放つ、貴族の見本のような少年が出来上がった。
まさに“あのシュザンヌ様の子供”といった風である。

 この数年の間に、残念なことに、ここしばらく体調がよろしくなかった導師エノベスが、少しまえ老衰で死んでしまうなどということもあった。
エノベスの死後は、緑髪の幼い導師が彼の後を引き継いだ。





 導師引継ぎのときのこと―――。

 幼い導師は、インゴベルト陛下に挨拶した後、ファブレ邸にまねかれていた。
導師は幼いながらもアシュレイ以上に、上に立つものとして背筋を伸ばし堂々たる風情であった。その凛とした空気を常に笑顔と共に崩さないほど。
 幼い導師が、俺の存在を皇子として認識していたため、俺も一応は王子としての礼をとっていたが、 なんとなく導師にシュザンヌ様と近しいものを感じてしまっため、笑顔を向けられた瞬間背筋に悪寒が走り顔がひきつってしまった。

 そんな腹に凶悪ななにかを飼っていそうな導師は、いまのいままで隙一つなく、 幼いながらもきっちりと指導者の風格を纏わせていたのだが、シュザンヌ様に呼ばれ連れられてこられたアシュレイをみたとたん――表情を驚きに変えた。

「“あの短絡思考の鶏頭”が幼い頃は神童といわれていたは本当だったのか」

と、大きな緑の瞳をさらに大きくして呟いた。

アシュレイは意味がわからないながらも不快そうに首をかしげていたが、シュザンヌ様はわけしり顔で 「まぁ、エノベスによく似たよい性格ですわね」と朗らかに笑った。

 それでいいのかとつっこむことはできなかった。
 降嫁したとはいえシュザンヌ様は、実質キムラスカのナンバー2。
かくいうこちらの不敬になりかねない態度(というかたぶんこちらが素なんだろう)を一瞬かいまみせたこどもは、ダアトの導師。
 うん。わかっていたさ。
俺が何か言える立場ではないことぐらい。


ってか、何度も言うが、この状況で言えるわけないだろう!?
そんな勇気俺にはない。


「あぁ、申し訳ありませんシュザンヌ様。知り合いに似ていたもので。
か、かわいい・・・というか、とても賢そうなお子様ですね」

 導師は先程の素をかくすように、一瞬で《導師》の仮面をかぶって優雅な仕草でわびる。
しかしそれにシュザンヌ様は、謝罪は不要と告げた。「自分も“そう”思っているから」と。
普段から立場や地位、作法など、厳しいほど注意するあのシュザンヌ様が・・・・・・同意するように笑っていた。

「ふふ。ありがとうございます導師イオン。
ですが、私とて“あの短絡思考の鶏頭”にならないようにと、日夜頭を働かせております。
過ちは“二度”も犯したりはいたしませんわ」
「そう、ですか。
二度、ね。そうであることを祈ります」
「導師エノベスが貴方を次の導師に押した理由が今ならわかりますわ。貴方なら歓迎いたしますわ、我らが【裏の支配者たち】に」
「光栄ですね。
・・・ならば婦人。その【会】にボクが参加する代価として、決意をもって約束をしてください。
ボクの兄弟達、ひいてはこれより生まれる多くの“ローレライの愛し子たち”のために」
「ええ。誓いましょう。
愛しい《子どもたち》に誓って」

告げている本人たちにしかわからない言葉のやりとりが、ふんだんに込められているのだろう。
味方を認識するための【支配者たち】の暗号か、はたまた合言葉のようなものだろうか。
どちらにせよ、俺には理解できない領域の会話であることはわかった。


「ふふ。エノベス様に聞いていたとおりの方で嬉しいですよシュザンヌ様。
では今後ともぜひ協力をお願いしますね」
「いやだわイオン様こそ。
本当に導師エノベスにそっくりで。食えないところといいね」


「うふふ」「あははは」


 狐と狸・・・いや、龍と白虎の戦いでもみているようだった。
ああ。でも叔母上は《龍》というより赤い《鳳凰》といったところだろうか。

どちらにせよ怖い。

 クリムゾン様はタイミングよく登城していていたため、この場にはアシュレイとシュザンヌ様、そして導師イオンを案内して来た俺しかいない。
俺の護衛としてきていた騎士たちは、部屋の外で見張り役と一緒にお留守番だ。

俺、なんでここにいるのだろうと、泣きたくなった。

 そもそもいつもこういう修羅場に居合わせまくってるってことは、俺は運が悪いのか?
それとも不幸を呼ぶようなナニカが憑いてるのだろうか?


 互いに互いをけなしあっているのか、それとも腹黒同士が友好的に会話をしているのかさっぱりな状況で、背筋の悪寒がとまらなかった日。
まるで吹雪の中に放り投げだされたような気分だった。

 わかったことは前の導師は、ひょうひょうとした妖怪のような陽気な老人であったのに対し、今回の導師は幼いながらもかなりのやり手であるということだ。
だってあのシュザンヌ様と対等に話してる。それがなによりの証拠だ。

 寒い。
モースVSシュザンヌ様のあの壮絶なバトルのときよりも、肌寒く感じる部屋に、もう一度身震いする。
こんな場所にいるぐらいなら、アホな貴族のバカな案件を裁いたり、父の仕事を手伝っていた方がましだとつくづく思った。










「っと、いうわけでなエステル」
「なんですユーリ?」
「俺、叔母上が怖い・・・」

 後日。ファブレ傍流の貴族の娘にして、俺の幼馴染みである少女エステリーゼに愚痴を聞いてもらった。
庭先にあるテーブルについてお茶をしていたが、“あのとき”の寒さが蘇えりテーブルにつっぷした俺に、エステリーゼはよしよしと頭をなぜてくれた。

俺、妹と同じ年の女の子になに愚痴ってるんだろう。








* * * * *








 王宮の黒いごたごたが可愛く思える珍事なる邂逅のあと、また事件がおきる。

 この国。本当に事件が頻繁に起こる。
しかも王族メインで。
やはり呪われてるんじゃないかと、最近よく思う。





 それはちょうどアシュレイが十歳の誕生日のときだった。

あのアシュレイが攫われた。

 必死の捜索がされるもまったくみつからず、それからしばらくしてアシュレイは無事に戻ってきた。
 けれど戻ってきた子供は、俺の知る“アシュレイ”ではなかった。
記憶をなくし、さらには言葉も解せず、歩くことさえできなくなった――《朱》色の子供。
そう。《朱》だ。
彼を見つけ出した者いわく、誘拐によるあまりの恐怖で色を失ったと。

 クリムゾン叔父上はそれにショックをうけていたようだが、シュザンヌ叔母上はこうなることをわかっていたようだった。


 俺は―――
その朱色のこどもみたとたん、歓喜に心が震えるのを感じた。

カチリ

そんな音を立てて、なにかのピースがはまった気がして、目から何かが一つ流れ落ちた。
抱き上げたこどもは、話すこともできない本当に赤ん坊のようで――

「お帰り 〔レギン〕 。ずっとあんたが生まれてくるのを待っていた」

 きゃぁっと意味がわかっていないように歓声を上げて無垢な赤ん坊のように笑うこどもをみて、 俺はあふれる涙をとめることができなかった。
驚きに目を見張る叔母や叔父。さらにはその場に居た医者やメイド、騎士とか、他にもたくさんのひとがいたにもかかわらず、 俺は見られていることさえ忘れて泣き続けた。
 昔から俺は、賢く子供らしさは薄いがそれでも喜怒哀楽はきちんとあったアシュレイと違って、どこか達観したようなところがあり、あまり泣くこともなかった。
その俺がわきめもふらず、ただただ《朱》のこどもをだきしめて、その温もりの暖かさに泣いた。
あふれ出る涙の意味はわからなかった。
悲しくて哀しくて愛しくて。そしてなにより会えて嬉しいという気持ちが、俺の思考をのっとって歓喜一色に染め上げ、 俺の目から雨をおしだす。

 その後、叔母上に泣いた理由を聞かれたが、俺にもさっぱりわからなかった。
ただアシュレイとは違う赤色――あの明るい朱色――をみたら“懐かしい”と、そう思えたのだ。

ああ、俺はこの朱色の子供のために、“ここ”にいるのだと。そう思えた。

それを告げたら、神妙な顔をしたシュザンヌ様が、少しの思案の後、俺に真実を話してくれた。
 目の前の子は、アシュレイではなくレプリカなのだと。
 レプリカの知識はある。
国家機密とはいうが、たしかバルフォア博士名義で本が出版されていたはずだ。
シュザンヌ様こわさに脇目も降らず勉強に励んでいたとき、なにかの流れでその本も読んだ気がする。
 目の前の朱の子供は、どう見ても普通の人間にしか見えない。この子がひとでないと知り驚いたけど、 赤ん坊のような様子を見ていれば納得もできる。
それにアシュレイもまた“こうなること”をわかっていて、敵の懐にもぐりこんでスパイとなる決意をしたらしい。
さすがはシュザンヌ様の子。
勇気の度量が違う。

 後日、毛色の違う妹ナタリアが、アシュレイはどこ!?と騒いでおしかけたらしいが、 あの朱色の子とナタリアが会うことはできなかったようだ。

さてさて。シュザンヌ様にとっての“味方”基準とは何なのだろう?

俺はよくて、ナタリアはダメって。
なんでだ?

赤ん坊がえり――いや、生まれたばかりのあの朱のこどもに会えるひとは極僅かだというから、やはりなにかあるのだろう。





 俺は、“物語り”はあのときの子供の入れ替えから、すべては始まったのだろうと思っていた。
予言の絡んだ、キムラスカの王族の混乱。

「ん?」

 そういえば――
むかしにもあったな。

予言がらみの事件。

 俺の出生もしかり。
妹のこともそう。
さすがに俺は当時三歳だったので詳しいことは知らされていないが、妹が生まれたときもなにかごたごたがあったらしいが・・・それもまた予言による事件らしく、 あいもかわらず我らがシュザンヌ様がまた見事にそれを収めたらしい。

 “キムラスカ”って、予言に呪われているのだろうか?

 思わずそう呟いたら、側にいたシュヴァーンが顔をひきつらせて「殿下って、やっぱし“憑いている”んですか?」といやそうな顔をしてみてきた。
なんでそこで“俺”が原因になるんだよ。
っというか、一歩下がるな。



 それでも
日々は流れる。




















 たしかに、物語は動き始めていた。
 そして本当の物語が始まるのは、これより数年後ND2018からだった。
世界は《その日》のために、着実に流れていく。
守るため。
変えるため。


それはみんなで笑いあうための世界を作るための―――



はじまりの鐘の音















ND1996 《ユーリ・ローウェルサマ》 が
“世界”に 転生をおはたしに なられました








ND1999 《エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインサマ》 が
“世界”に 転生をおはたしに なられました








ND1982 《シュヴァーン・オルトレインサマ》 が
“世界”に 転生をおはたしに なられました








ND2010 《レプリカルークサマ》 が
“世界”に お生まれに なられました

























ND2010 《     サマ》 が
“世界”に 転生をおはたしに なられました











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