片 翼 の 獅 子
†+ 第二部 Tales of th e Abys s +†



01.始まりの鐘 (一人目)





おかしな話ね。
だけど、あのとき、私はたしかに死んだはずだったの。






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 side 逆行シュザンヌ
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 目が覚めたらわたしは10歳ほどの子供の姿だった。
そして王宮の庭先に用意されたテーブルに腰かけ、のんびりと紅茶を飲んでいた・・・らしい。
 ひどく重たい瞼を覚えている。そのまま二度と目覚めないとばかり思っていたから、開いた目に、映った光景に、 一瞬どうなっているのかわからなかったけど、状況を瞬時に判断するのは、王族として鍛え上げられた警戒心ゆえ。

そこで自分が覚えているものとはことなる、小さくハリのある手をを見て、驚く。

「まぁ。ずいぶんと小さな手だったのですね」


 ――あれは、夢?

 心に浮かんだ言葉に首を振る。
夢と言うにはあまりにリアルすぎる。
夢・・・“そう”であってはならないわ。
あの悲しい物語は本当にあったこと。
そうでなければ、この記憶を持っている意味がない。



 わたしの記憶が途切れる寸前、わたしはファブレ邸のベッドの上にいたはずだった。
 側には老いたクリムゾン。
金髪に若草色の瞳の女性ナタリア王女がいた。
けれど見舞いの中に、わたしの大切な子供たちはいない。
二人の子供たちは、世界を救いそのまま帰ってくることはなかったのだ。

 そうしてわたしは、クリムゾンとナタリア(メリルと呼ぶべきだろうか)に見守られ、 先に逝ってしまった兄や二人の子供たちの元へ向かった。
 死を感受し、眠気に抗うことなく目を閉じた。
だというのに



≪――ぁ・・うえ――≫



 最後の瞬間。
声が聞こえたの。

 愛しいわが子の呼び声。
それとともにリーンという鐘のような音がしたと思ったら、パチリと目が開いた。

 永遠の眠りを引き寄せていた眠気はまったくない。


 意味がわからなくて何度か瞬きを繰り返し、自分が今、寝ているのではなく、どこかに座っていることに気付いた。
そこは緑が少ないキムラスカでは豪勢とさえよべるほど緑豊かな自然にあふれた庭先だった。
“わたし”は、淡い水色のドレスを着て、懐かしいキムラスカ城の庭で、優雅にティータイム中だったようだ。

 一瞬、天国の可能性を疑った。
けれどそっとつねった手には痛みが、手にした紅茶には優雅な香りがついた。


 とりあえず頭が混乱していたが、その混乱など王宮で鍛えたポーカーフェイスで覆う。
このまま呆然としているとやがては不審に思ったメイドに声をかけられるのが目に見えるので、 その前に持ち上げた状態のままだったカップを動かし、それを飲む。
カップの中身が暖かいことから、寝ぼけていたにしてもそれほど時間がたっていないことがわかる。
これならばわたしが“未来で死んだわたし”になったなどと気付く者はいまい。



「それにしても…」

 本当に長い長い夢を見ていたよう。

予言。
誘拐。
偽者のこどもたち。
世界の危機。
二人の息子達の死。
おろかな世界。

――おろかな自分。

 それはまるでひとつの物語のように、優しくて哀しい悲しいできごと。
残酷な結末を二人の子供に押し付けて、やっと救われた世界は・・・・・・彼らの願いを忘れて、 レプリカに優しくない世界として終わった。
どれだけマルクトの若き王が頑張ろうとも・・・。

 身体の弱いわたしは、いつのまにか見えていたものから目を閉ざし、 自分の身体が弱いのをいいわけにばかりして、結局何かをすることさえ、何かを変えようとさえしなかった。



 ――そんな、白昼夢をみた。


 本当に、あれは夢なのだろうか?
いいえ、違うわ。

あれが嘘でも夢でもないとわかる。

あれは“この先”に起こりうる未来。
そしてわたしがすでに“終えた過去”。


 あるはずのないこの記憶は、ただの夢物語で、未来はあのようなことにならないのかもしれない。
あるいはローレライの加護か慈悲によって、本当に“戻ってきた”のかもしれない。
はたまたこれはわたしが辿ったことではなく、 もしかすると別の世界の“わたし”が辿った記憶だけが今の10歳のわたしの中に流れ込んできたのかもしれない。
けれどこの有り得ない記憶が、そのまま“未来”になりうるという可能性は否定できない。
同時に、“なる”とも言い切れないが、このままなにもしなければ確実に“同じ道”を辿るだろうことは想像にたやすい。

ひとつだけわかることは、あれは《警告》であること――。



 カップの中の赤茶の液体に映る自分の顔を見て、“過去”の自分のおろかさを思い出しため息をつく。
そのため息によってうっぷんをはらすように、自分の中から追い出すように“過去の自分”と決別する。

繰り返してなるものかと。
喪ってなるものかと。


 リィー・・ン
  ゴォォーーン


 ふいに聞こえた二つの音色。
 目を閉じて耳を澄ませば、儚いほどの鈴の音が。荘厳な鐘の音が。
ふたつの“鐘”の音が、わたしの心にじかに響くよう。
これはわたしが死の間際に聞いた音。

 死を体験したものしか聞き取れないのだろか。
だからか、周囲のメイドや騎士たちは、あの輝かしいばかりの音色をきいて何の反応もしない。
もしかすると、これはわたしにしか聞こえていないのかもしれない。

 鐘の響きが世界を満たす。
世界がそれに答えて、音を返す。
世界中に、光と音が満ち、命を震わしているのがわかる。

 これは世界に溢れる音素が奏でている音だと、魂が歓喜にふるえる。

 柔らかに世界をつつむようなそれは第七音素のものだろう。
元から第七譜術師として素質はあったが、“あの記憶”を持つゆえか、 音素に敏感になっている自分がいるのに気付いた。


 誘われるように空を見上げると、七色に輝く音素の光の川と譜石が浮かぶ帯。

 今のわたしに聞こえる音素の音。
そのなかでも第七音素があれほどやさしい音色を放っているのは、きっと《あのこ》があそこにいるからだとおもえた。


「待っていてね“ルーク”」

 カップをテーブルに戻し、幻想的に輝く譜石帯に笑いかける。
そんなわたしの決意が《あのこ》に届いたのか、この場の音素が優しく空気を震わし風が花を周囲に舞わせた。

 その優しい音に鼓舞され、わたしは決意を強める。
 今ならまだ間に合うのだ。
体力がないのならつければいい。
わたしは十代なのだから、ちょっとずつでもそれは間に合うはずだ。
気を強く持たなくてどうする。








* * * * *








 わたしが“未来を体験したわたし”として目覚めた日。
わたしが変えると誓った日。
 それからしばらくしてわたしは、綺麗なワインレッドの髪をした青年とであった。

「お初にお目にかかりますシュザンヌ殿下。ファブレ公爵が長子、クリムゾンと申します」

 予言によってこの地へ呼ばれてきた青年。
10歳でしかない今の年齢のわたしは、“存在は知っていたが会うのははじめて”のはずだ。
だけどわたしにとっては数日しか離れていない――そんな不思議な感覚を、人はデジャブというのだろうか。

 けれど“改めてはじめて”出会ったはずの彼は、わたしの最後の記憶とは酷くかけはなれた若さを持っていた。
数日しか離れていないのに。けれど数日前の別れ際とは異なる姿に、懐かしさのあまり思わず涙が出そうになった。


クリムゾン・ヘアクォーツ・フォン・ファブレ。


 親戚筋で最も濃い赤色の髪を持った17歳の青年。
“今のわたし”がちょうど10歳。
きちんと物心がつくのを待って現れた彼。

予言に読まれていたわたしの婚約者。
たとえ予言なんかなくとも血を尊ぶ王族としては、皇女であるわたしの相手としてふさわしい公爵としての地位を持つ相手。
だから何があろうと、初めから決まっていた婚約者様。

 “記憶”のせいで、はじめて会うはずなのに懐かしいと思ってしまったその姿は、 なにより“過去”にはもうなくしてしまった――生に溢れた意志の強い輝きをわたしにみせ。 そのなかにある幼い小娘でしかないわたしに向けた深い慈愛のこもった青みがかったエメラルドの瞳。
小娘にも優しい瞳を向ける彼に、つい笑みがこぼれてしまう。

そう。この頃のあなたは、本当に眩しかったの。

 あぁ、いまのあなたは、これから生まれる一人目の《あのこ》と瓜二つ。
あなたは今年で、ちょうど17歳。
“未来”でわたしの大切な子供たちが、大きな試練を与えられたあの最後のとき、子供たちは17歳だった。
本当によく似ている。
 けれどこうしてよくよく見れば、違いに気付く。
 17歳のクリムゾンは、よく鍛えられた身体をしているのが一目でわかるし、 政治と向き合うときの瞳は、ギラギラと輝き、思慮深さをそこに滲ませ、まさに戦の才を与えられた武人そのもの。
ここまで策士よりも剣士という言葉が似合うのは、このひとぐらいだろう。
優雅な仕草でありながらも勇ましい雰囲気をもち、それを血のような濃い赤毛がさらにひきたたせ彼を硬質な存在にみせる。
 “以前”は、子供たちはこの人似なのだとばかり思っていた。
剣を振り回す子供たちを見て、男の子だから父親に似るのもしょうがないと思っていた。
けれどわたしのこどもたちは、しっかりわたしの血も継いでいたのだと、こうして若いときのクリムゾンを見て思う。
二人の子供たちは、剣士としての覚悟を決めても、その手に剣を握ろうとも、どれほど不機嫌そうな顔をしようとも、 どれほど身体を鍛えようと、ここまで凛々しく男らしくはなかった。
そういう点では、ふたりはわたしに似ていただのと思うと嬉しくなる。

「どうかなさいましたか殿下?」
「いいえ。それより殿下はやめてくださいませんか?予言に読まれていたためとはいえわたしたちは婚約者同士でしょう」
「予言を、ご存知でしたか」
「ええ。他にも“いろいろ”と」

 ええ。予言ね。知ってるわ予言のことなら。
他にもいろいろ知っているの。
 予言はね、この世で最も憎むべきものとして。
なにより未来を作り変えるための便利なもの程度の認識でよければ、 予言については誰よりもよく知っているつもりです。

 わたしは内心を悟られないように満面の笑みを浮かべて頷く。
クリムゾンは驚いたような目をした後、わたしに手を差し出した。
話をしながらいこうと、城の中をエスコートしてくれるらしい。

「ふふ。貴女は噂以上に思慮深い方のようだ」

 今はこんな小娘だけど、あなたは相変わらず優しく手を差し伸べてくれる。
はじめは予言による強制だったのでしょう?そして次は国のためを思って。
こんな七歳も年の離れたこどもと婚約だなんて、嫌々だとは思う。それが普通。
でもわたしと貴方が互いに王族であったがために決められていた出会い。
それでもともに手を取り合って過ごし、“未来”のわたしは貴方を愛したの。
あなたはわたしの体が弱いばかりに、そしてルークのことで変わってしまったわね。

だ か ら・・・。
 もう一度、やりなおしましょう。

 そうしてのばされた手を笑顔でとる。
 その手は、“記憶”とは違っていた。
けれど懐かしい感覚。
“最後”にずっと握ってくれていたそれよりもはりがあって、剣だこがあったり豆がつぶれて固くなった手は暖かかった。
 優しい手。だけどこの手は一度さえ、大切な我が子たちには、伸ばされることはなかったのだとおもうと悲しい。

そして――ふいに、“始まる”のだと思えた。

 もし“この記憶”の通り未来が進むのだとしたら、世界はなんとおろかなことか。
二つに分かれてしまったけど、たったひとつの命。
わたしの大切な子供たちは世界のためにその身をなげうった。
生きたいと望んでいた子供たちの命によって生かされた世界は、瘴気の恐怖からも解放され平和を掴んだ。
でもそこに《あのこたち》が望んだ未来はなかった。
レプリカの幸せは、みせかけだけ。
表面だけの偽善を振りかぶる【英雄たち】。

なにより――

 わたしは・・・もう、子供たちを亡くしたくない。
子供たちを死地に向かわせるような、あんな自分になりたくない。


 今からなら変えられる。そう考えて、目の前のクリムゾンのエスコートにと伸ばされた手を握り返す。

あなたはおぼえているかしら?
これからおこる“未来”のことを。
覚えていなくともわたしたちもかわらなくてはね。


自らの手で、大切なものを守るために――












ゲームをプレイしますか? 

 【はじめから】   →【つづきから】




ロード中・・・

メモリーカードを抜いたり 電源を落としたりしないでください





Pi ☆





ND1984 『シュザンヌサマ』 が
“世界”に おもどりに なられました











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