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閑話.流れ行く世界の移行 |
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-- side オレ -- 世界の名はテルカ・リュミレース。 世界には万物を構成する源を『エアル』と呼ばれるものあり、それをもとに動く『魔導器(ブラスティア)』によって人々の暮らしは支えられていた。 魔導器は、魔物から町などを守るための結界をはるために使用され、ときには身を守り攻撃をするための術へと昇華され、暮らしの流れを支えるための動力源として世界にあった。 人の世界は、たったひとつの帝国により治められていたが、その志と相反する者たちは帝国の外に住み、ギルドを作った。 人と魔物争いはやまず。 幾重もの衝突と和解を繰り返してできあがった複雑な社会の上に、人々はいた。 「空に一番綺麗に輝く星・・・凛々の明星」 今はないその星があった夜空へと手を伸ばして、せめて凛々の明星のかわりでもいい。煌く星達を掴もうと、星を掴むように握り締めるが――この手が掴むものは何もない。 わかっていながらも手の隙間からこぼれておちてしまう。空気でもいいから逃すまいと、捕まえようと閉じたままの手に力を込める。そのっまオレは、拳状に握った腕を胸に持ってきて、中にあるものを抱きしめるように強く強く力を込める。 ギュッと強く握られた手は、力を入れすぎて白くなった。 それでも―― ひ と り は とっても さ び し い ん だ 太古の昔から世界を見守っていた生き物“始祖の隷長”。 オレはそのひとり、音を司るものだ。 “始祖の隷長”は魔物に似た姿をしていて、人とは違う長い歳月を生きる。 そして世界に溢れるエアルを調整するのが役目だ。 その“始祖の隷長”が死ぬと聖核と呼ばれる宝石のようなものになり、それの破片が魔道器をささえる魔核(コア)となった。 しかしその聖核のままある処理を加えると、“始祖の隷長”は精霊へと進化をとげる。 “始祖の隷長”にとって、精霊になるのは一つの死。しかしそれは自らをさらに高める進化。そして一度死を迎えることによって新しく姿を得る――いわば再誕。 オレは自ら精霊になることを拒み続け、最後のひとりになっても“始祖の隷長”のままでいる異端者だ。 この世界は一度壊れかけた。 そのとき『星喰み』とよばれる“くらい存在”が世界を覆った。 『星喰み』を消すためには、強い力をもつ精霊の存在が必要だった。 ギルド【凛々の明星】の活躍により、魔核のすべてが解放され、魔核に宿っていた力のすべてが精霊へと昇華され、『星喰み』は消滅した。 世界救世の旅――それは“ひと”にしてみれば長い時間。 【凛々の明星】のメンバーたちは、世界を救うためではなく仲間のために動いていた。 そのささいなことが、やがては世界の真実へと結びついたのだ。 彼らによって救われた世界は、魔核を精霊として解放してしまっため魔導器がまったく使えなくなってしまった。 オレの同胞である“始祖の隷長”たちもまた、聖核になれない幼い“始祖の隷長”を抜かして全員が精霊になってしまった。 オレの中には聖核がすでに形成されていたため、精霊になることは可能だった。 けれどはじめのうちは、オレが精霊になることを同胞たちがヨシとしなかった。 ひょんなことから共に旅をすることとなった【凛々の明星】のメンバーたちも、オレが残ることに賛成した。 そのままうやむやにしたまま時が流れていたともいえる。 また、オレが精霊になりたくなかったのもある。 だからオレは、人の目にとまれる姿でいた。 そうしてオレを受け入れた“彼ら”と共に、人間の側で暮らしていた。 「アイフリード、ユーリ、カロル、おっさん、エステル、リタ、ジュディ、ヨーデル、ドン・・・」 ―――け れ ど ――・・・ 人の命はなんて儚いのだろう。 オレは千年ぐらい軽く生きてしまう種族。 “彼ら”とオレは生きる時間が違うのだと、何度自分に言い聞かせたかわからない。 何度“彼ら”から離れなければ・・・と、思ったか。 でも、できなかった。 “彼ら”と一緒にいるのは心地よくて、つい「一緒に来いよ」と誘われるがままに側にいたが、やはり“彼ら”はオレを置いて先に逝ってしまった。 わかりきっていたことだ。 人の命なんて世界と共に生きる自分には本のひと時のものでしかないと――。 けれどあそこまで暖かで優しい居場所を失いたくなかったのも事実。 もう何千年と生きたかわからない。 それでもまだ精霊になることを拒んでしまう。 精霊になるとオレは人の側にいられなくなるから。 そうしているうちに、オレの世界は色をなくした。 長く生き過ぎて、心が磨耗していたのかもしれない。 けれど“彼ら”のことだけは、オレの中で唯一鮮やかな色を伴って、感情の伴う思い出として残っている。 だからいまも―― こうして亡き、“凛々の明星”を空に求める。 ********** 大切な人間たちが皆死んでしまった。 だからその子孫を見てきた。 けれど本当、人の世界の変動は激しい。 気がつけば【凛々の明星】の子供たちは見つけられなくなっていた。 言葉も文字も文化も変わり、何度も新たな種族や人が生まれ、世界が何度滅びかけ、再生を繰り返したかもわからない。 そうしていつの間にか、世界の呼び名さえ変わっていた。 新しい世界は――― オールドラント。 『エアル』とよばれていた万物を更生する物質は、『音素』と表記され、はじめに精霊化したものたちを含めた六人の精霊がこの世界を主に支えている状態だ。 他の精霊たちは、長い年月を経て音素に還り、世界に溶け込んだ。 この世界には精霊や“始祖の隷長”という認識は存在せず、精霊などの『音素』に意識が宿ったような存在を人々は『音素集合体』と称したが、人前に姿を見せない彼らの存在はやがて架空のものとなっていった。 ≪小さなルーク。最後の“始祖の隷長”。早く精霊におなりよ≫ ≪もうそれだけ生きれば世界に融けることなく我らと同等の精霊になりえるだろうに≫ ≪いや待て。星の歴史を記憶する者は必要だろう。それこそ我らの幼き子が、いまだ精霊にならない証。精霊になれば性格も姿も変わる。通常時は人から見ることはできなってしまうし、精霊になる以前の記憶がすべて残るわけでもない。あせることはないと思うが?≫ ≪そうね。レギンは人の側にいたいのでしょう≫ ≪ルーク。お前が愛した世界はすでに滅びたのだぞ≫ ≪愛しき幼い子。辛くはないか?我々とともにあればいいだろうに≫ ひとりでいると精霊たちが、オレを呼ぶ。 【ルーク】も【レギン】もこの世界に生まれてからオレが名乗った名前。 そして――【ルーク】。 その名には、オレにとってもこの世界の“未来”にとっても深い意味を持つことをオレは理解してしまった。 オレは特殊な存在で、前世の記憶というものがある。 それが“ルーク”としての記憶。 オレが“始祖の隷長”として生まれる以前の記憶だ。 オレが【ルーク】と名乗ったきっかけたる記憶。 いくつもある前世記憶は、この世界に生まれたときには、転生を繰り返しすぎてほとんど覚えていなかったが、【ルーク】という名前だけは覚えていた。 そしてそのとき起きたことも――。 『ルーク・フォン・ファブレ』は、オールドランドにND2000と呼ばれる年に生まれた。 けれどそれは“オレ”じゃない。 “オレ”という【ルーク】がうまれたのはその十年後。 『ルーク・フォン・ファブレ』の複製人間として誕生し、七年という短い人生で生涯を閉じた。 オレたち≪ルーク≫は、世界を救うために、世界に殺されたようなものだった。 ここまでいえばわかるだろう。 オレは“未来”から、過去の世界であるテルカ・リュミレースに時間を超えて転生したのだ。 だからこそ、怖いんだ。 オレが精霊になることをためらうのは、ユーリたちテルカ・リュミレースの仲間がいない世界に未練がましくしがみついているばかりじゃない。 【ルーク】としてのオレの記憶がささやくのだ。 いまこの世界には“存在しない精霊”がひとりいる――と。 それは音と時間を司る――星の記憶そのものといわれる存在“ローレライ”。 オレたち≪ルーク≫は、そのローレライの完全同位体であり、そいつのせいで死んだともいえる。 そしてこの世界は、【前世の自分】が生きた世界と同じ名前だ。 さらには、オレの属性は音。 あきらかに精霊になったあとに、オレは人の側にいることも、他の精霊たちとのんびりライフを過ごすこともできなくなるのは目に見えている。 そうしているうちに、いつの間にかオレは、自ら精霊になるといった勇気はなくなり、世界と時間というものに板ばさみになっていた。 ――けれど時は無常にも流れる。 ********** 世界に、ユリア・ジュエという少女が生まれた。 ユリアは“始祖の隷長”として『チーグル』という魔物の姿をとるオレに、畏れることなく近寄ってきて、友達になろうといってきた。 朱色の小さな身体。みてくれはどんなに可愛くともオレは魔物に分類される。 それが今のオレの姿。 それでもかまわず近寄ってきた少女に、オレはほだされていた。 彼女が≪ユリア≫だと知らずに。 ≪ユリア・ジュエ≫というのは、オレの薄れている記憶が正しければ、これから二千年はその名が世界に影響を与える。 まさに世界の命運を握る“名”だったはずなのだ。 少女が≪ユリア≫知ったとき、オレはもう諦めていた。 もう、いいや。と、そう思ったんだ。 前世の記憶を持ち続けるのも。 還らない仲間と温もりを求めて、ない星を捜すのも。 未来を怖がるのも――もう、疲れたんだ。 だからその優しさにすがってしまおうと思った。 もうわかれる悲しみを味わいたくなかったら、人の側にいてもある一線を越えないようにしていた。 けれど自分からひいたその境界を暖かい温もりだけを求めて越えた。 オレは彼女の側で、彼女の手に抱かれながらひとときのぬるま湯のような夢のような時を『チーグル』の姿で過ごした。 時がたち、やがて世界で戦争が始まったとき、彼女は泣いていた。 大切なものを守れなかった彼女。 ああ、【凛々の明星】の仲間たちを思い出す。 彼らはお人よしで、どうしようもない「ほっとけない病」だった。 彼女もまた彼らと同じく、仲間のために心を痛め、守るために力を望む者。 世界を守りたいのに、それをとめる力が自分にはないと。 力がほしいと。 力を貸してくれ、と――。 誰にともなく呟かれたその嘆きを、オレは聞いてしまった。 聞こえなくてもやがてはオレは彼女にすべてを話し、彼女のために力を振るっただろう。 嘆きつつも力を望んだ彼女に、オレは自分が何者かを話した。 「力が欲しいならあげる」 そう言って手を伸ばしたオレに、彼女はしばし逡巡し 「あなたにためらいはないの?」 「うん。もう、いいんだ。暖かさに慣れすぎると別れが辛くなる。 もうその辛いことがなくなるなら・・・いや、違うか。辛いのが嫌だから、このときをずっと待っていたんだ」 「そう、ですか。ならば――」 彼女に力を与えることは、オレが精霊になること。 それをわかっていての“願い”。 ある一定以上の歳月を生きた“始祖の隷長”は、死ぬことで聖核に姿を変える。 そしてそれにエアル――いまは音素か――によるある処置をすることで聖核は精霊となる。 つまり、彼女はオレに一度死んでくれと言っているのだ。 まぁ、実のところソレくらいかまわない。 本当の意味で死ぬわけではないからな。 それにもう人に関わることに“心”が疲れていたから、すぐに了承した。 そのためだけにオレは幼かったユリアの手をとり、魔物と人という境界を越えたのだから。 側にいたのも、その温もりを感受し、種族ゆえの“別れ”という寂しさを受け入れたのもすべてそのためだ。 「では、契約を・・・」 『その前に。交換条件。オレからひとつだけお願いしていい?』 「ええ。私にできることならなんなりと」 『ひとでしかない君にとっては無理難題だってわかってる。だけどお願いだ。どうか“ルーク”を助けてほしい』 「“聖なる焔の光”?」 『うん』 オレが精霊になったら、星の記憶が読めるようになるから。 そうしたら、遠い未来に生まれる“オレ”を助けてほしい。 そのためにユリアには予言を詠んでもらいたいのだ。 それから――。 ユリアの願いをかなえるべく精霊になったオレは、転生以前の前世のすべてを忘れた。 ただ“ルーク”だった記憶がかすかに残る程度。 それにくわえて感情さえなくなりかけたが、そこはテルカ・リュミレース時代の仲間たちとの鮮やかな記憶が支えとなり消えかけた心という感情を必死におれの中につなぎとめることができた。 このとき感情はギリギリ残せたが、これのせいで少しテルカ・リュミレースの記憶がとんだのはしかたない。 そしてオレは過去も未来も現在もない『時間』の中に身を置くこととなり、それこそがオレの司るものであり、時間は真っ直ぐな一本道ではなく円を描いて循環しているのだと知った。 そこには始まりも終わりも同じで、またどこにも繋がっていないようですべてがまた別の物を織り成すよう繋がっているのを知る。 ―――あぁ、だからか。 だからオレは、未来のオールドラントのレプリカルークであり、過去のテルカ・リュミレースの始祖の隷長であり、現在のオールドラントのローレライなのだと。 世界は、時は、常に廻っているのだと、星と一つになって理解した。 世界は丸く、理は円を描いている。 時は繰り返そうと、廻り続けている。 世界は循環す。 すべてをなくす前、新しく精霊として生まれ変わる間際、オレはユリアに願いを託した。 先に言わなければ、強く願っていなければ精霊化したとき忘れてしまいそうだったから。 どうかルークを助けてほしいと、その方法を告げればユリアは喜んでと頷き、契約の証にオレに歌を捧げてくれた。 その歌はこれから地殻に眠り続けることとなるオレに良い夢をと、彼女なりの想いがこめられた子守唄だった。 その想いにゆさぶられるように、精霊化したため忘れかけていた“オレの願い”をオレはやっと思い出し、その願いを彼女に託すかわりに、オレはユリアが望む力となる『鍵』を彼女に贈った。 精霊になったオレにはもう必要のないものだから。 せめて「最後の親友」に役立たせてもらいたかった。 これで安心。 そうしてオレは彼女の願いを聞き届け、世界に第七音素がいきわたるように、地殻で深い眠りに着いた。 ――どうか。どうか。 どうか、もうひとりのオレが幸せになりますように。 そのためにオレは命を捨てよう。 世界に還ろう。 どうか『オレが記憶している時』と、『この身の内を流れる時』が異なりますように。 『オレが記憶している時』と派違う別の優しい『時』を、オレの同位体になるであろう子がめぐれますように。 そうしてオレの意識は、ユリアが歌う子守唄によって暗闇に沈んだ。 ただ。このときオレは忘れていたんだ。 一番忘れてはいけないことを。 それは彼女があくまで『ひと』でしかないということ。 例えオレと契約し、精霊となったオレの力を操れる『ローレライの鍵』を渡しても、彼女はただのひとでしかない。 それにくわえてオレは、世界を覆うほどの音素を持つ精霊。 その差は大きく、精霊になったことでオレの内を循環する時の流れは複雑にして巨大で、“ただのひと”でしかない彼女が扱える範囲を超えていた。 そのため聖女といわれるほどになったユリアでさえ、ある程度かけ離れた時間軸の『時』を鮮明に知ることはできず、オレが後世にきちんと伝えてほしかった事柄を残すには、彼女一人の力では役不足だったのだ。 彼女を補助するだけの力と鍵をもってしても、ユリアが知ることのできた『星の記憶』はほんの一部でしかなく、彼女が後世に残せた『記憶』は酷く曖昧なものとなってしまった。 それにより“ルーク”を守るための『記憶』の断片は、大雑把過ぎる『予言』となって悪い方向に世界に伝えられた。 それはオレの望まぬ世界への道―― |