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06. その覚悟は君が思うようなものではないけれど(中) |
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side リース 原作の0巻でもおつるさんが言っていた。 モンキー・D・ガープはよく船を壊すと…。 その通りでした。 あまりにも何度も壊すので、船大工の皆さんが泣いてオレにじいちゃんをとめるように頼んできた。 「これでは作った意味がない!」 「我々の誇りをあの人は台無しにするんだ!!」 「え。あの…その、な、泣かないで…くれますか?」 「「「「これが泣かずにはいられるかぁっ!!」」」」 ウォンウォン!!と泣きながらせまってくるむさいおっさんたちの群れ。 みんな!忘れかけてないか!? オレ、孫とはいえ5歳なんだけど!! 5歳のお子様に何ができると思ってるの。しかもあの『海軍の英雄』相手に何望んでるんだぁ!!! 船大工たちはオレがガープじいちゃんの孫だとわかるなりやってきて、あれをどうにかしろと汚い顔をさらに鼻水と涙で汚してじいちゃんを指差した。 示された方をみると、気まずいのかじいちゃんが、ゴホゴホとうさんくさい咳をして視線をそらすのが見えた。 そんなだから、あんた船大工に泣かれるんだよ。 おつるさんがじいちゃんを船に載せたがらなかった理由が今ならわかる。 本当にいったい何隻壊したの? 船を良く壊すじいちゃんにはいつかウォーターセブンをお薦めしたい。 あの船大工たちなら、じいちゃんの拳でもそうそうは壊れなさそうな船を作ってくれそうだ。 それにウォーターセブンなら、この造船場の人たちみたいに泣かずにはすむんじゃないかな。 たぶん、じいちゃんのことを怒ってくれるんじゃないかな〜……とか、甘い期待をしてみたり。 ++++++++++ ここはグランドラインの中にある造船島のひとつ。 船大工の町で、じいちゃんが壊した海軍の船の修理をするというのでついてきた。 ついた日は疲労でばてていたが、数日もするとすぐ島の中を歩いて回った。 「な、なんでみんなこっちみるんですか」 泣きたくなりました。 すでにオレが『孫』だとばれています。 通りすがるたび、みんなが逃げるか憧れの目で見てきます。 目立ってますよオレ!? しかも造船上の方へ行きたくて、ひとりでは危険だと保護者を伴っていけば…船大工たちに取り囲まれ、あげく泣きつかれたし!? もう本当にオレ地味でいたいのに…。 泣きたい。 そんなことを考えて、どこかに心が休まりそうな暗い建物のすみっこか壁はないかと視線を漂わせていたら、遠くでボォー!!っとこの世界に来てはじめて聞いた低く大きな音が聞こえた。 それに伴い周囲も騒がしくなってくる。 ボォーと低い音とあがる蒸気と共に、一隻の船が着水した。 煙突部分からは蒸気が出ているし、水車のような車輪が船の両脇についているので、あれが普通の帆船でないことは一目瞭然だ。 一目でわかる。 人が流れていく方には、巨大な蒸気船が港に到着していた。 「蒸気船もあるんですね…」 オレの言葉に、隣で立っていたじいちゃんが驚いた表情をしていた。 それくらいこの世界でエンジン搭載の船は珍しいのだろう。 そのせかいか、造船上の人々の視線がものめずらしげに居間到着したばかりの船に注がれている。 やはり技術は進んでも化学と呼べるほどの技術は進んでいないためか、蒸気船といっても完全にマストがない前の世界の船とは異なり、今だ帆をわずかばかり残していた。 しかし船の大きさにくらべるとマストは小さすぎ、向こうの世界と比べるといびつにも見えた。 「なんだぁ坊主。あれを知ってんのか」 驚くじいちゃんが何事か考え始めてしまったのでその場を離れるわけには行かず、みんなと同じように蒸気船に向かわず、のんびりと近くにあった船を見つめていたら、脇を通った男が声をかけてきた。 「ええ。中に動力炉がありそれであの大きな車輪を動かして進むんですよね」 「本当によく知ってんなー坊主。いいよなあの船。凄く早く走るんだぜ」 「あなたも船大工ですか?」 頷く相手はいつの間にか足を止めていて、ただいいなーいいなーと蒸気船をうらやむ。 彼は蒸気船の何をしっているわけではない。 ただ大きくてどれよりも早いという船にあこがれているだけだった。 はじめはそれでいいのかもしれないとのんびり話を聞いていたが、だんだん長い話を聞いてるのも面倒になってきて、眠くなってきた。 さすがにじいちゃんやルフィ、エースのように突然目の前で眠るような図太い神経は持ち合わせていない。 でも眠い。 どうしようかな〜と思っていた。 そんなとき、『音』が聞こえた。 目の前に入ってきたのは、制御を失い港よりも大幅に島に乗り上げていたあの蒸気船。 とまるべ場所でうまくとまることができず、船は逆にスピードを上げてしまったらしい。 蒸気船はその巨大さと強固さでもって町ごと島を砕いていく。 周囲で悲鳴が聞こえ、ガリガリガリと島と家と船と木片や鉄…いろんなものが擦れ、崩れ、飲み込まれていく音が響いた。 オレは目の前で起きたことがわからず呆然としていた。 じいちゃんは我に返ると走り出し、逃げ出す人を言葉だけで誘導しながら船へ向かって走っていった。 ズンッ! ドカッ!! じいちゃんが見えなくなったところで、蒸気船の方から爆発するような大きな音と土煙が巻き上がる。 どうやらじいちゃんがあの拳で威力をそぎにいったようだ。 ドドォーーンッ!!! 蒸気船の暴走もやがて激しい衝突音でもって途絶えた。 蒸気船は別のドッグとの境目である壁に激突してとまった。 いままでのスピードと威力を考えるなら、本当ならあの壁さえも普通に突破されていただろう。 船の前進をとめたのは、一撃が大砲の砲弾より威力があるといわれるじいちゃんのおかげだろう。 だけど… 「あーぁ、めんどくさい」 「ちょ、まてい!!リース!!」 遠くで悲鳴のようなじいちゃんの声がしたけど、オレはまっすぐにかけだしていた。 だって。 見てしまったから。 大きく皹が入って斜めに傾いだドッグをわける壁。 それのせいで区画中にあった完成間近にした船が崩れ、どみの崩しのように…オレのすぐ近くにあった船の太いマストが倒れた。 降り注ぐ瓦礫。 なんとか帆の太いロープがからまって倒れることを逃れているが、あのマストが倒れるのも時間の問題だろう。 そこで 偶然見つけてしまったのだ。 突然のことに驚いて動けなくなっている者たちの姿を。 あのままでは死んでしまう。 チラリとマストをみるとまだギリギリロープでもっている状態だ。 すでに根元は皮一枚で繋がっているよう危険な具合で。 「5人か。きついが…少しなら」 でも、気づいてしまったんだから、このまま逃げるなんてできるわけもない。 呆然としている奴らに「逃げろ!」と叫んで我に返って自分で動こうとする奴は無視。それができないでいるから……見捨てられないのだ。 どれだけ呼びかけても腰が抜けているのか目だけで助けを訴えてくる人物を見つける。 同時にブチリという嫌な音が聞こえ、ギシッ!といままでにないほど大きく帆が傾き、周囲の悲鳴がさらに大きく木屑など上から振ってくるものも増えてくる。 「…っざっけんなぁ!!」 またどこかで縄の切れる音で、動こうとしていた者たちの動きも止まる。 「とまんじゃねー!!」 音に降りかえることで、また彼らの動きが止まる。 それに舌打ちをして、一人の手をとってたたせるとタックルをしてその勢いを利用してもうひとり吹き飛ばす。 そのあと小さな子供を抱きしめて転がるようにして破片をよけ、さっきと同じようにいまだ呆然としていた男にタックルを交わす。 ガシャン!! 3人で転がったところで、さっきまで男がいたところを振ってきたガラス片が降り注いだ。 これで4人。 すでにギシギシという音と悲鳴で耳が聞こえずらい。 その中を降ってくる木片をなんとかよけて、さっきオレと話をしていた男の元へと向かう。 最後の一人。 そう思ったところで、ブチブチブチ!と縄の切れる音がして、ギィーー!!と何かが倒れる音、そして大きな影が自分の方へ向かって覆いかぶさってきたのに気づいた。 間に合わない。 そう想い、足元に落ちてきていた破片をいきおいよく相手に蹴りつけ、自分と倒れてきた巨大マストの下から逃がす。 「ぼうず!」 「オレのことはいい!さっさといけ!!」 オレに眠気をくれていた男が衝撃で我に返り、こっちに駆け寄ってこようとする。 それで戻ってこられるとオレの苦労が無駄になってしまう。 とにかく慌てて「くるな!!」と叱咤して、逃げろと告げて…。 そこで思い描いたのは、「約束ね」そうやさしく微笑んで逝ったあの人の笑顔――。 オレが逃がした相手の顔が恐怖に変わるのと同時に、今までにないほど周囲が暗くなったのを目撃して―――。 ドォォーーン!!! 激しい音と痛み 「ゆ、き?・・なん、で・・・」 赤い雪が頬に触れた。 そこでオレの意識は途切れた。 ++++++++++ 気がついたら暗闇の中にいて、右も左もわからず歩いていた。 なんとなく振り返ってみると、歩いてきた場所になにかが落ちて道ができていた。 ポツポツと赤いそれは、オレの腕から落ち続けている。 あれは何? どうして腕が痛いのかな? 「…そんなの、どうでもいいよ。早く、早く…帰ろう」 ここはさびしいし、寒い。 それに真っ暗で何も見えない。 だから早くこんな場所から出よう。 早く、はやく…かえりたいよ。 なのに、どうしてかな? 右腕が痛いよ。 なんだかいつもより視野が狭い。まるで右目がなくなってしまったみたいだ。 足も変。動かすだけで崩れていきそうだ。 痛いよ… 苦しい… 辛い… 痛くて辛くて、一生懸命足を動かしてもなかなか前に進まないんだ。 「オレ、帰るから…ここからだしてよ」 そう言ってみても、黒い闇は微動だにしない。 しかたなく痛む右腕を反対の腕で支えてまた歩き出す。 ……そういえば、オレはどこに帰ればいいんだろう? ふと足が止まり、背後を振り返る。 流れ出た血が、“帰るため”の道標を作っている。 でも――そこは『オレ』の世界じゃないんだよ。 だから…前へと歩こうとした。 その瞬間、何かに腕をつかまれた気がした。 暗闇の中で、道に困っていたら名前を呼ばれた。 そっちにはいくなって言われた。 ねぇ、そっちって…どこのこと? あなたはどこにいるの? ここは寒くて、何もなくて…さびしいんだ。 ――行くな!帰って来い!! いかないよ。帰るんだもん。 だってオレは帰らないと…。 それはわかるけど、帰る場所がどこかわからない。 それでも帰りたいと思った。 どこへ向かえばいいかわからない。 そのぬくもりは、オレの手をとると、しっかりと握ってひっぱりだした。 それはあの血の道の方向。 「だ、だめだよ!だって、あっちは『オレ』の世界じゃないんだ」 いっちゃいけないんだ。 だからダメだよ。 そう言っても抵抗をしても…姿の見えない手が自分を向こう側に引っ張っていく。 その間も「行くな」という声は響いていて、まるで――泣いているかのようだった。 ひとりぼっちの暗闇の中で唯一のぬくもり。 暖かくて、その温もりが在る場所に行きたかった。 本当はもうこんなところにいたくなかったから、伸ばされた手についていきたかった。 でも、なんでかその道の先へ行くことはいけないことなんだとわかるから……涙がとまらなかった。 「そっちじゃないよ『オレ』の世界は!ねぇ、オレ帰りたいんだ。どうしたら帰れるの?」 伸ばされた手のぬくもりだけが支えだった。 でも手の主からは答えはなく、ただ涙だけがこぼれた。 「放してよ。オレはそっちに行っちゃいけないんだよ」 ――だめだ!!行くな!ここにいろ!帰って来い・・・リース!! どうして…。 どうしてそこまでして引き止めるのだろう。 ここはどこ? そこはどこ? オレが本当にいるのはどこ? そこに…行ってもいいの? ――ここがお前の場所だろ帰ってこいリース!! リース――それはもう一つのオレの名前。 呼ばれた名に…。 嬉しくて。 そう思う前にまた涙が出た。 「ごめんなさい」 だれに言ったのかは自分でもわからなかった。 ただここには、今だれもいないから。 ここには何もないから。 するりとその言葉が口からこぼれ出た。 オレの血でできたはずの道が、ふっと明るいオレンジの明かりでともされる。 腕から落ちたはずの水滴が、オレがそばを通るたびに迎えるように炎になった。 炎を覗けばそこにはたくさんの『光景』が映っていて、この道の先に何があるのかを思い出した。 「じいちゃ…ルージュざん……え゛ーずぅ……るふぃ…」 見えない温もりの相手を探す。 炎の中にか、それともオレの腕の先にか…。 炎に映されたのは『オレ』じゃない、リースという名の“オレ”の過去。 この腕をつかんで、引っ張ってくれる温もりは…まだ見ぬ“リース”の未来。 「じいちゃ……『オレ』は違うんだよ。『オレ』は本当はその世界の人間じゃないんだよ。 イレギュラーないちゃいけない存在なんだよ」 わかってる。わかってるよ。 この手を振り払わないといけないこと。 でもこの優しさと暖かさから離れたくなくて、自分からは振り払う勇気はなくて…。 「ごめ、ごめん。ごめんなさい…」 相手に振り払われることを望みながら、このまま向こうの世界まで連れ帰ってほしいと自分は思っている。 オレの目は壊れたガラクタのように、二つの世界の狭間で行き場所を見失って戸惑いをこぼし続ける。 オレはずるい奴です。 本当に謝らなきゃいけないのは、今を生きている人々全員に。 自分の心を保つためとはいえ、あなたちを『偽者』だと『作り物』だと偽った。 オレが見なければいけないのは、過去でもなんでもなくて、ずっとオレ自信が見ようとしたなかったオレの心の奥にあったもの。 気がつくと、炎の道が途切れていて、目の前に一つの箱があった。 この箱をあけないといけない。 本当はずっとずっと前に――。 じいちゃんの手の温もりに促されてる気がした。 けれどまだ勇気はオレにはなくて、この箱の元に辿り着いただけで……今にも足が震えて崩れてしまいそうだ。 「ごめんなさい…」 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…。 本当はずっと…… 朝になるのが 目が覚めるのが 怖かった。 ―――『今更』って言うなよ。 オレが“リース”になってから、ずっとオレは朝が怖かった。 目を開けても変わらない世界に。 ここが自分の生きていた世界じゃないことに…。 オレは信じられずにいたんだ。 UFOなんて、あんなふざけたものを目にした後、気がつけば赤ん坊になっていたなんて……心のどこかで本当は信じたくなかったんだ。 だってあの銀が目の前に迫ってもいつまでたっても痛みも何もなかったから。 あのときは、ただあの銀色の円盤が近づいてくるのに驚いていただけで。 気がついたら世界は変わっていて…。 だから心のどこかで信じられずにいた――あっけなく反転した現実を。 赤ん坊になったのは諦めた。 そう言ったのも、まだ頭が混乱していたから。 現実を現実としてはみていなかったら。 いつか帰れる。 だから、それまではこれは夢なのだと高をくくって、世界になじんだ振りをしていた。 それでも――拒絶するには、この世界の人々はオレに優しくて。 人のぬくもりが、これほどあったかいものだったなんて思わなかった。 涙が出るほど暖かくて…。 だから本当はイレギュラーなオレがいてはいけないのだろうけど、またルフィ達のいる世界へ帰りたいと思ってしまった。 地球じゃないこの世界へ帰りたかったら、引っ張られた手を振り解けなかったんだ。 地球―――向こうの世界では、ただ時が流れていくままに生きている。 空だってここまで広くない。 ビルという閉ざされた箱のような空間で、人々は生き、勉強したり働いてお金をもらって…それだけで流れていく日常は、いつも灰色の空に囲まれていた。 そこでは戦争や悲しいことはすべてテレビの向こう側のことで。 オレには何も関係ない、気にはかけても自分とは程遠く、他人事のようなそんな話はすぐに記憶としてはおぼろげになってしまった。 だから『隣の町』という表現をしてもおかしくないだろう。 例え隣の町で事件が起きたとしても、それはあくまで隣の町のこと。 それが普通。 それが向こうでは普通の人の考え方だった。 きっとオレもそうは思ってなくても、自分さえ良ければいいと思う一人だったのかもしれない。 ――目隠しをしていても生きられるような世界。 オレは青い空と海の広がるこの世界で“今”を生きたいと思うから、向こうでのことをそう思う。 それがなまぬるい湯につかったかのように、どこかで安全が守られてることを疑わない―――それが、オレが17年間生きていた『向こう側の世界』だった。 まだ学生だからと、将来のことさえオレは考えもせず、ただのんびりと暮らしていた。 武器を持ってはいけない世界。 でも昔どこかの誰かが言っていた様に、戦争を知らないよりも戦争を知る者の方が強い心をもてるのだろう。 傷つくことを知っているからこそ、その傷の痛みを理解できると。 時代が変わり、戦争が身近なものでなくなり、悲しみを知らないオレはそのぬるま湯の中で浮かんでいたひとり。 ましてや、ルフィ達がいるこちらの世界は漫画のなかの世界のはずだった。 うすっぺらい紙の中であるはずの場所に自分がいて、ここが漫画だと思うからいつか帰れるのだろうという甘い考えがあった。 それを崩したのは『彼女』。 命を懸けて、自分の子供を守ったあの人がいたから。 あの人と約束をしたから 守る と――。 だから考えを改めた。 ――目の前の閉ざされた箱と向き合う決意を…。 オレが異邦人のままの存在ではなく、世界で生きる人たちと同じになれるように…。 守る―――そう約束したのにオレは強くなろうと努力もせず、船が崩れたぐらいで“自分”を助けられなかった。 他人を助けて自分は助けられないって最悪だなと、自嘲的な笑みが出た。 オレはなんて曖昧だったのだろう。 異世界に飛ばされて5年たっても人々の優しさにすがって甘えていたのは自分。 みんなと笑いながらもここが現実じゃないと、心のどこかで思っていたんだ。 だから彼女との約束をなすための努力をしなかった。 心のどこかでオレに動かないよう歯止めをかけたのは、今いるオレの世界が『漫画』という空想の物語のはずだからだ。 じいちゃんに殴られれば痛かった。 ルージュさんが死んだときは胸が痛かった。 エースが生まれて、ルフィが生まれたときは、胸がギュゥってなるほど嬉しかった。 小さな弟たちを落としたら危ないと一生懸命あやしたのは嘘じゃない現実だというのに。 船の破片が落ちてきて、痛いと思って意識が途切れたとき、そこにいたのは――まぎれもない自分だった。 誰かが怪我をするのも、自分自身が怪我をするのも……笑って喜ぶのも。 喜びも、痛みも悲しみもすべて感じているのはすべて自分。 この世界で、生きて、みんなといたのは――ちゃんとオレ自身だった。 なのに、オレはずっと何を拒否していたのだろう。 本当に今更だ。 ルージュさんは命を賭けた。 オレは? あの約束を果たすためにオレは何を賭けるべきだろうか。 『約束』は守るものだ。 守るから、なしとげようとするから約束なんだ。 そうだね。 例えオレがイレギュラーな存在だとしても、悪魔の実を食べていないとしても…。 この厳しくも優しい世界に還るのなら……このままではいられない。 あんな船の破片ぐらいよけられなくて…… 「なにが守るだっ!!」 もうどうしたいか、本当はとっくの昔に決まっていたのがわかった。 だって……死ぬんだと思った瞬間、思い返したのは、元いた世界じゃなかった。 この世界に生まれてきた“自分自身”の『リース』という過去で…。 そして未来に命をかけた女性の姿。 死の瞬間の回想―――いわゆる走馬灯という現象のはずなのに、思い返したその片鱗には、地球での情景はどこにもなかったんだ。 どうして全てに目をつぶってしまっていたのだろう。 すでに『答え』は決まっていたというのに――。 約束よ。そう言って微笑むこの世で一番強いあのひとの微笑が蘇る。 いまなら、彼女にも笑い返せると思った。 カ エ ロ ウ・・・ 「オレが生きる世界へ」 あぁ、オレは本当に生きていたんだなと思った。 ちゃんとこの『世界』でオレは生きていた。 それだけで十分じゃないかと思えた。 だから足元に浮かんでいる箱を手に取った。 「ごめんな。ずっと開けてやれなくて」 例えなんの能力がなくとも、あんな破片ぐらい簡単によけられるぐらい強くなりたい。 ――強く、強く… 誰かを守れるだけの強さを―― 「オレにくれるかい?」 今なら、一歩前に進めるかもしれない。 オレが生るため、オレが『世界』と共に歩む堪ために…。 オレの言葉に頷くように、手に取った箱の蓋が音もなく開いた。 ―――なかにあったものをみてオレはまた誰かに謝った。 目からはなんと言っていいかわからないものが溢れ出た。 まるでその箱は、パンドラの箱のようだ。 そこにあったのは“希望”とは異なるけれど、“勇気”というオレが心の底に押し込めていたものだった。 ++++++++++ 目が覚めるとなんだかスッキリした気分だった。 同時に自分が情けなくて情けなくてしょうがなかった。 包帯だらけの腕が動かないのも腹が立つほど悔しくて、無理やり顔まで腕を持ち上げて顔を隠した。 夢の続きのように、何かわからない想いが目から落ち続けた。 ただ…悔しかった。 『今』を生きることを欺き続けていた自分に…。 窓に頬杖をついてぼぉ〜と外を見ていると、あちこちで町の修繕工事と同時に船の作成が進められている軽やかなトッテンカントッテンカンという音と職人たちの罵声が耳に届いた。 造船場の事故のせいで重傷を負ったオレが意識を戻したのは、船の倒壊事件が起きてから一週間以上もあとだったらしい。 現状を一言で言うなら、暇である。 助けた人間たちは無事らしいが、オレは包帯だらけ。 それに寝ている間の話だが、何度か危なかったとも医者に言われた。 今、生きてるのが奇跡なんだそうだ。 生きていたのが運いいの? それとも…こうやって事故にあうことはオレがずっとうじうじしていた罰なのか。 どれが罰なんだろう? 生きていること?それとも事故にあったことが? どちらにせよ、オレは船の崩落事故に巻き込まれた。 「オレ、ついてねー」 目が覚めたとき、あまりの全身の痛みに戸惑いを隠せなかった。 全身が痛いし特に右側。包帯も右側が厳重だ。 よくわからないけど、ギリギリでマストには踏み潰されることはなかったらしいが、オレは大きな破片と正面衝突したらしい。 そのせいで手足のどこかを切断するようなことはなんとか免れたが、全治数日というわけにはいかなかったようだ。 他人を助けて自分は助けられないって本当に最悪だなと、夢の中と同じように悔しくてしょうがなくなって、また自嘲的な笑みが出た。 すると独り言で言ったつもりが、 「生きておるだけましじゃ」すぐ側から小さな声が返ってきた。 ベットの脇にはじいちゃんがいた。 ふとあまり感覚のない手に、自分の手を包み込むような温もりを感じてドキリとした。 あの暗闇でずっとオレを導いていた手の暖かさを思い出した。 そこにあったのはしわくちゃの―――― モンキー・D・ガープの大きな手。 それは『地球』に帰ろうとしたオレに「ここにいてもいい」と、「この世界にいろ」と強く言ってくれたあの……厳しい声のもの。 あの泣きそうな声がじいちゃんのものだったことに気付き、涙が出そうになった。 うつむいていたじいちゃんには気付かれてはいないだろうけど、慌ててその涙をぬぐって何事もないように、今気付いたといわんばかりにじいちゃんを見やる。 いつもはでかいその姿が今日はとても小さく見えた。 「…じいちゃん」 「なんじゃ?」 名前を呼んだことでようやく顔を上げたじいちゃんは、ひどく疲れきっているように見えた。 もしかすると、ずっとこうやって傍にいて手を握りながら呼びかけてくれていたのだろうか? リース…って。 それはオレが死なないように? その声が聞こえたから、暗闇の中でオレは戻ってこれた。 この世界に。 必死な声だった。 あまりに必死で、ひとりぼっちで寒いあそこにはじいちゃんの低めの体温は凄く暖かくて…。 「あのさ、じぃちゃん…」 オレは何を言おうとしたのだろう? お礼でも言おうとしたのだろか。 それとも怪我のことは気にするなとでも言うつもりだったのか。自業自得のケガだと、これがオレの罪なのだと? そんなの、どうでもいい! じいちゃんを見ていて、オレの手を握るその無骨で暖かい手を見て…目の前にいるのがオレの祖父なんだ!と狂ったように叫びたくなった。 もうなんと言おうとしたのかさえ、どうでもよくなった。 オレは決めたんだから。 夢の箱の中ににあったもの思い出してしっかり抱きしめるつもりで、未来を生きるための一歩踏み出そう。 ――これからはオレはオレだと胸を張って言おう!なにがあってもオレらしく生きてやる。 だからこれからも『生きる』! それだけだ。 「オレさ、逃げ足がもっと速くなりたいです」 だから、ごめんねもありがとうも…そんな言葉いらない。 今、一番オレがやりたいことをじいちゃんに告げた。 悪魔の実なんて能力がなくてもいい。 海軍の大将のように強くなくてもいい。 せめて二度とこんな馬鹿げたことでオレが死なないように、オレのせいで大切な誰かを悲しませることがないように……足が速くなりたい。 逃げるためじゃないから、これは逃げ足とは言わせない。 ただ、今すぐ『早く走れる足』がほしい。 願わくば『剃』と『月歩』が! でもそれの存在をオレが知っているのはおかしいことだから、『剃』や『月歩』を教えてとは直には言えなくて。 「早く、走れるようになりたい」 そう言うのが精一杯だった。 オレは強くなくていい。 だから強くなるのは別の人に任す。 オレの役目は別にある。 せめて、誰かを助けて、オレ自身も一緒に助けられるように。 『覚悟』を決めよう――――そんな声がした気がした。 戦う覚悟はきっとオレには無理だろう。 血を見るのも、誰かが傷つくのもイヤだから。 なにかをしようと思っても続かないオレだから。 でもひとつだけできることがある。 『覚悟』が必要だというならば、オレは生きるよ。 この世界の中で、オレはオレとして…。 それが、オレが決めたもの。 閉ざされていた勇気を手にして、オレが始めてしようとすること。 「海軍に入れ。今よりももっとすぐに強くしてやる」 オレの言葉に対しての返事に驚いた。 ポツリとつぶやかれたじいちゃんの言葉に目を丸くする。 なんだか本当に心配をかけてしまったみたいで、じいちゃんはひどく落ち込んでいた。 ささやかれた声も小さく、その真剣な眼差しもいつものじいちゃんじゃないみたいだった。 それからオレは―――― 長く長く、考えた末にじいちゃんの手を…… |