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03. 勘違いもほどほどに |
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side とある貴族に仕える使用人A わたくしめが誰であるなどと、今、この場で語る必要はないのでしょう。 ですが語るうえで『名』は必要不可欠なものです。 そうですね。仮にわたくしのことはAとおよびください。 わたくしがお仕えするのは、尊きお方たち。 キムラスカのファブレ家でございます。 さて。これよりお話いたすますは、ご子息ルーク・フォン・ファブレ様でございます。 ルーク様は10歳のときに、誘拐されてしまったのです。 誘拐事件から戻ってきてからのルーク様は、記憶喪失になってしまい文字も読めなくなっていました。 そのとき酷い実験をされたらしく、あの日以降ルーク様はお体の調子がよろしくない。 大好きだった剣の稽古にも興味を示さず、あまり部屋からお出にならなくなった。 酷い日など数日近く、飲まずくわずで眠り続けている日もある。 ふと散歩に出ても屋敷の外に出たいとは言わず、体力が尽きて庭先で眠っていらっしゃる姿をよく見かける。 最近では身を案じたナタリア様の案でひらいたお茶会には起きて来る様になったのですが、あまり食は進まないようでいつも側の使用人に食べさせていた。 起きている姿を見れることが、一番安堵する瞬間でしょうか。 でもルーク様は以前と違ってやわらかくなられた。 それこそはじめこそファブレの使用人たちは、前のほうがなどと陰口をたたいているものも多くいましたが、衰弱したまま一向によくならないあのお方を見て口をつぐむものが一人二人と増えていきました。 私たちは知っています。あの方はとてもお優しいのだと。 記憶を失い身体が弱くなってしまってさぞ不安でしょうに、ルーク様は私たちのような使用人にもきさくに話しかけ、ありがとうと偏見なく礼を述べてくれるのです。 ときには手伝ってくれることもあります。もちろんそのときは、仕事を奪われてなるものかと必死で奪い返しますが、そうでないと今の顔色の優れないルーク様の身が持ちません。 それに記憶を失ってもルーク様は何もかわってはいません。なによりなにげない言葉の隅々に私たちでは理解しかねる知性の片鱗を見せます。国のことを思っているのでしょう。ただの会話の合間には、民を思う気遣い、そしてわが国にかけている点などの政策案を口になさいます。 勉強は嫌いだわからないとダダをこねたと家庭教師はヒステリーを上げて出て行き、それいこうは勉強する姿などあまり眼にすることはなくなりましが、きっと誰も知らない場所でご自分で調べあげ学んでいたのでしょう。そうでなければ記憶喪失で文字までわからなくなりほとんど子供のようだったルーク様が、あのような政についての言葉を紡ぐはずがございません。 なにより私たちはルーク様が書物庫によくいくのを知っています。 広くたくさんの本があるあそこでは探すのも一苦労ですし、邪魔をしてはいけないルークの好きにさせなさいと公爵様に言われておりますので私たちは書物庫にルーク様がいるときは探すことをいたしません。 ルーク様もわかっているのでしょう。簡素とはいえ食事の用意をされていくのでとがめることはいたしません。 そうしてルーク様は日の半分をそこで過ごすことも御座います。 周囲の物たちが囁く「彼らのよく知る以前のルーク様」を取り戻そうとするかのように、夜遅くにも書庫に足を踏み入れるルーク様。 勉強している姿を見られたくないのでしょう。 なんとけなげなのでしょう。 悪口ばかり言っていたものたちも今ではもうルーク様のよさを理解しています。皆、ルーク様を心より案じるものばかり。 ああ、今日もルーク様はご無理をなされたのでしょう。 庭先の樹によりかかるように眠るルーク様をみつけました。 お顔色はすぐれないようですね。 私が駆け寄るより先に側にいた庭師のペールがかけよっています。 体力のないルーク様はすぐにお疲れになってしまうので、相変わらず眠りは深いようで、ペールに抱きかかえられた後もおきることはありませんでした。 女の私ではあの細いお体も支えることはできません。 ペールから執事へとあづけられ、お部屋に運ばれていくルーク様を見送ることしかできません。 いいえ。私はファブレ家の使用人。私は私の仕事をしっかりこなさなくては。それこそがルーク様の助けとなるのですから。 さぁ、仕事に戻りましょう。 |