その花は桃色ですか?



 05 十分すぎるほどに貴方は貴方です





うずくまる自分に「大丈夫か?」と差しのべられた手。
顔を上げて見やれば、自分と同じか少し年上だろう男の子がいた。

短い髪の男の子は、自分をみて驚いたような顔をすると――

「君は・・・エステリーゼ様なのか?」

そう、“私だった頃”の名を呼んだ。


つらくてしょうがなかったときに手を差し伸べてくれたのは、レイヴンもとい今世の名を笠松幸男だった。

また“レイヴン(シュヴァーン)”に助けられてしまった。
〈前〉のときも。
騎士の白い鳥にも、ギルドの黒い鳥にも。

ああ、いまも・・・このひとには助けられてばかりだ。







 -- side エステリーゼ --







エ「そういえば――」

自分はふと思い出したことに首をひねる。
それはあの出会いの時に思ったこと。

エ「どうしてユキ兄は、自分が“エステリーゼ”だとわかったんです?」

たずねれば、レイヴンは…いえユキ兄は、一瞬キョトンとしたあと、何を思い出したのかクスクスとおかしそうに笑った。
そうして「ああ、それね」と。イタズラの謎を解くように、レイヴンはくすぐったそうに顔を緩めた。いわく。

“本人だ”と思ったのは、勘らしい。

笠「わかっていて声をかけたんじゃないのよ。ただ、頭が・・・」
エ「あたま、です?」
笠「そう。頭の形が、髪型までエステリーゼ様と同じで。つい気になっちゃたのよ。 まぁこどもってみんな頭でかいから、間違えてもおかしくはないんだけど。ほら俺様って、シュヴァーンだったときに、お城の庭で泣いている小さな姫様と会ったことがあったからね。それでおたくの泣いてる姿がかぶってみえちゃったから思わず声をかけちゃったのよ。 なにより近づいてみれば、おたくは泣いてて、青年(ユーリ)たちから感染したほっとけない病がそこで発動しちゃったってわけ。それでついおせっかいをやいてしまったってわけね。ろくでもないでしょ?」

レイヴンの面影を乗せて、ユキ兄はコロコロと楽しそうに笑う。

笠「まさかね、おっさんもそれがドンピシャで嬢ちゃんだとは思わなかったわぁ!こんな偶然もあるもんね」
エ「偶然・・・」
笠「その言葉は嫌い?なら、そうね・・・」

静かな微笑みを浮かべると、そっと今は何もない胸元に手を持っていき彼は「ここが」と語る。

笠「あの心臓が合わせてくれたんだと、引き合わせてくれたんだと今なら思えるよ」

その表情は、レイヴンでもシュヴァーンだともいいきれない―― むしろ鴉と白鳥に分かれる前の、彼本来の感情と言葉のように思え、“エステリーゼ”の跡を継ぐものとしてその一言一言を魂に刻み込むように、耳を澄ませるようにして聞いた。

笠「あのとき世界から魔導器が消えたとき、俺様のココ(ハート)はリタが、命を吸い取って起動するシステムを消し、かわりにマナが循環するようにしてくれた。
そのときからおれはちょっとばかし人よりも始祖の霊長(エンテケレイア)や精霊に一歩近づいたんだろう。だからじゃないかな?なんとなく“近しい存在”はわかる」

彼は、ほかの転生とは違い“途中で思い出した”パターンではなく、“生まれたときから”すべてを覚えていたという。
そんなことがあり得るのだろうかと思ったが、「物心ついたころから記憶があった嬢ちゃんも似たようなもんでしょ?」とユキ兄は、 レイヴンっぽくウィンクをして笑った。

それは違うと声に出して言うことははばかられた。

だってエステリーゼ・シデス・ヒュラッセインは、死んだのだ。
その後、途切れた記憶。
そんな彼女の生涯を、彼女の視線でちょっと客観的に映像として夢で見る。
だから自分は、エステル(彼女)ではないという自覚があるのに・・・。

それでも同じだというのだろうか。


たぶん今回の集団転生のなかで、レイヴンだけが特殊だ。
自分は、あれが別の自分だと割り切ることがてきる。
そのため彼女の人生は別人のものである。前世と総じて言ってしまえる。あれは自分のことではないとわかっていても彼女もまた別の自分である。けれどそれは過去のことと。あれはいまの自分ではないのだと理解できるし、断言もできる。

転生してきた仲間たちのなかには、どうやら前世の記憶が突然もどったことで、感情がそれにひきずられる者もいたらしい。 それを目のあたりにした。それでも彼らもまた、個々の落ち着け方で、「前世」との境界を見定め、おりあいをつけることで、新しく刻まれた過去の記憶に一応の決着をつけたは、“今”の自我を取り戻していった。
ときには過去の記憶とともに、その人格が目覚め、同じ身体に今と過去の二つの魂が同居するなんてこともある。
そのどれもが、過去の記憶も人格も別物という認識のもと、結果をみせている。

けれど前世からの延長戦のように感じているレイヴンは、前世からのそのままらしい。

エ「ユキ兄からみた前世とは、どのようにみえているんですか?」
笠「そうねぇ。どういえばいいのかしら。皆と違ってね、記憶を思い出したって感じじゃないのよ。なんていうのかしら。“繋がってる”みたいな?
死んだと思ったらまた目があいたのよ。だから感覚としては目を閉じてあけたら、突然赤ん坊にさせられていた感じかしら」
エ「自分は・・・物心ついた頃には、いいえ、生まれたときにはもう“自分”には〈彼女〉の記憶が存在していました。
まるで夢をみているかのように、それはそこにあり、それこそが現実なのだと昔は思っていました。こことは違う世界の夢。まるで子守唄のように、毎夜。 あの世界のことを、記憶を反芻するようにみていました。
それがこの世界のことじゃないと理解するまで、とても時間がかりました。
だから小さい頃は、よく今の両親におかしな質問をしていたんです」
笠「へぇ〜それはすごいはね。変て、例えば?」
エ「どうしてお空にはキラキラがないのとか。どうして象とかは大きいのに、ひとをおそわないのか?大きな生き物は怖いんだよ。って。 これ、結界と魔物のことなんですよ」
笠「ああ、なるほどね」

自分は自分。そうやってようやく自我が確立する前、赤ん坊として目を開けたその瞬間には、自分はエステルじゃない!だけど彼女の記憶を持ってる。それに戸惑うばかりだった。
そうしてまたエステルの夢を見る。
そのせいで知識の使い方、感情の表現の仕方、言葉の意味をだれにおそわるでもなく“はじめから”理解していた。

簡単に自分の現状を説明するのなら、よいたとえがある。
有名なテイルズシリーズのゲームを御存じだろうか。
あれのアビスという作品で、レプリカというものがでてくる。
〈私〉、いいえ、“自分”のこの現状はまさにそれだ。

例えるなら、“今の自分”は、記憶という刷り込みを行われたレプリカ。
自分がエステリーゼであるという認識はある。ただし本人ではない。もし彼女と全く同じ容姿で、彼女の記憶をすべて持っていて、全く同じ癖を持っていたとしても。刷り込みをされたレプリカたちは、自分が偽物だと知っている。
違うのだ、という認識がつきまとう。それが刷り込みをされたレプリカ。

ね、今の自分そのものなんですよ。

エ「ほかの転生者の方はみな、今世にあった自我を持っている。
そしてここでない記憶のことを受け入れようが受け入れなかろうが、それが“過去の自分”であると断定します。
かれらには現世としての確固たる自我がある。
けれど、自分はエステリーゼではないんです。しかしこの感情もしぐさも口調もすべて、彼女のもの。“自分”は結局彼女がいなくては生まれなかった存在。 この身から彼女の存在をなくしてしまえば、自我さえ残さず消えるだけ。自分は、エステリーゼというオリジナルがいなければ、うまれなかったレプリカのようなものなんです」
笠「嬢ちゃん・・・」
エ「けれどあなたは違うんです」

思考回路がエステル寄りになったり、エステルのような行動をするのは、まんま“自分がエステル本人である”という感覚からではない。
物心つくころ(それこそ自我が芽生える前)から見てきたエステリーゼという人間を、自分という人格を形成する上で手本にしてきたからにほかにならない。
だから、エステリーゼという彼女の記憶をすべて消すと、この新しい肉体にはなにも残らない。

けれどユキ兄は違う。
決して自分のような薄い存在ではなく、ほかのみんなと同じ。

エ「あなたがダミュロンであれ、シュヴァーンであれ、レイヴンであれ、笠松幸男であれ。あなたはちゃんと貴方です。
この世界に転生してきたみんなのように」

ちがうのは、自分だけでいい。
ユキ兄は、まだ“普通”の範囲内の存在のありかたに身をおいている。

笠「でも。俺様だけよ?目を閉じて“続いてる”って思った転生タイプは」
エ「・・・じぶ、わたしのことを気遣っているのなら、そんなことしなくていいです。自分は彼女ではない。ただ彼女の思いを引き継いだだけの別人ででしかないです。そんな曖昧な存在と一緒にしちゃだめです!
自分なんかと同じだと勘違いしてしまうのは、あなたあ赤ん坊のころから記憶があるからですよね。
どうして・・・。
あなただけが継続しているような状態なんでしょう。
あとはみんなと何一つかわらないのに」

思わず口に出てしまった言葉。
それをとっさに口をふさいでももう遅い。

別人だとわかっている自分よりもはるかに、この〈前の〉記憶の継続とやらはつらいだろうに。

エステリーゼのかけらによって生かされてる自分と一緒にしないでほしかった。
目の前の彼は、今を自由に生きていいのだから。

そう思っていたら、言葉が止まらなかった。
結局今も手間をかけさせ彼に迷惑ばかりかけてる自分なんかが、言えた義理ではないのに。

それでもユキ兄は、自分の言いたいことを全部理解してくれたようで苦笑したあと、「だーいじょうぶよぉ」っと、頭をわしっとなでてくれた。
笠「俺様は大丈夫だから。嬢ちゃんはそんなに自分を卑下するようなことばかり言わないの」
エ「ですが!自分はエステリーゼがいなければ空っぽなんです!」
笠「それはどうかな?だってエステリーゼ様は嬢ちゃんがしってるこの世界のキッチンの使い方もこの世界の歴史もしらないのよ」

ユキ兄は、レイヴンのように道化じみた口調で、ふわりと笑った。

笠「他のみんなと違って、おっさんはね、何度か死んだ・・・ようなもんだからねぇ。ほら、一度は本当に死んじゃってるし」

その一度が、心臓を亡くした時をさすのか。 いつのことをさすのかはわからなかったけど。 自虐的なそれに、心がズキリと痛んだ。
“その言葉”を彼に言わせてしまった自分が情けなかった。

そんなユキ兄に、シュヴァーンとレイヴンともうひとりだれかの面影が見えた気がして、前世とは真逆な鋭いつりあがり気味の目を少し悲しげに弧をえがかせた笑みを浮かばせててしまった自分がくやしくて。
なぜか、むしょうに、自分の親友ではないけれど、友達・・・リタに会いたいと思えた。

ああ。どうしょう。
自分はまたこの人を傷つけてしまった。
せっかくあの“つらさ”から救ってもらったのに。

この優しく器用貧乏過ぎる鳥に、またつらい死を思い出させてしまった。

笠「バーカ。なんもつらいことなんかねぇよ。
俺は〈前〉があるおかげで、こうしてかわいい後輩と幼馴染みもできたんだ。今の俺にはなにもわるいことなんかねぇんだよ。
だからお前は笑ってろ。
あーもう!そんな不安そうな顔すんなって!!
俺が、いや“俺たち”が空っぽだっていうお前に、姫様も知らないことたくさん教えてやる。そうやって“お前自身”をゆっくり時間をかけて作っていけばいいんだから」

彼はつらくないと言って笑う。
優しく頭を撫でてくれる。

だからこそ。
もう彼を気付つけたくない。彼に幸せになってもらいたいと。
後悔だけはしたくないからと。

このとき自分にひとつ誓いを立てた。



血で血を洗うような争いのないこの世界で。
今度こそ、鳥の魂を持つこのひとにはずっと笑っていてもらおうと思った。



笠「約束な!深く考える必要はないだろ。まぁ、ユーリみたいに、あそこまで考えることを放棄されるとさすがに困るけどな。
いいか!お前はわらってろ!!それが今世のお前の一番のお仕事だ!」
エ「ハイ、です!・・はいです。ユキ、兄」

優しいぬくもり。優しい笑顔。
あたたかい彼に頭を撫でられるのは、何度目だろう。
涙腺の緩い目から、涙がおちたけど、これはうれし涙だ。


みていてくださいエステリーゼ。
自分はあなたではないけどあなたです。
いつか会える時があったなら、自分は自分だと。あなたとは全く違うんだと、今を生き抜いた自分を見てください。


今度は、自分がユキ兄を守る番。
しっかりしてください自分!エステリーゼがなんだというんです!
そうですよ!差し伸べられる手を待ち続けるんじゃだめです!!
自分から一歩を踏み出さないと。

踏み出す勇気を。


――その感情もまた懐かしい。
そう思えるのは、やはりあれが、エステリーゼの記憶からで。
過去にするにはちょっと他人ごとめいている経験のことで。
今の自分自身の経験談ではないからかもしれない。だからよけい懐かしいと思うのか。



エ「みんなで幸せになるためにがんばります!!」

笠「ん?“みんな”?ちょ!ちょっとまった!なんか対象者がふえてないか!?」
エ「え?そうです?まずはレイヴンと、ユーリと、ラピードと、リタと。あとキャナリさんにベリウスに・・・あ!この前、バウルのはなしもでましたね。それと…」
笠「まじで“みんな”かよ。いや、俺が幸せになってほしいのはお前だ。って話だったんだが」

エ「はい!だからみんなで幸せになりましょう!」

この新しい世界で、みんなで幸せになろう。

ハッ!?
これが新生《凛々の明星》の初任務になるんです!?
副帝でもないですし。
ということは、自分も今回はギルドに参加できる。

ああ、リタ!
やりましたよ!

自分で動けるんです!
こんな自分でも、今度こそ誰かを救えるんです。
友達になった子たちと、今度は一緒にいれるんです。いてもいいんです。
自分から手を伸ばしても怒られないんです。

エ「俄然やる気が出てきました!!がんばりましょうユキ兄!」
笠「だから違・・・・・・って、こういうズレた思考をまずなんとかしないとorzああ、もう。この子、あぶなすぎるわ〜」


やりますよ!
絶対やってみせます!!



目指せ!世界平和!!です!








笠「さっきよりさらに規模がでかくなってやがる」

意気揚々と振り返る。
振り返えれば、笑って迎えてくれると思っていたユキ兄が、顔を引きつらせていた。
どうしたです?

なにかあったんでしょうか。








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