有 り 得 な い 偶 然
第6章 夏 目 友 人  帳



40.賢帝の森の主





勘違いも甚だしいぞ妖怪たちよ。
オレはそれほど賢くはない。







::: side 夢主1 :::







 オレが主と呼ばれる森には、おいしい酒が湧き出るいずみとかあったりする。
一番うまいのは、青い月が出た時。
ああいう夜は、あやかしたちの力も強まる。
そしてこの森はやたらと活性化して、いままでにない極上の酒がでたりする。

 ただ長く生きてると、酒ばかり飲んでいても時たま飽きるのだ。
面白いことはないだろうか、と木の上で、いつものように寝転がってくもの数でも数えていたら、下を小さなこぎつねがかけていくのを見つけた。

『この森に、オレ以外に狐っていたっけ?…いたというよりも何かを追っている風だったが』

 あのこは、どうやら木上にいるオレには気付いていないようだ。

 この森はよい酒がわきでる。それだけでも普通でないことがわかるだろうが、この森は森そのものが一つの生き物ようで、ある意味聖域に近い。
湧き出る水は酒。森が放つ神気は、そのまま土地を浄化し、天然の結界を築いている。
そうたやすく森の住人以外の者が立ち入ることはできない。それは妖怪もひともしかり。
森の濃い息吹に、方感覚がくるってしまうらしい。
ゆえに自分がその感覚を狂わされているのも気づかず、森に入り込んだことも、自分が迷っていることも気づかない。そのまま森は迷い込んだ者を結界の外へ追い出すか、はたまた苗床にするかのどちらかだ。
そう、この森は、森になじみがない者以外には容赦がない。
へたをすればそのまま抜けられなくなってもおかしくないのだ。
妖怪であろうと神のたぐいであろうと、迷う者は迷うし、森にまでたどり着けないものは辿り着けない。
ここはそういう磁場が働いている――ある種の、天然の要塞。はたまた「まよいが」と言ったところだろうか。

『森に、呼ばれたか?いや、迷い込んだんだろうなぁ』

 あの小さな子ならならば、気付かずに入り込んでしまったのだろう。無垢そうだから、森はあのこぎつねを喰らうことはないだろうが。
このまま放置するには後味が悪い。
迷い続け、どこかで疲れ果てて倒れていたら…なぁんて想像して、自分の豊かな発想をしてくれる脳みそに思わず顔をしかめる。
 ちょこまかと動くこぎつねを見ていれば、どうも人の子にお礼を言いにいくのだとか聞こえてくる。
 あのこが人に化けて、麦わら帽子をかぶる姿を見て、森を抜ける案内ついでに、オレも人里に下りてみようかなと。暇つぶしにはいいかもしれないと思った。
 思い立ったが吉日。
オレはすぐに枝から飛び降りた。

 地面に足を付くころには、すっかり人間に変化は終わっている。
赤い色の髪は面倒なのでそのままで、それでも尻尾や耳を消すのはたやすい。
服装はまだ黒の着物なのだが、これはさすがに目立つか。
現代日本であるからには、ティーシャツとかズボンだよな。

『うん。オレいけてるかも』

 まぁ人間としての顔で、ハンター世界もワンピース世界も超えてきたのだ。
あちらは和装ではなかったので、着物以外の格好だってオレにはたやすく着こなせる。
古い妖怪とばかり侮ってもらっちゃ困るぜ。
オレだってとりあえず現代っ子と呼ばれる時代はあったのだ。Tシャツだって、ズボンだって着こなせるやい。

 そんなオレのお茶目な遊び心に、オレが庇護した妖怪たちが目を丸くしてとめにかかるが、いいじゃないか暇なんだし。
オレが少しばかりいなくなろうと、森の結界は消えやしない。むしろ森自ら結界を作り出している神聖な場所だ。オレがいままで結界守をしていたわけではないのだから、オレが外に出よと問題があるはずない。
一生帰ってこないってわけじゃあるまいし大げさすぎだよな。
そんなわけで「いかないで主ー!」と騒ぐ小物どもに笑顔で手を振って、オレはこぎつねを追って森を出た。

 こぎつねに追いついたオレは、警戒するチビに「オレも狐なんだ」と告げて警戒を解かせようとした。っが、しかし。本当にそれでいいのか!?と思わず叫びそうになったほど、それはもうあっけなくチビはオレが同族であると信じた。疑う余地さえなくだ。
目をきらきらしてあっさりなついてきたときは、軽々しく声をかけたことを後悔した。
こいつ、野生としてはどうなのって思ったね。
ますますチビをひとりでいかせるのが不安になってしまった。
 そのまま人間の親子がするように二人で手をつないで、チビが探し人のにおいを追い、そうしてオレたちは森を抜けた。
オレが手を繋いでいるから抜けられたけど、この子、迷ってた自覚あるのかな?


 そうしてオレたちは、とある建物までたどり着いた。
それは人間の学び舎で――

『ありゃ?これ、学校じゃね?』
「がっこう?」
『同じ格好の奴らがいっぱいいるだろ。ああやって人間の子供は群れで生活して人間ってのを学ぶんだよ。それが学校な』

 チビにわかりやすいように説明していて、なんだか自分が物凄く人間離れしてしまったきがした。“群れ”とか、まんま獣かよというような会話に、思わず過去人間であった矜持がざわつき、やるせなくなってオレは空を見上げた。
 まぁ、いまは狐だし、こういう価値観や感覚が獣じみてくのもしょうがないなよなぁ。
たとえおしりに九本尻尾が生えていようと、森の中で気ままなサバイバル生活に順応していようとオレは人間だ。

っと、思いたい。
鬱だ畜生。

「“なつめ”、いるかな」
『あー、ちょいまて。人間てのはな、こうやって学校にいる間にはなしかけちゃいけないんだ』
「え。どうして?」
『人間の群れは年齢でちゃんと分けられてるんだ。おまえみたいに小さい人間はあのなかにはいないだろ』
「うん」
『こういう場所に行くときは、ただ人間に化ければいいってもんじゃないんだ。
この建物に入れるのは、同じ格好をしてる奴らぐらいの背丈が必要なんだよ。
大人の群れに子供が紛れ込んだら、群れがうまく動かなくなってしまう。
群れには群れのルールがあるからなぁ。
それを無視してお前があの中に入ると、おまえのせいで“なつめ”とやらが、人間の群れから追い出されちまうんだ。
それは“なつめ”にとってよくないことだ。
いいかチビ。“なつめ”とやらに迷惑をかけたくはないだろう?そいつがつらい思いするのはいやだろう?』
「そんなの、やだ」
『なら、“なつめ”がでてくるまでここでまってような。オレやお前はあの群れの中に入れないけど、“なつめ”から声をかけてもらうのはたぶん大丈夫だから』
「うん。わかった。まつよ」
『ああ、いいこだ』

 小さなこぎつねは、“なつめ”とやらに認められたくて必死なようだ。
ん?“なつめ”?
はてはて。どこかで聞いたような気がするが。
いつのことだったか。
まぁ、いいか。

「ねぇ」

 なんだか聞き覚えのある響きに、なんだったかと思い出そうとしていたら、クイっと服の裾を引っ張られた。
そちらの方を見やれば、こぎつねのちょっと弱気そうでいて、それでもまっすぐな視線と目があった。

『どうした』
「ねぇ、あなたは、どうしてそんなに人間のことに詳しいの?本当に“きつね”?」
『狐だなぁ。オレを産んだのは尻尾が綺麗金の狐だったよ』
「やっぱり“きつね”なんだ。どうしたらわたしもそれくらいうまく変化できるかな」
『んーそうだな。いっぱい食って、いっぱい寝て。しっぽの手入れをして、適当にすごしてただけだしなぁ』

 オレの場合は尾が多すぎて、手入れも時間がかかるがな。
そこは秘密。

『しいていうなら妖力をあげるか、イメージだな。
尻尾がないイメージ。耳は人間と同じ丸いイメージ』
「う〜ん。それが一番難しいよぉ!どうして人間は尻尾がなくてバランスが取れるんだろう。耳があんな小さくて周囲の音は聞こえてるのかな?いつ襲われるかわからなくてこわくないのかな?」
『・・・は、ははは。そういう生き物なんだろうさ(やべぇ。元が人間だったから尻尾でバランスをとるっていう感覚のほうがわかんねぇや)』

 こぎつねの悩みを聞いていたはずが、なんだかオレと人間と獣の違いを突き付けられたようで、これ以上オレはこぎつねの疑問に答えられそうにはなかった。
むしろオレって人でもなくて、獣でもないって感じがあからさまになった瞬間で…。
ちょっとグサッときたかな。グサッ!とさ!!!
そんなわけで、あわてて無難な話へと方向転換したが。
さてさて。オレってば、だれにも違和感を持たせずこの先も無事に生きていけるんだろうか。とか、真摯に思ったものさ。



 それからしばらく学校の門のところで待っていたら、一人のが学生がかけてきたのを見て、こぎつねがあれが“なつめ”だと告げたことでオレの役目は終了したとホッとする。
保護者が来たなら安心だなと。
お役目御免のオレは、近づいてくる気配が来る前に

『またなチビ。あまりオレの森に迷い込むんじゃねェぞ』
「え?」

 指パッチン。
その一つの音を合図に、オレは森に戻った。

たまの人間観光もいい暇つぶしになるようだ。








「あーあ。いっちゃった」
「あれ?いまおまえのほかにいなかったか?」
「なつめ!えっと。えっとね。わたし、とおなじきつねの」
「?」





* * * * *





 この際だから、ハッキリ言おう。
長い間を生きるのも結構暇になる。
ひまである。
 そんなときに出会ったのは、小さな子狐。
人間に興味をもっていたそのこぎつねを見送ってから、酒を飲んでごろごろしているのも面白みを感じなくなっていた。
 ひさしぶりにみた学校。
そのせいか、なんだか人間の暮らしが懐かしくなってきたんだ。

『本格的に通うのもありかもしれない』

 たまには人に化けて、人間社会に混ざってみるのもいいかもしれないと、オレはこの前みつけた人間の学校にもぐり混んでみることにした。
九尾の力ではじめからそこにいたと思い込ませ、オレはあっさりと人間たちの中に紛れ込むことができた。

 始まりの前世は地球だったし、長生きをしたから、自分はひとより物知りだと思っていたが、久しぶりに授業というものを受けてみて、地理や公民や科学やらが壊滅的な自分に驚いた。
すっかり年寄りゆえの天狗気分でいたが、実際は浦島太郎だったようだ。
始まりの前世が地球だったため、自分の学のなさに悔しくなって、ついついそのまま人として学校へ通って一年がたっていた。
 半年もたてばオレの学力も何とか上がり、ひとの友人もできた。
 ようやく65点か。
国語だけダントツにいいのは、長年九尾なんぞやっているからだろう。
漢字の知識だけは豊富だった。
 あやかしたちの間では、計算ができるだけでも頭がいいと自慢できる。勉学とはとてもハイレベルなものである。
やはり人間はまじめな生き物のようで、縄張り以外のことにも気に掛けるため、勉強とかよそ様の国の歴史まであったりしてけっこう大変だ。
もぐりこんだ学校でみた勉強のレベルも凄い高かった。
学校としては普通のレベルなのかもしれないけど、数百年狐だったオレにはパッパラパーなことが多くてビックリしたものだ。

 なお、オレが治める森では最近、宿題ごっこが流行っていて、足し算引き算の出来で競い合っている妖怪の姿がまま見れる。

 実は、うちの森、『賢帝の森』っていわれてる。
よい酒が湧き出るのが売りなのに、「月見」とか「酒」とか「青い月」とかそういった単語がいっさいはいらない――『賢帝の森』だ。
賢いあやかしたちが住まう森――っていう意味らしいが、実際は通りすがりの小学生が落していった数学のドリルを森の誰かが拾い、なんだろうっていっていたところにオレが面白半分で問題を解いたのが事の発端だ。
そうしたら“算数”が、森の中ではやり始めたというだけのことなんだけどな。
 まずは足し算引き算が流行った。
結果が、あれ。
もしかすると、オレが学校なんかに通うことになったことも森の呼び名が“ああなった”ことに関係しているかもしれない。
 とにもかくにも、妖怪たちに割り算をおしえるのは苦労した。
分母がなぜ下で、上で固定されてるとか、オレが知るわけないだろう。
そんなにしりたいのなら、どこからか学者を浚ってくるんだなと言いたい。むしろ叫んだがな。





* * * * *





 しらなっかたこと。
わかったこと。
どうやらこの世界は【夏目友人帳】の世界らしい。

 どうりでこの世界あやかしが多いと思ったよ。
いや、妖怪であるオレが、そういうことを言うのはわらえるんだけどさ。

とりあえず世界に関しては、納得した。


 っが、だからといってオレが、この学校をやめるわけではない。
あと一年は学生を楽しもうと思っていたんだから当然だ。
そうしてオレが日々勉学に励んでいる間に、ひとつふたつとあやかしたちのあいだで、『夏目レイコ』の話や、『友人帳』の話題が出始めた。
ついでにこないだのこぎつねを迎えに来たひょろっとした少年がかの『夏目貴志』だというのは、最近知った。

 どうやら彼は隣のクラスらしい。
そのせいで勉強に忙しかったオレは気付くのが遅れたようだ。
そうこうしているうちに夏目の周囲にやたらと豚猫やら、悪い黒い影が見えるようになった。

『夏目の力に惹かれてくるか』

 夏目だけでなく、ニャンコ先生も含め、人の姿になっているとみんなオレが妖怪だと気付かない。
オレは人に姿を変えても面倒だから髪の色は変えていない。
それにもかかわらず誰も気づかないのだ。
 髪に関しては、九尾の力で髪の色を変えても霊力がある程度以上あると赤色に見えるらしいのは百も承知なので、隠すのも見つかった時の説明も面倒だし、そのために毎日力を使うのもめんどくさい。なので髪の色はごまかすことなく、外人ということで説明している。
なによりオレは、前世があるため自分の赤い髪色を誇りと思っているので、隠す気自体なかったりするのだが。
 なお元が人間だったせいか、気配を消すのも妖力を消すのも人らしく振舞うのもおてのものだ。
なのでかの有名な夏目であろうと、いまだばれたこともなく、同級生程度には仲良くしてもらっている。

だから、彼らは気付かない。


 芳しいにおい。
人の中にまぎれる強い力の気配。
夏目にひかれて集まる“よくないもの”の類を、オレが消し去っていることを。



 彼等はしらないまま。
それでいいとオレも思ってるけどね。

『とくと去れよ。ここは“オレの領域”だ』

 まよいがのようなオレの森。
長い間あの森にいたからか、その性質はオレも持っている。
この学校もオレの領域としてしまえば、あまり悪いものははいってこれない。
ただ、うっかりすると生徒が異空間とかに迷い込みかねないので、森の性質そのものをこの学校に持ってくることはできなかったけれど。
ただ悪い者に関しては、オレだけでもどうにかなりそうなものは、近づけさせないようにはできる。


 隣のクラスでいつも戯れている夏目やその友人たち。ニャンコ先生。
彼らはきっとしらない。
オレがテストを受けながら、しっぽであやかしを踏み潰していたり、廊下を歩きながら結界を張っているなんてこと。

 ま。それでいいと思うんだよね。
ひとのこはひとのこらしく。
こどもはこどもらしく。
今という時を精一杯かけ続ければいい。
オレは『今』という一瞬が、どれほど儚く、どれほど愛おしものなのかを知っているから。
こどもたちは――ただ、この瞬間を生きていることを誇りに思って、笑っていればいいんだよ。

こどもたちが笑っていられるのなら
 オレは君の影となって、できる限りを守ろう。

それが最近のオレの楽しみのひとつ。





* * * * *





 そういえば最近、面白いうわさを聞いた。
あやかしたちの間でひろまっている噂だ。
 友人帳の夏目と、彼がしたがえるチンチクリンなブタのこと。
祓い屋のこと。
森の神が数年に一度の祭りを開くこと。
たとえば――とある森の主が不在であるとか。
 最後のは、ぶっちゃけオレのことだろう。
 賢いあやかしたちが住まう森の主が消えた。その賢いって、元ネタは小学生が落した算数のドリルがはやったってだけなんだけどな。

 どこもかわらない。
噂は人の世もあやかしのよも絶えない。
四季のごとく常に移り変わり、さざなみをひろげて、新たな話題を生んでいく、

 そろそろオレは一度森に戻ろうかな。
――とは、言っても、住宅街に家なんかないから、もとから森から通ってたけどな。

 それに噂にひかれて、やっかいなやつも来たようだ。
祓い屋――“まとば”というのが、オレの森を探してる。

『めんどうだなぁ』

 この世界の主人公が、君であるならば。
オレの小さな今と言う世界も守ってはくれないだろうか。

『いや、他人に頼むより、いっそのこと…』

 オレが直接行けばことたりるのでは?
あれ?でもそうすると、オレはいつ森を守りに行けばいいのだろう。

とりあえず、テストが終わってから難しいことは考えよう。













それにしても――





『…随分と、懐かしい気配がするな』


 なつかしい友が、この世界に舞いおりたたようだ。



 窓の外からみえた門の側に教師とたたずむ少女の姿に、オレは思わず嬉しくなって、笑みがこぼれるのをとめられない。
 転校生が、やってきるようだ。
彼女はどうやら夏目のクラスのようで、隣のクラスの担任と何か話している。


 なぁ〜に、不安そうな顔をしてるんだか。
大丈夫なのに。
この世界は、それほどひどくはない。

長い年月、オレが守ってきた世界だ。
君もすぐ馴染むだろう。

ああ、そうだった。



『なぁ、。今度のお前は“いつの時代からきたお前”なんだろうな』











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トリッパーな君は、今度はこの世界にどうまぎれこんでいるのか。
オレに君は気付くだろうか。
ああ、これから先が楽しくなりそうだな。








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