10.帰る場所 |
おちておちておちて・・・ そのまま悲しみの海におぼれてしまいそうだ。 暗闇にさしていた光は、閉ざされた門によって一筋も差すことはなく。 ただただ絶望感だけがのこる。 必死に手を伸ばすも。 この手はなにも掴まない。 そう、なにも。 当然だ。 だってオレは・・・・・ 頬伝う何かが、流れ落ち、あがっていく。 ::: side 夢主1 ::: ――なにか 悲しい夢をみていた気がする。 目を開ければそこは、いつもと変わらない青い海と、自分の敬愛する人が船長をする海賊船の上だった。 頬に違和感を感じて触れてみれば、そこはうっすらとぬれていて、泣きながら寝ていたのだと知る。 ああ、どうやらオレは“以前の世界”の夢をみていたようだ。 世界に拒絶される夢。 思い出はすべて嘘だったとばかりに、大切な人たちを置いて行かなくてはいけなくて。 ひとりきりになって。 たすけてほしくて、ひとりになりたくなくて、伸ばした手は届かなくて・・・ 「怖い夢でもみたのか?」 『ねぇ、爺様。 ……オレは、たしかにココにいるんだよね?オレはここにいていいいんだよね?』 「ああ。当然だろう。お前はここいいろ。ここお前の帰る場所だ」 『…ありがとう爺様』 泣きあとで、オレが“また”夢を見ていたのを爺様に知られてしまった。 だけどオレが情緒不安定な時は、いつも爺様が側にいてくれるから大丈夫。 その大きな手で頭を撫でてくれるから、オレがココに存在しているのだと実感できる。 そうして、オレに「ここにいろ」と言ってくれるから、もう怖くないよ。 だからもうオレは大丈夫。 オレは今、“ここ”で生きているから――。 * * * * * * オレは―― ()。 前世の記憶を持って生まれた。 オレが死んだのは二度。 これで三度目の転生だ。 以前は世界に拒絶され消された。 そしてこの世界に生れ落ちた。 この世界のオレは―― まず、オレの出産とひきかえに母親が死んだ。 赤い髪のきれいなひとだった。 けれどどこからかこの場所に無理やり攫われてきて、その結果にオレが生まれたのだというのは後に知った。 さすがのオレも某ゲのつく妖怪の親父様のように、気力だけで肉体を捨て目玉だけで生きれるようなチートじゃない。 生まれたばかりですでに自我が確立されていたとしても、臍の尾もついたままの赤ん坊だったオレは、歩けもしないし言葉を話すこともできない。 死んだ母親には悪いが、自分で臍の尾を切る――それさえ不可能だ。 所在を誰かに告げるようにしかたなくわんわんと泣きわめけば、泣き声をききつけた男に拾われた。 男は孤児を拾って育てているらしく、オレの他にもたくさんの子どもが彼のもとにはいた。 少し成長して、男が何をしているか知るまではそう時間はかからなかった。 オレを拾った男は、子供たちに犯罪を仕込み、物を盗み、だまし、奪い、殺し、そうやってかせぎをえていた。 暴力なんて当たり前だ。 もともとこの島じたいに“普通の住民”はいないらしく、ここは人売りたちなどの犯罪者の流れ着く場所のようだった。 大人の女性は、みな、外から連れられてこられた者ばかり。 あるいはこの島で生まれ育ったかのどちらかだ。 子供は奴隷のように扱われ、ときには商品にされる。 女であれば慰めものにされる。 男が子供らに仕込んでいた盗みや殺し、暴力もありきたり。 そこで育った者達は世界を知らずに死んでいく者達も多い。 この島で生まれたものにしてみればこの小さな島がすべて。 ゆえにオレの知っている常識などすべてあてはまらない無法地帯と呼ぶにふさわしい場所だった。 灰色の空がひろがり、濁った目をした人々のみが暮らす腐った島。 地図にはないログポースも示さない島。 もちろん島の者は潮の流れの変化に詳しいから、やろうと思えば島を出ることもできる。 けれどその海流の影響で、海賊や難破船がよく漂着する。海を知らない者は、島から出れないと思い込むことも多い。 そんな流れ者を収益にかえている者もいれば、ときに同業者か、顧客があらわれる。あるいは島の住人の獲物となる者か。 なんにせよろくな島ではない。 オレは生まれたときから前世という記憶つきの自我があったから、走って逃げられるだけの体力と自分で何でもできるようになる年齢になると、子供たちが集められたその住処を飛び出した。 たしかそのときで3歳だったと思う。 さすがにその外見や体力などで、他の子供たちをつれて逃げることはできなかった。 なによりあの場所にいたこどもたちは、今の日常が“正しい”“普通”だと思い込まされていて、逃げようという意思さえ誰も持っていなかったため、説得なぞついぞ理解してもらえず、しかたなくひとりで逃げることにしたのだ。 住処を出た後は、島から出て海に出るつもりだった。 この島から外にでてしまえば、今より少しはましに違いないと思っていたから。 港へいけば、そこには海賊旗を掲げた船がちょうどついたところだった。 海流に流されたのだろう。しかし航海士がしっかりしていたのだろう。船に損傷はどこにもなかったから、彼らはまたこの船で海に戻ることができる状態だった。 もともと何かの船に密航するつもりだったが、海賊船を目の前にして、密航するのはためらわれた。 死んでは意味がない。 それに死ぬのは怖い。 だが、オレの考えは杞憂に終わる。 あとで、その船がどんな海賊の船であるかを知ったから。 オレが「海賊なんて」「まだ死にたくない」そんな一瞬の躊躇したせいで、目の前にいた人に気付かず、オレはこちらにむかってきていたひとと正面からぶつかった。 脆弱でちっぽけでしかない今のオレはあっけなく弾き飛ばされ、しりもちをつく。 相手は驚いたようだったが、身体を傾けもさせない。 大人ってずるいな。 「ああ、わるいな坊主」 顔を挙げてみれば、それは先程の海賊船の船長だとわかる。 考え事をしていたせいか、オレが小さすぎて見えていなかったか。どちらにせよと真正面から、海賊たちと顔を合わせてしまったのは計算外だ。 こうなっては、船にしのびこむもこともできない。 「どうした船長?」 「うわ、ちっせー。なにこのちびっこ?」 「もしかして小さすぎて気づかずに船長が蹴り飛ばしたとか?うわー可哀そ」 「っで、なんだぁおまえは?」 「どうやら船長がばかみたいにつったてるからぶつかったらしいぜ」 「がははは。そうだな俺がわるい。わるかったな坊主」 オレがぶつかったのに。 船員たちの茶化す声に笑って頷いた船長さん。 豪快に笑って、しりもちをついたままのオレの頭をわしわしとなでてくる。 その暖かさに、オレはこの世界に生まれて初めてぬくもりを感じた。 ああ、だれかに頭をなでられるってこんなに“やさしい”んだ。 これがぬくもりなんだなって。たかが三年で忘れてしまった人の暖かに、オレは言葉をなくしていた。 「お前はこの島のこどもか?」 問われても、頷くのが精いっぱい。 そうしてオレは見た。 あげた顔。視線の先。改めてみたそれがひどく見覚えがあることに。 それをみたとたん、記憶の底に沈んでいた《原作知識》がいっきによみがえった。 船に掲げられた海賊旗。 その見覚えのあるマークに、今度こそ涙があふれた。 ――髭の印象的なドクロマーク。 オレの目の前で、恐れる者などないとばかりに悠然とたたずむ彼らの誇り。 彼等の船長。 そこにいたのは、ロジャー海賊団だった。 ああ、うすれた記憶が正しければ、彼らは海の覇者となりうる者達。 後の海賊王だ。 かいぞくおう。 それを思い出したら、今度こそ、オレの目から涙はあふれ、決壊したダムのように・・・あふれたそれはとまらなくなった。 ひとつふたつだった粒は、気付けばとめようがようがないほどこぼれ落ちていて、オレはそのまま“光”にすがるように。 ロジャーに向け、額を地面にこすりつけるように目の前に立つ男にむけ土下座をして、懇願した。 『たすけてください!こどもたちをたすけて!お願いします!!』 「おいおい俺たちは海賊だぞ。ひとだすけはしない」 『“だから”たのむんだ!』 オレはなぜ自分が、港に出てきていたのかを地面に額をなすりつけたまま語った。 この島がどういう場所なのかも。 この島で何が行われているかも。 ここではとても命が軽いことも。 オレひとりでにげるのはしのびなかった。でもちっぽけなオレには何もできない。 だから彼らにたのんだ。 奪う側である“海賊”である彼らに。 『みんなをたすけてください!』 「・・・“意味”を、わかっていてるのか小僧」 『ああ!あとの“すべて”をオレが背負う!だから』 ――この島からすべて奪ってください。 その後、地図にも載らない名もなき島の住人は全員ひとりのこらず死んだ。 その目が気に入ったと、ロジャーは、オレのただひとつの願いをかなえてくれた。 オレが願ったのは、この島の住人たちの命をすべて“奪う”こと。 海賊であるからこそ、目の前の相手に、この世で初めて俺オレに温もりをくれた彼らだからこそお願いした。 この温かい人たちなら、“優しさ”を与えられると。 オレではなにもできなかったから。 この島の人たちにひととしてのぬくもりを与えることも、この島の悪習から逃がすことも、この島自体から解放することもできないから。 そんなオレのかわりに、ロジャーたちにこの島のすべてを“うばって”もらったんだ。 それがこの島の住民にオレがしてあげられることだったから。 優しい温もりをあげることはできないけれど、それと等しく、すべてのしがらみからの解放を――。 海軍?海賊?責任なんかだれもとれない。だってこの島は地図にもないのだから。 だからオレは言ったんだ。 この島のことを覚えているのもオレの咎。彼等の命を「奪って」と願ったオレが、死んでいった者達のその重みを全部持っていく。 もしオレごときの命ひとつで、今オレが背負ったばかりのものに値するなら頼むと。 たらないのなら、この命をささげてもいいと。 それがオレの責任。 ロジャーたちはそのオレの言葉に頷いた。 死体だけが残る街。燃えさかる見慣れた建物や街の光景を見ながら、この炎のどこかで目覚めることのない眠りについた者たちのことを考えた。 最初に浮かんだのは、世界の広さも何も知らず死んでいった知り合いの子供たち。 そうして浮かぶ顔を忘れないように思い出して……彼等の来世を祈った。 炎は三日三晩燃え続け、すべてを灰へと還した。 炎を見ているとき、「泣かないんだな」と言われた。 はじめてロジャーにあったとき、頭をなでられたぐらいで涙はこぼれた。 けれどいまは涙は出ない。 ・・・泣く必要はなかったから。 母を殺した場所だ。 死ぬ前も死んだ後も彼女を侮辱した国だ。 外を知らない子供しか生まれない国だ。 どうして泣けるだろう。 オレはそのまま、にごった空気が炎と共に風にあおられ島の外へとすべて吐き出されるのをずっと見続けた。 海賊に頭をなでられ涙すること自体おかしかっただろう。 ましてや、「奪ってくれ」なんて―――薄汚れてやせ細った三歳の子どもが、土下座をして願う言葉ではなかっただろう。 その言葉は、島の住人を皆殺しにしてくれ」と同義語なのだから。 むしろ年齢とか関係なく子供が発する物でも、普通の価値観を持った人間が言える台詞ではない。 しかたない。オレはその普通に当てはまらないのだから。 みかけがまだ三歳児でもオレの中身はもう五十を優に超えている。 けれど、終わらせたかったんだ。 生まれて三年しかたってなくて、大人一人動かせる力もなくて、なんの能力もないオレには無理だった。 ロジャーの旗を見て、これが最後のチャンスだと思えた。 奪う側の海賊だからこそ、彼らにオレは一筋の希望を抱いた。 傲慢な考えだと言われようとかまわない。 この腐った島の住人を解放するために、オレは島の住人全ての死を彼らに願った。 更正させるとか話合いはいいのかと問われたが、それでは意味がないのだと、聞く耳持たず無理だったのだ首を横に振る。 オレに前世のような力があれば、逃げるなり殺すなり自分ひとりでしただろう。 力のないただの子供ではなにもできない。 それがなんと妬ましいことか。なんと歯がゆいのだろう。 でもようやくだ。 オレの歯がゆさもこれで終わる。 同時に彼らはこの島から開放されるのだから。 これでようやく、負の縁が結ばれた島がなくなる。 すべてロジャーたちがきてくれたから。 このタイミングで、彼が現れたことに感謝した。 天の采配に涙した。 『ありがとう。 あと、ごめんね。関係ないあなたたちに人を殺させた』 ロジャーたちが驚いたような顔をして、しまいには子供らしくなさすぎるオレの一挙一動に戸惑うような表情をクルーたちが見せ。 それにオレはそうそうに視線をはずす。 前世のことは話すつもりはない。 だってロジャーたちはやがて島を出るだろうから。 だからオレのことは、ただの変な子供がいたとだけ覚えていてくれればいいだけ。いや、むしろ忘れてもらっても構わないか。 できるなら、彼らが無用の殺しをしたことさえも忘れてくれればいい。 あとはオレが背負うから。 ロジャーたちが島を出る日。 出港の時間が近づいていた。 見送る気はない。 オレのことなど、いな、この胸糞悪い島のことなど忘れてしまっていいのだから。 忘れてくれた方がいい。 だからいかない。 オレはこれからどうしようかなぁと思って、焼け焦げた町だった場所を見つめていた。 「お前は墓守には向かないと思うぜ」 ふいに声をかけられた。 振り返ればそこにはロジャーがいて、オレに手を差し伸べていた。 オレはその意図がわからず首を傾げたが、「こい」とズイとその手を出される。 『どうして?』 「俺がお前をきにいったから」 『オレは貴方たちに殺しを強要したよ?嫌な記憶を思い出させる厄介者でしかないでしょう?』 「それがどうした。俺の下にいるやつらはな。“殺す”覚悟なんてぇもんは、俺の仲間に、いや、海賊になった時点でついている」 『でも』 「てめぇに墓守はむかねぇ。海賊の方が向いてると思うぜ」 ロジャーはそう言って口端を持ち上げると、オレがその手を取らないのを察し、今度はその大きな両腕をだし、オレを抱き上げると肩車するようにオレを肩に乗せて船へ向かう。 そこにオレの意見はなかった。 放せと言えば「イヤダ」と返される。 それを何度か繰り返し『まったく。お前はどこのジン・フリークスだ』と思わず苦笑がこぼれ、それにロジャーは「笑ったな。もっと笑え」と無茶な要求をしてくるしまつ。 でもあまりに彼の側は居心地が良くて、それ以上断ることができず、あっという間にオレは船に乗せられていた。 そして「おらよ」と、オレはぬいぐるみのように彼の手から別の誰かに手渡されてしまった。 「は?なんだよ船長」 「シャンクス、お前が面倒みろ。“同じ色”だろ」 「色って、髪か?それが理由!?まじかよ」 オレはたまたま正面に向き合う形だったから、そのときのニヤリと笑ったロジャーのドヤ顔をしっかり目撃した。 なんて顔だ。 未来の海賊王たちは、あの死の街を見た後でさえ、それでも彼らは海に出ると笑うのだ。 『オレは・・・ここにいてもいいのですか?』 「なんだぁ。もう船はでちまったよ。おまえ、海に放り出されたいのか?」 『そんなことはないけど』 「奴らの分も責任背負うなら、生きろよ坊主。それが男の覚悟だ」 『死ぬつもりはない』 「なら、このままここにいろ。あ、船長命令ってことでやろうどもいいな!」 『でも…オレは』 船に乗せられロジャーのドヤ顔を見て思わず呆然としていたが、オレを仲間にしようなんてどうかしている。 慌てて断ろうとしたが、彼らは三日間燃え盛る町を見ていたときと同じように、またオレの傍によってきて「なにをいまさら」「当然だろう」と笑った。 たくさんの手がオレの頭をなでてくる。 それに、「いろよ。ここがこれからお前の居場所だ」とロジャーが、さっきとは違う優しい笑みをオレに向けた。 なんて顔。なんて慈愛にあふれた優しい表情をするのだ。そんな顔、卑怯だ。 嬉しくてまた泣きそうになったら、彼のゴツゴツした手が、オレの赤い髪をぐしゃりと押しつぶすよになでる。 それにオレは、前世で世界から拒絶された恐怖をふいに思いだした。 ほんとうにいいのだろうか。 また、今までのように、突然すべてを消されるような“いつか”がくるかもしれないのに。 いつオレがこの世界から消えるかもわからないのに。 またオレのせいでたくさん殺さなくちゃいけなくなるかもしれないし、たくさん迷惑変えるかもしれないのに。 けれど、オレが否定の言葉を言うと、彼らはそれをわらって許してくれる。笑って大丈夫だと言い切るのだ。 どうして無条件にこの温もりをくれるのだろう。 ――あまりにやしくて、怖くなる。 オレがいなくなる恐怖ではなく、このぬくもりから離れなくなる。その失った時を想像して怖くなった。 彼らはオレが何度否定しても、逆にそれを否定する。 そして優しい温もりがたくさんくれる。たくさんがオレの頭をワシワシなでる。 彼等の言葉にも、彼らのたくさんの手による温もりにも――オレはうれしくなって泣いていた。 「傍にいてくれ」 こんな色男にそう言われて、泣かない人間はいないだろう。 これほどうれしいことはない。 前の世界では“拒絶”されたからよけいに、誰かに必要とされることが嬉しくてうれしくて仕方なかった。 少しの恐れは残ったまま。けれどそれ以上の歓喜に、泣き叫んだ。 そうしてオレはロジャー海賊団においてもらうこととなった。 拾ったのはロジャー。 けれど「こいつから離れるなよ」と言われたから、オレはシャンクスにくっついて歩いた。 いつのまにかそれが普通になっていて、オレはシャンクスに頭をなでもらうのがお気に入りになった。 それがオレの新しいハジマリ。 今度は0NE PIECEの世界で、オレの人生は幕を開いた。 側にはいつも―― 「ここがお前の居場所だ」と オレをこの世界に引き留める声がいつも響いていた。 -------------------- ロジャー、爺様、オレのセカイ ロジャー海賊団が 爺様が オレの居場所 ここが帰る場所 炎の町をみたその日 あなたがオレのセカイになった たとえ世界そのものに拒絶されようと 爺様 あなたがオレの名を呼んでくれるのなら ここに 戻ってこれる気がするんだ 怖い夢はもう見ていない ロジャー、爺様、セカイ あなたのぬくもりはなんて温かい ああ、でも・・・ この世界が0NE PIECEであるならば―― オレは重大な何かを忘れてないか? |