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- 元死神「夢主3」の異世界旅行記 -
04. 無垢なる雪に魅入られる


 時をへれば、それがもとは十尾のカケラだとて、それが巨大なチャクラの塊であったとしても、そこに魂は宿る。
やがてその魂は、九本の尾を持つ獣となり――九尾と呼ばれるようになった。

その魂は、はじめて目にした雪により、新たな道を開く――





-- side 九尾 --
 




 九尾は格子の向こう側で、苦しそうにうずくまるこどもの姿を心配そうにみていることしかできずにいた。
伸ばせば、人の憎しみを吸い込み赤黒く色づいたチャクラは届くだろう。
けれどそのチャクラが目の前の子供に触れれば、自分に向けられた憎悪の感情が、この小さなこどもに流れ込む。
手を伸ばすことで、目の前の相手が傷つく。
ゆえに九尾は手を出すことができなかった。

・・・』

 いまのようなことは何度もあった。
九尾がと会話をしていると、突然の様子がかわることはよくあった。
本人の言をかりるなら、「オレには痛覚はありませんから」とのことだが、どうみても苦しげに眉は寄せられている。
育ちが違う自信はわかっていないようだが、痛みはないのではなく、我慢できるということだろう。
九尾とがいるのは、精神世界だが、現実でおった怪我はそのままの精神世界であるこの場所にまで届き、その身に反映している。
九尾の見ている目の前で、が血を流す姿も稀ではなく、今回のように怪我や血が流れることがなくとも、毒などのせいで、その身体をかき抱くように丸まることは多い。それが九尾を憎む里人たちが、赤子であるナルトの身に暴行を加えているのだとわかる。
それがほとんど日常のようになってしまっているせいで、もとから常識にうとかったが、それが普通でないことに気付かない。

・・・外で、何があった?わしが食い殺してやろうか?』

 九尾が声をかけると朦朧としているだろう意識を無理やり起こすように、ピクリとの肩が揺れる。
 自身は気付いていないようだが、痛みが走ったり無理をすると、ここが九尾の領域であろうと、その勘定に感化されるようにチラリと小さな白い花が一輪か二倫ふる。
白はの精神世界の象徴。
その花は、に届く前に九尾のチャクラに侵食されて、赤黒く染まったのち、翠の炎に包まれて消える。
しかしその雪の花が九尾の前に現れるのは、この深淵の闇にまでの痛みが届いた証。
花は“痛み”が何かをしらない子供の、声なき訴え。

「・・・っ!・・・・・はぁ・・・大丈夫ですよ。
もともと物を食べることを、しなかった…ので、食べるという行為とは、はぁ、相性が・・・悪い、みたいで・・・・・・アレルギーなんですかね」

 再び花が舞う。
二輪の花びらに気付かずは空のような青い瞳が細められ、いつもの無表情に困ったようなかすかな苦笑を浮かべた。
その顔は青を御通り越して真っ白になり、嫌な汗が彼の頬を伝っている。
息も上がっているが、九尾の力が働いているので、命の危険まではなさそうだ。

『すまない・・・』
「九尾は、相変わらずですねぇ〜」

 始めのときよりも随分と良くなったのか、はのそりと身体を起こすと、荒い息を整えて、身体を引きずるようにして檻のそばまでやってくると、そのまま格子に背を預けるて崩れるようにそこに座り込む。

 九尾は届く範囲で、格子の隙間からそっとの身体に触れる。
 もっと幼い頃、乳飲み子であるはずのナルトに与えられたのは、ほとんど致死量に近い毒の混ざった哺乳瓶。
明らかに殺意を持って与えられたソレ。

(母乳は・・・わしがクシナを殺してしまったからありえないだろう)

の記憶を読み得た情報に、九尾はどうしようもないやるせなさを覚える。
いつも無表情で、感情がないように見えるだが、その実、たくさんのことを考えている。
たまに――というか、ほぼすべてだが――その思考がずれすぎていて、常識の斜め上から意味不明な会話をしてくることはあるが、とて感情がないわけではない。
 きっかけがなければ現実に戻れないといっていたは、生まれてからその時間のほとんどをこうして精神内ですごしている。
九尾はそんなのかわりに、“ナルト”の目を通して世界を見ていた。
九尾が見た外は、里を壊したわしへの憎しみであふれていた。
ナルトはその怒りの中心にいた。
いまも同じ。
精神世界でが倒れたのは、与えられた哺乳瓶に含まれているのが毒だからだ。
 九尾はとっさに感情に身を任せて、という魂が宿る肉体へ殺意をむけるものを排除しようと一瞬“力”を膨らませた。
ナルトへ危害を加えるもののへ罰を。仕返しを・・・そう思っていた。
ナルトの身体を借りることができるのもこの檻から漏れる力が届く範囲内でだが、ただの人間に対してはそれだけの力で十分だ。

(ひとひねりで殺してくれよう)

 九尾はナルトの目を通して“見えた”光景に、とっさに怒り狂いそうになったが、の「どこかへ?」という静かな問いに、怒りを静めた。
 現世に怒りの触手を伸ばそうとしたところで九尾はあわてて精神世界にもどり、の側に戻ると、寂しさも悲しみも憎しみさえない透明な青い瞳と目が合う。
感情を知らないというだけあって、その目に憎しみや苦痛という負の色が宿ったことは一度もない。

『すまん・・・』
「なにがです?」

『・・・・・・おぬしはつよいの』

「ちがう、と・・・おもいます」

 そんなはずはない。
 あのまま声をかけられなかったら、怒りに身を任せてナルトの身体で、目の前の乳母役を殺していただろうと、九尾は首を振るう。
そうしたらナルトの立場が余計悪くなっていただろうことに、今更ながらに気付いてゾッとした。
ナルトをしぶしぶながら育てている乳母役のその目も、生まれて間もない赤子に人がむける目ではないことは、九尾でさえわかる。
九尾がみた外の世界――そこにあったのは、三代目火影以外が向けるナルトへの目は、すべて九尾に対する憎悪にくもったものばかり。
九尾とナルトは違うというのに。

それでもは「これが普通でしょう?」と穏やかに笑う。

 笑うことしか知らないこのこが感じている吐き気や痛みなどが、すべて前世となにも変わらないと、それが普通だと思っている彼を見て、思わず自分を呪いたくなった。
気が触れていたとはいえ、なぜあのときこのこどもの両親を殺してしまったのだろう。
今、あの二人がこの子の側にいれば、少しは愛情を与えられ、普通の暮らしを知れただろうに。
里を憎しみで染めたのは自分――しかしそれは、操れていたときのこと。
それを言葉にすることは、自分が許されたいから、そのための言い訳にすぎぬとわかっているから声に出して言うことはしない。
 九尾がその想いを口にすることはないが、奪った自分になにができるのだろうと、と過ごす日々で、新たに感情が芽生えていく。
自身は何も変わらないのに、それでも彼を中心に世界が開かれていくのに九尾は、出会いにより生まれた勘定という心でもって子供を守ろうと己に誓いを立てる。
やってしまったことには取り返しはつかない。
けれどそれを補うことはできるはずと――。

『すまん。すまんのう・・・』


しかしは――

「あの、なにがです?
このていどなら死ぬわけないじゃないですか。・・・ハッ!この身体は人間のものでしたね。しまった。まさかここまで人間がもろいとは。
あの、人というのはこのていど死ぬのでしょうか?」

 どこまでもはずれていた。
長年災いのひとつとして恐れられてきた九尾でさえ、をずれていると宣言できるほど、元死神の常識と価値観はずれていた。
彼の考え方が、愛情を知らないとかそういうレベルでないことをその後九尾は改めて思い知らされた瞬間だった。

(せめて・・・誰かこやつに常識を叩き込んでくれるやつはいないだろうか)

 がナルトとしておった怪我を九尾がもつ巨大な治癒力で治しながら、この怪我をおうこと自体が普通でないと理解させてくれる人間を檻の中の尾獣は求めた。
たとえそれが尾獣らしからぬ考えとて、今はまさに切望してやまないのが常識を持つ人間だったりした。





**********





 いい加減自分の器たる者の歪んだ人格に慣れ始めた頃、九尾は、いつものように精神世界にやってきていたの(相変わらずツッコミどころ満載の)話をおとなしく聞いていた。
そこが指定席とばかりに、は封印の札の下の方の格子によりかかって、そこから暗闇のさらに向こう側にいる九尾に笑いかける。
 からは暗すぎるのと九尾が巨大すぎることで、九尾の全貌は見えないのだという。
だから「九尾の姿がいつか見たい」と、相変わらずの淡々とした表情で告げる。
それから話の流れは、この下水道のようにパイプのめぐらされた闇をみて、しっけぽいという話に発展した。
洗濯物はどうするんだと?と問われた九尾が、彼を納得させる回答を出すことはついぞなく・・・。
そして結論として、ここは精神世界なのだから、洗い物はでないということに落ち着いた。
 ここは精神世界。
パイプの覆う地下道は、まさに九尾の精神敵領域であるからに等しい。
逆にの精神世界は、一面美しい雪でおおわれているのだという。
むしろ雪しかなく、どこまでも果てがない世界だ。

「ひとによって精神世界が異なるのはわかるのですが・・・狭い場所にさらに狭い空間を作ってはいるなんて。どういった精神をしているんです?さすがのオレもちょっと・・・」
『ひくなー!!わしの趣味じゃないわっ!!これはおぬしの父親に封印された封印の牢じゃぁっ!!』

 無表情のまま、視線をフイとそらして一歩後退しようとしたに、九尾が檻の中から鋭いツッコミをいれる。
とはいっても、檻からでることはできないため、言葉だけのやり取りだ。

「ふういん?おり?・・・ちち・・お、や・・・?」

 ふいに視線を自分から足元へと向けたの様子を見て、九尾はしまったと慌てて口をつぐむ。
“父親”という言葉に、一瞬大きく見開かれた青い瞳。
動揺するように揺れ動くそれ。
やがていつもの大きさに戻った青は、うすく陰りをのせてふせられた。
瞳がふせられたせいで九尾から反らされた視線。
話す事も動くことさえも突然止めてしまったに、九尾の方が動揺を隠せず檻の中でそわそわと身体をゆらしている。
しかしそれにが気付いた風もなく、ただぼぉ〜っと地面のほうを見ていた。

『ナルト・・・思い出したのか?』

 がこうなったのは、話をしているうちに、いつしかナルトの両親の話になったのが原因だった。
「お前の親のせいだ」と九尾が、売り言葉に買い言葉でうっかりと口を滑らしてしまったのだ。
そのせいとしか思えないタイミングで、の動きが止まり、それに九尾はどんな言葉を投げかけていいかわからなくなった。

 やっとなにを考えているのか分かり始めたばかりの子供。
こんな奥深い封印の場所になど誰もこないし、くるはずもない。
どうせなら話し相手がいるのもいい。

――そう、思った。

はじめて、ひとという生き物に・・・興味を持った。
そう思った矢先だ。

 おかしなことしか言わないが雄弁だった口もとまり、動く気配はなく何かを思い出すように目を見開いて固まってしまている。
その身体がピクリと動き、そのまま格子によりかかってきた小さな身体が、両親のことを思い出しているのだと理解できた。
が“ナルト”として生まれ変わったときに己の失態で見せてしまった、両親の・・・最初で最後の瞬間
それを見せてしまったのは自分だと九尾は後悔する。

こどもが幸せになる権利も、この幼子を愛してくれただろう両親を奪ったのも自分。

九尾はその考えに己の業をみて、目を閉ざす。
再び目を開いたとき、そこにはまだ檻によりかかる幼子がいた。
その姿を見て、思わず消えてしまうのではないかと思えた。

(人でも生物でもないわしが望む権利はないのかもしれない)

九尾にしてみたら、ここは苦痛でしかなかった場所。
それでもこの子供とすごしたここ数年は、すべてが真実で――暖かかった。

『この数年で、わしはどの尾獣どもとも違う、獣として以外の精神を得た。
憎しみなどの負の感情以外の心や考え方を得た・・・・・・

だから、望んでしまった。


どうか嫌わないでほしいと・・・。


 心のそこで、望んでいたもの。
そしてなぜすべてを手に入れられる力を持つ九尾たる自分が動揺などしたのか。
理由がわかってしまった。

『心とはなんとやっかいなものだろうのう』

 ずっとそばにいるから、ひとと同じような愛着をもってしまったのだろうか。
九尾は檻の隙間からそっと鼻先だけを出して、人形のように動かなくなったの肩をつつく。


 この子が、死神だろうと、四代目の子供だろうとなんでもいい。
どうか“つれて”いかないでくれと。
この子を・・・壊さないでくれと。
わしは一生、この檻からでられなくてもいい。
この子に幸せをあたえてほしい。

このこが真実を思い出してなお、己を嫌わずにいてくれることを・・・

そばに――・・・



「そうだ今度は雪を一緒に見に行きましょう」

『はぁ!?』

 突然ガバリと顔を上げて、いつもの感情の伺えない無表情で告げる相手に、言われた九尾の口が思わずパッカリとひらいて閉じなくなる。
突然話が飛んだのは誰の目にもわかる。
しかし本人は気付いていないのか、雪の話やの精神世界について延々と語り始めている。


とつぜんなにごとだ!?

(意味がわからんぞ!?)

九尾の心の叫びなど知るはずもなく、今日もは青い瞳を真っ直ぐと向け、なにを考えているのか分からない思考でもって九尾に話しかけ続けた。
そのあとどれだけ話をあわせようと頑張った九尾の苦労などそっちのけで、との会話がまっとうに成り立つことはなかった。








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おいおい。本当にだれかこいつに常識を叩き込んでくれよ


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