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-「夢主3」の異世界旅行記-
02. 悪者だった狐の方が心がある


 花が降り注ぐ雪だけの世界。
雪でできた花は、ものにあたればそこで翠の炎となってポーンとガラスが砕けるような音を立てて弾けて消える。
そこはオレだけしか入ることができないはずの、オレの精神世界。

だけど、いつのまにか、オレの腹の中には一匹の狐がいた。





-- side 夢主3 --
 




 ひらりひらりと・・・
白く儚い 雪が 降る



 まぁ、いたからには、そのままいればいいと思うよ。
なんせオレの精神世界って異常なまでにただっぴろいし。
ばかでかい奴の一匹や百匹ぐらい平気で共存できると思うしね。
 そんなわけで、なぜかいる自称九尾の狐とやらの精神世界にいるオレ。
なんとかというか。
九尾というのは、とにかくジメジメしているし、暗いし、オレとは違う精神の持ち主のようだ。
しかもでかい身体とその声の大きさは比例していて、話しかけられていると気付くまで申し訳ないことに時間がかかった。
まさに勘で、その轟音が声だと気付いたあと、「食べちゃうぞ」「さぁ恨みを一緒にはらそうではないか」と誘われていたのを知った。
恨みってなににだろう?もう少し声の音量を下げてくれたら少しは聞き取りやすいのに。
もしかしてオレを置いて死んでしまった両親へのうらみか?そういえばさっき九尾が両親がどうのといっていたような気が・・・しないでもないな。
いや安心しろでかいのよ。
オレはしっかり今生の両親には別れを告げてある。
恨みはないぞ。問題なしだ。
それよりオレのわかる言語で語りかけてくるということはでかくて暗くて光る目しか見えないが、相手には会話をするだけの知能があるということだ。
つまり、この精神世界にくれば、オレのさびしすぎる精神世界とは違って話し相手ができるということ。
長い死神人生より長く感じたあの赤ん坊期間は、自分の身体を自由に動かせなくて苦痛だったし、暇な時間をひとりボヘッと過ごさなくていいということだ。
オレは歓喜した。
たぶん目は輝いていたんじゃないかと思う。
思わずヤッコさが何か言っているのも構わずに、オレとお喋りしましょうと話しかけていた。

 それがオレと九尾のはじまりの出会いだった――。


『452年目か?』
「いや。まだ432年目です」

 オレは前世で死神だったときの愚痴を事細かに話していた。
 九尾がぐったりしたように聞いてくるが、オレの享年は1961歳。
彼には悪いがもう少し聞いてもらいたいものだ。

 それからなぜか封印ようだという檻の格子をうっかりすり抜けてしまった。
ハテ?これは封印の檻だときいているが。・・・・まぁ、オレに施されていた封印術よりは弱いよなぁこれ。まだこの術のどこにもヒビも入ってないし壊れてもいないけど、なぜオレはすり抜けられるのだろうか。
おかしいなと思いつつ、九尾に近づけるチャンスをオレがのがすはずもなく、手を伸ばした。

ごめんなさい。

だってこんなモフモフみたことない。
思わず伸ばした手がそのまま毛を引っ張ってしまい、九尾の毛が大量に抜けてしまった。
ごめん!本当にごめん!こんな簡単に抜けるとは思わなくて。
もしかして九尾って円形脱毛症だった!?そりゃぁ、毛を大事にするわ。
本当にすまん。

「あ、そういえばキツネっていうぐらいですからシッポはさらにもふもふなんですよねえ!?」

檻の中をよくのぞこうとおもったら目の前でなにかが視界をよぎり邪魔だったのでひっぱたたら、ひげだった。
おや、ずいぶん立派な髭だな〜。と思っていたら、勢いよく九尾が檻の中をあとづさるものだから、触っていたヒゲまで抜けてしまった。
本当にこの九尾という生き物はかわいそうだな。
高齢の爺どもがハゲを気にして髪をいじくりだすのを思い出す。
あ、そっか。九尾もさぞや高齢なのだろうな。
さすがに毛なしはかわいそうに思えたので、なにかくっつけられるものはないかと捜す。
くっつけるものっていうとノリか?
そんなもの前世の家にはなかったな。必要なかったし。
そういえば米粒をノリの代わりにしていたはず。
米粒なら天然酵母?だし、天然とつくくらいだから自然な物質。自然ってことは体にいい?

『ぎゃぁ!!!!はいってくるなぁ!!ってかぬくなぁ!!!!』

ぶち

「あ。ひげ・・・へっちゃいましたね。米粒でくっつきますか?」
『つくかぁーーーーーー!!!!』





**********





 九尾の精神世界に遊びに行くようになってしばらくしたころ。
外の体調が精神世界のれにも反映されることが分かった。

 む。今日はちょっとお腹とか変な感じがした。
のども焼けるようにあつい。
おおっと。今度は腕に蚯蚓腫れができたぞ。
赤子をいたぶる変態が外にりうでござるぅ!!道理にはんするのでぶったぎりたい。ほら殺しても大丈夫!どうせみんなソールソサエティーにいくんだから。死ぬんじゃなくて"むこうにいく"という概念であっているはず!

とはいえ、オレは本来は赤ん坊なので、動けないんだけどね!

 みみずばれはもしかすると、刺客ではなく、外――現実世界でベビーベットの柵にでもぶつけた可能性も高い。
・・・・・ところでなんで刺客がくるんですか?
イミフですよイミフ!
前世のような大貴族でも力のあるお人形でもないですし。役に立つとは思えないのに、なぜ"ナルト"を狙うのか。
"ナルト"を狙う意味が分からないから、これはやっぱり刺客じゃないな。
なるほど!オレの寝汚さのせいで傷ができたのか。
絶対寝返りに失敗してできた傷に違いない。
精神世界まで影響を及ぼす傷ってことは、オレってそうとう寝相悪かったのね。

とりあえず座っていたほうが楽な気がしたから、ぬれるのもかまわず九尾のいる檻の前にしゃがんでみる。

あ、今日は冷たくないな。
水って、つめたいものじゃないのか。
これってやっぱり精神世界だから、その影響が温度にでもでるのか?とのんびり考えていたら、心配そうな声で“本当の名”を呼ばれた。

・・・』

死後の世界で死神家業にいそしんでいたオレの・・・その前世の名は、いわば魂に刻まれた名前。
その名が言霊となり、あらぬ世界に意識を飛ばして今日の水温について考えていたオレを現実に引き戻す。
現実といってもまだここは精神世界のなかだけど。

)”――それが死神だったオレの名前。
いまは“ナルト”っていうらしいけど、九尾はオレを前世の名で呼ぶ。
それが真名となって、オレの意識を九尾へ向かせる。

・・・外で、何があった?わしが食い殺してやろうか?』

なぜ突然食い殺す発言?
意味がわからない。

そもそも殺すなら自分でやるよ。

殺すぐらいならオレのほうがうまいのに。
きっと赤ん坊でもオレの方が専門なのでうまくできる。
それにやるなら自分で“おくって”あげないと、ちゃんと魂葬ができたかきになるから、自分でさいごまできっちりしないと気が済まないんだけど。ああ、これは職業病だな。

自分の世界に入っていたオレを呼び戻した心配性の狐さんは、随分と話しかけてくれていたらしく、聞いてなかったオレは思わず首を傾げそうになる。
そこで“外”という言葉に、現世の赤ん坊のオレの身に何かあったのだと判断する。

「・・・っ!・・・・・はぁ・・・大丈夫ですよ。」

あぁ、そうか。
いまのどが変で美味く声を出せないのも、体中がだるいと思うのも、この身体の傷とかすべて、“外の肉体に”与えられたものだとようやく思い当たる。

「もともと物を食べることを、しなかった・・・ので、食べるという行為とは、はぁ、相性が・・・悪い、みたいで・・・・・・アレルギーなんですかね」

ん〜。
今の時間ならごはん(哺乳瓶)の時間だな。
ってことは、いつものあれだ。
死神は霊力と呼ばれる魂の力が大きければ食事が必要になる。
けれどオレはでかすぎる霊力をうまれてすぐに自ら封じてしまいそのまま千年以上過ごしていたので、普通の死神以下の霊力しかつねにださなかった。
おかげで食べ物なんてたべなくても死ななかったんだ。
つまり、これは一種のアレルギー!そうに違いない。
だって食べ物を食べるたびにこうやって身体がちょっとおかしくなるし。

『すまない・・・』

心から謝ってくる九尾は、相変わらず心配性で・・・。
いやや、この体調不良は、明らかにオレのせいだよ!オレが人間じゃなかったのが悪いのに。
それを自分のせいだという狐さんは本当に心が優しいいい子だ。
子どもあつかいするなって?むりむり。だって狐さんなんか、オレの半分も生きてないんだよ。そもそも狐さんによるとこの世界は誕生してから数千年もたっていない。へたすると千年もたっていない可能性がある。どんな赤子?って思っても仕方ないだろう。
世界が生まれてから“最初のオレ”が死んだときの日本の西暦よりもはるかに短い年数しかたってない。
若いんだよみんな。

「九尾は、相変わらずですねぇ〜」

ああ、ほら。こんな幼い君がそんなつらそうな顔をむけてくるほうが心が痛い。
たかが食あたりと寝相の悪さのせいだというのに、こちらを心配してくれる温かい心がうれしい。
思わずその優しさに笑みがこぼれる。

なんだか落ち込んでいるようだから九尾を撫でてあげたくなって、そのフサフサの毛にさわろうと自分のものではないかのように若干重く感じる身体を起こして、檻までいこうとする。
だけどアレルギー反応って凄い。
失敗するとエビを食べただけでオレのいた世界(死後の世界)にきちゃう人間がいたってきいていたことがあるけど、いまならそのアレルギーの恐ろしさがわかる気がした。
息が苦しい。身体が重い。石でも背負ってるようだ。
途中でこんな重いものをひきずるのが面倒になって、結局檻の格子までたどりついたら、それに背をあづけるように腰を下ろす。

無理に動くのをやめたら少しだけ息が楽になる。
やだ〜運動不足じゃないのオレってば。
ちゃんと首がすわって現世で肉体がしっかり動くようになったら、即体を鍛えなおさないと。

そのためには・・・

協力してくれないかな?
“ナルト”の中にいるという狐さんもそうだし、現世の人間の協力も必要だ。

そもそも“人間”ってどうやって生きてるんだろう?
霊力なくて、どうやって生きてるんだ?空腹はどうやったらやり過ごせるんだったか。

九尾ならこの世界に長い間生きてるというから、人間がどんなものかしってるはず。

口を閉ざしてしまった九尾をじーーーーーーーっとみつめる。
あまりにもオレの視線があつかったのか、九尾の赤くて大きな目と視線があった。
やった!通じた!?
オレの想い通じたの?

『すまん・・・』

視線が合ったとたん告げられた言葉に愕然とする。
いま・・・なんと?

「なにがです?」

まさかオレの願いは却下されちゃった!?
え?人間のことは、さすがの九尾でもしらないの!?じゃぁだれが人間としての生き方をオレに教えてくれるんだ!
オレは今赤ん坊だから今すぐ!人間として生きる方法をしらないと、この食物アレルギーから抜け出せないんだけど!!ひとまず口をもぐもぐしてのみこめばいいのだけはわかるけど。生物ってそれだけで生きてけるの?ちょっと、まじでだれか、生身の肉体のある生物としての生き方を教えてくれよ。

とか、内心ワタワタしていたら、ふっと九尾の気配が緩むのを感じた。
なんだ?と思っていたら

『・・・・・・おぬしはつよいの』
「ちがう、と・・・おもいます」

穏やかな視線に思わず首を横に振る。
だってオレの本体は首も据わって赤ん坊だよ!

あー。もうアレルギーのせいか声がかすれてしょうがない。
ほら、たかだか食べ物アレルギーでここまで精神世界まで影響を与えるんだぞ。
まさしくこれは“弱い”だろ!!

そう!こんな弱いので、どうやって生きればいいかもわからないの!
生き方なんか知らないんです!魂を送る方法しか知らないんですけど!!!

まぁ、死神でも赤ん坊からスタートはかわらずなんだよなぁ。
つまり――

「これが普通でしょう?」

誰でも生まれればそりゃぁ、赤ん坊から。弱さマックスから始まるものよ。

それとも九尾のような妖怪は、違うのかな?
こんな大きなキツネが赤ちゃんのときは小さくて可愛かったに違いないと想像して、おかしくなって笑った。
ぬいぐるみのようで最高では?

ああ〜ん、モフモフ!最高!!

直接抱き着けないのがつらい!


今更だけど、外見的に“ひと”と死神の姿はとてもよく似ている。
けれど死神は人間ではない。
悪霊を退治し、人間とは違うときを生き、魂を守るもの。
ゆえにオレは“ひと”をしらない。
オレはずっと死神として生きるよう定められ、仕事以外でほとんど外にでることはなかった。
なにぶん、長年引きこもりだったもので!友人に外に連れ出された後も必要最低限外に出なかったんだよね。基本はおうちで本を読んでたりしてた。

だからね。
“ひと”がなにかはわからない。

それでも“同じ”ところがあるのは知ってるんだ。
心ってやつ。
たぶんそれは形も生まれも“在り様”も何もかも違う、狐君もあるのだろう。

『すまん。すまんのう・・・』

なにが?
九尾はオレではわからないことに、よく謝る。
それは彼がオレより、より“ひと”がなにかをしっているからだと思う。
“ひと”と同じように心をもっているからだと思うんだ。

もしかして、今謝られたのはさっきのアレルギーのことかな?

「このていどなら死ぬわけないじゃないですか」

君のせいじゃないから気にしなくていいのに。
“ひと”のみに慣れていないオレが悪い。

自分で言って改めて気付く。

“ひと”?・・・・って、今オレって死神じゃないじゃん!!
“ひと”ってなに?人間ってどういうのだっけ?
心配されるような身体だっけ?

そこでハッ!とした。

「・・・この身体は人間のものでしたね。しまった。まさかここまで人間がもろいとは。
あの、“ひと”というのはこのていど死ぬのでしょうか?」

そのあと聞いた話では、どうも“あっち”の世界の死神と同じで、人は食べ物を食べないと死ぬのだそうだ。
空腹感を知っているのは死神だけだとおもってたけど、現世では逆なのか。
力ないものこそ空腹感がない・・・のではなく、あるらしい。
びっくりだ。

オレはまたひとつ“ひと”をしれた。
これで一歩、普通にに近づいた日のこと。
これからもどんどん新しいことを知って、オレが死神だとばれないようにしたい。





**********





「九尾。きになることがあります」
『なんじゃ?』

ずっと気になっていたけど、遠慮して言えなかった。

でも今日こそ言おうと思った。
今日こそは言う決意をしたことがある。

下水道ってしっけぽくはないか?
それが精神世界だなんて・・・まさしくヒッキー。
それなら“アレ”はどうなるんだ?
ずっと聞きたかった。

「洗濯物はどうするんだ?」

九尾が『精神世界で洗濯物を干す奴はお前だけだ!』っと、叫んだ。
いやでもね。

「ひとによって精神世界が異なるわけですよ。現にオレの真っ白な空間と君の子の空間は全くの別物。
でも狭い下水道地下迷宮のようなこの場所に、さらに狭い檻なんて空間を作ってはいっているなんて。
どう考えてもあなたの精神世界やばいですよ。さすがのオレもちょっと・・・」
『ひくなー!!』

思わず視線をそらしてしまう。
だってゴキブリがいないだけましだけど、自分の世界にさらに閉じこもって、精神は下水道・・・それってつまり物凄いねちねちした根暗で陰気な性格ってことでしょう?
洗濯物はかわかなそうだし、いろんな意味でここ不潔じゃない?

そう思っていたからきいたのだけど、激しく違うのだとつっこまれた。

『わしの趣味じゃないわっ!!これはおぬしの父親に封印された封印の牢じゃぁっ!!』

ああ、なるほど。
第三者による封印による格子だったのか。

って、ちちおや?

「ふういん?おり?・・・ちち・・お、や・・・?」

んむ?オレって、生まれたときにちょっと父をみただけだから、そのひとがなにをしたかなんてわかんないんだよね。


だけど――


お も い だ せ る



ジメジメとした場所で、九尾自体はなぜか檻に入れられている。
なぜと尋ねたら、「お前の親父がやったんじゃろうが!」とつっこまれてしまった。
いつ?そんなことされたのかなと首をかしげて考えて、ふと脳裏に朱色が舞う。

父親――今世の両親とは、始めて会って、そしてそれが根性の別れとなった出会い。

両親と会ったとき、両親二人はなにかに串刺しにされてなかったか?
オレを守ろうとして亡くなった二人。
そういえば、九尾と最初に会ったときは「お前の親を殺した」ウンヌンの会話を聞いた気がする。


思い出している間に、檻の向こうで九尾がもぞりと動いて、どことなく心もとなさそうにそわそわとこちらを見下ろしてきた。
檻の隙間から九尾が鼻先だけ出して、いつものように格子によりかかっていたオレを心配げにつつく。

『おもい、だしたのか?』

たしかに今生の両親の死ぬ瞬間を思い出した。
だけど、それがなんだというのだろう。
死は死神にだとてあるのだ。
たとえ誰かのせいで死んだとしても、死だけは平等であり、誰にでも訪れる。

なのに。なぜだろう。

九尾はそれをひどく気にしているようだ。
オレが両親の死に際を思い出したらなにかまずいのだろうか?

不安そうに響く声は、親に怒られるのを待つ子供のようだ。
だけどその理由がオレには分からない。

「なにを気にしているのです?」

だってオレは死神だ。
死んだ者や、死神の気持ちはわかっても人間の気持ちはいまいちよくわからないし、人間とは生活様式も違ったのだから世間に疎いといわれても、気持ちが分からないといわれても仕方がない。
まぁ、人間でなかったとしても、さすがに二足歩行をしないような獣の気持ちまでは分からない。
ゆえに、九尾がオレになにを望んでいるのかはさっぱり分からない。

ただ“そう思う”そんな感覚のみで、相手が怯えていると判断したにすぎない。

それを目の前の九尾は気付いていないから、相変わらず不安そうにもぞもぞしている。


う〜ん。
この一年ですっかり懐いてしまったな。
かわいいなこいつ。全体はまだはっきりは見えてないけど。
いつか全体像が見れる日が来るといいんだけどね。
その格子が開かないんじゃどうしようもない。

「なぜ、悲しそうなのですか?」
『・・・・・・わしがお主の両親を殺した』
「ですが、あなたは操られていたのでしょう?」

オレの前世のことを話すのにあたり、九尾がなぜ”ナルト”の腹の中にいるのかも聞いていた。
だから九尾が悲しそうな顔をする理由に思い当たらなくて、オレは首を傾げるばかり。

『じゃが』
「そもそも死はkの世のすべてに平等に与えられたものですよ?」
『だが。そこには想いがともうだろう?』
「あなたは誤解しているようですね」
『?』
「オレがもっている感情はとても少ないのですよ」

だから――


「知らないのです」


狐さんの言うような想いがなにかなんて。

怒ることも。
憎しむことも。
悲しいと思うことも。
大声を上げて笑うという好意の意味も。
心配される意味も。
楽しいということも。

目の前の出来事に対して、オレが感じるのは辛い。嬉しい。それ以外。その三つだけ。
死神時代に唯一教わり、芽生えたのはその三つだけ。

ひとがどんな感情を浮かべているかはわかるが、それの意味や理由はオレには理解できるものではない。

笑い方は、前世の友――重国に教わった。
物を食べるという行為には味覚が伴うということ、団子は美味しいということも彼に教わった。

日がな一日空を見ているだけだったオレに、イタズラのしかたを教えてくれた。


だからオレは今、笑えている。

「ね。オレは今、悲しそうですか?」
『・・・・・いや』
「答えはそういうことですよ」

なんとなく九尾は、オレに嫌われることを恐れていたのだと・・・なぜか、そう思えてならなかった。
その理由は、オレ自身にもさっぱり思いつかないけど、なにかに怖がっているのは分かる。

ひとりは・・・もういやだよね。

「オレはいまでさえこのような口調ですが、もともとはお話したように感情を持たぬ死神。
口調も一人称ももっと固く、だれかに指示を出すための口調しか知らなかった。
あなたはそんなオレに、なにを望んでいるのですか?
怨むこと?憎むこと?許されること?
残念ながらオレにはそれがよくわかりません。
まぁ、しいていうなら、オレは、生まれたての赤ん坊に等しい。
感情なんて物を望まないでいただきたい。これからつくっていくのであって、まだなにもないのですから」


そう。今のオレはこの世界のことも自分のことも、人間のことも。なにもしらない。

感情がないのなら、それは生まれたての赤ん坊以下。
いちおう喜怒哀楽という感情があるのはわかるが、オレにはずいぶんかけている気がする。
これから生が続くのなら、感情を得る機会はあるだろう。
それまでは赤ん坊と同じ扱いでもいいはずだ。


「大丈夫です。オレはなにも辛くはないんです」


いつかこのさびしい獣を、オレの白い世界に招待したいものだ。

死神当時、半身たる斬魄刀が言っていた。
オレは、なにもないから、なにもない世界広がっているのだと。
ありのままを受け入れるだけ。
流すだけ。
だからオレの世界には感情というココロが溜まらないんだそうだ。

そうだね。
ここは湿気が多すぎる。


「今度は雪を一緒に見に行きましょう」


オレはそういって九尾の鼻をなでる。
ふわふわできもちいい。
あとで九尾には「はなしがかみあってないわー!!」と叫ばれた。

うむ。しまった。
うっかりこころの中で完結してしまったか。
よく友人にも斬魄刀にも指摘されたことだ。
お前は自己完結しすぎだと。

まぁ、どうしようもないよ。だってこれがオレだしさ。





**********





白い雪の降る精神世界。
黒い暗闇と水の広がる精神世界。
その二つを行き来していたオレの魂が、べつのどこかへひきづられる感覚。

目が覚める。

そんな感覚に、身体と魂がやっとなじんだのかと、感覚的にそう思った。
知識がない分、オレの場合は自分の勘を信じて生きてきた。
その勘が「魂と体の融合完了。OK!いけいけGO!GO!」と声を上げているのでOKなのだろうと思う。

ぞくにいう、自我が芽生えた瞬間ともいえるだろう。

それまでオレはほとんどを精神世界で過ごしていた。
起きても意識ははっきりせず、ただぼんやりとしていて、すぐに眠りに引き込まれていた。

それが今ははっきりしている。


「おお。ナルト。おきたのかい?」
「あぅ?」
「じいちゃんじゃぞー」

そういって高い高いと抱き上げたひとは、たしかにかなりお年のようだった。
祖父ということだろうか?
それともただの年寄りという意味だろうか?
どちらにせよ。オレはいまだに1歳にも満たない赤ん坊には代わりはないようだ。
精神世界では二年ぐらい過ごした気がするけどね。
体は正直だ。

はやく大きくなりたいな。
そうしたら、自分を愛して生んでくれた二人が生まれた世界をみてみたい。

いったい世界はどんな場所なのだろう。





はい。これぞオレの本当の目覚めです。
それではオレは“ナルト”として生きよう。




久しぶりに呼ばれた『名』は、オレがこの世界に受け入れられた証のように胸に響いた――





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