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- 元死神「夢主3」の異世界旅行記 -
00. 月見守る雪、向日葵色の太陽


 月の光だけが世界を照らす真夜中。
木ノ葉隠れの里の側らの森にて、幾度も鉄と鉄とがぶつかり合う金属音が響き、木々の合間を黒い何かが疾駆する。

ちり――・・ん

死臭だけが広がる場所に、ひとつだけ、澄んだ音が空気を震わす。
それは鈴の音によく似ていて・・・
葬送の弔いに響くは、優しく包み込む音色。

その音は死者の魂を癒し、風を呼び、鉄臭い匂いを洗い流していく。
しかし風は、生ける者には恐怖を与え、さらに鈴の音を周囲に広めていく。

死出の旅立ちにふさわしく、また新たな生への祝福にも聞こえた。
相反する二つがとても近いと思わせる音は、森にいる生き物すべての心に何かしらの影響を与えた。
それとともに音に惹かれるように、ふわりと森の中にが舞った。



「・・あ・・・ぁ・・・・・」

 夜にも変わらず暖かい気候。
だというのにふるえがとまらない。
男を支配するのは、目の前に降り注ぐ白い花のせい。
目の前で積もることなく消える雪の幻覚に、水の国の忍は、恐怖に身を震わせた。



 ―――― コ ノ ハ ニ フ ル ユ キ ―――



それは噂で聞いた――“死”の象徴。


 男は思わず「助けてくれ」と、忍としては決して言ってはいけないはずの言葉を、その舌の上で呟いていた。
けれど命だけはという願いは、叶うことがないこともを理解していた。
このままわびても懇願も・・・文句一つ言うことさえ許されない。
なぜならば目の前を夜闇にまぎれて疾駆する“漆黒”には届かないからだ。
水の国で育った男は寒さには慣れていたが、異様な冷気と圧力を森から感じ、それを畏怖し、寒いと感じ、怖れ、恐れ、畏れ――自分の命の終わりを悟らざるをえなかった。

 目の前では、雪が降り続け、視界を雪の花が通り過ぎるたびに、次々に仲間が倒されていく。
その様は、みているだけで背筋が寒く凍りつくようだった。

 敵の姿は見えない。
気配もない。
ただ雪とともに聞こえてきた鈴の音だけが、暗い森の中に響いていた。

 それがよけい男の恐怖をあおる。
思い出すのは、木ノ葉隠れの里には氷のような死神がいるという噂――。



 季節外れの雪は、死神が近くにいる証。
闇に響く鈴の音は、死神が獲物を死出に招いている声だという。





 その死神は、雪の化身。
死神の使いである鳥は、鷹や鷲、鳶をすべてあわせたように雄々しいが、 そのどれにも当てはまらない姿を持つ純白の鳥。
鳥の目は死神の目。
ゆえに鳥に見初められたら、死神がやってくる。


 命が惜しくば、雪が降るとき木ノ葉に近づくなかれ。

 死神は、雪の花が描かれた黒い面をつけた漆黒の忍。
氷の化身たる死神が獲物を見つけたとき、空は死神の微笑に呼応し雪の花を祝いに降らす。
その氷は、容赦を知らない。

 あまりの強さゆえに、その存在が側に寄れば畏怖が先立ち、 鮮やかなほどの白い花の幻覚を見てしまうといわれている。
その雪は季節さえ凌駕して、言葉どおり心身ともに、体は死をもって冷えていき、 息あるものならば恐怖ゆえに心さえもすべてを凍てつかされる。

冷酷非道の氷の心しか持ち合わせず、情けは持たず、命あるすべての魂を刈り取る者。


ゆえにひとは――その死神を“真なる忍”と呼ぶ。





 強く美しいが、その姿を見たものは誰一人帰ってきた者がいないため、伝説とまで言われるようになった木ノ葉の忍の噂。
 その噂話が、恐怖に怯える男の脳裏を駆け巡る。
いまならわかる。
あれは嘘偽りのない、真実だったと・・・肌身に染みた。
敵は強い。
このままでは任務どころか、生きて変えることさえ不可能だろう。


  ちりん ちりーん・・


 再び鈴のような音が響いたかと思ったとき、水の国の男の身体はすでに前のめりに倒れていた。
 痛みはなかった。
ただ視界だけが暗くなっていく。
その中で男は見た。

敵の姿を。

黒い面に描かれたソレは、暗闇の中でもうきたつ、白い雪の花。

いつのまにいたのか。
目の前には、白く美しい鷹を腕にとまらせ、長めの黒い髪を雪の飾りのついたかんざしでまとめてたたずむ――


 ドサリ。

男の意識が閉ざされたのと同時に、その場に立っているものは黒い面の忍だけになった。
それに戦闘が終わったことを告げるように、白い鷹が緑の瞳を細めて天高く啼いた。



チリ ー ・ ・ ン ・・・





「任務終了、か・・・」

 鈴だと思ったのは、簪の飾りがぶつかり合って鳴る金属音だった。
黒面の忍は、風に見事な髪とそれをなびかせたまま、死者の側に膝をついた。

「穏やかにあれ・・・」

 彼の声は酷く静かで、波風ひとつ感じさせず、凪いだ水面を思わせるそれは静寂支配する空間に染み入るように響いた。
敵であるにも関わらず黒面は死んだ敵の忍の側に膝をつくと、開かれたままだった死者の瞼をそっと閉じる。

「頼む“花樹翠”」

 深い森を思わせる翠の瞳が、面の下で一度閉ざされ、忍は立ち上がってその場を後にしようとする。
花樹翠(ハナキスイ)と呼ばれた白い鳥は、一声鳴くと大きな翼をひろげて、死者だけとなった森に飛び立つ。
その直後、森のあちこちで緑色の炎が燃え上がったが、 それは天高く昇る光の粒子となって消え、森や地面に火の粉が飛び散ることはなかった。



 静寂を取り戻した森には、すでに黒い面の忍の姿も白い鳥の姿もなかった。
空間を浄化するような鈴の音だけが響いていた。
それからもなくして、息を潜め、隠れていた動物達が戻り、森は本来の姿を取り戻した。










 木ノ葉の里には、氷の面を持つ忍がいるという。
 火影直轄の組織である暗殺戦術特殊部隊。彼らの素性は三代目火影のみしか知らず、その全員が面で素顔を隠す。
その中でも氷の化身とさえうたわれる忍は、白い花が彫られた漆黒の面をつけた隊長格のひとり。



 氷の死神――“六花”。


 『“六花”が現れる場所には 幻の白い花が現れる 
あまりに洗練された技術は一種の舞いの様であり それを目にしたものは必ず命を刈られる
 感情を持たないその表情は氷のよう
ゆえにその忍に 女子供だからと情けはない
命令には絶対で 何にも容赦をすることのない冷酷な氷の人形そのもの

そのひとにらみで 心は凍てつき 死を連想させる

ひとは彼を恐れ――

 また、彼を知る者は、魅了されて、彼を畏れる』



 六花(リッカ)とは雪。

 凍った感情が雪を示し。
また溶ける雪のごとく。
現れても自分の事はなにも語らず、そして何も残さず去る。

彼のあらわれた場所は、必ず死と虚無で埋め尽くされる――ゆえにいつしかその忍びは“雪”と呼ばれるようになった。



 ひらりひらり
木ノ葉に雪が舞い降りた。


雪が降った後を照らすのは、翠の鎮魂の炎に照らされ鈍く輝く月ばかり。

それは夜の木ノ葉で最強とうたわれる忍の姿。





**********





 木ノ葉隠れの里――明るい陽の下を笑顔で歩く人々、元気よく走る子供たちの姿があった。
その中を明るい金色の髪をした少年が、ペンキを持って走っていた。

「みてろよー!オレってば絶対だれにもできねーことやって、みんなをおどろかせてやるんだってばよ!」

 頬に猫のひげのような三本のあざ。
ボサボサとあちこちにはねた髪は、黄色ともいえる濃い金色で、額宛のかわりなのか額を覆うようにゴーグルをしている。
笑みが絶えない姿は、周囲からのさげずむような視線も吹き飛ばすような明るさで、 キラキラと輝く瞳は夏の空を切り取ったかのように生き生きとしている。
オレンジ色の目立つジャンパーやズボンをはためかし、金髪の子供が辿りついた先は、火影岩の上。

 ニッシッシと笑いながら、火影岩にロープをつるして自分の身体をロープの端にまきつけ、ペンキのついたハケではなく巨大な筆をとった。

「どぉりゃぁっ!!!」

べショッ!!


 巨大な筆で火影岩の――初代と二代目火影にはただ色をつけただけではあるが、 ただの顔岩が一種の芸術となっており落書きという感じはしない。
しかし三代目の顔だけが四つの顔の中で唯一、 目やら鼻毛やまつげやら色んなものを書き込まれ、一番派手に落書きされていた。
四代目の岩には、その頬にサインのように、『うずまきナルト参上!』という文字だけが書かれた。

 少年、うずまきナルトは、最後のサインをみて満足げに書ききったと目を細めてうなずいた。
その様子をみていた里人たちから悲鳴が上がっている。

「見てみろよあれ・・・・・・」
「コラーー!!またいたずらばかりしやがって!!」
「なんちゅーバチ当たりな!」
「毎日毎日いいかげんにしろ!」

火影岩の正面の建物屋上から非難の声が上がるが、 ナルトは気にもせず笑顔で火影岩の上からロープでぶるさがったまま笑っている。
そのままニヤリと口端を持ち上げ、怒鳴る人々に向け、派手なモーションで筆をブンブンふって叫び返す。

「お前らさ!お前らさ!こんな卑劣なことできねーだろ!!だが、オレはできる!!オレはすごい!!」

ニッシッシと笑って胸を張って叫ばれたその言葉に、下にいるものタチからさらに非難の声が上がる。
 そこへ傘をかぶったひとりの老人が姿を現す。
火影と傘にかかれたそれをかぶった老人は、ナルトのしでかしたことの報告を受け、 とめるべくやってきた三代目火影・猿飛ヒルゼンであった。

「おー おー!やってくれとるのォ あのバカ」
「火影様」

 ぬりえのように見事に陰影つきで塗られた初代と、二代目火影の顔岩。
サインのみでとどまっている四代目の顔岩。
そして――

「ワシの顔にまで・・・というかワシの顔だけ・・・・・・」

 やるなら二代目たちの顔岩と同じように、丁寧に塗ってほしかったと・・・ホロリと三代目火影ヒルゼンは哀愁を漂わせる。
 そもそもこの里の顔岩は、歴代火影たちの偉業をたたえて彫られたもの。
それに色をつけたり落書きをするだけでもよからぬことである。
ヒルゼンはどうしたものかとナルトを見上げていたが、ふいに彼らの前に進み出る者が出た。

「三代目申し訳ありません!」
「ん?おぉ、イルカか・・・」

いまからナルトをとめますと言ったイルカは、気合いを吐き出すべく大きく息を吸い込み 、それを見た周囲の人間達がいっせいに耳をふさぐ。

「ナルトォー!!!なにやってんだー!!授業中だ!さっさと降りて来い!!」

 あまりの大声に驚いたのか、ロープ一本でぶるさがっていたナルトがワタワタとして筆を落としてしまい、 そのまま本人も落ちかけ、そこをイルカによって捕獲された。
ナルト自身は何度か逃げようとしたが、このようなおいかけっこは毎度のことのため、 イルカが常備持つようになった縄によって簀巻き状態に縛り上げられた。

それからギャーギャーと騒ぐナルトをひきずって、イルカはアカデミーへと帰っていた。



 目立つ服に身を包み、イタズラばかりして、人の気を引こうとする努力家。
できないなら、できるまでやるだけだ。

つねに太陽を目指して花を広げる向日葵のように、前を向き続ける。
それがうずまきナルトだった。


 それは陽だまりのような笑顔。
どれほどのことがあろうと、まっすぐに前を見たまま笑顔を絶やさない。
その笑顔にどれだけのものが励まされているだろうか。
憎むだけでなく、少年の存在に勇気付けられるものたちもいる。

まるで夏にさく向日葵のように――その笑顔に・・・長い時をかけて人々はひかれていく。










 ――それが、すべてのはじまり。

     長い長い物語の序章・・・





 ただし



(・・・つっこむところは、そこ、なの・・か・・・・・・)


 偉大な火影たちの顔に落書きした事実にではなく授業をサボったことを怒ったイルカに、 その光景を見ていたある一人の忍が、内心突っ込みを入れたのには、さすがに誰も気づかなかった。








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 夜は月のような雪が
  昼間は太陽のような向日葵が

 ――木ノ葉の里を明るく照らしだす


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