有り得ない偶然 Side1
- ポ.ケット.モ.ンスター -



05.スケットはオレではない



オレのシフト時間も終わり、いまはサトシのいるボックス席に座っている。

先程、あまりのサトシのなさけない顔に、思わず「話を聞くから待っていろ」などと言ってしまい、店の奥のボックス席に座らせた。
飲み物をおいておいたけど、サトシはそれを飲むでもなくおとなしく店の一角で待っていた。

作業を新人バイトに引継ぎ、自分はあがり私服にきがえると、待たせていたサトシの正面に座り、彼が口を開くのを待った。





 :: side 夢主1 ::





せっかくだからと当料理も注文することにした。なにせサトシの腹がそれは辛そうにグゥ〜っと鳴いたのだから仕方がない。

オレは香草パスタをたのもう。これはこの植物研究が盛んなタマムシシティで栽培されているハーブや薬草が使われた独特のものだが、とてもさっぱりした味付けで、大人の舌にはおすすめだ。
サトシはオムライスに決めたようだった。
サトシのピカチュウはケチャップが好きらしく、それを思い出したサトシがさらに顔をくしゃっとしていた。
いや、悲しくなるなら、そんなものを頼むなよ。

「ピッカチュ!」

突如オレのポケットからモンスターボールがとびだし、赤い光と共に一匹のピカチュウが元気よく机の上にのった。
しかもその声に続いてもう一個モンスターボールがひらき、もう一匹ピカチュウが飛び出してくる。

てっきり落ち込んでいるサトシを慰めるために出てきたのかと思えば、二匹のピカチュウはテクテクとオレの横の席にくると――

「ピカピカピー!ピッカ!(主!これだ!この辛いの!)」
「ピカ、チュウ〜(私はこっちかなぁ)」

二匹は勝手にメニューをうばうと、食べたいものをピカピカさしてオレをキラキラしたまん丸のお目目で見上げてきた。

『だめ。ピカ様とタンポポさんは専用のフーズにきまってんだろう』
「「ぴか!?(そんな!?)」」

最初に飛び出してきた大きめのピカチュウは、かのレッドと旅に出たあのピカ様だ。
誰に似たのか、美食化である。そのピカの首元には、赤と緑のクリスマスチェックのリボンがまきついている。

どこかゆったりした口調で話すおとなしめのピカチュウは、小柄でギザギザシッポの先端がハートのように丸い。メスである。
その尻尾には、白くふんわりとしたレースのリボンをしている。
彼女はピカのお嫁さんで、名をタンポポという。
けっして漫画SPでいたピカでもなければ、イエロー少女がつれていたピカチュウのチュチュでもない。
タンポポさんである。
何度も言うがオレは至って真面目に名付けをしたので、ネーミングセンスないと言うな。

すでにわかりきっていると思うが、リボンの色は「親」や「トレーナー」からきている。
レッドは赤。
グリーンは緑。
オレがたまごから孵した子は黒だ。
そして白はユキナリの色だ。

ユキナリが子供のころはまだモンスターボールさえなく、オレたちの時代になってもモンスターを捕獲する道具はあるにはあったが種類は少なく、今のようにモンスターを入れる容器が小さくなるなんて機能はなかった。
なので基本的には外に出して連れ歩くことが多かった。
放し飼いにしている方が多く、マサラ出身者は気付けば暗黙の了解のようにおのれのポケモンにはチャームやリボンを与えるようになったのだ。

タンポポのリボンからもわかるだろうが、そう名付けたのはオレだが、彼女はオーキド研究所の個体だ。
生まれも育ちも研究所というわけでもなく、研究対象としていた訳でもない。
森で怪我をしていたところをオーキド博士に保護されたのだ。
彼女はピカチュウとしては気質が穏やかで、ゆったりとしたユキナリやオーキド研究所は彼女にあっていた。そのため怪我が治った後もオーキド研究所にそのまま残ることにしたのだ。

そうして旅から戻ってきたピカとであい、結婚し、子供をもうけた。
これでひ孫()が山のようにいるピカチュウだとは到底思えないほど、なぜか二匹とも若々しい。

「わーピカチュウだ!二匹も!!さんもポケモン持ってたんだな」
『ポケモンがいなきゃ、移動もままならないから当然いるだろ。
こっちのクリスマスカラーのリボンがピカ。白いりぼんのはタンポポ。ユキナリのとこからきたピカの嫁だ』


この時代、すでにアニメの時間軸に突入したにもかかわらず、まだカントーでもピカチュウを手持ちにできる。というか、しようと思う者は少なかった。
その原因のひとつが、ピカチュウという種族は人嫌いな種族だったため、人になつかなかったことがあげられる。なにより、いたずら好きという性質ゆえか、ひとから基本的に“害チュウ”扱いされていたせいだ。
なにせおうちの停電の原因の7割は黄色の電気ネズミによるものだった。人からするとコラッタのほうが無害だった。
しかもピカチュウはゲットしてもまったく懐かないときている。
これでは普通にペットにしようと思う者など出るはずもなく、ましてや初心者にわたされるはじめの3匹に選ばれるはずもなかったのだ。

他の地方がどうかはしらないが、カントーにおいて電気ネズミとは、人類にとっての永遠のライバルであり、その戦いは文明の発達とともに今も根強く続いているほど。

そんなポケモンをパートナーに貰ったのは、レッドが始まりである。
そこからピカチュウも手持ちにできることを人々はしったのだ。

ただし、やはりピカチュウが人里に来ることは少ないし、捕獲しようとすれば電気ショックがくるので早々捕まえられるものではないが。

つまり、世間一般的にはまだまだピカチュウは手持ちには推奨されない種なのだ。
レッドのおかげもあり「いたずらする悪いネズミ」という概念は薄れてきたが、その時代から少し経った今でさえ、ピカチュウを連れているトレーナーはあまりいない。
せいぜい「電気」という意味で彼らを必要とする企業や、電気タイプを極めようとする者に限られていた。


そんなピカチュウを二匹もつれていれば、さすがに沢山の目がこっちを向いてくるのも仕方がない。

気付けば周囲から視線を感じるし、サトシなんか目をキラキラ輝かせている。
周囲の皆様は珍しさより、ピカチュウがいつ何かをかじるのではないか、本当に懐いているのか?というような興味深々かつ不信げな視線までよこされている。

おい、ピカ様。タンポポさん、わかってモンスターボールから出てきてるだろう君たち。

ちらりと視線だけで『もどってくれたのむ』と懇願したが、ピカは目を細めたあとに何事もなかったように嫁さんにすり寄り、タンポポはサトシのオレンジジュースを美味しそうにのんでいる。
すみません。そのオレンジジュースは君たちようではなく、サトシのために頼んだもんだ。
あとピカ様はオレにテーブル上に乗った市販品のポケモンフーズ押し付けようとするのやめろ。不味い物はすぐ見分けるのやめて。お前の舌はサトシ以上にこえすぎだ!市販のものも食えよ!あと食べたくないものをオレに食わせようとするのもやめろ。

『まぁ、うちのピカチュウたちはきにしなくていい。それで?』
「え?」
『え?じゃない。
こらこら、サァートシくん。いまはそれどころじゃないだろ。君が話聞いてほしそうだったから、オレはバイトをきりあげたんだが。
それで青少年、悩みはなんだ?』
「あ、いけね。ごめん。つい」

そうシゲルをまねて茶化してこいつらは無視していいと、続きを促せば、突如ガバリ!と音がしそうな勢いで、サトシがオレに頭を下げてくる。

「お願いですさん!!」

『うわー嫌な予感がする』
「オレ、ジム戦がしたいんです!!でも…ここのジム女性しかはいれないとかで追い出されちゃって」
『は?なんだそれ。そんなジム、あった…か?いや、ないな。うん。なんでそうなった?ほんと勘弁してくれよサトシくんや』
「お願いします!」

“女だけしかうけつない”という単語に嫌な予感がした。

オレの“過去”を知っているピカはなにかを察したようで、案の定タケタと笑い始めた。
オレは過去に女難の相が出ていたのだ。あまりに彼女たちが鬼気迫る形相で襲い掛かってくるので、女装して彼女たちをまいた。という黒歴史があり・・・おい、ピカ。嫁さんにまで言うなよ。あれは墓場まで持っていくのだから。

夫が突然笑い始めた理由がわからないのだろう。きょとんとしているタンポポさんは、オレとピカを交互に見てくる。

頭を下げるサトシの背後では、「なんだなんだ」と興味深げな他の席のお客様たち。

うわ。最悪。目立ってんじゃんこれ。





実は気にはなっていた。
料理上手なハナちゃんに育てられて、体内時計がすばらしいためいつもご飯だけは必ず正確な子が、おかしな時間に昼飯を食べに来ていたとか。
なにより、サトシの傍には常に日とかポケモンが集まるのに、昼もかなりオーバーした時間にそれも付き添い無しでたったひとりで飯を食いにくるとか。アニメでは幾度旅に出ようと片時も離れることがなかったあの相棒のピカチュウも傍にいないとか。不思議に思わないはずがない。

珍しい。珍しすぎる。

しかも彼のことだから真っ先にジムに挑むと思っていたのだが、今日は違うときている。
成長を見守ってきた近所の子が、しょんぼりと元気のない様子だったのをみてしまえば気になるというもの。
料理を頼んだ後も、なぜか捨てられた子犬のような視線で、何度も給仕中のオレを見つめてくるとか。
気にならずしてどうする!?って感じだった。


それで話を聞くと、状況は悪い。
オレにとってもサトシにとってもだ。

彼はエリカのテリトリーであるこの街中で、香水にいちゃもんをつけてしまったらしい。それにより香水店共にジムにも立ち入りを禁止されたらしい。


いやぁ〜、気持ちはわかる。
オレはも匂いとかダメで、やっぱり香水って苦手なんだ。とくにくしゃみが止まらなくなるから嫌いだ。
前世が獣だった影響か。それとも赤子時代を2か月ポケモンに育てられたからか。その辺はわからん。
野生暮らしをしていたせいかオレは匂いに敏感で、ぶっちゃけこの町は色んな人工匂いがきつくてつらいなぁ〜とはひそかに思ってはいたし。
オレより遥かに野性味の強いサトシなんかもっときついはずなのだ。
だが、その匂いを作ってる人物に「くさい」とかは決して言ってはいけないのだ。空気を読むとはそういうことなのだ。

サトシはジム戦を挑みに行ったものの、香水店での発言がジムに伝わっていたようで、ジム戦に挑むも追い出されてしまい、入る方法が思いつかず落ち込んでいたのだという。


何個前の前世の話なのかはわすれたが、ポケモンのアニメというのをみたことがある。
そのアニメの主人公はサトシで、サトシはやたら一悶着おこしたり、巻き込まれたり、首を突っ込んだりしていた。
しかも常に空気を読まないサトシは、たぶん周囲が彼を「心配した」と言ってもきっと自分から飛び出していくことをやめないのだろう。今回は、アニメ軸の序盤、つまりそれだけサトシはまだ幼く、情緒も育っていない。
そして彼は乙女心にはひどく鈍感であった。
――と記憶している。

案の定、この世界の彼もまた空気を読まず、そのまま見事にエリカの不興を買ったようだ。


そして「どうかとりなしてくれ」というのが、今この現状に至るまでの経緯である。
どうも町の人の情報から、「この店でバイトしている赤毛のお兄さんは、エリカさんと親しいですよ〜」なる情報をサトシが入手したらしい。


人違いもいいところである。


なにせオレはこの町の“今の”エリカをしらないのだから。
“エリカ”違いなのだ。
オレがバトルをして、その後ともに手を取り合った仲間のエリカは、同姓同名の別人である。

くそ。厄日だ。


オレはサトシじゃないけど、オレだって匂いとかダメだ。
何度だっていうが、香水なんて苦手なものは苦手なのだ。
前世が獣だった影響か。それとも赤子時代を2か月ポケモンに育てられたからか。人工的なにおいは好みではない。
原因はわからん。
身内は「お前は鼻がいいから」というが、だから嫌いなのだろう。

つまりそんなオレがこの街で香水を買うことさえない。
香水をメインに販売している“エリカ”にだってあったことはないのだ。

オレが基本的のこのまちにくるのは、頼まれた材料を受け渡すときぐらい。
用があるのは、この町にある植物研究所なのだから。


そのためサトシに頭を下げられても困るんだ。

ジムなんかいきたくねーし(匂いが凄そうだあそこのジムは…)。
鼻がもげるわ。


「ピカチュ、ピカピカ。ピぃ〜カ?」
「ちゃぁ〜」

――こんなに頼んでるんだから、会わせてやれば?
――そうですよぉ〜


耳元でピカピカと、オレのピカチュウたちがおしゃべりをしている。

オレの前世が人間じゃないせいか、実はポケモンの言葉がわかるという転生特典がついている。
だが、そんなチートばれたらめんどうくさい。通訳なんて仕事に就きたくない。
なのでこんな人前で、それもばれたら煩そうなNo1がいる目の前で、話しかけてくんなよと思う。

あと、そう言われても困る。
だからオレがまずそのエリカと会ったことがないんだっての。


オレを知るサトシのポケモンたちは、たぶんオレが彼らの言葉を理解しているのを知っている。
けれどそれを考慮して言わないのか。あるいは、その事実を自分たちの主に伝える方法がないから言わないだけで。

「ぴかちゅ、ぴか」
「ちゃ〜。ピィカ!」

「「ぴっかぁ!!」」

――エリカかぁ、強敵だな
――主、会わしてあげましょうよ!

――あわせよう!!――


耳元でピカピカピカという声に続いて、副音声が重複して聞こえる。
なんだこりゃ。
むしろ肩に乗った君たちが真剣なのはわかるんだけど、ペしぺし肩をたたくな。くすぐったい。頬釣りしてねだられても……あ〜静電気が、ちょ、ちょっと髪の毛が逆立つでしょうに!やめなさいって。
電波体質だからこのくらいの静電気は痛くもかゆくもないし、すぐ地面に流せるけどさ。

それとピカ。その強敵のエリカじゃない。いまのジムリーダーのエリカだって。お前もあったことないエリカだぞ。どうやって間を取り持つんだ。


だからって


ぴかちゅぅ〜ぴかぴか
ちゃぁ〜
ぴかぴかぴかぴか…


さすがにピカピカうるさいわけで。
オレもブチっときれてしまったのもしかたない。

ぐわっし!!

しつこいんじゃぁっ!お前らぁーっ!!オレはジムというジムがきらいなんじゃボケがぁっ!!

「「ぴっ!?」」

『ピカ、タンポポさん。そんなにあいつの肩をもつなら、サトシのとこにでも行けばいいだろ。
あとオレはエリカとは会ったことないんだよ!』

あんまり耳元で騒ぐから思わず二匹同時につかむと、ブラ〜ンと子猫をつまむようにくびねっこをつまんでいた。そのまま目の前にぶるさげて本音で説教。
とたん愕然とカザハナとハナビの動きがピタリととまり、ただでさえでかい目でお互いの顔を見合わせる。

「「ちゃぁ〜?(知らないひと?)」」

『そう。しらないひと。嘘じゃなくて、同姓同名の別人です。オレとピカがしってるエリカと現ジムリーダーのエリカとは別人。そもそもオレ達の知ってるエリカは、熟・女っ!!サトシの言うエリカは十代のピチピチ女子!わかるかこの差が!!明らかに別人だろうが!』
「ピ(あ…察し)」
「ちゃぁ〜(あなたぁ)」
「ピカチュ、ピ(まちがえちゃったみたい、テヘ)」

テへ☆と、かわいく小首をかしげて「やちゃった」とばかりにウィンクで謝罪してくるピカに、嫁のタンポポさんが呆れたようにその背を小さな手でつつく。
かわいい。
・・・じゃなくて、そのあとは二匹はおとなしくなって、サトシの応援をやめた。
かわりにオレの横にぴったりはりついてくるのだが、リボンとかモフモフの毛とか、しっぽとか・・・くすぐったい。

まぁ、それ以降少しは静かになったということで勘弁しよう。
オレも一回叫んだら、なんかすっきりしたしな。

「え、べつじん?」

勘違いしないでほしい。たしかにオレは“エリカ”とは親しいが、この町に“いま”いるエリカのことは全くと言っていいほど知らないのだ。
そう。そろそろ理解しているだろうが、このアニメ軸においてオレはしょせん“世代違い”というやつである。

オレがしるタマムシシティは、これほどの高層ビルに囲まれて等おらず、香水が売りの大都会などはなかった。

当時の“エリカ”は、このタマムシをシティへと発展させるのに貢献したーー植物ポケモンの研究者だった。
オレのバタフリーやフシギダネたちがよくお世話になったものだ。

だから、町のひとがいう“エリカ”は、香水の販売をしている若いジムリーダーではない。

『何度も言うがオレがしるエリカは妙齢の女性でな。しかもジムリーダーじゃなくて研究員だ』
「みょうれい?」
『大人の色気にあふれたイイ女ってこと』
「おとなの・・・あ、はい」



さて。そうなると、アニメでサトシはいかにしてタマムシジムに挑みバッチをゲットしたのだったかが問題だ。

そもそも女性以外ダメとか、ジムリーダーとして失格ではないのか。
エリカね。あとでちょっとだけ文句でも言いに行こうかな。会ったことないけど。

それにしてもアニメのサトシは、いかにしてエリカからバッチをゲットできたのだったか。
あ、そうそう。どうやってかは忘れたけど、【ロケット団のお騒がせトリオのおかげでジムにはいれて】その熱意と情熱を認められてバッチをもらった・・・ん?お騒がせトリオの、おかげ?

『ん〜』
さん?何かいい方法ありそうですか?」
『ない、なぁ』


んー、やばいな。
もしかして、サトシが落ち込んでいるのは、オレのせいかもしれない。

テーブルの隅で落ち込んでいるサトシをピカピカ言いながら二匹のピカチュウがなぐさめている。
ションボリとしているサトシを「ピカピー(元気出して)」となぐさめているピカチュウたちから視線をはずし、厨房で生き生きと働く青紫の髪の男としゃべるニャースをみて―――見なかったフリをして、視線を戻す。

そう。何を隠そう。「新人バイトに引継ぎ」と冒頭で言わせてもらったが、あのロケット団の男性組をたまたまひろったのでバイトとしてやとうことにしたのだ。

この町はジムリーダーが女性のため、この町は基本的に女性向けの店舗が多い。ロケット団のムサシも女性だ。当然、お騒がせトリオの紅一点たる彼女もこの待ちに入って早々ショッピングにはしった。



あれは数刻ほど前のこと。

ぐったりして荷物もちをさせられていたコジロウとニャースを見つけた。
彼等に懐具合がさびしいのだと訴えかけられたので、オレがこのバイトにひきずりこんだ。
なにぶんこちとら、人手が常に足らないのだ。
ネコだろうが使えるものは使う精神のマスターによって、コジロウとニャースは今こうして厨房で爽やかに働いている。


ここでロケット団がサトシを助けるというフラグは見事に引っこ抜いてしまっている。

そしてサトシはアニメのように颯爽うと現れる助っ人を得ることもできず、誰にも手を貸してもらえないままここにたどり着いたというわけだ。
「どうかとりなしてくれ」というのが、今この現状に至るまでの経緯である。



――うん、フラグ折ったのオレだわ。ごめんサトシ。

しかたないからこっちからロケット団をまねくしかないだろう。


『残念だがオレはサトシのいうジムリーダーをしらない。“エリカ”違いだな。しらないやつから紹介されても相手さんも困るだろうよ』
「え。じゃぁ・・・どうすれば」
『まぁ君がやることはひとつ!ひとまず元気を出せ。待てば海路の日和ありともいうしな』
「は?かいろ?ここ陸だけど?」
『事を焦って、大しけのなかを海にでてもいいことはない。あとは待っていれば海にでるのにちょうどいいタイミングというのはおとずれるから待て。って意味さ。いまは頭を空っぽにしてそれでも食って元気を出しておくんだな』

似て非なる世界であっても君は別の世界で主人公なんだ。まちがいなく、なにかしらの“好期”が向こうからやってくるはずだ。
オレなんかが何かをしなくとも―――



「あの・・・」


ほら、もうすぐそこまで君へと伸ばされる手は近づいてきている。




控え気味なその声に振り返れば、オレと同じエプロン姿のコジロウとニャースが何かを言いたそうにそこに立っていた。
思わず口端が持ち上がる。

ほら、な。








BACK U TOP U NEXT