04.赤色あかいろ、君の色 |
-- side オレ -- 夢を見た。 この世界に放り出されたときのこと。 ロジャーに拾われたときのこと。 ・・・あったかいぬくもり―― バギーがばかやってバラバラの実をたべた笑える瞬間。 ちっちゃな鷹の目とシャンクスのバトル。 クロッカスさんとラブーン。 ありえないと思った新世界での、金獅子のシキの艦隊対ロジャー海賊団一隻によるエッド・ウォー。 海軍に追われるのはいつものことで・・・。 そして海賊団の解散。 ルージュさんのこと。 優しいふたり。 エースのことと、ロジャーの自主という形のおわかれ。 シャンクスに預けられ、その数ヵ月後にあった海賊王の処刑。 それから赤髪海賊団にいて、ちっちゃなルフィにもあった。 はじめてエースと会ったのは三年前。 このとき、エースがあまりにもあの二人に似ていて、オレは思わず泣いていた。 エースと会っても大丈夫。笑ってルフィの話をするんだと、原作のエースを想像しながら考えていた。 だけど実物は、紙ペラからしたオレの妄想を一気に壊した。 たしかに原作そのもののエースだった。 だけどエースは、ルージュさんとロジャーに似すぎていた。 外見はルージュさん。だけどその考え方はロジャーと同じ。その強い意志の瞳は二人がもっていたもの。 「やだ!やだぁ!!!しゃんくすぅ、シャンクス・・・爺様が死んじゃうよぉ」 「・・・もうあのひとはいないんだ」 「じいさまぁ・・・」 「大丈夫。大丈夫だから・・・」 「ぐす・・・・・」 ルージュさんとロジャーの最後のとき、二人と一緒にいたのはオレ。 シャンクスは一度しかルージュさんに会ってないからエースがよく似てるのも気付かなかったかもしれない。 オレは爺様の最後の笑顔とあの大きな手を思い出した。 抑えようと思っていた涙は、あのときのように止まらなくて、ただただシャンクス――親父の影に隠れるように抱きついて泣いた。 突然泣き出したオレにエースは戸惑っていたが、親父は何も言わずにオレの背をポンポンとたたいた。 「わるいなエース。こいつちょっとホームシックなんだよ。 久しぶりに船員以外の黒い髪のヤツ見たからな・・・思い出したんだろ」 「あ、そうなのか・・・なんかごめんな」 お前ジジコンだもんなぁ。 そう苦笑して、背を撫でる手は、昔の爺様のように、いつのまにか大きくてかたくなっていた。 もう十五歳のシャンクスじゃない。 いまはオレの親父なのだと、その暖かい手が語った。 エースとわかれたあと、親父は珍しく真剣な顔で、少し泣きそうな顔で笑った。 「男なら泣くな・・・そう言いたいが、お前だけは泣け。オレたちはもう笑える。 だけどお前は、泣け。 あのひとのために」 お前の生きる意味で、お前の世界だったひとだろう? 『アンかエース。こどもが生まれたら“二人は”どちらかの名前をつけようと決めていた。 三人でずっとうまれてくるのを待っていた』 だけど時間がなかった。 そして―― 「“あのとき”――オレは決めたんだよ」 例え未来を知っていようと―― その流れどおりにことが進もうと・・・ 「絶対にオレは諦めない。後悔だけはしない道を選ぶとね。たとえそれですべてが悲しい方向に向ったとしても、もう微温湯の中だけですべてをみているだけは耐えられないんだ。 だから抗う。最後までね」 「諦めるな。自分から目を閉ざすな。すべては最後までわからないものだから、未来へ向かって人は足掻き続けるんだ」 そして忘れないで―― 「世界中が否定しようとも、あなたを認めるものがいることを」 たくさんの、たくさんの思い出がグルグルとひっきりなしに切り替わっていく。 オレが“この世界にきてからのこと”ばかり。 この世界で行動することは、前世でオレが暴れるよりもはるかに、ひとつひとつが重い。 人々が海とともにあり、文明の制約に縛られないがための重さ。 自由ゆえに、ひとりが選んだ一つ一つの行動は、ときに大きな波紋を呼ぶ。 オレは朝日を感じて、目を覚ます。 夢は、最後はあたたかくて大きな手になでられて終わった。 「爺様・・・オレ、後悔だけはしないぜ」 「ならば、ともにくるか?」 気配は感じていた。 だから目の前に、たたずむ男を前に、オレはそろそろかと頷いた。 鋭い目をした男にオレは「煎餅を買いにいくついでだからな」と言い訳をして、その手を取った。 ********** 昨日まで南の島でバカンスを楽しんでいた『赤髪』の一団は、出航というときに目立つ赤色がいないことに気付いた。 彼らが探しているのは、外見十五,六歳の赤い髪のこども。 いつも黒のノースリーブのシャツに、ズボン。上には東の国の民族衣装のような黒い羽織を纏っているのが特徴だ。 「ぼっちゃーん!おーい!どこいったぁ!」 「船長。また若が消えたまんまですぜ」 「あらら。あいつ、またいねーの?」 騒がしい甲板にあくびをしながら現れたシャンクスは、姿の見えない子供の姿を思い浮かべて苦笑する。 ―――実年齢、二十八歳。 詐欺としかいえないほどの童顔な子供は、赤髪海賊団結成前からシャンクスと共にいる。 元はロジャー海賊団の一員だったがロジャー亡き後は、シャンクスがひきとって育てた。 血は繋がってはいないが、赤い髪はシャンクスとよく似ていて、いまではすっかりは“若”やら“坊ちゃん”と呼ばれて赤髪海賊団の座敷童子と化している。 「いつもが悪いなぁ」 「あぁ、船長か。でも今日はましだぜ。ちゃんと置手紙残して消えてるし」 いつも突然「北からオレを呼ぶ声がする!」とか、わけのわからないことを言っては、気が付くと船から飛び降りて姿をくらますだ。 不在通知をしていくだけましだろう。 そう考え直してシャンクスは、ヤソップから小さなメモを受け取り―― ぐしゃ 「やろうども。いますぐ船を出せ!!」 ―――は借りて行く。 ミホーク 「が攫われたー!!!」 「ぎゃー!!坊ちゃぁ〜ん!!どうかご無事で!」 「たいへんだー!わかぁっ!!!!」 「今、すぐお助けに行きます!!」 「おのれ鷹の目めぇー!!うちの子に何かあったらただじゃおかねー!!」 「ってか落ち着け船長!!」 「今日は行き場所かいてあるって言ったじゃなねーかよ!! 『ちょっとマリンフォードまでいていってきます。』って下に書いてあるだろうが!!だから落ち着け船長!!」 さすがに二十六年間も育てていれば、どんな子供だろうと愛着もわくというもの。 メモの下の方にかかれた自慢の義息子のメッセージも、誘拐の事後承諾文により見えなくなってしまうほどには愛着がある。 この世界のシャンクス率いる部下達も皆、少しばかり過保護だった。 ********** 「ん?今、呼ばれた?」 「呼んではいない」 「あ、そう。じゃぁ、勘違いかもぉ」 なんとなくいま、親父たちの悲鳴が聞こえた気がしたけど、もうじき海軍本部という場所に浮かんでいるオレたちに届くはずもないので、ありえないありえないと笑っておく。 オレ、です。 宴会中に一人でさっさと船に退散して、うとうとしていて、手を伸ばされたので一緒についてきました。 というか、そのあと気が付けば、準備もそこそこに目の鋭い人に攫われました。 「ところでミホークはこのあとどうするの?まさか会議にでるとか?」 「気になる者がいる」 「う〜んと・・・ロロノア・ゾロ?」 「しかり。久しぶりに強き者にあった」 「・・・そっかぁ。もうそんな時期か。あ、オレこっちだからまた後でね〜」 「うむ」 鷹の目につれてこられたのは、なんと海軍本部マリンフォード。 どうもこれから七部海の収集がかかっていて、いきたくはないけど、気になる奴の話だろうから行くのだとか。 その会議にひとりでいくほど意味のないことはないとかで、それでオレをつれてきたのだと教えられました。 いや、まぁ・・・オレ、海賊の子でも海賊じゃないしね。 どこにも手配書とか出てないから、海軍本部をうろついてても何も言われないけどね。 でも、仮にもあの『四皇・赤髪のシャンクス』の息子なんだけど。 本当にそれいいいの?と、つっこみたい。 むしろつっこんだけど、かまわないといわれた。 もちろんミホークさんに。 ミホークさんにかまわないといわれても、上がどう思うかが問題な気がするよ。 とりあえずロジャーと戦ったことのある大将連中には会いたくないなと思った。 ガープさんには会わなきゃいけないけど、それ以外はあんまり遭遇したくない。 サカヅキさんにみつかったら、たぶんオレ命ないだろうし。 さすがに彼らならオレの存在を知っていてもおかしくはないからね。 そんなわけで、ミホークさんが会議に出かけてしまったので、勝手知ったるなんとやら。 さっそく一般区画の方へ向かわせてもらった。 本部の奥の方は色々とやばいけど、港に近い表面部分は海兵たちの家族が住む住宅街がある。 あとは土産屋など。 もともとその土産屋目当てに海軍本部に来たので、父さん達にせんべいでも買っていこうと思った。 ********** 海軍本部マリンフォード内にて。 「またきおったのか」 基地の中でのんびりと土産屋の行列に並ぶ赤い姿を見て、ガープは眉をしかめた。 それに、どこで買ったのか団子を咥えていた子供は、近づいてくるガープをみてへらりと笑って手を振った。 「むほー。むむごご」 「食ってからしゃべらんか」 「む。ごくん。やっほーガープさん」 「こんなところでなにをしておる。親父にでも偵察を頼まれたのか?」 「ん?なんでそこで親父がでるのさ?ってか、オレ、ミホークに攫われてきたから、親父の居場所わかんないし〜。 それなら海軍の方が親父の居場所は知ってそうじゃん? 居場所って言うなら、むしろオレが聞きたいことあるんだけど」 「またそれか」 「おうとも!!『こぉら海軍!爺様の骨をかえせ!』とオレは言いたいね」 「おぬしもしつこいのう」 こどもが、冗談めかしたように語るソレには、悲しみも憎しみも何もない。 ただ“なんとなくそう思う”からこのこどもは言っているにすぎない。 ガープにとってはそれがすでに目の前のこどもとの挨拶のようなものになっているので、表情一つ変えず、言葉遊びにしばしば付き合う。 「・・・この世界は海と共にある。ゆえに海とあるものが死ぬとき、世界は涙を流す。 爺様が死んだときも。空も人も泣いていた。 だから海に爺様を帰してやりてーんだよ」 海が、空が・・・泣く。 それは子供の独特の表現。 理論よりも肌で物を感じ、魂で世界の動きを感じ取る目の前の相手だからこその言葉。 空に手をのばそうとするように頭上をみやる子供に、ガープはその赤い髪の上に手をおいて、ぐしゃぐしゃと撫で回す。 かつて、こどもが祖父と慕った男と同じように容赦なく――ぐしゃぐしゃ・・・。 「ち、ちぢむぅ!!!!!」 あまりに体格の差がありすぎ、少し力を入れて名で繰り回せば、手の下からカエルのような声とともに、ガープの腕を頭から引き離そうとする細い手がかかる。 相手はどうも本気らしく、ガープの太い腕さえあっけなくはずされてしまう。 「離せ!!これ以上成長がおくれたらどうしてくれる!!」 「(いや、もうお主の年で身長はのびんじゃろう)それよりもお主、海軍にはいらんか?」 「・・・・・・ガープさんもしつこいよ。あと、オレってば海軍きらいだから〜」 なにげなく「今の間はなんだ。今の間は!?」と恨めしそうな黄緑の視線がガープにそそがれるが、ガープは気にもせずガッハハと笑い出す。 「海軍本部で、海軍を嫌いというか」 「いういう。オレは海賊や海軍なんてくくりに入りたくないの。 自由がいいんだよ。オレ、基本自由人だからさ」 「ほいほいココへ来る奴がよく言うのう」 「だってガープさんぐらいじゃん。オレが爺様の船にいたの知ってるのも、オレをみて襲ってこないのもさ」 「むう。そうか?」 「センゴクのおっちゃんはオレを見るとすぐに頭に熱がのぼるし、サカヅキさんにみつかったら能力使って殺されかけま〜す。 バギーがいたら、オレは喧嘩ふっかけられるだろうし。 シキがいたら、化け物とかいうだろうし、またなんか言ってくるだろうしさぁ〜」 『シキ』と告げた瞬間、こどもの鮮やかな黄緑の瞳孔が開き、ニヤリと笑ったそれが獣のように獰猛な輝きを乗せる。 一瞬、太陽の光が反射したせいか、こどもの瞳が朱金になったかのように錯覚を起こす。 ガープはそんな闘争本能むき出しのこどもに、相変わらずじゃのうと苦笑をこぼす。 しかしそれも一瞬で、こどもが瞬きをして開いた次のときには、瞳は以前と同じ宝石のような鮮やかな翡翠色だけがあり、先程みたのがなにかの幻かと疑いたくなるほど穏やかな色を放っている。 「海軍大将や元帥とかとドンパチやれるほどオレは若くないんでね」 「ガッハッハ!本当にお前はよくわからん奴じゃ!」 「・・・・・・そこで楽しそうに笑うところがオレとしてはよくわかんないんだけど」 「気にするな!」 「しないけどさ・・・。 あ、そうそう。ここのせんべい、今回は多めに買ってくよ。 あとであんたの孫にも届けておくし、売り上げに貢献したってことで今日も見逃してよ」 「しかたないのう。おぬしにはいつも孫の近況報告してもらっておるし」 「そういうこった」 順番が来たらしく、こどもはレジの店員に煎餅を10袋ほどたのむと、嬉しそうに煎餅の入った紙袋を二つ笑って受け取ると、ガープに振り返って無邪気に軽口を叩く。 「んじゃぁ。またね〜」 「おう、そうじゃった。『赤髪』なら突然航路を移動したそうじゃぞ」 「・・・・・・置手紙残したんだけどなぁ」 最後の言葉に困ったような表情を見せたが、まぁいいやと呟きこどもは元気に走り去っていった。 「ガープさん。あの子供何者なんです?」 黒い羽織に赤い髪。鮮やかな黄緑の瞳が印象的で、少年と呼ぶのがちょうどいいぐらいであろう年頃の子供。 旧知の仲といわんばかりに、海軍の英雄とうたわれたガープと話して、何事もなかったように去っていった子供に、周囲で行列に並んでいた海兵や一般の通行人まで興味津々だ。 そこへ勇気ある海兵がガープに話しかける。 しかし当のガープはさも不思議そうに首をかしげているだけ。 「ん。なんじゃ、お主、しらんのか?」 知っているのが当たり前だとでも思っていたかのような口調に、さらに周囲が困惑する。 「土産屋でよく見ますが」 「・・・ふむ。その土産、誰に届けられると思う?」 「やっぱ彼の家族にですか?」 「父親じゃよ」 「へぇ〜やっぱ髪の毛赤いんですかね?すごいですよねーあの赤毛」 「たしかに赤毛じゃのう。あいつの父親なんぞはそれが通り名じゃし」 「へ?」 「『赤髪』っていやぁ通り名じゃろ?」 「赤い髪で『赤髪』がとおりなってそのまんまですね」 ガープはさもなんでもなさそうに鼻をほじくりながら、面倒くさそうな顔をしてみせる。 そこで「あかがみ」という単語を下の上で繰り返していた海兵の動きがピタリととまる。 「・・・赤髪!?赤髪って、ま、まさか・・・あ、あの四皇『赤髪シャンクス』なんてことは・・・」 そのままザーっと一気に血の気が引くように、海兵の顔が青を通り越し、だらだらと冷や汗高脂汗だか分からない嫌な汗を流し始める。 その型がかすかに震えている。 ガープは突然様子の可笑しくなった相手に、不思議そうに首をかしげ 「髪のことを言ったから、てっきりわかって言っておるのかと思っとったが・・・お主にぶいのう」 どことなく哀れみの目で見られた海兵は、周囲をキョロキョロと見回し、恐る恐るガープにたずねかける。 「ところでそれってオレなんかが聞いてしまって大丈夫なんですか?」 周囲の人間は全員青い顔をして、聞かなかった振りを決め込み、サクサクと二人の横を素通りしていく。 「そ、それって・・・極秘情報なんじゃ・・・」 「ん?そういえば。にも口止めされておったわい。じゃぁ、これ秘密ってことで」 「「「えええーーーーーー!!!!!」」」 その日、海軍本部中に轟けとばかりの絶叫は、その日たまたま集まっていた王下七武海たち、さらにはセンゴク元帥のいる天守の上まで景気よく聞こえたらしい。 時はきた。 ルフィは17歳。“原作”と呼ばれる時間軸。 どこまでオレは決まりきったシナリオから逃れられるだろう。 触れるこの手が、しっかりと誰かの心に少しでも響けばいい。 |