05.研究バカと限界値 |
――ある日。 目が覚めたら、二週間が過ぎていた。 オレの、というよりは、ローのベッドでオレも寝ているのだが、今日はいつもと違っていた。 なぜかベッド脇にはクルーがいて、オレと視線が合うなり泣き出した。 オレが目を覚ましたこと知るなり、船長室にクルーがなだれこんできて、涙目になって集まってきたのにはびっくりした。 ローは呆れたように「だから大丈夫だっつってんだろ」と、全員集合してしまった部屋の状況を見てため息をつきながら、遅れて入ってくる。 そんなローに「船長、ひどい!」「薄情者!」とクルーたちが騒ぐ。 心から心配してくれていたのだと、彼らの表情が語っていて。 ああ、自分はココにいてもいいのだと実感する。 それと同時に、どうやら自分は自分が思っている以上に、この船のクルーたちに懐かれていたようだとしり、それがなんだか照れくさくて、泣きそうになった。 :: side 夢主1 :: 能力講習の翌日から、オーラの威圧に慣れてもらうため、船の中でもさらに範囲をしぼってオーラを解放していた。 オレの能力鍛錬にもなり、一石二鳥と思っていたのだが、他人の気というものに慣れていない彼らは、本当に薄くオーラを広げただけで白目をむいて倒れてしまった。 「ぐっ。・・・これは、たしかに〈覇気〉に近い。予想以上にくるな」 『感覚の鋭いだけの一般人からしたら、圧倒ってきな威圧感か、殺意として感じるらしいな。ローは大丈夫なのか』 「ああ、このくらいならなんとかな。ただで“あいつ”のファミリーにいたわけじゃねぇ」 『なら、船長室では常にもうちょい強めの広げててもいい?』 「・・・ああ。やってやろうじゃねぇか」 せめて覇気をくらって意識が吹っ飛ぶなんて体たらくはみせんじゃねぇとローに叱咤され、結果オレ船の中は常にオレの重圧にさらされるようになった。 オレとしては、自分のオーラを自由に広げておけるそっちの方が楽でいいんだけどな。 はじめのうちはみんな精神的に疲労してしまって、寝るときだけは解いてくれと言われたほど。 それもしだいに慣れてきたらしく、体術の方を鍛えているときに、たまに軽い殺気も混ぜていれば、何人かが「あ、アザナさんが言ってたのなんとなくわかってきた気がする」とか「体の中にある生命エネルギーって体の周りにまとわりついてる感じのこれか?」などと言い出す者が出てきた。 随分いい感じで感覚も鍛えられてきたようだ。 気の性質を読める(感じる)ようになったといえばいいのだろうか。 オレがオーラを展開するとすぐに反応するようになった者たちは「肌がピリピリすんだよ」とのこと。 ピリピリ程度音を上げるとは。うちの息子なんかは殺人鬼ですからね、つねに殺気を身にまとったそれは凶器のような奴だった。だからあいつの側にいるときは、心臓がわしづかみにされるようだとか、「死」のイメージをあたえられたりとか、肌がピリピリをとおりこしてゾワワッってして自分が殺される映像を想像してしまうらしい。それを思えば、オレなんてまだ優しい方じゃないかと思うけどな。 あとは“気”が自分の身体を流れるイメージ。纏うイメージ。 なんとなくでいいから、その“自分の気”というものを感じてもらって、それをあやつれるようになるように誘導していく。 海の上ではそれほどすることもなかったということと、激しい動きをせずに訓練するというのがツボにはまったのか。 ハートの海賊団のクルーは、思いの他はやくにその実力の片鱗を見せ始めた。 あるいはこの世界と、気功のようなものは性に合っているのかもしれないと思った。 どちらにせよそれならと、オレとローは常々研究してきたことの成果を試すことにした。 船長室で、ローと二人きりになったオレは、半径1mほどの〔円〕を広げ、ローの手を取ると、額をくっつけて互いに目を閉じる。 呼吸を合わせるように。心臓の音も合わせるように。 そうしてオレが徐々にローの“もの”とオーラの質を合わせていき――― 「あれ?そこにいたの船長じゃ・・・」 「え?アザナさん?」 「船長がいるのかと思った」 『第一段階クリア』 準備を済ませ食堂に集まっている全員のもとへ向かう、 扉を開けて入れば、音に振り返ったクルーたちが、不思議そうに首をかしげる。 そんな彼らをみて笑えば、待ってましたとばかりにローが入ってくる。 満足そうなローにオレも頷き、その服にしがみつき定位置にくっつく。 そうしてなんとかオーラをたもっていたその張りつめていた“もの”を肩の力とと共に解く。 オレのオーラの性質が、それと同時にかわり、いつもの自分のものへとかわるのにほっとする。 すでに船の仲間たちであれば気配である程度わかるようになっていたクルーたちをだませたことこそが成功だ。 これは実験だ。 〈悪魔の実〉と〈念能力〉。その違いと可能性を調べるために、オレたちは一つの仮定をたて、実験を行った。結果からいって、オレたちのたてた理論は間違ていなかった。予想通りオレのことをクルーたちは、ローと間違えたのだから。 オレはオーラというものに敏感だ。 そしてそれは、オーラ質を周囲にあわせることもまたしかり。 それを利用して、オレはローのオーラ質を真似た。 そして反応は予想通り―― ああ、なら。次はこれの維持と、ローの能力に関してだな。 なぜって、このオーラを変質させるのには・・すごく・・・すごく・・たいりょくがいる、みたいだ。 目の前がチカチカした。 そのままふらっと視界が揺らぎ、周囲であわてる仲間たちの声が聞こえたのを最後に、視界がブラックアウトした。 *********** 目が覚めたのは、それから二週間後のことだった。 クルーたちには大変心配をかけてしまったようで、泣かれてしまった。 『おはようロー』 「ああ。気分はどうだ?後遺症のようなものは?」 『ないよ。ちょっと寝すぎのせいか体がだるいくらいかな。ところでこれはどういう状況だ?』 起きたばかりのためベッドの上から尋ねれば、慣れた仕草で額に手をあてて熱を測られる。 熱。なし。 「よし平熱だな」 『嘘なんかついてないのに』 「念のためだ」 それからだるくて動く気がしないオレにいち早く気付いたローがまくらをオレの背中に当ててくれたので、ホット息をついて寄りかからせてもらう。 そうして状況は?ともう一度問えば、今度こそきちんと返答が返ってくる。 「どうもこうもない。アザナがこうなるのも想定内だと言ったんだが、こいつらがお前を心配して、泣くわ、騒ぐわ」 「だって突然倒れてそれから二週間も目を覚まさないし!そりゃぁ心配するに決まってんでしょうが!!」「そうですよ船長!」 「アザナ〜心配したよ〜!!」 ひとりのツッコミをかわきりに、「そうだ」「そうだ」と騒ぐクルーたち。 視線をローにむけると、「事情は軽くは説明したが詳細を語るのは面倒だった」と言われて、まぁ、それもそうかと納得してしまう。 なぜなら、こうなった原因を話すには、まずオレの世界でのことを話さなければならないからだ。 『話がちょっと長くなるよ。あとこないだの能力講習の話を少し蒸し返すことになるけど』 「いいから!ハイ、アザナ、説明する!!」 「そうだよ。またこんなことがあったら困るし」 「俺たちの心構えのためにもぜひ!」 『話すと長くなるんだが』 「かまわないから!」 「うんうん。船長はさらっとしか教えてくれないし」 「教えなかったわけじゃない。当人の感覚の問題だからな。説明がしずらいんだ」 『ま、そういうことだな』 まずは―― 『改めてオレのことを聞いてほしい』 ********** オレがいた“向こう側の世界”では、とても死が近い世界だった。 特に、オレの家の庭はひどかった。 裏庭はにわというにはおこがましい。それほど巨大な山一帯が庭と呼ばれている範囲で、そこには海王類のような化け物時満たしえ物が跋扈してた。 オレは肉体を鍛えるためにと、戦闘狂な母親に、その恐怖の裏庭によく放り出されていた。 オレはまず生き延びるために、逃げるための足を鍛えたるはめになった。 そうして裏庭で日々恐竜どもと戦って、生き延びることに必死になっていれば、気が付けば体力がついていた。 まぁ、へたをすれば一瞬で食われるような場所だったからな。必然といえるだろう。 とにかく生きたかったオレは、次は気配を探る術を追求した。 なぜなら、森の中の生き物たちに姿を見つけられたら死ぬ。 奴らにとってオレは異物であり、餌だった。 物心ついたころにはオレは思った。 こんなことで死にたくはない!とね。 すべては生き延びるためだった。 世界には目に見えないだけで、植物にも動物にも物にも。 すべてに“気(オーラ)”と呼ばれるものが流れる。 オレが生き延びるために筋力調整の後、次に手を付けたのは、そのオーラを操る修行だった。 少し前に話した〈念能力〉がこれのことだ。 くしてオレはまず、〔円〕をみにつけ、周囲を探る探査能力を身に着けた。 けれど逃げ切るにも限度があった。 相手がどこにいるか理解できても、幼い身体では体力とコンパスの差で、相手の速度にかなわず追いつかれるということが多くなってきたのだ。 そこで第二段目として、気配を探すではなく、気配を消す方法を覚えることにした。 そうして身体にオーラをまとわせ肉体強化やオーラを見えにくくしたり――といったことを全部後回しにして、ひたすら気配を消すことに、日々の修行をついやした。 そうしているうちに、〔絶〕を習得したオレは、森の獣たちに襲われなくなった。 けれど、裏庭の怪獣たちをオレはなめていた。 しばらくすると〔絶〕の効果がなくなり、裏庭に住まう恐竜たちにまた襲われる日々が続いた。 はじめは気配を完全に絶っているのに、どうして奴らに見つかるのか、その原因がわからなかった。 今度はあいつら恐竜どもの動向をさぐる日々が続いた。 〔絶〕は身体からあふれ出るすべてのオーラを閉ざす技。これにより気配が消え、たしかに存在感はなくなる。 オレが習得したのはまさにそれだった。 しかしそこに穴があった。 オーラを“絶つ”ということは、そこだけオーラの“流れがない”ということ。すなわちポッカリ穴が開いたように虚無が広がっているような――そんな感覚らしい。と、野生の動物たちを観察していくうちに気付いた。 そこにはなにもないはず。 けれどなにもないと、存在しないのは違う。 空気の流れ、木々のゆらぎ。 すべての存在が、「なにもないはずの場所」にも存在していたのだ。 ゆえに矛盾が生じた。 〔絶〕は、気配絶ちにおける極みだった。 それは故意に自分の気配を消すということ。 つまり常に“気”が循環している自然のなかではありえない現象で、自然の摂理に反していたわけだ。 それは、人間にはわからない敏感な感覚を持ち合わせる獣たちには顕著だったんだろう。 けれど、その矛盾は、目には映らない。 普通、世界には常に“気”が満ちている。 けれど〔絶〕はそこに不自然な“気”の消滅を産み出した。 そこだけぽっかり“気”が途切れ、風がゆらぎ、生命の呼吸が止まった場所。 そこには目に見えるものはないのに、なにかある。 それは人でなくとも植物だろうと虫だろうと物だろうと、すべての物に流れていたからこそ、感じる違和感。 そこに獣たちは、その違和感を“あってはいけないもの”と判断して、狙いを定めた。 きっと人間では気付かない。常に感覚が研ぎ澄まされた野生に生きる動物たちだからこそ、気づいた些細な違和感。 違和感――そう思わせてしまっていたのだとようやく気づくまでには、かなり時間がかかった。 〔絶〕は、あるはずのオーラを故意になくす技。 だから獣たちは、オレが〔絶〕をして気配を絶つと、その違和感を目指して襲ってきたのだとあとから知った。 そこからは早かった。 気配察知に鍛えた技を“周囲”に向けた。 風の気配。 森の鼓動。 水のせせらぎ。 すべてのオーラの違いと、そこにある気の流れを感じるように・・・。 そうして訓練を重ねた結果、気付けばオレは、“木々”に“空気”に“生き物”に。 すべてのオーラの違いを感覚で肌で、魂で、理解できるようになっていた。 その違いに合わせて、自分自身の気を変質することで、“周囲”の性質に同化するまでに至った。 それはまるで空気に自分自身が紛れ込んでいるかのよう。 否、紛れ込ませるというには語弊があるか。 自分の気を“そこにあるもの”に重ねる――すなわち気の性質そのものを変化できるようになったのだ。 だから存在感が薄いわけでもないし、オーラを絶ったわけでもないのに、周囲のやつらはオレに気付かない。 空気はそこにあって当たり前、視界に入っても気にもしないものだろう? つまりはそういうことだ。 たとえオレがそこに立っていても、彼らからすると、そこにあるのは空気。空気ならばあって当たり前。酸素ならばなくてはならないもの。 そのときの彼らの視界には、オレは流れていく背景の一部でしかないのだ。 まぁ、いうなれば、墨を出したり絵を実体化する以外のオレの特技が、まさにコレだった。 〔円〕による探査。 そして気配に敏感…とかいうか、空気と一体化する――である。 ********** 「これらを踏まえて、新しくできることはないかと考えた結果が“これ”だ」 『オレが人、あるいは物の気に自分自身を合わせるのが得意なのを利用して、ローのオーラにオレのオーラ質を完全に一致するように合わせてみた――ところ』 「オペオペの実が、アザナの指示に従った」 オレがたおれる寸前船を囲むように一瞬広がった〈ROOM〉を覚えているだろうか。 瞬き一回分以下の、蜃気楼のような時間。まさに一瞬でしかないのだけど、あのときのドームを広げたのはオレである。 さらには気配(オーラの質)が、ローのものと同じであった。 だからこそ、クルーたちは食堂に入ってきたのが、ローだと勘違いしたのだ。 『いや〜でもその分、体力ごっそり持ってかれて、立てないのなんの。一度広げた次の瞬間には意識がとんだし』 新しい技は、オレとローの二人がいなければできないものだ。 人のオーラの質さえ読み取れる特技をいかし、オレとローが考えたのは、悪魔の実の能力をオレが使えないかということ。 逆にオレの能力をローが使えないかも、オーラを同調しているときに試したが、そちらはまったく反応もなく終わった。 まずこの生き物にオーラを同調させるというのが厄介で、いままで空気に合わせることはできたが、自我のある生き物に対しては初めてであっため、かなり苦労した。 ただオレはこの世界で初めて会ったローに依存している。側にいなければ過呼吸を起こしていたほど、ローにべったりはりついていた。 そのおかげで、ローの気配やオーラの質に関しては、本人以上に知ることができた。 それでも波長をローに合わせられるようになるまでかなりの時間を必要とした。 これは一隻一兆にできることではないので、気を許せるような相手であり、ロー以上に同じ時を過ごし、ロー以上に日々張り付いて側にいない限り、人間と波長を合わせるのは不可能だ。 つまりロー以外の相手とは無理だ。 そうしてローにオーラの質も何もかも同調することで、ローがもっているはずの悪魔の実も反応した。 しかし不便なもので、逆はできない。 オーラさえうまく感じ取れないこの世界の住人には、オレのオーラに性質を合わせて変化させろというのが無理なのだ。だからオレから合わせるしかない。 そうなると必然的に、この海賊世界の住人には“オレの力”を扱えるものはいないということになる。 波長を合わせるのもなれ、随分と長い時間可能になった後、こうして能力の実験を行った。 いままで空気に合わせることはしてきたがさすがにまるっとすべて自分の波長を合わせるなんてことはしたことがなかったから、できるか不安だったし、何が起きるかわからなかった。 実際、能力が歪むコントもなければ暴走することもなく、あっけなくオペオペの実の感覚をつかむことができた。 まぁ、いまのところ代償はでかいようだが。 ローからきいていたとおり、使うたびに体力を奪われる。オレの場合はみてくれどおりの子供の体力しかないため、みごとにごっそりと持って行かれ、そのまま数日ぶっ倒れ、こうして今に至るというわけだ。 できれば悪魔の実の動力源は体力ではなく、オレのオーラにならないだろうか。オーラ量なら人一倍あるらしいので。これもあとで研究しよう。 子供の身体で体力を持っていかれると、いまのように毎度寝込む羽目となるので面倒なのだ。 『あの手ごたえからして、オレ自信の〈念能力〉を使用するより、悪魔の実の方が効率も燃費も悪い。 オレ自信の能力であるなら、体力・オーラの消費は少ないが、悪魔の実はひとつの能力を発動するのにかかる体力値が半端ない。というか、いまの子供の身体には負荷がかかりすぎる。オーラをエネルギーに変換できないか試そう』 体力というよりはオレの場合はオーラを能力発動のエネルギーに還元していままで自分能力も使っていたので、悪魔の実が何を代価に術式を広げているかわかれば・・・。まぁ、あとは勘と感覚が便りだけど。なんとかなるんじゃないだろうか。 ああ、でもそうだな。うまくいけば、オレの〔円〕の範囲内であれば互いに見ている物を共有できたり、体力は・・・無理にしてもオーラのやりとりならできるようになるかもしれない。 ただし、さっきも言ったけど、オレと“そういうこと”が可能なのはローだけだ。 オレは誰かがどういったオーラをしているかを視たり覚えることはできても、その波長を合わせるのはたぶんもう無理。あれ意外ときついから、一人以上はできそうもない。 「なるほど。まだ他の可能性はあるってことだな」 『うん。ようは使い方しだいってことだろーな。小を大にみせるもそのひとの力量ってことだろ』 「俺との間だけのやりとりだとしてもまだまだ考察の余地はあるな」 『そうだな』 「「「「・・・あんたらなにしてんだよ」」」」 「『能力実験』」 「いやいやいや!わかってるなら倒れるまでやるなよ!!!」 「しかもきいてるとちょっと人知の領域を超えてないかソレ!?」 「まぁ、訓練次第で何とかなるだろう」 『なるなこれは』 オレとローの意見は同じだった。 そんなオレたちに、涙を目に貯めて心配してくれていたクルーたちが、先程までの雰囲気はどこいったとばかり、なんとも言えないような顔をしていた。 しかたないだろう。 オレ、面白いこと好きだし。 ローは研究者肌みたいだし。 それに 『できると思ってやった』 「できるとわかっていてやった」 「『後悔はない』」 っと、いうわけである。 悪いけど、おうしばらくオレとローの実験に付き合ってよ。 それが、仲間だろ。 さてさて。 体力ねぇ。はっきり言って、ないな。 この幼い体でどこまで体力をつけれるか。 そもそもここ、船の上だしなぁ。 できて腹筋を割るくらいだろうか。 |