【 君は別の世で生きる 】
〜外伝:メインでふっとばしたハートとの暮らし〜



01.一歩一歩





:: side クルー ::



『なんだ。また喧嘩か』
「いやいや!海賊が襲ってきたんだよ!!大変だったんだからな!」
『だから喧嘩だろ?やんちゃもほどほどにな』
「いや、だからちがっ・・・!」

『おいで。怪我は?』



自分では歩けないから。身動きできないから。だから、俺らがそいつのかわりに、そいつがいるベッドまで近づく。ベッドの横に椅子を置いて座る。
そうやって外を知らないこの赤毛の小さな子供に、今日あったことを報告する習慣がついたのはいつからだろう。

今日は海賊がきて、あげくその海賊が馬鹿で海軍をひきつれていた。
おかげでこっちは少人数なのに巻き込まれて散々な目にあった。まぁ、ぶっちゃけ、最後の方は、時間がかかりすぎてキレた船長の一人無双で終わったんだけどな。
その後の船長の機嫌をおさめるのが大変だったのだ。その苦悩を語り、俺たちがどれだけ頑張ったかをを話していけば、アザナは『あの子はちょっと我儘だからな』とこまったように笑った。 船長を“あの子”よばわりするのは、たぶん世界広しと言えどこのこどもだけだろう。

けれどそんな強者の一面のほかに、先程の様に『おいで』と俺らへと手を伸ばしてくれるのは、喧嘩にしろ戦争にしろ船長の八つ当たりにしろ、なにかが原因で俺達が怪我をしていないか確認するためだ。
そうやって愛おしむように目を柔らかく細めて、身体をちょっとだけ傾けてこちらに手を伸ばしては頭を撫でてくれる。

同じくらいの息子がいたからと、血のつながりも何もない自分たちを本当の我が子のように扱ってくれる。

外見は二,三歳ほどの子供でしかないのにかかわらず。
それでも気が付けば、俺達はこのこどもをただの子供としては見れなくなっていた。

幼く小さな外見の子供が、俺らみたいなのの頭を撫でる光景なんて、逆だろ!?とツッコミたくなるほど似合わないし、これはおかしいって常識的に考えればそう思うのに、どうしてもその優しさに甘えてしまう。

なぜかこの小さな手に撫でられ、ほめられることが、うれしくてたまらないのだ。
それはたぶん、この小さな紅葉の様な手に撫でられるのが、意外と気持ちいいと、知ってしまったから。
いつでも甘えていいのだと、この人の前では感情を爆発させるような無邪気な子供でいていいのだと言われている気がして。
つい、いつまでも触れていてほしいとさえ思ってしまう。

それは俺だけではないようで、気付けば船のみんなもこのこどもに心を許していた。



それが、船長が拾ってきた新しい仲間だった。








***********








船長が アザナ という名の2、3歳ほどの小さなこどもを拾ってきたのは、一年以上も前。それは俺達がまだグランドラインにも入っていない当初のこと。

衰弱しきっていたため患者として運び込まれてきた。いたわりも一切ない俵抱きで。
そうやってつれてこられたこどもの顔は青白く、ぐったりしたままピクリとも動かない様は、一瞬人形か死体かと錯覚してしまった。

すでに体力をひどく消耗していたらしく、こどもが船に来た時には、そのこどもは疲れきって眠っていた。
船長がその子を連れてきたときの台詞から推測するなら、はじめにその子は仲間としてではなく患者としてやってきた。

拾った理由が気紛れだというわりには、あの船長がこどもに献身的でびっくりするほどだったのをいまでも忘れない。

一時も離れずつきっきりで、いっそ献身的とさえ思えた船長の行動の理由は、まぁ、すぐにわかることとなるのだけど・・・。



船長の看病のおかげで目を覚ました子供は、情緒不安定で。
船長意外の生き物、物にさえ触れることもできず、地面に足をつけることも怖がった。
そのためこどもの居場所はいつも船長のベッドの上だった。
さらには船長が少しでも離れると、すぐにひきつけを起こして過呼吸になるという酷い状態で、薬漬けの生活でもしていたのか、なぜそんな厄介なこどもをつれてきたんだと今後を思ってクルーたちが不安になったほどだった。



心意的ショックからくるものだとは聞いていたが、こどもの症状はひどく、はじめは食べ物さえも受け付けず、よく吐いていた。

「食え。くわねぇと治るもんも治らねぇ」
『・・・そうはいうが』
「大丈夫だ。お前が意識のない間、ずっと点滴を打ってお前の肉体を保たせていた。問題はなかった。食べ物も点滴と同じだ。平気だ。食え」
『・・・ぐっ・・・吐き、そう』
「ゆっくりだ。ゆっくり馴染んでいけばいい」

それでようやく船長がこどもを患者としてこの船に連れてきた理由が分かった。
あまり他人のことに興味を持たないあの船長が、かかりっきりだったのもその様子を見てしまえばすぐに頷けた。

こどもは船長がどこかから助け出してきたのだろう。“そこ”からだしてくれた船長をこどもは光とした。
だからこどもは船長にしか触れられない。手が届く範囲に船長がいないと心が正常を保てない。
こどもの世界は船長だけで。あのこどもは、船長がいないと死ぬのだ。



けれどさすがに、船長も四六時中こどもと一緒にというわけにはいかない。
そこで、まずは船のクルーとだけでも触れ合いができるようにと、船長の監視下で、看病役を毎日交代制で行うこととなった。
こどもは、はじめは船長にしがみついて、おびえてこちらと視線も合わせてはくれないし俺達が触れた物さえひどく怖がった。
それも徐々に慣れてくれば、だんだんと話に耳を傾けてくれるようになっていった。
短気な船長が地道な努力をして、自分が側にいるから大丈夫だと懸命に言い聞かせ、そこでようやくクルーたちにも触れてくるようになった。
ただしそのときでさえ、こどもの手は船長の服をつかんだままではあったが。
つまり、仲良くなっても初めのころは、船長同伴だった。


「へぇ。クロフデ・アザナっていうんだねおチビは」
『名前もしらなかったのか?』
「船長、なんにも教えてくんないんだよ。だからみんなおチビって呼んでただろ」
「本人に聞けってそればっか」
「あれは絶対面白がっているよ。おチビってそんなに面白いおいだちなのか?」
「そういえばどうやって船長と会ったの?」
「いま、いくつ?」

『・・・本当になにも教えてなかったのか。
それなのに世話をしてくれていたなんて・・・。

感謝してもしきれないな。ありがとう』


「「「船長と真逆でいい子だ!」」」

こちらを無視して読書をしていた船長を横に、好き勝手話していたクルーのひとりが、「room」という一言で細切れになっていた。
アザナという名の子供の前では初めてみせた光景のはずだったが、それに対しこどもは悲鳴を上げることも嫌悪感を抱くこともなく、ただ不思議そうに動く肉塊を見ているだけだった。



そんな事件から、さらに月日を重ね、親密さをましたことで、アザナはようやく船長だけではなく、他のクルーと触れ合うこともできるようになっていった。
そのころには俺たちのなかでアザナの位置は、“こども”という認識ではなくなっていたけれども。



そうして日々リハビリを続けた結果、アザナは、船長かクルーに触れていれば床に足をつけることも出歩くこともできるようになった。

いまでは視界のなかにクルーの誰かがいれば、船のなかを自由に動きまわっている。





ここまで本当に長かった。
おかげであの無愛想な船長でさえ、すっかり面倒見がよいおかん気質が板についてしまい、船の誰よりも子供のあつかいに慣れてしまっているしまつ。

あるときなんて陸に上がって街に出てもぶつかってきた子供の頭を撫でて飴を渡していた。
それをみて爆笑したやつは、もちろんあとで細かくきざまれていた。


でも。まだまだ、だ。

さぁ、次はアザナを外に慣らさなくては。
そのためにもまずは、まだ一度も船から降りたことがないアザナに、この世界のいいところはまだまだあるんだって教えることからはじめよう。
世界というものにおびえ、船の妖精クラバウターマンのようにこの潜水艦の中だけという小さな世界で満足してしまっているアザナに、世界は怖くないんだと知ってもらわないと。
俺たちが生きる世界だ。
この世界を好きになってもらわなくちゃ、こっちも面白くない。


俺たちはアザナと過ごした日々を忘れない。
なにがあっても。

だからさ・・・。



さぁ、一歩を踏み出そう。















『・・・なんて』


『嫌に決まってんだろうが!!!!』


「だからって、入り口に張り付くのやめろー!!アザナ!!」
「アイアーイどいてどいて」
「ぬぅおっ!?ベポまでくんな!あ・・・はさまった!ぬ、ぬけな・・・」
「いっぺんにでようとすんな!!」
「あ。おれも、とおれなくなった・・・」
『ベポ!!おまえまでオレを置いてくのか!』
「そんなに一人で留守番が嫌なら、さぁ一歩!!」
「アザナ〜うしろがつっかえてんだよ!でろ!!」

『い〜や〜だぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』



「・・・・・・先は長そうだな」








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