焔は七番目の夢に抱かれ
- Ta les o f the A byss -



07.砕けたもの





 -- side オレ --





 優しい温もりに再び意識が暗闇に沈んだ。
今度は夢も何も見なかった。
ただ、ただ、安心感だけがあった。

けれど。

それは突然の圧迫感と息が詰まるような苦しさ、そして体中を引き裂かれるような激痛により、無残にも破れ去った。





**********





 次に目が覚めたときには、近くにディストはいなかった。
変わりに体を光が覆っていて、この場所だけ重力がおかしいかのように、身体を動かすことがかなわなかった。
キラキラと緑の粒子は、オレが眼鏡をかけていないせいでみえる万物の流れ――とは違うものらしく、これはオレが寝かされている機械が発する光らしい。
まるでここだけ特殊な磁場でも発生していて、オレを押しつぶそうとしているかのように。あるいはオレの身体と寝台が、強力な磁石でくっついてしまったかのような、そんな錯覚を覚えた。
 怠慢感とは異なる鉛のように重い体は、先程とは違ってこんどは指一つ動かすことさえ叶わない。
この光が何を意味しているかなんて、オレの飽和状態の脳みそでは役に立たない。
ただ以前もどこかでこの光の中にいたことがあったような気がしただけ。
薬で無理やり意識を失わされたせいか、それがまだ残っているのか。いまだに考えるということにまでは、思考が回復しない。
ただぼんやりと、自分の視界を覆い尽くし、光越しでしか見えない向こう側を見やる。
光の向こうの世界は、いまいちよくわからない。
 うまくまとまらない思考のまま光の向こう側に動いている白くて細長い者の動きをなんとはなしにみやり、ふとこの光景が何かを突然思い出す。
 ――瞬間靄がかかっていたような脳がすっきりし、記憶が勢いよくよみがえる。
フォンスロットをひらいたときのこと。
別の研究所にいた黄色いチーグル。
レプリカルークとしての以前の記憶が目まぐるしく身体を駆け抜ける。

これは、フォミクリー装置の輝き。

「ふぉみくり・・・」

 でも、あれにはまだ早い。
だってオレは、まだ八つで。前回被験者ルークが誘拐されたのは十歳だったはず。

《オレ》がいるから時間が早まった?
どういうこと?

 自分が動けないのは、フォミクリー装置が作動しているせいなのは理解した。
けれど時間軸が全体的に早まっていて、それで本当に出来るのだろうかと、光の向こうを注視する。
ディストじゃない白衣の人間たちと、ヴァンがこちらをみて話し合っている姿がぼんやり見える。
 ディストは?
いない。
あのひとがいれば、まだこれからのことも信じられた。
“以前”で、『おれ』という五体満足のレプリカルークを生み出したのだから。
今度もきっと大丈夫。
だって世界は変化しつつも同じ道をたどっているのだから――
 そう、心のどこかで自分は思っていたらしい。
甘い甘い考えだ。
 でもディストは視界にさえ入らない。
これ以上動かない視界にじれて、めをとじ、視界の代わりに耳を懸命に傾ければ、「装置はまだ未完成だから自分がいない間に触るな」と言ってディストはこの場を一時離れたらしい。
 なぁんだ。いないのか。
でも。そうするとちょっと怖い。
フォミクリーがどういうものか、ジェイドが禁忌とした実験も、彼の過去のことも・・・すべて知っているから。
 どうしようもなく逃げてしまいたくなる。
だけどそれだけはしたくない。いや、そうしたくともすでにこの光から逃げるすべはないからなにをしても無理なのは明白だ。
それにここで逃げたら『アッシュ』に顔向けできないよ、おれ。
 フォミクリー装置。レプリカ情報の摂取。
これはアッシュが辿った道。
ならば今回の人生で、居場所だけでなく、“被験者という立場”、そして“あるべき存在の場所”さえ奪ってしまった自分は、耐えなければいけない。
 すぐ側で異常なまでの第七音素の濃さで集まってくるのを感じつつ、諦めに目を閉じた。


――――― あ ・・・ しゅ・・





 また少し眠っていたのかもしれない。
意識が飛んだと言った方がいいのか。
どこかで“師匠”の「かまわないやれ」という声がおぼろげに聞こえたと同時に、なにかが起動する音がして・・・

「ぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 第七音素が徐々に徐々に濃くなっていくと同時に、光の当たる場所から身体が刻まれて、何かが奪われるような感覚に陥った。
ゆっくり思考することさえままならないほどの激痛に、思わず声があふれでた。
 直接頭に手を突っ込まれて、記憶ごと、中をかき回されているようだ。
このままだと身体が引きちぎられてしまいそう。
けれど痛む箇所を抑えようと思っても縛られているのか、体は無意識の反応にも微動だにしない。
 ただでさえ一度死を迎えたレプリカルークとしておわりをむかえ、そこへ原形をとどめていない転生者の魂をつなぎ合わせて、なんとかいまの形を保っていた《オレ》の魂は、ひどく不安定なものだ。
そこへこのフォミクリーだ。
記憶の情報、遺伝子の情報、振動数。それらの情報の根源は、すなわち魂の情報。
それを摘出するというのは、なまはんかな衝撃ではない。
ジェイドが実験で何人も廃人にしてきたと言ったのが、いまならわかる。
 “レプリカルーク”だったときの記憶が、そして“”だったときの記憶があふれだし、処理が追いつけず頭痛を生む。
 それがさらにオレの動揺をあおり、レプリカ作成の為に集められていた第七音素に反応して、超振動が無意識に発動していた。
そのせいでフォミクリー装置によって集まったはずの音素が拡散していく。
すぐそばでできかけていた光の塊が、人の姿を取る前に霧散する。
それに周囲がさらに騒がしくなる。


 これは、なんだ?
いま、自分はなぜこのような場所にいるのだろう。



ナゼ?

アレハ ナニ?

 ――キエタ―

キエタアレハ・・・

 レプリカ


ふぉみくりーによって、あつめられた、だいななおんそ
ダイナナ、オンソ
セブンスフォニム
ナナバンメノ

ロ・・ーレ ライ





 ああ、そうだ。
レプリカをつくるためにフォミクリー装置にかけられ、それのせいで記憶が暴走したのだろう。
その結果が、超振動の暴発。
 あまりの激痛に自分が騒いでいるのか、泣いているのか、身体をかきむしっているのか、罵声でも浴びせているのかも…何もわからなかった。
耳に聞こえる不快な音が、機械の音なのか、自分の声なのかもわからない。
ただ遠くで聞き覚えのあるなにかが、騒がしい。
 誰か、泣いてる?赤ん坊の声だろうか?イタイイタイとそう聞こえるような、そんなもの。
あとは研究者たちの――

「失敗だ!いますぐとめろ!」
「ですが!第七音素がいままでにないほど…もう一度やれば!」
「ちがうっ!!これは超振動の前触れだ!!すべてをけされるぞ!!」
「っ!?」
「……だからしっぱいだと…」

 そういうこえがきこえたが、意味を理解するには、オレの意識は正常じゃなかった。
制御の利かない超振動は、レプリカを霧散させただけでは止まらず、装置を逆流するようにはいりこみ、激しい音とを立てて消滅させつつそれを光に飲み込んでいく。
消滅した箇所から計器は壊れ、連鎖するように爆発し、すべてを破壊していく。

 体にはしる激痛が、集まってこようとする第七音素の感覚が、オレというひとつの存在を形成するいびつな魂を圧迫し、魂はきしんだ音を立てる。
第七音素が集えばつどうほど、耳に聞こえる“不快な音”が大きくなり、魂にはさらなる皹がはいる。
 うるさい。うるさい。うるさい。
どうして耳元で赤ん坊の声がする?
オレは今そんなものにかまってられるゆとりもないのに。
うるさい。
音は他にもたくさん聞こえてくる。たまに聞こえる鈴のようなものは、あれは音素の響きだろうか?
機械の音?
潮騒の音のようにも思えてくる。
 もう、なにがなんだかわからない。
 いまにも圧力でこわさんとするかのごとく、それはやむことはなく続き。
パキリパキリと罅が大きくなっていくのを、オレは不協和音が響く中、どこか冷めた思考が聞いていた。
 もう、頭が回らない。
喉が痛い気がする。
目が冷たい気がする。ぬれてる?なんで?

わからないわからないわからない。

 一変にいろんなものが流れてきて、頭がパンクしそう。
超振動はすべてを消そうと拡散させるのに、自分の近くに第七音素があつまるのやめない。
まるで乖離するの待っていて、オレをあちらへつれていこうとするかのようだ。“以前”のように――

同じく、今世でずっとそばにいたローラレイの気配も濃くなっていく。

  ――ルーク!


 なに__
まって__
  ローレライの気配。
ローレライの声が響く。
でも返事をしたくてもその方法もわからなくて――


  ――だめだルーク!!!それはおまえたちをつなぐものだ!!


 そんな、ローレライの絶叫のような慌てた声がした。





――どこかで『お前たちは生きろ』と、深みのある男の声が聞こえた。





 それと同時に――
今までにないほどの衝撃がおそった。

それが肉体を襲ったのかそれとも直接魂を貫いたのかはわからない。


――パ キ ン ッ ――


 罅にたえきれなくなって、砕けた。
それはガラスが砕けるような小さな小さな音だった。
視界の隅に、一瞬左の薬指あたりで、青い何かがはじけたのがみえたきがした。

瞬間、ブツリと、思考も何もかもが・・・おちた。





 そのあとは、ずっと遠くで聞こえていた子供の悲鳴のようなものも途切れ、ローレライの声も聞こえなくなった。
かわりに騒がしいなにかの音だけが耳についた。
 なにもかんじなかったし、なにもわからなかった。
考えるなんて、ことがなにかさえもう興味はなかった。
否、思考するという動作も浮かばなかった。
 ただただ、ひらいた目が映し出す光景をみていただけ。
そこには人格など存在していなかったかもしれない。










※声は指輪の中身(ロジャー)のものです。








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