焔は七番目の夢に抱かれ
- Ta les o f the A byss -



06.あなたに伝えたいことがある





 薬でもかがされたのか、頭がぼぉっとしたまま目が覚めた。

なにをしていたんだっけ
なんだか 夢を見ていた気がする

なんの 夢だろう

そう…あれは「ルーク」の「以前のレプリカルーク」の記憶―――


 あ れ ?
じゃぁ…その、前は?
俺はなにをしていたかな

 ああ、そうだ。
俺、メリルと街に行って、その帰りにヴァンに・・・。





 目が覚めた場所は、どこかの硬い台座の上。
 側にローレライはいないようで、いつも身近に感じていた炎のような温かい気配は感じない。
だれも
い な い・・・
 なら。なんで俺はここにいるのだろう。
 左手の指にそっと触れれば、硬質な感触があり、『黒筆 』の精神を繋ぐ青い指輪がある。
そこに一人分の命の宿ったぬくもりを感じて、いつも“いるはずのもの”がない喪失感を少しだけ和らげる。

 俺はなんとか状況を把握しようと、薬が抜けきっていないのか重い身体を鞭打ち、緩慢な動作で寝ている場所から視線を動かせば、記憶よりも若干若いがが「前回の」師匠――いまの《俺》は挨拶ぐらいしかしたことが無い存在――であるヴァンが、寝台から少し離れた位置にいた。
その側にはディストがいて、なにかヴァン師匠と言い争っていたが、彼はやがて師匠に何か言われると諦めたように「わかりましたよ」とうなずいていた。
それにヴァンは得てしたりと、左右両の口端を三日月のように持ち上げていた。
それはまさにディストを嘲笑うかのようで、さらには悪役が言うことをきいて当然だと下の者を見下す光景そのものだった。

 状況を理解しようと、彼らを観察していて、おもったことがある。
この人、こんなときからもうヒゲダルマへの道を歩み始めていたのか――と。
 惑星予言に読まれていた時間までおよそ十年。
一生懸命伸ばして手入れをした結果が“あれ”だったのだなと気付いた。
見事なひげだるまの完成と来たか。
そういえばラルゴとか、奥さんが生きていた当初は細かったらしいけど、あのあとあそこまでいかつくなって、そして彼もヒゲダルマとなった。
予言を恨むと人間て、ヒゲをはやして、マッチョになるのだろうかと思わず思った。

「…ぅ…ぁ」
「おや。目が覚めたようですね」

 この場に唯一残ったディストに、「あんたついてないなぁ。ヒゲにかんして」みたいな台詞をいうはずだったが、うまくそれは言葉にならず、ぐらぐらしているのは頭だけでなく、舌もうまく回らないことに思わず舌打ちしたがくなった。
 その俺のうめき声に気付いたディストが振り返った。
コツコツと靴音を鳴らしてすぐ真横までやってくるディストは、なんだか「以前」とは違ってひどく物静かで、憔悴したように苦笑を浮かべた。

「あなたも不運ですね。あんな髭に目をつけられ、あげくつかまるなんて」
「ディ…ぅ・・」
「…わたしを、知っているのですか?」

 知っている。
――彼は、ディスト。サフィール・ワイヨン・ネイス。
ジェイドの幼馴染み。
レプリカだった「おれ」を生み出してくれたひとり。
生まれることができたから、「レプリカルーク」は世界を知ることができた。
そして「前回」は、敵として以外で言葉をかわすこともなかったひと。
 そんな前世の記憶があったからか。
だからか。
 気付いたら、俺は無意識に手を伸ばしていた。

「だぃじょー…ぅ?」

 ディストの頬をとらえた俺の手は、今は小さくて、「以前」のようにはまだ剣もろくに扱えないだろう。
一瞬驚いたような表情をしたが、ディストはくしゃりと泣きそうな顔をして、それをかくすように笑うと、そっと俺の手から抜け出てしまう。

ああ、顔色も悪い。

もしかすると「ルーク」たちとであったときの彼は、自身でレプリカの実験をしていたのかもしれない。
肌の色の悪さも今ならうなずける。

「ただの、寝不足ですよ」
「でも辛そう」

 いくつか言葉を交わしたせいか、頭のかすみが少し晴れ、ようやく舌が動き出したのにほっとする。

 ずっと思ってた。
ディストとはもう少し話してみたかったと。
もしかしたらもっと前に会えていたら違う関係になれたのではないかと。
 それが“今”だ。
 こんなチャンスはめったにない。
だから彼を引き留めるように言葉を繋げた。

「あなたは人の身より、自分の身を案じなさい。わたしはまがりなりにもあなたを誘拐したヒゲの仲間ですよ。
これからあなたに地獄を見せるのもわたしです。
・・・だというのに」
「しってる、よ」
「それでなぜわたしの心配などしているのですか。おかしな子供ですね」
「……レプ、リ、カ・・は?」
「・・・そこまで、ご存知なのですか」

ディストは眼鏡の奥の瞳を寂しそうに歪めると、「いいえ。まだです」と、

「だから今はお眠りなさい。時が来れば……あなたは寝てなどいられなくなる。必然と目覚めるでしょう」

 眠りなさい。と優しく、少し悲しげに告げられ、その白い手が俺の顔を覆っていた髪をやさしく払う。
この世界に生まれなおしてから、こうやって優しく頭をなでられたのは、初めてのような気がする。
くすぐったくて、でも気持ちが良くてくすりと笑ったら、ディストの顔がさらに自嘲的にゆがんだ。

「なぜそうも貴方はわたしを許してくれるのでしょうね。いえ。でもあなたはわたしを恨むでしょう。殺したいほど憎む。こんなめに合わせたわたしを」

 長めの色素の薄い前髪で、彼の視線が隠れた。
でもその表情もその言葉も俺は知っている。

「レプリカルーク」の記憶――ジェイドが同じようなことを言っていた。

さすがは幼馴染み。
でも

俺は笑い返していた。
なぜだか嬉しくて。

「だい、じょうぶ」

頭をなでてくれていた手が、それでとまる。

「あなたは知らないだけです。フォミクリーがどんなものか。私の目的も。だから許せるのです」

あの時のジェイドと同じ、後悔してる顔。
でもね。そうじゃないんだ。

ああ、言わないと。今、彼に言わないと。

「“おれ”をこの世に産んでくれて・・・」
「え?」
「レプリカルークはね。生まれてきて、幸せだったんだ」



―――あ り が と う “とうさん”。



「っ!?」

 フォミクリーの製作者の一人なら。
本当にヴァンをとおしてルークのレプリカを作ったのが、彼ならば、ディストは俺にとってはもうひとりの父親だ。
ローレライ?あれは同位体で、魂の生みの親だとしても、絶対/父親じゃねぇな。むしろペットだ。
考えても見ろって。ブウサギのあのひづめで頭を撫でられても全くうれしくないだろうが。
あいつはペットにしかならないよ。

 ディストは驚きに固まっていたが、しばらくするといろんな感情をおしこめたような泣きそうな笑い顔になって、再び頭をなでるのを再開した。

「はい。おやすみなさい」

 結局俺は、それからすぐに、髪をすく温もりに誘われるように意識が落ちた。
どんな子守唄よりも本当の良心よりもその手の感触に安どを覚えた。
眠気に襲われたのが、譜術や薬の効果なのか、フォミクリー装置が動き出したのかはわからない。
ただ、どこかでだれかの「必ず貴方を…」という意思の宿った声を聞いた気がする。
その言葉を最後まで聞こえなかったの残念だが、俺の意識はそこまで持たなかった。

二度目の眠りは、優しい気配に見守られ――夢ひとつ見ることはなかった。










※いまさらですが、このサイトはディストを贔屓しまくります。
ディストが好きなんだー!!
そんでもってPM(+時々イオン)に厳しいです。
途中で更生したのではなく、初めから常識人ならPMも好きになれそうなんだけどなぁ…









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