焔は七番目の夢に抱かれ
- Ta les o f the A byss -



03.青色の陰り





 オレが、被験者ルークとして生まれて八年がたった。
オレの傍にブウサギなローレライがやってきてから、どれくらいか・・・忘れた。








 -- side 夢主1 --








 今回被験者ルークとして生まれたオレは、 [前回] 大爆発が起きる前に教えてくれたアッシュの言葉どおり、物心つく頃には超振動の様々な実験をさせられた。
 研究者たちには指輪については何も言われなかったが、実験をするたびに左手の青が色が濁っていくような気がして、恐怖がよぎった。
この指輪はオレがおれでいるために必要なもの。
守護霊たる〈爺様〉がいる証。
それがなくなってしまいそうで、超振動の実験はあまり好きじゃない。

 本当は [過去] の記憶があるから超振動の、制御などたやすくできるのだけれど。
それではまずいとわかっているから、できない子供を装った。
その結果が、健康診断という名目の超振動の実験だった。

 どれほど嫌でも、どれほどつらくとも。ローレライの同位体として予言に詠まれていたオレは、キムラスカの兵器となるべく実験が義務付けられたいた。
だいたい一、二週間ほどそういう期間があった。

逃げることは、できなかった。



 はじめの実験の後、ふらふらになって帰ってきたオレを見て、父上に「すまない」と一言告げられた。
そのとき彼の目を見て、向こうの施設でどんな実験をしているか、“知らされていない”のだろうと直感的に理解した。

オレが受けた実験は、普通の子供なら精神がおかしくなっても不思議じゃないものばかりだった。
毒薬の投与実験なんか普通だ。各音素への抵抗力を調べるための実験もある。それらはすべて被験者でも乖離してもおかしくないほどの、そんな実験の数々。

でもアッシュだって乗り越えたんだ。オレができないなんて言えない。
[ルーク] のなかにある記憶では、アッシュは父上に認めてもらいたいがために、実験も誘拐も耐えて、頑張り続けたんだ。

『オレ』ができなくてどうする。

 それに見てしまったから。
自分の眼鏡の下にある緑と同じ深い森のような父上の翡翠の瞳を見てしまった。
元 [レプリカルーク] であるオレとしては、言いたいことは山のようにあった。
けれどあの緑をみてしまったら、なんだか肩から力がぬけ、どうしようもなくやるせない気持ちとともに「しょうがないな」という気持ちになってしまった。


『私なら大丈夫です父上。むしろこの大きすぎる力をきちんと制御できるようになって戻ってきますから』


――そう、笑うしかなかった。

 父上の為なら「しょうがない」と、自分の望みも何もかも諦観して諦めてしまったのは、 [レプリカルーク] としての思考から。
 言葉を、実験を。止めることも表立っての救いの手をどこかに伸ばすことも出来ず、権力と血と感情に板ばさみになって泣きそうな子供をみているようで、クリムゾンのことを「しょうがない」と思って許してしまったのは、数多の世界を転生し続けたもうひとつの 〈黒筆 字〉 という思考から。

このときのオレは、たしかに転生者の〈黒筆 字〉で、逆行を果たした [レプリカルーク] だった。



 数ヶ月に一度ある健康診断という名目の実験。
事実を知らされていないらしい母上は、自分の身体が弱いから、オレにももしものことがあったらと思っているようで、名目に騙されて、この健康診断をすすめてくる。
やわらかく「いってらっしゃい」と背をおしてくる。
その笑顔に、助けを求めて伸ばした手を下ろして、それを背後に隠し、笑顔でこたえる。

『いってきます母上』

伸ばすことができなかった手。爪が食い込むほどに握ったそれをもう片方の手で握りしめる。
その左手にはまった指輪をなでると心は落ち着くが、胸の中に生まれた悲しみやぽっかりあいた穴はふさがらない。


 実験は、超振動から連想でもしたのか他の音素への適合率なども調べられ、 毒や術に対抗がどれだけあるかなどへも、学者どもは好奇心を発揮した。 それは本当に人が人にする所業とは思えないような、まさしく“実験”としかいえないものだった。 オレは実験用のていのいいモルモットでしかなく、まるで体の中から刃物を刺されているようにあらゆる実験をされた。 へたをしたら腹を掻っ捌くぐらい奴らはしそうな勢いだった。
 それはたくさんの人生を経験したこのオレでさえ、思わず「助けて」と叫びそうになるほどにつらいものだった。
 だれかに助けてほしかった。
伸ばすこともできなかったこの手に気付いてほしかった。
手を――とって、ほしかった。


 だけど、母は知らない。
父は“何か”を感じ取って入るようだが、その確信に至っていない。地位が高すぎるがゆえに表だって動けないのだという。

だから・・・

 いってらっしゃいとかけられた優しい声に、思わず伸ばしかけていた手をおろした。
なにもつかむことなく脇で垂れ下がる自分の手。
この手は助けを求めることも許されないのか。
 ――母上の優しい笑顔。
それをみてしまったら。
行けと背を押されたら。
いまので・・・母にさえ見捨てられたような気分になる。
もちろんわかってる。彼女が何も知らないことを。それでも、だ。

あの実験に行けと背を押されたような気がして・・・。



 実験。それは同時に [前回のアッシュ] のことを思い出す。
母上は身体が弱い。だからアッシュは甘えることも出来ず、心配をかけまいと、一切の弱音をはかなくなったのだろうと。
日常の家族関係が不仲でなくともあんな実験をさせられていては、子供らしい子供なんて出来るはずもない。
 オレは側にブウサギなローレライというツッコミ役がずっといてくれているから、まだましだが、 [当時の彼] には誰もいなかっただろうから。
だからアッシュが我慢してきたものなら、オレだって頑張って切り抜けてみせる。
元 [レプリカルーク] として。
今、お前の居場所を奪ってしまったのだから。
それぐらいやり遂げてみせる。


それだけを胸に、いつも“健康診断”に挑むのだ。



 だから、〈爺様〉・・・もう少しだけこらえてください。
オレと一緒に頑張って下さい。
側にいてください。

今日も左手の指輪に触れ、輝きの失せくすんだ青に、祈るように目を閉じる。





**********





「健康診断だ準備をしろ」



 屋敷の中の誰かがその言葉を告げに来るたび、その言葉をきくたびに一瞬動きが止まるオレをローレライはブヒブヒ言いながら心配げに見上げてくる。
いつからか、それに決まって「しょうがないからね」と同じ言葉を返す自分がいた。


 研究所や実験の話になるたびに思うのだが、このまま超振動で研究所を破壊してやろうかとかなり本気で思っている。
ホドの例もある。“うっかり”音素の研究所が消えてもおかしくないはずだ。
そういう考えを少しでもしているときのオレはひどくあくどい笑みを浮かべているのだと、幼馴染みは言う。


 この世界では、オレは幼馴染みの少女にのみ心を許している。
知らないのだとわかっていても、父と母を心から許すことはできなかった。
そういった思考が実験の影響を受けて精神の消耗が激しいせいからくるのか、それともただたんに精神が肉体にひきずられているのかはよくわからない。















 とりあえず。
これだけは言わせてほしい。

おねがいですからどうか――



『オレがでかけている間に、そのただ飯食いなブウサギを食べないでください』



そんなんでもオレの癒しなので。








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