オレと君とで“彼女”となる
- D .G ray-m an -



01.オレと彼女の転生人生





 -- side オレ --





 本当はこの場所にオレはうまれるはずではなかった。
けれど輪廻の輪とは恐ろしくも不思議な場所だ。
なにがおきてもおかしくはない。
 そこには時間も世界も関係なく、様々な場所の未来や過去が入り乱れている。
様々なものたちの、様々な“刻”が交差して存在する場所。
けれど魂はその場所をを忘れて生まれてくる。
たまに覚えていたとしても生まれてしまえば、それはデジャブや夢で処理されてしまう記憶の断片。

 輪廻の輪。
 そこには現在も過去もない。それがために生まれる前の魂が、自分の生きる世界の未来を見てしまうことがある。その場合、魂は、これからおこるだろう未来に絶望することもある。
そして生まれる前に死を望む者も。
未来に抗うことさえできず、新たな誕生を迎えてしまう者。
感情を伴わず、ただただ輪廻をめぐる者たちもいる。
それが輪廻の輪。

 オレがであったのは、こども。
それも絶望に、死を望んだ魂の――・・・

『ひとりじゃないなら・・・怖くない』

 そしてオレは、そのこどもの魂に捕まった。
本来なら、彼女は絶望してもあのままひとりで生まれていたことだろう。
あるいは別の魂が、“リナリー・リー”として生まれていたのかもしれない。
けれど輪廻の中で絶望し、死という消滅を望んでいたこどもは、オレを吸収したことで、“リナリー・リー”として生まれたはずだった。
 しかし輪廻の中で、オレは掴まれた。
つかまれた腕は、弱り、死にかけていたこどものもの。そのいまにも消えそうな魂は、己の欠けた部分を補うように――“オレ”は、その魂に吸収された。それはみごとにスッポン♪といい音を立てて。
そのときのオレの魂もまた砕けかけて歪だったこともあり、互いに互いの欠けた部分を補うようにオレと彼女の魂は融合してしまった。
そうして、生まれるはずのなかったオレは“リナリ・リー”として生まれてしまった。

 オレたちは双子じゃない。
けれど互いを支えとする魂は、二つでやっと一つの形状を保つ。
肉体はやはりひとつ。

そうして――オレたちは生まれた。





**********





「リナリー。コーヒーいれて〜」
「兄さん、飲みすぎじゃない?」
『コムにぃー。いい加減にしときなよ。たかが30分でもう三杯目ってさ。さすがにどうかと思うよ』

 オレの名は 《 ()》。
そして、もうひとつの名前は、《リナリー・リー》。
 これでおわかりだろうが、今度のオレは【D-gray.man】なる漫画世界の主要キャラクターである。
ただし成り代わりではなく、憑依だ。
なのでオレの他にもきちんとリナリーは存在する。

 リナリー・リー ――― サラサラで真っ黒の長い髪をツインテールにしているアジアの女の子。
その子が着ているのは、AKUMAという兵器と戦う神の使徒“黒の教団”の衣装。
オレ自身のことでもあり、半身である存在。
 そしてオレたちの目の前にいるこのコーヒーの飲みすぎなベレー帽に眼鏡の青年は、この“黒の教団”で室長をしているコムイ・リー。
今世のオレやリナリーにとっては兄に当たる存在だ。

 オレの知っている限り、この世界は【D-gray.man】と呼ばれるマンガの世界そのものだ。
このマンガは前前世で読んだもの。
しかし相も変わらずオレの記憶力はズタボロで、オレはどこぞやの夢小説のように原作知識を武器に流れを変えようとか不可能である。
読んだことは読んだので、適当な流れは理解しているつもりだが、もうほとんど覚えていない状態ないので、この世界がまんま同じ世界なのかはまったく確信がない。
 そもそも根本から間違っている。
この世界にはオレ=リナリーでもあるのだ。
原作と同じ流れになるわけがない。
 オレがリナリーに取り憑いている(正確には喰われた)ぐらいだ。
そう。それだけで流れは大きく変わる。
 たとえば、この世界のリナリー・リー。彼女は黒目黒髪ではない。
前世のオレの影響が出ているらしく、生まれながらに彼女の右目は黄にも近い明るい黄緑色をしている。これはオレの目の色だ。
そんでもって、とてもしたたかである。
若干とはいえ、あの輪廻の輪でのできごとを覚えているのだ。
具体的内容は覚えてないらしいが、未来が怖いものであるのを知っている。だからオレを喰ったっていうのも、彼女は自覚済みだ。
それゆえにか、彼女は己が決めた『家族』や『ホーム』を守るためなら、その笑顔をどれくらい黒くすることか。
あと、オレと共に育ったせいで、若干いたずら好きである。
こんなにも原作のリナリーとはかけ離れている。
それでもここにいる彼女がこの世界のリナリ・リーなのだ。

 さて。オレについてだが。
本来であれば魂だけのオレは、リナリーの身体から抜け出ることなどできない。
ましてや、リナリーの魂を補う形で取り込まれているのだ。離れるなんて有り得ない。
現にいまだって、オレの声はリナリーにしか聞こえていない。


 まぁ、やろうと思えば、イノセンスのおかげで少しなら実体化できることはできるけど。
 オレのもつイノセンスは二つ。
一つは何の役に立つのか不明だが、装備型の「夜の宴(パーティ・インク)」。
これは筆の形をしたイノセンスで、水から墨を作れる。
作った墨は微妙に操れる。
この墨は聖水の代わりになるようで、LV1のAKUMAだけならたおせないこともない。
ただし、レベル1が限界だ。
実に微妙なイノセンスである。
イノセンスと名乗るのをやめてナンセンスと改めるべきではないかと密かに思うが、それを口にすると咎落ちしそうなのでやめておこう。
 二つ目が、心臓というか魂に宿るイノセンス。寄生型だな。
名を「一夜の舞台演出家 (マスカレード・ストーリオ)」。
これがなんと物に宿る魂を実体化できるという優れもので、本体であるリナリーから分離して実体化もできる。
ただし本体であるリナリーが傷ついたり、意識を強制的に落されるとアウト。実体化は崩れてしまうので要注意だ。
 っで、どちらにせよ、わざわざ出歩く予定もないので、今はイノセンスを発動せずに、リナリーのなかで彼女と同じものを見つつのんびりしていたところだ。

「ほら、も飲みすぎだって言ってるわよ」
「え〜。二人にそういわれちゃぁ〜しょうがないな〜」
「ふふ、少し休憩にしましょう兄さん。カフェインの取りすぎはよくないと思うの。かわりにお茶でも用意するわ」
のケーキがいいなぁ」
「『しょうがないなぁ』」

 心の中にいるオレとリナリーの声が重なる。
もうコム兄は仕事ばっかり。本当に大変そうだ。それがわかるから文句なんか言えない。ただカフェイン中道になってまで頑張ってるコム兄に苦笑がこぼれてしまう。

 リナリーは短いスカートを翻すと、コム兄の側を離れてキッチンへと向かう。
 実はこの格好になるまで一悶着あったりする。
どこでって。オレとコム兄の間でだ。
オレ自身、元は女とはいえ、長い間男としてやってきたせいで、この姿になってからは、非常に女の子としての振る舞いに困った。
リナリーが女の子らしい服を好むのはいい。けれどオレはどうしたらいいかわからなかった。転生先で女性であったときも何度もあるのだが、いかんせん男勝りのままだったので。そんなオレが、ミニスカートをはくなんてけっこう衝撃的だった。
それももうなれたけどね。
そもそもオレの一番初めの前世は女(男勝りだと周囲にはよく言われていたが・・・)だったのだし、諦めるのも早かったともいえる。諦めかんじん。

『リナリー。あとはオレがやるよ』
「あら。いいの」
『もちろん』

 リナリーに「かわって」とお願いすると、周囲に人がいないのを確認して、オレと入れ替わってくれる。
瞬間一枚ガラスを挟んでい見ていたような視野がクリアにかわり、肉体の主導権がオレに移る。
それと同時に、リナリーの右耳にあった青いピアスが消え、はしていなかった青い指輪がオレの左薬指に現れる。
この原理はよくわからない。
 ただ、この指輪もピアスもは転生しすぎてガタが来ているオレの魂を繋ぎとめておいてくれる前世からのもの。中には【ONE PIECE】世界でオレが依存しまくっていた海賊王の魂が宿っているのは変わらない。
 オレがリナリーに憑依なのか、t間思惟が融合してからは、リナリーの耳にもこの指輪と同じピアスが生まれながらにあった。
 どうやら守護霊であるロジャーの加護がオレたち二人に注がれているらしい。
これはオレがイノセンスに選ばれる前からのこと。
生まれたときからそうだったから、今世の両親も知っていた。
両親は生まれた時から赤ん坊が手にしていた指輪とピアスをみて、「きっと神様に愛されているのね」と言いきった。もちろんイノセンスをよこすような神ではなく、お伽噺とかで人を助けてくれる方の神だ。
少ししか一緒に過ごせなかったけど、素敵な両親でした。
 イノセンスという存在を知っている人は、そんな夢のような優しいな言葉ではなく、オレっていう魂の中にイノセンスがあるからだと言う。違うかもしれないしそうかもしれない。
ってか、夢がなさすぎるぜ「神の使徒」たちよ。


「コム兄。オレがかわる」
「久しぶり。僕ケーキ食べたいんだけどいい?」
「いいよ。今日は三種類のベリーから作ったベリーベリーパイ。
たしか冷蔵庫に昨日つくったのがあったからね。
オレ甘いの嫌いだけど、リナリーが一緒に食べるって」

 笑って、オレは部屋を出た。
通りすがりに何人かの仲間と会った。

「おーじゃん。ひさしぶりだな〜」
「またリナリーの格好して。あとで怒らるぜ」

 コムイやヘブラスカ以外は、オレとリナリーが同じ身体だとは知らない。
だからオレがリナリーの団服を着ているのを笑って見送ってくれる。
それにオレは笑い返す。


 オレには前世の記憶がある。それも、そのもう一つ前の前世の記憶もある。
 オレの知っている限り、この世界は【D.Gray-man】というマンガ世界そのものの時間の流れをたどっている。
このマンガは前前世で読んだもの。
だけどそのマンガでは、リナリー・リーという少女は、黄緑と黒のオッドアイなんかじゃなかった。
漆黒のよく似合う少女だったか。
そしてその物語の中に《》なんていない。
 オレがいるせいで狂うだろう世界。
本来ならいないはずのオレ。

 オレのことに関しては真実を言うことができず騙してるとはいえ、そんなオレに笑ってくれるひとびと。

だからオレにもここは『ホーム』なんだ。


 ありがとうと、笑って答えられる。
オレが生きることを認めてくれてありがとう。





 そしてふいに感じた気配に――
“物語”が始まったのだと気付く。

「コム兄に面白い土産話ができたね」
『どうしたの?』
「うん。なんか誰かが崖をのぼってくる気配を感じてね。ケーキをもっていくついでにコム兄におしえてあげよう」
『新しい子?』
「たぶんね」
『たのしみね』
「う〜・・ん。まぁ、ね」

 崖から昇ってくるやつはきっとモヤシのように白く細いだろう。
モヤシはモヤシでも、彼は時代の流れを動かす鍵。

ぞくにいう“物語の主人公”ってやつさ。


 あぁ、はじまるんだ。
そう思ったら、一瞬不安が胸をよぎった。
リナリーはこれからの光景に絶望し、生まれる前に死を選らんことがある――これから先はそんな時代。

 リナリー(オレの半身)が悲しむことがないといい。
リナリーだけは傷つけたくない。
彼女のために、彼女が守りたいものを…助けたい。
失いたくない。
とはいえ、墨を出すしかできない俺が何かできるわけでもないけど。

 あぁ、やっぱりだめだ。

 時代の境目がやってくる。
千年公のシナリオが動き出す。
すべての時が秒を刻みだす。
アレン・ウォーカー。
この物語の主人公。
全ての動きをひきつれ、動乱の世を連れてくる者。

だから――
オレは君の来訪は心からは喜べない。



それでも――

 物語は進んでいく。



「こればかりはしかたないね」
?』

 ティーカップとケーキをトレーにのせて、思わず苦笑する。
リナリーにはなんでもないと笑い返し、これからたくさんリナリーを泣かすであろうアレンをいじめることを心に誓って、オレは鼻歌でも歌いたい気分でトレーを運ぶ。
なぁに。気を追う必要はないさ。
そう。“いつも”と同じだ。
逃れられないのなら。
できる限りで楽しめばいい。

まずはアレンに、オレを不安にさせた腹いせを受けてもらおうかな。

「どんな子が来るんだろうね。楽しみだねリナリー」
『ふふ。新しい家族、仲良くできるかな』
「できるよ。でも友達以上は止めてね」
『あら。女の子かもしれないじゃない』
「・・・や。オカマかもよ」
『だれだっていいわ。ここへきたからにはみんなわたしの家族よ。だから最初にね』


“おかえりなさい”


って、言ってあげるの。
それが私が初めに、あたらいい子にしてあげられることだから。

「やさしいなぁリナリーは」

オレはいじめる気満々だけどね。










 オレの言葉にコム兄が、映像を取るためのゴーレムをとばす。
科学班の面子が驚いた顔をして映像を見ている。

オレたちの物語に始まりを継げる鐘がなる。
門を叩く音と、「アレン・ウォーカー」と名乗る白い髪の少年の声。
のんびりとしたコムイの声。

 さぁ、リナリー。
オレたちの出番だよ。
 まずは神田をとめにいこう。
そうしたら、アレン・ウォーカーに挨拶をしよう。


ようこそホームへ。


 そして みんなでこう言うんだろうさ。


 しょうがないからオレも言ってあげる。

「おかえりなさい」








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