05.元電子精霊は門限を9時とした |
『うちの門限は9時です。超えたら扉は絶対開けません』 我が家の合鍵が、わかりやすい場所に隠してあると思うなよ。 うちの合鍵は、ポストのなかにも植木鉢の下にもどこにもかくしてません。 オレか阿笠博士か両親しか持っていませんのであしからず。 -- side オレ -- 新一に弁当を渡すのを忘れて追いかければ、新一たちの学校でようやく追いついた。 本当はここまでくるのも嫌で嫌でたまらなかった。 オレの容姿では、新一の関係者と一目瞭然だからだ。 だからあわてて蘭ちゃんと新一を追いかけていたら、なんだかすぐに高校まで到着してしまったわけだ。 むしろ高校に行く前になぜ追いつかなかったかと、この後の展開を目撃したあと、オレは鬱になりそうだった。 二人を捜してぶらっとしていたら、どこからともなくサッカーボールが勢いよくよくオレめがけてとんできたのでよけた。 遠くでサッカー部らしきやつらがいるのがみえたから、拾ってから進む。 そうしてやっと二人を見つけたのだ。 やっと追いついた。そう思ったときには、なぜか蘭ちゃんと新一は修羅場で、蘭ちゃんによるみごとな蹴りの乱舞が炸裂していた。 あげく新一が蘭ちゃんのスカートに顔をつっこんでいたのを目撃してしまい、オレは思わず頭を抱えた。 なんだこの変態は? こんなのと血がつながっているのかオレは? そんなの嫌だなぁ。 そう思って思わず意識を遠くにやっていたら、蘭ちゃんの胴着が再び新一の頬をはりたおし、新一は地面と仲良くなっていた。 蘭ちゃんが空手の都大会優勝祝いで、明日にトロピカルランドに行くのだとか、好きな子は一本に絞れとか深刻な話だったようだが・・・ああ。そういえばトロピカルランド。 新一が“コナン”になるきっかけが、たしかトロピカルランドだったような。 これは原作開始のシーンだとようやく気付く。 とりあえず―― 『蘭ちゃん、乙女ならせめて下にスパッツはこうや』 「ちょ!?!?ーちゃん!?え?ええ!?なんでいるの!?」 『…いたくているわけじゃないけど』 「あ、ごめん」 『いいよ。本当なら今頃は電車に乗ってるどころか、部屋に引きこもってるところだったから。 うん。今日はオレの自業自得だからね。しょうがないから来たんだ』 「え、えっと…ところでっちゃん、みた?」 『見てないよ。うちのバカ兄貴がもう変態でどうしようもないってのはわかったけど』 オレの存在に気付いた蘭ちゃんが、慌ててスカートを抑えて顔を赤くしながら、わたわたしだす。 あわただしいことこの上ないがオレが教室に行くのはどうかと思うので、ここできちんと弁当は渡さないとな。 そもそも新一や蘭ちゃん、鈴木園子以外は、オレの、工藤と工藤新一の関係を誰も知らないんじゃないかな。 いつも学校違うからし。 むしろ年齢も違うから、オレは新一の同級生ではないので、縁でもない限り新一の友人達と出会うこともないに等しい。 さらにいうと、日常的に街を歩くとき気配消してるしね。 だから弁当をオレが教室にわざわざ届けたら面倒なことになっていたのは間違いない。 あと部外者って学校の中うろついちゃダメなんだろ? とか思ってたら、なんだか蘭と新一の二人は話し込んでいたようで、蘭の空手都大会優勝祝いに、新一がトロピカルランドに彼女を連れて行く約束をしていた。 二人で行くんだと。 あー。はいはい。 ねたんでねぇよ。 むしろオレのことは絶対置いていけよと念を押す。 安心してほしい。 二人の邪魔はするつもりはないので、きっちり留守番しているさ。 俺様年寄ですし。年寄は年寄らしくしていますよ。そんな若者のラブラブイチャイチャに付き合う気力はないしな。 『・・・・・・』 目で訴えてもだめですからおふたりさん! そもそもオレは、貴方たち二人のお母さんでも保護者でもないんですから。 え?子供一人で心配? そんなの今さらでしょうに。 誘うなよ。 絶対誘ってくれるな。 本気で羨ましいとか思ってないし、むしろオレのことはおいていけと思っていたら、なぜかトロピカルランドにオレも一緒に行こうよと誘いをかけてきた。 「そうだ!ついだだからおまえもいこうぜ」 「そうね。みんなでいきましょ!」 このこたち、アホなの? いつも一緒だからって、デートまで三人とかおかしいだろ! ここで思わず新一に弁当を投げつけたオレは悪くない。 そんなこんなで話をしているうちにチャイムが鳴ってしまいあわただしくなる。 通りすがりにちょうどサッカー部らしきひとたちをみつけたので、拾ったボールを投げ渡しておく。 「っちゃん、わざわざ持ってきてもらったのにごめんね!!」 『いいよ。蘭ちゃんはいって。遅刻しちゃうよ。このバカは無視していいから』 「ありがとう!」 再度チャイムが鳴り、蘭ちゃんはあわてたように走って校舎内へ入っていく。 “新一を残して”。 『いかなくていいわけ?』 「悪いな」 『なに、に、謝ってんのさ変態』 「さぁな。ってか、変態って呼ぶのやめろよお前」 『道端で鼻の下を伸ばして蘭ちゃんに殴られるような奴は変態で十分だ。 蘭ちゃんが言うように、本当に、好きな子は一本に絞れというか、浮気はやめろよ。彼女泣くぞ』 「ったく。おまえは・・・本当一言多いんだよ」 蘭ちゃんの影が見えなくなったころ、真摯な顔をした新一が意味深にオレの横に立った。 ぶっちゃけこちらから見上げる分にはかっこいいほど顔が整っている。 セリフ回しもかなりキザだ。 なんかまじめっぽい。 ここまでキリリっとしていると、道端で騒いでいた女学生どもがキャーキャーいうのも判る気がする。 っが、しょせん同じ顔。 若干オレの方が幼さが残る顔立ちとはいえ、同じ顔にときめくオレではない。 この凛々しい雰囲気から察するに、明日トロピカルランドにいくらしいので、そのときにでも告白するつもりかと思わないでもない雰囲気だった。 でも。こちらからは見えないが、蘭ちゃんによる攻撃の痕がくっきり反対の頬にあるのを知っている。だって少し見えるし。 顔も先うほどの弁当のせいで変形しているのを見せないようにするための、この位置なのだろう。 あわれな。 やっぱり、思うけど。 ねぇ、新一。 君。 ダサイよ。 いろいろと。 その日の帰り道。 新一があの後どうなったかは知らない。 オレは、その途中で刑事さんに補導され、あげく新一と間違われた。 「その子、工藤新一じゃない?」 「あの高校生探偵の!?」 『いや、違う。工藤で…』 「失礼しましたー!」 「思っていたより工藤さんは背が低いんですね」 とか。 人の話を聞かずさっさと釈放されたのはいいが、最後のいてぇよおい。 子供の心にグッサリ槍が刺さったぞ。 普通サイズより小さくて悪かったな。っというか高校二年生じゃねぇよ。探偵でもネェよ。 なんか疲れた。 そのあと、ちょっと些細な不幸が重なり、本屋に行っても本は買えないとか電車が遅延するとか・・・まぁ、いろいろあって、家に帰る頃には完全にダウンした。 疲労にさらに疲労が加わり、オレはリビングでしばらくグロッキーなマグロと化していた。 そしてその日新たな十円剥げが、風呂に入っているとき発見してしまった。 『・・・・・・』 これはそのうち髪がすべてなくなるか、髪が真っ白になるか。 どちらが先だろう? 思わず白髪を探してしまった。 * * * * * なんか・・・工藤新一の従兄弟に生まれ変わってから、ついてないんだけど。 なにこれ? 新一のトラブルメーカーって実は遺伝だったの? オレにもなにか呪われた工藤家の血が受け継がれてるとか? めんどくさっ。 夢は平凡。 できれば、もう転生したくないです。 もう少し穏やかに隠居生活したいです。 可愛い子供と孫に囲まれて山でまったり過ごしたいです。 だけど。 いつもそうだ。 オレの些細な願いはかなわないんだ。 どうして原作キャラにからんでろうだろうオレ? やっぱりオレに何か憑いてるのかな? あれ?それじゃぁ、新一じゃなくて原因ってオレか? なぁ、神様仏様、もしいるなら―――あったら殴る。 覚悟しやがれ。 っと、思っていた時期がオレにもありました。 もう、そんな郵貯なことを言ってられる時期ではなかったんですな。 だってもう原作は始まっていて・・・ そうか。 神は、オレから髪をなくしたいほどなにか恨んでもいるのだろうか。 ああ、原作開始のチャイムでとか、まじいらね。 そのときオレは、この先さらに剥げる予感を覚えたのだった。 * * * * * あの弁当騒動の次の日。 運命の日――朝。 家のインターホンが鳴り、玄関の外には見覚えのある格好の少女。 アニメでもよくみた青色パーカーに、短パン姿。せめてスカートはこうやと。蘭ちゃんの色気がないのを残念に思う。 もしかして昨日のオレの言葉のせいでスカートをやめたのだろうか。 そうだったら新一に申し訳ないな。 でもこの格好で納得。 ――ああ、原作が始まるな。 と、玄関の外で待つ蘭ちゃんに、新一が準備中だとつげ、しばし待ってもらう。 この世界の新一は、どうもアニメとは違って、面倒を見る人物(オレ)が幼い頃から側にいたからか、両親と別れて暮らしていたわりには随分と日常生活がたるんでいる。 寝汚いのもしかり、料理下手なのも、掃除が下手なのも・・・。 オレは少し甘やかしすぎたか? おかげで原作ではあまり工藤邸に迎えにきたりしていなかったはずの蘭ちゃんが、わざわざ足を運んできて呼びに来てくれる始末。 ん?てことは、もしかして。 今日も遅刻なのか新一は―― 『ら、蘭ちゃん。その、待ち合わせの時間は?』 「15分前にすぎたわよ」 『つかぬ事をお聞きしますが、どこに何時予定だったり?』 「わたしの家の前だったの」 言われた瞬間、オレ、頭痛。 なんか眩暈に襲われたよ。うん。 おい、名探偵。 探偵が時間にルーズでどうする!? オレは蘭ちゃんをそこに待たせると、慌てて室内に戻り、新一を捜す。 いた。 ようやく準備を終えたのか、ゆったりとした速度で、こちらにむかってくる黄緑のジャンパーの兄様。 今度は新一をじーーーーーーーーーーっとみる。 うん。こっちも何度もアニメの写真や回想シーンででてきたのと同じ服な気がする。 そうなると、今日でこの大きな姿はみおさめか。 さてさて、“コナン”はどう動くかね。 オレが引き取るのは嫌だなぁ。 新一がいなくなれば、オレは家事の苦労が減るんだけど。 まぁ、“コナン”になったらなったで、それは事件がやたら発生した挙句そのすべてに我が従兄弟が首を突っ込むのは間違いない。 それは面倒で嫌なので、オレとしてはできれば新一には“コナン”になってほしくはない。 今以上に事件に遭遇されてたまるかってんだ。 ここは少しぐらい助言ぐらいしておくか。オレの将来の平和のために。 微妙だけど最初の5巻ぐらいまでなら、原作知識が残っていることを感謝するといい。 『新一』 「どうした。ってか、なんだよさっきから。ひとのことジロジロとさ。おれ、これから蘭と」 『デートならあと数分待たせてももう同じだろ』 「・・・」 今にも玄関を出て行こうとする新一の腕を掴んでひきとめる。 まっすぐに目を見ると、明るい色合いをしたオレとは違う、黒い瞳が不思議そうにパチパチと瞬きを繰り返す。 「なんだぁ?」 『オレは今この瞬間より神と世界にあらがうと宣言しよう』 「は?」 宣戦布告。させていただきます。 まだみぬ神様へ。 原作破壊になるかもしれないので、先に謝っておくヨ。 あ、ねんため言っておくと、一応神様にあやまったのであって、新一にではない。 『新一、たのむから、オレの平穏の為に、怪しい者にはほいほいついていくなよ。 追いかけるなら背後には気をつけろ。 あとうちの門限はいつも通り9時です。それを過ぎたら鍵占めるんで頑張って帰ってこい。 もしなにごともなく告白も成功したとしても、まだ高校生なんだ。いくら幼馴みで互いに思いが通じあっていたとしても、今日は手を握るのとキスまでだかんな。襲うなよヘタレ。つか、もうめんどくさい、お前告白すんな。絶対にだぞ!』 「お、お、まえはーな、なんてこと言うんだ!!そんなことあるわけだないだろ!!こ、こくは…」 ボン!!!! お。顔が真っ赤で爆発した。 うぶだ。 『するとばかり思っていた』 「す、するかよ!!第一今回のは蘭の優勝祝いであって、そんな気はまったくねぇっての」 『まぁ、オレの気分だから。 でもいつもどおり玄関は9時にはしめてオレは寝るので』 「わぁったよ。つか、そこまで遅くなる予定は・・・」 『できれば夜中にチャイムとか鳴らしてほしくないっが、今日だけは特別に“なにかあったときだけ”は許してやる』 「なんだそれ?」 『いいからもういけ』 新一はまだ少し顔を赤くしたまま蘭ちゃんのまつ外へと飛び出す。 まったくうぶなお子様だな。 玄関の外では「おそーい!」と蘭ちゃんからお叱り受けているようだ。 「わりーわりー」といつものおちゃらけた調子に戻りつつ、新一が家を振りかえるのがみえた。 「あいつ…本当に子どもかよ」 戦場のような世界で長年生きていれば、唇の動きぐらい読めるようにだってなる。 そんな新一に、「こんな子供がいてたまるかよ」とほくそえむ。 だが、こどもですよ。中身仙人級の精神ですが。 そして君の母親でもありません。 下駄箱の上にポツネンとすておかれている財布と荷物を手に取り、それを外にほうりつつ、本当にどこまで死活能力がないのだと呆れる。 ついでにもう一度だけ新一に、一言忠告してから鍵をかけた。 『門限は9時だからな!!!』 とはいうものの。 きっと縮んで帰ってくるだろう。 うちの新一くんのことだ。 間違いなくジェットコーストター事件にも黒の組織にも首を突っ込んで縮んで戻ってくるに違いない。 でもねえ、オレは9時に鍵を閉めることにしている。 だってめんどくさい。 それにこの家やたらと馬鹿でかいから侵入したがる不逞な輩が多くてね。念のためだよ。 本音は前者だけど。 ついでにいうとこの家のセキュリティー構築は、なんとオレの前世のクオリティーをふるにつかったメイドインオレ。 ちょっとしたハッカーだろうが、賊なんかに破られる覚えはありません。 生きた電子生命体だったオレのスキルをなめんなよ。 あ、そうそう。実はだけど、オレより縮んだ新一の身長では絶対に門に手は届かないんだよね。間違いなく。 わかってて鍵を閉める宣言したからオレ。 だから今日だけは仕方なくインターホンを押す許可したけど。 ふむ。もしもだけど、新一がインターホンにも手が届かなくて、門を無断で越えてしまったらどうしよう。セキュリティー作動しちゃったりして。 そこはきっちり処理しとかないとなぁ。 うん。あれだね。 やっぱ縮まれると、いろいろめんどくせぇ。 |