09.エマのみたかった世界 |
私は麦畑の中で「サヤ」になり、エマの世界を旅をした。 そこは停滞した世界、成長と変化が必要だった。 争いばかりしていて、世界の神様にも呆れられては世界をやり直し続けるそんな世界。 だから、あれは本当のエマ・ウィーラントの望んでいた物語ではないのかもしれない。 ただ、旅をして。 その先で私はたぶん「夕暮れ竜」にであったのだ。 そしてエマが、「麦畑の少女」にどんな願いを込めたのかをーーー -- side ララ・ヒューイック -- 夕暮れ竜がつぶやいた瞬間、私のあたまのなかでカタカタと」聞きなれた音がした。 キーボードをたたく音だ。 きっと叔父さんが気づいてくれたのだ。 暗かった空が明るくなる。 空には消えていったこの世界の住民たちの魂の光が空を覆っていて、私はそこで安心して目を閉じた。 『よく言った! あの井の中の蛙にはいつかびっしと言ってやりたくてたまらなかったんだ。これで世界は君のおかげで、二度と繰り返すことはない』 意識が途切れる寸前、夕暮れのような真っ赤な髪をした緑の目の少年が、嬉しそうに私に手を差し伸べてきたのがみえた。 ああーー・・そうなのね。 そこで私は始めてエマの気持ちが分かった気がした。 エマがみたかった「夕暮れ竜」は、きっとあんな世界を司るからとウダウダしているやつなんかではなくーーきっと“彼”のこと。 間違いない。 そう思えたら、どこかで「ふふ」と可憐に笑う幼い少女の姿が見えた気がした。 わらったのはだぁれ? だれかいるの? あの声はサヤ?ちがう・・・もしかして-― ふと、視界に金色がよぎる。 サヤの麦畑だ。 だけど金色麦畑の中を走り抜けるのはちび魔女サヤじゃない。サヤぐらいの幼い少女。 その横には赤毛の男の子がいる。 空には竜の影が・・・ なんて雄大な光景だろう。 麦畑だけで地面が一面金色に染まり、地平線は手で空の青と混ざり合う。 そしてなんて幸せな光景なのだろう。 あれこそが本当にエマが望んだ世界だったのではないかとーーー。 「あなたが本当の"夕暮れ竜"ね」 視界が切り替わる。 目の前には先ほど手を伸ばしてきた夕暮れ色の髪の少年がいる。 さっきの映像は何だろう。 わからないけど、私は思わず彼にきいてしまった。だけど彼は大人っぽくわらって首を横に振った。 『正確には違う。 "夕暮れ空の中をドラゴンが飛ぶ夢"をはじめにみたものだよ』 ゆめを、みたもの? 「どういうこと?」 『あまりに壮大でとても素敵な夢だったから、つい幼馴染の女の子に語って聞かせたんだ。 黄昏の世界を飛ぶドラゴンの物語を』 「ゆめ・・・」 『そうさ。最初はオレがみた、"ただの夢"が始まり。彼女はその"ただの夢"を彼女の中で昇華し、物語という一つの世界を生み出した』 「黄昏の碑文ね」 『そう』 赤い髪の彼が語るとともに背後の景色が移り変わる。 ここはどこだろう。 これもまた夢のようなものなのだろうか。 『けれど彼女は物語途中でこの世を去ってしまった』 「だから黄昏の碑文は未完成。それをハロルド叔父さんが完結させようとしたんでしょあのゲーム機で」 『完結させよう。というより、エマの心を理解したくて、ハロルドは碑文を完成させようとしたのかもね』 「こころを・・・」 うなづく少年はどこか悲し気に眉を寄せ、遠い過去を見るように視線をそらした。 背後の景色が、雑草だらけのなんてことはない小さな空き地の映像を映す。 遊具一つない空き地は草ぼうぼうで、周りの雑木林はうっそうとしている。 これは彼の記憶?わからない。 けれど、あの碑文の世界よりは、現実の少し田舎なまちなかの、どこにでもありそうな場所にみえる。 『エマはあまりよい人生を歩んではいなくてね。 もしかすると波乱万丈の道を歩む"その前"にただもどりたかっただけなのかもしれないな。 あの麦畑もそう。エマの願望じゃないかと俺は思っている。 オレらがみたのは、あんな雄大で素敵な金の麦畑じゃなかった。近所の原っぱ。そこにはボウボウのただの雑草だけがあって、ふたりでその小さな空間を物語の舞台としてよく例えて色んな冒険の話をした。 転げまわって遊んだあの頃は、本当にいい思い出だな』 「もしかしてサヤは・・・」 もしかして物語の主人公であるサヤというのは、エマの心の中の望み。懐かしい子供のころの思い出から生まれたのかもしれない。 なら、この人の正体はーーーー 『オレは君の叔父さんの友人。そして、エマの昔馴染みさ』 「え」 何かもっときかないと。聞きたいことはいっぱいあるはずなのに。 あわてて口を開こうとしたけど、夕暮れ色の彼は、私の言葉をさえぎるようににっこりと笑い・・・いや、 彼はいま笑っているだろうか? なぜか夕焼け空が、光の加減か彼の顔がうまく見えない。 彼は・・・夕暮れの空色に溶けてしまいそうな彼は、どんなかおをしていただろうか。 『さぁ、そろそろ時間だ。 この世界が閉じてしまう前にーーー元の世界へおかえり。ララ』 その後、目が覚めた私が、夕暮れ色の彼ともう一度出会うことは、ついぞなかった。 彼はいったい"なん"だったのだろうか。 夢の中の住人か。 叔父さんおゲームにエマの残した記憶の断片がもぐりこんでいたのか。 わたしが彼のことを知ることはない。 あのとき、一世一代の冒険を終えた私の前に現れたのは夕暮れ竜だった。 私はきっとあのときかの竜のみた夢でも見ていたのだろう。 そう、わたしはだれかの"夢"を見ていたんだと思う。 「で?お前だろう?」 『なにがだハロルド』 「ゲーム世界からララを現実世界に連れ戻してくれたのは。あれは第三の手がなければ戻ってくることはできない代物だったから。 お前ならシステムがなくとも“あの世界”にもぐれるだろうからな」 『さぁて、どうだかなぁ。彼女自身が“今までにないこと”をしたからシステムが正常にダウンしたんじゃないか?』 さぁ、そんなことより。世界を育てるための「種」はできあがった。 これをまくための鉢植えを作るとしよう。 「ばかでかい鉢植えになりそうだな」 『そうだな。なにせこの黄昏の碑文の欠片"fragment"をまるっとつつむほどの世界"TheWorld"が必要だ』 |