電子精霊は繋がる世界の原点
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07.欠片と動き出した物語





 -- side オレ --





 そのとき、何かに引っ張られるような感覚がした気がした。
この感覚をオレは知っていた。

機械たちのざわめく声。

 どこかで・・・それもオレの知る“何か”がかかわる場所で、情報の波におかしな動きがみれる。
 もともとは人間だったが、いくどかの転生やトリップをへて、オレは人ではなくなった。
ひとつ前のオレは、とある博士が作ったプログラムに魂が宿った状態だった。
意思があるはずもないただの人工知能で、ただのファイアーウォールだった。それに感情と記憶が宿って【オレ】になった。
意思を持つAIやナビゲーター用人工知能やらとはちがって、ただのプログラムに憑依しちゃった夢主なんて、物語のどこを探してもオレぐらいじゃないだろうか。
そうしてオレはたかがプろグラムでありながら感情と心を持って、電子の海で誕生した。

それがひとつ前の前世。

 情報の海にいると個をうしない、やがて情報の海に溶けるようにして意識も何もかもが拡散して、きがつけばこの世界に生まれていた。
たぶんオレは、情報の海の中で死に、情報のひちとつてして無に帰り、次の情報の苗床にでもなったのだろう。
長い長い時間をかけてオレという個は失われていったのを覚えている。
機械や情報、生きている者の感情。
すべてが流れ込み、いつのまにかオレは世界となっていて、そしてオレ自身が情報の一部で…。
世界で、彼女(草薙素子)であり、彼(人形使い)になっていた。

一度電子に溶け込んだオレは、魂が変質したらしく、いままではオーラがみえていたが、かわりに電気の流れに敏感になった。
 メガネをはずすと、世界のすべてがが光の数値でうかがいしれる。
だからといってそれを操作することはできない。
 紙を切るにも道具を使うか、物理的に紙にふれないと紙は変化しない。
数字を見ることはできても動かすことはできないのだ。
物質そのものを理解することはできるが。

 ただ情報や、電子は違う。
 目に見えないはずのそれらは、オレには光の流れとして認識できる。
数値を動かすことはできないが、さえぎって自分自身もその中に混ぜることならできる。
つまりオレ自身は情報のひとつであり、ネットや電波を通じた情報を通して移動も可能だ。
 これが前世から引き継いだ能力の一つ。
一番曲芸に近いと自分自身思っている。
 他の前世パワーは、失った。
それどもう一つだけ能力は残っている。
いや、むしろ新しくできたというべきか。
オマケのような能力だけど、記憶力があまりよくないオレにとってはすごく便利な力。
生前世界に溶けたのが原因か、いまとなっては言語に不自由しないのだ。
どの言葉も理解することができる。
世界が地球という場所であれば、どんな平行世界でも問題はないようだった。
そのおかげでオレは、今生、日本からドイツに渡ったのだ。

 まぁ、簡単に言うなら、完全に電波体質なのだ今のオレは。
 そんなオレの琴線に最近やたらとひっかかる“なにか”があった。
まるでなにかしてはいけないものをこの電脳空間に無理やり入れようとするような、異常な電子の乱れ。
それはすでに電子の中に存在する。
けれどまだ完全に開けられた形跡はなく、いつもピンポンダッシュのごとく逃げるようにオレの感覚にノックだけして帰っていく。
だから本当に扉を開ける気はないのだろうと安堵していた。

しかしそれが突如開かれた。
そんな感覚。

開け放たれたそれの扉は――

 確認してみるも、実際に現場に行ってみればその《匣》の蓋は、しまっていた。
けれどその“世界”はジワリと漏れ出すように、黒いひび割れのような線が情報の海にいくつも《匣》より根のように広がっている。
情報の目視化なんて所詮オレの感覚でしかないが、その《匣》に触れようとして――――“ポーン”と響いた音に勢いよく意識が引きはがされる。


「これはっ!!
エマの・・・【黄昏の碑文】か!?」


遠のく意識の中で、歌うように物語を読む誰かの声が聞こえた気がした。





 パチリと目を開ける。
そこは自分の部屋のソファーの上で、転寝している間に流れ込んでくる電波に意識を重ねて情報の海に意識を投げ出していたらしい。
だけどそれでわかったことがある。

ハロルドがついにフラグメントの原型を作り上げたのだと。
エマの黄昏の物語が本当の意味で幕を開けたのを知った。

ついに世界は「記憶」を数値として認識した。
「魂」を、「肉体」のくさびをときはなち、情報という電気信号につながった。





**********




 しばらく前から、嫌な予感はしていた。
まさかな。との思いと共に、相反する何かが動き出す――そんな期待が胸にあふれかえってくるのを止められなかった。
気付けば電脳世界におかれた《匣》は、
エマの物語は、加速して最終段階に入った。

『やぁ。ハロルド』
「ああお前か。久しいな」

 意識を電脳世界から切り離し、急いで親友の家へ向かった。
そこにいたのは、明るかった面影など全くなくなった一人の男の姿。
どうやら今は来客中らしく、室内からは別の気配がした。
中に入る気はなかった。
もうとめられものでないと理解していたから。

「何年振りだろうなお前と会うのは。いったい突然どうしたんだ
『まだエマの葬儀から三年もたってないよ』
「ああ、そんなものだったか・・・わたしにはもっと長く感じていたよ」

 どうして笑っていられるのだろう。
彼が作ったものがどれほど危険なのものであると知っていながら。

いつから彼の目はここまで濁ってしまったのだろう。


『・・・“だれ”が、エマの物語をすすめたんだ?あれは一人ではすすめられるものじゃないだろう』


 返ってきたのは、驚きをあらわにした感情。
しかしすぐに表情を淡白なものに戻し、いっきに方から力を抜いて疲れ切ったようにこちらをみつめてくる。
それが今の彼の本当の姿らしい。
落した肩からもその表情からも相当の疲労がうかがいしれる。
観念したようにこちらをみてくる淡い色の眼差しはこちらを本当には見ておらず、揺らぎ、まるで助けを求めるようでもあった。

「知っていたのか」
『当然・・・なのかな?こうなる気がしたんだエマが死んだときから』
「…ララだ」
『ララ?君の愛人か?』
「いや。姪だ。“黄昏の碑文”について調べていたらしいな。 物語にひかれて“世界”に入りこみ、『世界』となるべき欠片を ―――そう、あれは進化だ。成長と進化と破壊。そして再生と創造を繰り返す分子を彼女は生み出した」

 こんなになった彼をみたいわけではなかったから。
オレはただ、友人に自分を認めてもらいたかっただけ。
“黒筆 ”という人物が、こういう人生をたどってきたのだと。
世界を進めたかったわけじゃない。本当にオレという片鱗を知ってほしくて、別の世界の話をしただけだったんだ。
なのに、目の前にいる友人は、自分の話を――別の風にとってしまったらしい。

 オレはね。本当にただ聞いてほしかっただけなんだ。
本当に世界を進めたいわけじゃなくて、オレが歩んだ世界を、笑わずに聞いてほしかっただけ。

それがどうしてか、違うべき道にすんでしまった。

『エマから預かってたよ。碑文のすべてを』
「まさか・・・完成していたのか」
『いいや。君が“碑文”を世界に解き放った瞬間から、物語は自立の兆しをみせめた』
 ハロルドに渡した封筒は、原作とは違う事実の塊。
けれどこの世界があの ".hack" の世界で、オレの友人が、あの "ハロルド・ヒューイック" であるのなら、彼がゲームを作り上げたのは必然であったこと。
必然だからと、現実としてそれを目にするのはつらい。
だって目の前にいる彼はアニメやゲームの登場人物ではなく、オレの友人のハロルドなのだから。

みたくなかったよ。こんな君の姿を――。
だから知っていることが怖かった。

 わかっていたとはいえ、れが目の前で起きている“現実”であればつらい。
オレの壊れかけの心がギシリとまたひとつ音を立てる。
そのきしみに目をつぶって、精一杯の笑顔で笑いかける。

「完成したのは所詮フラグメントだ。 まだまだ序章でしかない〈世界〉となりうる〈欠片〉」

 怖かったよ。こうなることが。

 でもね。
きっととめなかったオレが一番悪い。
そしてこの世界には余分すぎる知識をもってきてしまった責任がある。

ならば答えは一つ。オレは――

『いつでもいいよ。
オレを呼べ、ハロルド』
…」

『その“欠片”をどこかの会社に持ち込むのも、その後のこともすべてオレが手伝う。お前が危惧するすべきことすべてオレが背負おう。
この世界に彼女の叙事詩を広げよう。
そのための種を共に世界にまこうハロルドーーーお前らのためなら世界を"先に"すすませよう』










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