06.ハロルド・ヒューイックの苦悩 |
-- side ハロルド・ヒューイック -- ハロルド・ヒューイックは、〈欠片〉の“その先”をみていた。 それゆえに、〈まだ〉作業を中断するわけにはいかないと、〈それ〉に自らが飛び込むことをためらい、手を付けることができなかった。 そうして彼が生み出そうとしていた〈世界の断片〉は、ここしばらく停滞状態にあった。 「“外”で誰かが導かなければ。今、戻れなくなるわけにはいかない」 目の前の停滞を余儀なくされた物語の世界を見て、ハロルドは頭を深く抱えた。 ハロルドの目標は、この〈ゲーム〉を完成させることではなかった。 そのさらに先にある“愛しい者たちと共にあれる世界”だ。 そのためには「娘」が、自分の側にいなくてはならない。 けれどまだ彼女は、〈世界〉に生まれてさえいない。 否、彼女たちがいれるだろう〈世界〉そのものが誕生していなかった。 研究は一人では不可能なところで、行き詰っていた。 こうなれば最後の望みは、この理論の方程式をなんでもないことのように唱えた《あいつ》に協力してもらうしかない。 きっと《あいつ》がいれば、彼女の物語は動き出す。 ハロルドはふとそう思ったが、それをとっさに否定する。 その考えはすでに、自分の中で幾度も幾度も考えては却下した内容だった。 今から作り上げようとしている〈世界〉は、無断で《あいつ》の理論を使っている。 なにより《あいつ》が望んだ形とは異なる仕様だ。 ダメだ。そう、ハロルドは思った。 だが《あいつ》なら、それも含めたこの先の未来まで、すべて承知なのではないだろうか。と、ハロルドは、心のどこかで思わずにはいられなかった。 まるで見てきたかのように語る《あいつ》の奇想天外な小説やゲームのシナリオは、いつも突拍子がない分、リアリティーだけはあった。 なにより《あいつ》自身が、もっと人類の可能性に期待しているように思えてしょうがなかったのもそのひとつ。 まるで一足先に未来を覗いてきて、科学のありようの一つの選択肢を見出したがゆえに、今の時代を少しだけ早く先に進めようとするかのように――化学水準を上げたがっているようにも感じられた。 そこまで考えてハロルドは顔を上げる。 ならば聞くべきだろうか? 目の前のパソコンの中身は、へたをすれば、戻れなくなるほどの不安定な代物だ。 けれどここまできてもう後に引くことも戻ることももうできない。だが何かしなければこれ以上進めない。そう考えるとどちらにさえもいくことができず、それ以上を思いつかないハロルドは苦渋に顔をしかめざるをえない。 答えは、でなかった。 ハロルドのいらだちは募るばかりだった。 そんなときだった。 一人の少女が、ハロルドの兄弟とともにやってきたのは。 それはまさしく運命のようだった。 行き詰っていたハロルドの前に少女は現れ、物語を進めたのだから。 少女は物語の基盤となるエマの〈黄昏の碑文〉を知っていた。そして多大なる興味を持っていた。 まるでいくつもの偶然を司る何かが導いたように、少女はハロルドの部屋で“それ”を手にし、 き え た あとに残されたのは、機動音をたてるパソコンだけ。 ハロルドの部屋には、その叙事詩が表示されたパソコンが煌煌と光っていた。 すべては仕組まれたことのように――― 黄昏の碑文への 門 は 今 ひらかれた―― |