05.電子の声 |
-- side オレ -- まるで――耳元で誰かにささやかれたかのように背筋がゾクリと冷え、嫌な予感がした。 目を閉じればすぐに感覚が“繋がる”。それは“だれ”にではなく、“何か”にだ。 たくさんの情報が電子の海に横たわっている。 その中を泳ぐようにして、自分に何かを訴え続ける根源を探す。 みつけたのは案の定ドイツの個人宅。 ここから近い。 「向こう側に“入いる”のは・・・危険か」 このまま意識をつなげて、その端末の中に行くこともオレならば可能だ。 けれど機動を始めたばかりのプログラムは、まさに今、物語を紡いでいる最中であり、そこにとりこまれた少女のことを考えれば、そのシステムに手を出すのはやめておくべきだろう。 オレは前世の影響で、機械や情報といった電脳世界に、おのれを電子化し意識をもぐりこませることができる。 肉眼でだって電子の流れは見えるのだが、それを何もなしにいじれるほど化け物ではない。 まだそこまで壊れたくない。たとえ、度重なる転生の影響で、この魂が砕けんばかりであったとしても。 オレは、オレという人でいたい。 たまに今この瞬間にも気が狂いそうだと思うときがある。 その原因は様々だ。 ありすぎる前世の記憶が、自分のキャパシティー要領をオーバーしようとしているのかもしれない。 激しい頭痛とか、記憶が交差して自分が「誰」かわからなくなったり。 つい……亡くした大切な何かを求めて、死を望もうと思う瞬間もある。 けれどオレはこおにいる。オレは生きて、まだ世界にいる。 だから、存在するものを変えようとは思わない。 目の前の物質が数式として見えるからといって、その式に干渉することができれば、オレは人の心を失うだろう。 そんなことができてしまえばオレは、ひとではなくなってしまう。 物のすべての因果、流れ、形式が数値として見える。それをいじくれるということは、万物を創造、改変できるようになるということで、それはもう人や化け物といった領域を超えた神の所業だ。 やらないのではなくできない。 オレには…“知っている”ことでさえ重いのに――。 こうやって、オレの言葉で“彼”が、誰かを犠牲にして道をひらいてしまえばそれは余計に・・・。 ―――その日、ハロルド・ヒューイックをたずねた彼の姪ララ・ヒューイックが、数時間、現実世界から姿を消した。 彼と出身を同じくするドイツのネット詩人エマ・ウィーラントによって作られた叙事詩『黄昏の碑文』は、このときをもって始まりのカケラに命を宿した。 |