04.はじまりは竜が飛ぶ夢を見た |
-- side オレ -- オレの言葉はいつも戯言といわれ。 オレの語るものは、全て想像力豊な妄想だといわれた。 前世に経験してきたことは夢?――それじゃぁ。この服の下からのぞく腕に浮かび上がる魔方陣のような複雑な刺青は、夢の産物が生み出したオレにしかみえない幻覚なのだろうか。 実際、そうなのかもしれない。 生まれ変わってもいつも“それ”を手にしてオレは生まれた。 海の輝きを反射した光をそのまま絵の具につかって描いたような青にも銀にも見える不思議な色合いの刺青は、この腕から顔にまで彫られているが、オレはこの世界に生まれてから一度も刺青なんて彫った覚えはない。あるとすれば前世。それも何代か前のものだ。 なぜならこの刺青は、生前のオレが“能力”で自分の身に刻み込んだものだから、記憶と経験の分だけ深く刻まれていき、それが魂にまで深く染み込んでしまったとしても頷けるのだ。それにそう考えれば、転生しても残る刺青に納得がいくというもの。 その特殊能力の効果により刺青に刻まれた「力」は、実際のところ魂に付属している能力らしい。どれほどオレが転生しようと必ずこの刺青は常にあった。 現にこの刺青は生まれた時からずっと右半身を覆っているが、オレの身体が成長したからといって消えるわけでもない。 ましてや、この刺青はほかの人間には見えないようなのだ。 写真を撮っても映らない。 ――でも、これが“存在している”のは、オレがわかっている。 それでいい。 オレがわかっていればいい。 もちろん。こんなことをいえば、また妄想だとか、想像力が豊かねと言われるのがオチだろうが…。 オレは常日頃、妄想壁のある変人扱いをされたが、悪いことばかりでもなかった。 必然小説家なるものを目指すオレの専攻は、文系になった。 科学や数式というものに飽き飽きしていたのも一つの原因だ。通った学校の学科は、哲学者タイプもおおかったけど、純粋にいろんな民族のいろんな言語や文化について教わるのがメインで、知らないことを知るのは悪くなかった。 そこには小説家を目指す者も少なくはなかったから、オレの夢物語を聞いても話をあわせて乗ってくれる者もなかにはいた。 きっかけは何気ないこと。 一番初めは、まだオレが転生を繰り返すことはなく、ただのうのうと一般人のただの事務職員として生きていたころのこと。遠い昔の何台か前の全の事の話だ。 夢を見た。 夕焼けの空を巨大なドラゴンが空を飛ぶ夢だ。 それを見上げたときのあの圧倒的なまでの魂の震え。 体中の細胞をふるわせるほどの歓喜が駆け抜け、あまりの覇気にうちのめされ、自分がどれだけ小さな存在か実感する――それほどの感動を味わった夢だった。 それは映画やCG技術なんかでは表せないリアルな感覚。 たぶん寝る前にドラゴンがたくさんでてくるゲームをしていたのが原因だろうが、どうしようもない衝動を受けたのだ。 だから、それをぜひみんなと、その感覚を共有したいと思ってしまった。 そのときからオレはどうしようもなく、小説家になりたかった。 ――それをこの世界に生まれてなぜか思い出した。 結局その夢見た世界での人生では、違う方面に面白さを見出してしまい、さっさと断念したが・・・。 小説家になりたかったのは嘘じゃない。 そのときの気持ちを唐突に思い出し、オレは孤児院を出るか出ないかの頃、小説家を目指そうと思った。 これはオレがまだ大学にいってもいないハロルドと出会う前の幼少期の事。 もしかすると転生を繰り返して精神が鍛えられたせいか、生きることにゆとりを持てるようになっていたからか、今度こそ"最初の私"の願いを叶えてやりたいとおもったからか。 理由なんてどれかはわからないが、幼いながらもオレは「夢」を追いかけていた。 そうやって、そこそこな学生という経験を楽しんでいた頃。 その学生のなかには同じように小説家を目指す仲間もいて、楽しそうにネタだといってきいてくれた。 そんなやつらと会話を楽しむというのがオレの学生生活となった。 なかでもほとんどの授業が同じ専攻だった少女とは気が合い、彼女はいつも笑いながら話を聞いてくれた。 嬉しかった。 彼女はときにはオレの夢に突っ込みをいれ、ときに夢に賛同し、ときに夢にまでくちをはさんだ。 かわりにオレも彼女が書いた小説を読ませてもらい、意見を言い合う。 そうして気心の知れた彼女とはよくつるむようになった。 たわいもなく今日の授業はどうだったとか、そんなことが幸せだった。 「言葉って面白いわよね。特に日本語は綺麗」 オレが日本人とのハーフだと知ると、彼女はすすんで日本語を聞きたがった。 いちおうそう言う設定でこの世界を過ごしている。 そうして言われた言葉に驚く。 『綺麗?そういう風に言われたのは初めてかな』 「ひとつの文字に意味を持たせる。言葉に意味が込められているからか、響きも綺麗よ」 じゃぁ。《だれそかれ》って知ってる? 「なあにそれ?」 “トワイライト”―――“黄昏”のことだよ。 夕焼けの時間帯は、夜が混ざり始めていて一番人の顔が見えない。 昔は電灯も何もないから今より暗かったんだよ。 だからの昔の人は「そこいく彼は誰だったんだろう?」って、そう思ったんだろうね。 その「そこいくかれ」を日本語の古い言い回しで「だれそかれ」って発音をする。 その発音が次第に濁りやがて「たそがれ」といわれるようになった。 そのときにあてはめた字がいまの「黄昏」だね。この字にも意味があり、「あれは誰?」って意味ではなく「黄色みがかった暗闇」という意味があるらしい。 まぁ、オレたち《ガイジン》からしてみたら「he」と「彼」じゃ発音が違いすぎるし、単語に意味がこもってるなんてわかんないから通じにくいかもしれないけどねえ。 『ニュアンスのもんだいみたい』 「意味はちょっとむずかしいわ。でもなんとなくわかる。やっぱり日本語って綺麗ね」 『そう?』 「ふふ。今あなたが言ったじゃない。ニュアンス。ようはものは考えようってこと」 『なるほどね〜』 切磋琢磨。そんな言葉が日本にはある。 互いをみとめあい支えあいぶつかりあい、そうして互いに経験を積み技を磨くというものだ。 オレたちはそうやって十代の頃の幼少期をともに過ごしたんだ。 互いの何気ない会話の中から、ときには意見を交わしあい、自分たちの物語に肉付けをしていく。 それが小説家という夢を抱くオレたちの関係。 友だちで親友だった。 彼女が18歳になったとき、彼女の父親が死んだ。 彼女はその後、看護婦学校へいくことをきめた。 オレと彼女の夢を追いかけていただけの楽しい物語はそこまで。 そして彼女が24歳の頃、たまたまオレと彼女は再会した。 そのころにはオレにもようやく彼女以外に、違う学科の友人が出来ていた。 新しい友人の名をハロルド・ヒューイック。 彼女にハロルドを紹介したのはオレだが、ハロルドがまさかそこでひとめで恋に落ちるとはおもわなかった。 君、めんくいだったのかな? いつのまにかハロルドがファンタジーネタに混ざりこみ、オレたちは二人ではなく、いつしか三人になった。 オレたちは三人で友達。 友達に囲まれてすごく穏やかな世界。なんて素敵な人生なんだろうと、オレはひとり場違いなことを考えていた。 そのときオレの友達であった彼女が何を思っていたかなんて知る由もなく。 ハロルドのなにかが騎士見始めていたのも気づいてさえやれなかった。 その後、オレたちはやがてそれぞれがそれぞれの相手を見つけ、別れ離れになった。 願っていたのは幸せ。 別の場所で暮らしてもオレの親友たちが、幸せでありますようにと願っていた。 だけど―― やっぱり神様は優しくない。 【エマ・ウィーラント 2004年 ここに眠る】 オレの友達は死んでしまった。 |