電子精霊は繋がる世界の原点
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02.オレの転生記





-- sideオレ --





オレは〈黒筆 (クロフデ )〉。
姓を黒筆(クロフデ)。名を )。
いまいる国の発音で言うなら、という名前の方を先に告げるべきなのだろう。

いわゆる転生者というやつで、死んでは様々な世界に生まれている。

現在オレは、生前“オレが別の名で生きていた地球”とは違う未来を歩む地球で、一人の人間として生きている。

今回の外見は――ちょっと外ハネ癖のある赤い髪に、明るい黄緑の目。
顔は、悲しきことにあいもかわらずの童顔だが、れっきっとした成人男性である。
そういった外見的色彩と、ただ、ちょっと前世の記憶とその時の能力を継いでしまっていることを抜かせば、きっとオレは普通の人間と変わらないはずだ。

そう。オレは転生を繰り返している。

オレ自身非現実的すぎて、笑ってしまいたいが、事実だからどうしようもない。
その証のように、オレは前世の記憶と共に一部の能力をそのまま引き継ぐ。
ぞくにいうトリッパーや転生者と呼ばれるようなものであり、どこかの誰かが作った夢物語の主人公なのではないかと、自分の存在を何度疑ったことか知れない。
なにもないありきたりで平凡な世界で生きていたのに、ある日突然事故で死に、そのあとは生まれて死んでを繰り返す日々。
そこには現代日本のような平和はない。
いつもどこかで争いが起き、それがとても身近で、どうしようもなくて、血臭はもうこの魂に染みついているだろうほどだ。
オレは地球の平和な日本で育った「わたし」からしてみれば有り得ないことばかりの、そんな漫画のような世界に生まれては死んだ。
いや、本当にいままでいたどの世界も、「わたし」がいた地球では漫画やアニメだったのだから、“漫画のよう”なんてあいまいな発言はできない。
むしろすべて原作がある世界に転生していたせいで、オレこそが二次創作の主人公なのかもしれないが…。

“それ”らは、本当に夢のような世界ばかりだった。
人の死が当たり前のように身近にあり、それを行うのが自分で…。
生きているという感覚が、自分を生かし、「わたし」は〈オレ〉として生きるようになり、大切なものも得た。
でもすべていつもなくなってしまう。
オレが置いて逝くこともあれば、オレは置いていかれる側だったり…。
笑いたくて、笑えなくて。
泣きたくても、もう泣き方を忘れてしまって。
少しでも剣を振れば、この身体にはすぐに前世の記憶と経験が戻ってきてしまう。
人を初めて斬った記憶も、《〇〇〇》と呼び心の支えであった大切な人の死に際も。なにもかも思い出す。
薄れた記憶もあれど、それらは忘れようがないことばかり。
死ねないことが。
終わらないことが。
これほどつらいと知ったのは、何度目の涙を飲み込んだ時だったか。

有り得なかった。

夢のよう――その言葉を楽園や極楽のようだと、“いい意味”でとる者は多いだろう。
オレにとっては逆だ。
気が狂いそうなのに、死ねない。死んでもすぐに新しい世が始まってしまう。そんな有り得な過ぎるすべて。夢であればよかったのにと、何度叫んだかわからない。

元は平和な日本の現代人だったオレは、人を殺したり、剣を振り回したりしたことなんてなかった。
そんなこと当然だろう。
そう。当然であったものが当然でなくなったから、「わたし」は変わるしかなかったんだ。
心を殺すように。いや、そう思っていただけで、実際は殺すことなんてできてはいないのだろう。
押しこめた想いと感情は、行動と相反していて、たぶんオレはもうどこかがおかしくなっている。
「生きる」「殺す」「死」という覚悟さえ知らなかった一般人だった最初の自分。
だって覚悟なんて、そんなもの必要はなかったんだ。
それでも転生を繰り返すオレだから、いつしか必然としてそれを身につけた。
そのときに一度オレは覚悟を決めた。だけど思い返せばそれは覚悟ではなかったんだろう。
きっと覚悟にみせかけた諦めで…。
普通の日本人OLでしかなかったオレの心は、いままであった「普通」や「常識」という考えを捨てた。
そんなもの理想に過ぎなかったから、生まれたその世界に準ずる生活ができるように、自分に何度も言い聞かせ 心を殺してみせた。その行先の世界に合うよう努力したんだ。

――死にたい。終わりにしてくれ。そう願い、また、〈生きたい〉と思ってやまなかった。

数度前の前世で、オレは《〇〇〇》と呼んだひとを、自らの能力全てをもってこの魂に取り込んだ。
それからだろうか。いや、そうでもないのかもしれない。
ただいつの頃からか、オレは死んでも死ねなくなった。
死んだら生まれ変わっているのだ。死んだと思ったら別の世界にいるのだ。
これのどこが「死」だろうか。生まれ変わっては意味がないというのに。

考えた。考えに考えてたどりついたもの――。

この魂に刻まれた《〇〇〇》は、オレを縛る。
・・・・・・いや。オレがあの人を縛っているのだろうか。
いまとなってはもうわからない。
けれどこの《〇〇〇》という魂を、オレの魂の奥深くに封じているから、オレは“繰り返す”のだと思っている。

それは確信や予言にも近い感覚。勘というには、体の芯から、魂の奥底から、“そう”なのだと理解できるなにか。

だって、オレは《〇〇〇》がオレから離れてしまうことを恐れている。
だから死ぬことを恐れてしまう。
死ぬともう《〇〇〇》に会えない気がして。
取り込んだ《〇〇〇》の魂が、オレだけを置いて逝ってしまうんじゃないかと――。

〈ひとり〉をおそれている。

オレが狂ってるのはわかってる。

それでも《〇〇〇》だけなんだ。
オレを置いていかないのは。
側にずっといてくれるのは。
だって世界が変われば、会いたくてもそれはかなわない。まず無理だ。
そしてずっと一緒にいると約束しても、誰しもに寿命があり、必ずなんらかの理由でそばを離れていく。
だから、あの人の魂がオレの中にあると知ってしまった時から、オレは――手放せなくなっていたんだ。

きっとオレは《〇〇〇》がオレから離れたら、年甲斐もなく狂うのだろう。

それぐらいオレの中では、大きな存在だった。

そして前世の記憶。
これらを持つがために、オレはこれから先も幾度も“彼ら”のことを思い出すのだろう。
オレを置いていってしまった人たちを――。



最も新しい前世の記憶は、とても科学が発達した世界だった。
そこでのオレは、人ではなく、人工知能という形で、オレの魂がひとつのプログラムに宿って生まれた。
プログラムでしかないオレは、人と同じような寿命がなかった。
だからこそ、オレの製作者である博士は、オレをひとり残して死んだ。
またオレは置いていかれたのだ。
プログラムのオレには肉体がないから死ぬ方法がわからなくて、自殺とか無理で、そのまま何年も何年も情報の海の中をさまよっていた。



向こうの世界では、感情や記憶までが電子情報として認識されていた。
そのせいか、今こうして人間として生まれたオレは、万物の流れや物体、すべてを情報として認識できた。

光の帯のように見える数字の羅列。
世界が何で構成されているかが、その数式を見ただけでよくわかった。

けれど“わかる”だけで、けっしてすでにあるその数式をいじることはできなかった。

そうなってくると万物のすべてが数字で見えるなんて邪魔なだけだ。

この世界に生まれてしばらくして、それらはガラスを一枚はさんでみればみえなくなることに気付いた。
気付いてからは、オレは伊達とはいえいつも眼鏡をかけるようになった。
視界を眼鏡とガラスで覆うことで、変な能力が働かないように覆いをかけた。
それと一緒に、心にも幕のようなものがかけられたかのように、オレは自分の中の狂った部分や《〇〇〇》への重いほどの想いを目に見えない布で包みこんだ。

そうして〈この世界で生きるための“オレ”〉という殻をかぶったのだった。








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