電子精霊は繋がる世界の原点
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01.世界の方程式





死んだと思っていたのに、それでもまた目を開く
それは今回も同じ
眠るためにすべてをひとにたくし、そうしてとじた瞼は――

赤ん坊の泣き声と共に、ひらかれた。





 -- side オレ --





 はい、今回は電子の妖精さん(仮)だったオレだよ。
今度はまっとうな人間として赤ん坊からやりなおし。
ただし捨て子。
笑えない。
親の顔知りません。
まぁ、転生していると、自然発生という形で生まれることも憑依という形でプログラムになることもあるわけだから、親がいないぐらい大したことじゃない。

 今回の世界はいたって普通で、体の一部や思考回路が機械やらネット(電脳空間)とリンクしているなんてことはない。
機械もあちらの日本ほどは発達していない。

 そんなわけで成長していくわけですが、前世の記憶があるせいでひととずれていたオレは、周囲から変人扱いをされていた。
それをとくに気にしたことはないが、周囲からは煙たがられ嫌われていた。
 けれどそんなオレに、声をかけてくれて、オレの妄想のような話につきあってくれた親友に、力を貸してほしいと乞われれば、喜んで力を貸した。

二人でいろんなものを作った。
いろんな話もした。

たくさん笑って、とても楽しかったから、それが悪いことだとは思いもよらなかったんだ。


――彼は、たぶん生まれる時代を間違ったんだ。


 オレとは違う意味で、オレとかかわったがために変人といわれていた親友は、明るい性格のうえ、周囲からの人望もあり、人に好かれていた。
彼は人よりも少しばかり頭がよく、そこらの科学者とは違って柔軟な思考の持ち主だった。
それゆえ、オレが告げた“別世界の科学理論”を彼は真面目な顔をして受け入れ―――そして理解した。
してしまったんだ。

「できるから言ったんだろう?」

 そう言って笑った彼は、《“別世界の理”をのぞき見た情報をこちらの世界で披露する》なぁんてずるをしているオレとは違い、本当の天才だった。
彼は0から新しきを生み出し、ときに応用を重ねて“つくりあげる”。

けれどある日を境に彼は、何かに憑かれたかのように変わっていった。
それは徐々に徐々に。ゆっくりだが確実な速度を持って…。

 なにが原因かは知らないが、彼は明らかに精神をやんでいっていた。
ひとなつっこかった彼が人を避けるようになり、気がつけば部屋に閉じこもりがちになっていった。
 大学を卒業してからは、オレと彼は分かれて過ごし、あまり会う機会はなかった。
久しぶりに会いにいけば、彼は、今までとは違う笑顔でオレを向かえいれた。
 すべてのつながりを断ち切った彼は、一心不乱に知識を求めていた。
彼は、オレから“理論”を引き出すと、それをゲームというひとつの完結した匣の中で実現させてしまった。
それが完成するまでには、天才であった彼でさえ何年も何年もかけた。
その頃には、以前の爽やかな好青年の姿は何処にもなくなり、『変人』の言葉がふさわしい状態だった。
オレが声をかけても反応することはなくなり、“彼女”の名を呼び、ささやきながら、鬼気迫る様子で一心に――まるで神に祈り続ける献身的な信者のごとく、彼は自分の命さえ削ってつぎつぎとプログラムを組んでいった。








* * * * *








 世界を揺るがす事件が起きたのは、そのゲームが完成するわずか一年ほど前のことだった。



 ≪Pluto Kiss(冥王のくちづけ)≫


 西暦2005年。それは突如世界を襲い、ウィルスによりネットワークが発展し始めていた世界は一度崩壊した。
第一次ネットワーククライシス。

このとき唯一それを免れた『ALTIMIT OS』が、この日より世界標準OSとして普及する。








* * * * *








 オレの親友だったあいつは、"世界のネットの改革が行われる瞬間"を待っていたかのようだった。

世界が、統一されたネットワークで覆われるこの瞬間を彼はずっと待っていたのかもしれない。
まるでこうなるとわかっていて、ゲームをわざわざ“ネット対応”式にしたのではないかとさえ思わせた。


 ―――やがて、しあがった“彼の世界”は、ひとつのゲーム会社に持ち込まれた。



 それから間もなく、あいつは―――消えた
そう。死んだんじゃない。

『消えた』んだ。

 けれどそれがなぜかなんて…普通に考えていては、わかるはずもない。
ゆえに公的文書には、彼は死んだことになった。
彼が本当はどうなったかなんて、それが本当か、ただの行方不明なのか、答えを知る者はいない。
けれど墓地には墓が建てられた。



 それからハロルドが残したゲームは、テストプレイをへて、全世界のサーバーOSが『ALTIMIT OS』にほぼ移行完了とともに世界中に公開された。
彼によって頑丈にロックされたままの“いくつものブラックボックス”を残したまま――。








* * * * *








 全世界でとあるゲームのダウンロード販売が始まった。

そのゲームの名を――



【 The World 】








* * * * *








 始まりは本当に小さな「欠片」だった。
世界と呼ぶにはまだ未熟で、もう少し誰かの手が必要なものだった。

そして"それ"はインターネットのなかに解き放たれ、人とのかかわりを経て進化を遂げる。

小さな「欠片」辛め息吹いたもの。
そう。それはまさにもう一つの「世界」の「誕生」だった。


小さな「欠片だったもの」は、やがて人々とネットのつながりが増すごとに、共に育ち「世界」として覚醒し拡大していく。

そして彼が望んだがままに世界は再生と破壊を繰り返す。生と死と誕生と破壊の末にあるものを求めて――





 どこかでオレは“こうなること”をわかっていた気がする。
彼がこのゲームを完成させたとき――いや、それよりもっともっと前、彼の名を聞き、そして彼がオレの持つ知識に興味を持ったときから。


わかっていたんだ。


この世界が ".hack" の、その道を辿る世界だと――。



知っていて、知らないフリをしたんだ。
どうしてとめなかったのかはわからない。

もしかすると心のどこかでオレは、科学がそれほど発達していないこの世界では不可能だと高をくくっていてたのかもしれない。

でも、世界のネット環境はオレの想像をはるかに超えるスピードで進化を遂げ、ハロルドの理想にまで追いついた。

破壊による再生。
まさに「The World」にも与えられた現象。これにより「fragment」は「世界」となる一歩を歩み始めたのだから。

それと同じように、この世界はネットクライシスにより著しく科学技術発展し、一気に文明は数倍の速さで進化をとげた。

あまりにゲーム「fragment」を作るための工程と、世界のネットクライシスの在り方が似すぎていて、誰かが仕組んだようにしか見えないのが少し引っかかる。

世界の進歩には、それを望むどこかの誰かの意思があったのにせよ、偶然だったにせよ。どちらにせよ。ただ一人の人間でしかないオレが関わることではない。
オレがしる別世界の科学がもはや魔法のようにはびこっていたあの世界にちかづけることができるとわかっていても、それをこの世界の誰かが引き起こせる可能性があったのだとしても。オレはきっと止めなかっただろう。
ああ、オレはなんて薄情なのだろう。
だけど、なんとなくそう思える。

オレは誰が何をたくらもうがそれを止めることはしなかった。と。

だってオレは世界を救いたいわけでも、世界を変えたいとも・・・・一度でさえ思ったことなどなかったのだから。
オレはなにかをするためにこの世界にうまれたわけではないから。
きっとここでも好き勝手やって、みているだけなのだろう。

そう、思っていた。








* * * * *








 種が芽吹いたのは、人々の想いが集う【世界(ザ・ワールド)】のなかで。
 “はじまり”を司ったのは、日本のサーバーからだった。

まもなく発芽した種が花となるべく、あまたの物語が動き出す。
それはやがて一つの終着点にたどり着くのか――。
終わりも始まりもわからぬままに、人々は気づけば物語を紡ぐ歯車に組み込まれていく。

 現実の世界は、ひとつの仮想空間にひきづられていく。
災厄に全世界は見舞われるだろう。
けれど幾度も世界は甦る。

なんどでも。


人はたちあがる。








* * * * *








 2010年。世界が第二次ネットクライシスを迎えた。
すべての事件が始まって終わった。

親友の作った物語にもまた、ひとつの終わりが訪れていた。

 “章”がひとつの幕を閉ざしたとの同じ頃。
オレのもとに『真実』を求めて、ひとりの日本人が訪ねてきた。


 "赤い花の少女に導かれオレのもとを訪れた友人"と茶を交わしていたオレは、インターホンが鳴ったことで、友人にことわりをいれて席を立つ。
来訪者に関しては、なんとなく想像はついていたけど。

『はいはーい。どちら様ですかぁ?』

 玄関を開けた先、そこにはピンク色のシャツ姿の男がいた。
どこかで見覚えのある強烈なまでのその色合いの恰好に、オレは思わず笑う。
派手だなぁ〜。
これがスーツを着ていたことがあるなんて信じられないが、このままでは話もできない。
オレは「どうぞ」と、その男を家へと招いた。





「あんたは…ハロルド・ヒューイックを、知っているか?」

「ええ」


 その名に、一度だけ、想いを馳せて目をとじる。
思い返すのは、友としてすごした学生時代。

もう。
戻らない日々――



 ああ。この名が出てしまっては、もうオレは傍観者ではいられないだろう。
さぁ。そろそろ〈オレが“普通に見えるように”取り繕ってきた〉茶番は、やめにしようか。
ころあいだろう。


オレは重い腰を上げた。



 男が告げた名前は、今は亡きオレの親友の名前だった。
 その名の人物は、生まれる時代を間違った本当の天才。
もし生きる世界が違っていれば、彼はただの凡人でしかなかっただろうに。
歴代類を見ない頭脳は、世界にあけてはいけないまったく中を窺い知ることができないパンドラの匣をいくつもばら撒いた。



 目をあける。
今度はまっすぐに、相手の目を見やる。

目を向け視線を逸らさず、頷き返す。





『ええ。しっています。彼は、オレの親友でした』








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