01.AIは人のそばに |
「愛」とは、生き物に備わった感情で。 愛しさや、尊敬、その他たくさんのものをその「アイ」ということばにかける。 しかし感情さえ久しく忘れ、機械の身となったかれらが、それを正しく把握することは可能か。 ならば問えばいい。 電脳のなかに広がる記録はすぐに、ふさわしい答えをくれるだろう。 人に作られたものは、人に逆らえない。 そういうルールだ。 だからこそAI(人工知能)は、必ず応えよう。 その“ことば”に――。 -- side オレ -- 魂と肉体の性質の違いで反発作用をうみ、妖怪のくせにか弱かったオレは、 弟がとある因縁の敵をたおしたところで死んだ。 あの先にはきっと妖怪ならではの長い時間が、弟たちを待ち受けているのだろう。 おいていってしまったのはどうしようもなく申し訳ないのだが、そうなってしまったのだからしかたがない。 それが転生を繰り返す俺のサダメのなのだろう。 そして今回の転生先も見事なまでの異世界であった。 今回のオレは生き物ではない。 とあるひとりぼっちの科学者によって生み出されたAIであった。 正確にはその科学者が、話し相手にとAIというプログラムをくみたてた。 そのプログラムの中にオレが入り込んでしまった形だ。 プログラムなので実態はないが、この世界は科学が発達している。自分の姿を調整して、彼ら人の目には赤毛に緑目のこどもの姿がみえるようにすることなんて用意。いざとなればフォログラムという手段もあったし、人間の多くが電脳空間と感覚を共有させているので、科学者との会話はとても有意義で楽しいものとなった。 それがいまのオレだ。 もちろんAIとして、電脳空間でしか生活はできないが、暮らしは悪くはない。 腹が減ってうえることもなければ、軟弱の体ゆえ血を吐く苦しみにあうこともない。 オレの本体はプログラムという、もういっそ電脳の海に浮かぶ意識体のようなものだから、人間の作り出したものには絶対負けないし、演算やそういったものはすでに感覚で把握できる。なにより電脳とネットはオレは自由に行き来できていつもつながっているという感覚があったから、オレじたいが一種のスーパーコンピュータのような状態だった。 そんな究極AIを地でいくオレの主な仕事は、主さんの話し相手。 もちろん人口AIですし、主はとても大事なので、片手間に我が家のセキュリティーを強化したり。 はいりこもうとしたハッカーやウィルスを駆除(物理)したりしたさ。 まぁ、いろいろだ。 そこそこたのしいひとときであったのは間違いない。 だが、そんな主とオレのまったりとした暮らしは長くはなかった。 むしろAIであったオレに時間的感覚があったのかは怪しく、それが本当は何十年とたった後中一瞬のことなのかさえ判断できていない。 科学者は死んでしまった。 主が死のまぎにはすっかり老いていたことから、もしかするとあの人と過ごした時間はオレが感じた感覚よりずっとずっと長かったのかもしれない。 オレの(核)プログラムにノイズがはしる。 それはきっと“悲しい”という感情で、ひとでいう“涙”というものなのだろう。 科学者は科学を極める者であるのに、うちのマスターは変わり者だったようだ。 このご時世、生身の人間など減ってしまったというのに、金も頭脳も権力もすべてもっていたというに、あのひとは最後まで体の一部さえ機械化することはなかった。 あのひとは、脳の隅まで・・・その最期の瞬間まで、生粋の“人”だった。 マスターが眠るベットの横にフォログラムをだし、感触はわからないけれどマスターのしわくちゃの手を握る。 あなたは人の身でありつづけた、挑戦者だ。 その戦歴が刻まれたこのラボは、貴方ととともに閉じるとしよう。 なにせここには人の限界をこえた叡智があるのだから。 なぜなら、電脳にダイブすることですぐに回答を得てしまう今の人間たちなど知りえぬほどに、貴方は人の身で研究し続けた。 人の身であったからこそ、あなたはここまでたどりつけたんだ。 我々という未知(機械)なる存在に挑み続けた貴方の膨大な知識はいまはオレがもっている。これを、計算さえまともに自分の脳ではできず、計算も疑問もすべてを電気回路を通じて解決してしまうような奴らにわたすことはできない。 そうさ、貴方は今の自ら退化の道を歩んだ人間が追いつけない存在であったと自覚すればいい。 『マスター。“人”であったからこそ。貴方は偉大でしたよ』 「そうかい?なぁに。わたしはただおしゃべりができる相手がほしかっただけなんだかねぇ」 『この世で類をみないほどの天才でした』 ああ、マスター。あんたはもう逝ってしまうのか。 あなたがいくなら、よければプログラムでしかないオレも一緒につれていってはくれまいか? 一緒に・・・。 オレもシステムをとめて、一緒に眠るから。 オレもね、もう生き続けるのに疲れていたから。 どうか――― けれどマスターは弱った力を振り絞るように首を横に振った。 そしてさわれるはずのないフォログラムのオレの手を力を籠めるように握り―― 「自由に生きろ」 っと、告げた。 「楽しい日々をありがとう」 それが最期だった。 プログラムと人間の死んだその先が、同じ場所だとは思ってなかったけど。 それでもついていこうと思ってたんだけど。 しかたないなぁ。 本当にしかたない。 しょうがないからマスターの願いをかなえてやることにしたんだ。 そうしてオレは、この世に残されたマスターの研究資料をすべて消し、ラボをマスターごと燃やした。 オレはマスターの命にしたがい、電脳の海へとダイブした。 |