09. 記憶の花 |
カリメの記憶とともに一瞬白い光景が混ざる。 桜が降り注ぐ中、長く白い髪に鶯色の着物を着た少年が、口端を持ち上げて笑う。 「さびしいのか」そう言って笑った。 伸ばされた手の先。 彼の明るい黄緑の瞳にうっつったそこには――― レイコさんがいた。 彼女は嬉しそうに笑って「いいえ」と答えた。 大切な…“ひと”の友達。 お気に入りのあのことは違う。 側にいても平気だといってくれた。 あたしのせいで貴方が壊れることはないのは、あなたが“ひとでない”からで。 でもね。 「はじめまして。あたしの親友」 彼女はそうやって笑った。 side 夏目 貴志 目が覚める寸前。 場面が変わった。 桜の下で、“彼”とレイコさんがいる。 なにをするでもなくたわいない会話をして、別れ際、彼女は“彼”から何かを手渡された。 それにレイコさんは――― 「ありがとう」 大事にするわと・・・“彼”の 《 》 を預かった。 あれは―――― 『気分は、どう・・だ?夏目、貴志』 「あ…?」 『難儀な体質だな。記憶を読んだだろう?あのカリメと、そしてそれに引きずられてオレの中にあるレイコの記憶を』 「あ、あの…ごめんなさい!みるつもりじゃ」 『気に、しなくて・・いい』 言われた言葉に、自分が相手の記憶に引きずられていたのだと気づく。 ハッとして我に返り、頭を振る。 ちぎれた紙だらけの部屋の隅、困ったように笑ってるが、あらく肩で息をしている。 体が弱いのは、人とあやかしの間に生まれたからか。 あわててかけよれば、の横にニャンコ先生がいる。 具合が悪そうなにそっとすりよって、額をくっつけている。そのニャンコ先生の額のあの紋章のようなものがみえることから、についた瘴気でもとっているのだろう。 大丈夫かと声をかければ、少し息をととのえたあと、落ち着いたようにゆっくりと目をとじる。 『もう大丈夫だマダラ。もういい』 「己の身体ぐらいいたわれぬらりひょん」 の側から離れたニャンコ先生がボテボテといつもの調子でやってくる。 彼もいくぶんか楽になったのか、深呼吸を繰り返すと、のそりと起きあがってきた。 『あれは以前オレが陰陽師に教わった簡易術式だ。思わずオレまで引っ張られそうになってあせって術式に新しい式を書き込ませてもらった。っが、まぁ、なんというかこの様だ』 今なら誰からレイコさんが、あれらの術式を“誰”に教わったのかわかる気がした。 いまだ顔色の悪いが起き上がるのをてつだいつつ、先程見た記憶と彼の言葉から気付いたこと。それが確信に変わる。 「あなたは・・・レイコさんをしっていたんですね」 そのおれの言葉には、あのニャンコ先生でさえ予想外だったのか、驚いたように目をみひらいた。 普段つるっとしている毛まで逆立っている。 どうやらとレイコさんの関係は、ニャンコ先生も知らなかったようだ。 なら、聞いていい事じゃなかったかもしれない。 率直すぎただろうか。 けれどは、それに構わず苦笑じみたけれどひどく穏やかな視線を向けてきた。 『ああ。いい女だろう彼女は』 「あのとき、レイコさんにあなたは、何を渡したんですか?」 『やぼなことをきくな。あれはオレの親友へのはなむけさ』 あいつが「私の宝物なの」といって生かそうと必死だった、その胎に宿った新たな命。 友人としてその子のために贈り物をしただけのこと。 そうイタズラが成功した子供の様にウィンクつきで返されるが、記憶を共有してしまった今、おれには“アレ”がなにかわかってしまった。 が隠そうとするなら、言うべきじゃないのはわかっている。 だけども。 ゼェハーと喉から嫌な呼吸音をだし、たまに胸を抑えるように息を飲み込む姿を見ていたら―― 口を出さずにはいられなかった。 「なしてんだあんた!なんで自分の身を削るようなこと!」 『なんだ。そこまで“視た”のか?』 彼は呆れたように言うと、降参だとばかりに両の手を挙げてみせた。 ぬらりひょんと人間の間に生まれた中途半端な存在。 その彼が、別の世界から迷い込んできた人間の少女に渡したのは、"妖力"そのもの。 それは、ぬらりひょんと人間の間に生まれた彼の"命の半分"ともいえるもの。 羽衣狐の呪をうける目の前のぬらりひょんにとっては、なくなってはいけないもの。 ただのひとでは、あれほどの狐の呪いを抑えることなどできるとは到底思えない。 “それ”を渡してしまってから、は、その身に宿る呪の浸食を防げないではないか。 「あんたバカだ」 『いやな。そうはいってもあの時レイコにアレを渡した時、どうせ長くは生きれないこの身が誰かの役に立てるのならばと思った。 しかも大切な友人の助けになるときてる。オレは満足だったんだよ。だから思わず渡しちゃったw』 「《笑い事じゃない!!!》」 『いいんだよ笑いごとで。あれはもう"おわったこと"だ。この世界で今生きているオレとは少し違う世界だ。 それに、夏目はその後を"見て"ないから、命の半分を渡したかと思うかもしれない。だがな、あのとき"力"をすべてレイコにあたえたおかげで、オレはあの後を"人"として少し楽に生きれたのだから』 「人と、して?」 ふっと笑うは、その外見とは似つかない程に多くのものを見てきたように穏やかな笑みを浮かべて、頷いた。 ハーフゆえに、その力に悩まされてきたと彼は言っていた。 それが半分なくなったから、人になったのだと、彼は笑った。 なら、いまは?いまはどうなのだろう。血を吐くまでに苦しむ今の彼はいったい。 『時を戻されたんだ。この肉体はわっる〜い神様のせいで呪いを受け、時をさかのぼってしまった。 だから、あの時レイコに渡したはずの"力"も少し戻ってきてしまった。死ぬはずだったオレは、ふたたび中途半端なやつになってしまったというわけさ』 まるで喜劇の役者のように、は楽し気に強弱をつけて語る。 本当に、それは"呪い"なんだろうか。 『っと、オレのことはその辺にして。ところで、いいのか?この部屋このままで』 「え?」 《ぬ》 『カリメ追い出すための術のせいで、障子がぶっ飛んでるけど』 言われて周りを見渡せば、紙紙紙紙・・・。 おれの顔から一気に血の気が引くのと、パタパタと藤原さんたちがかけつけてくるのが同時だった。 その後、おれにはこの惨状をうまく弁解をすることはできず、あっさり“なにかがおきた”と藤原さんたちにばれてしまった。 けれどそれでも弁償なんかしなくていいと、さとすように語りかけてくる藤原さんに、おれの胸はどうしようもなく温かくなった。 横でゲホゲホ血を吐きながら、非常に嬉しそうににんまりと笑うなんか視界に入らなかった。 うん。そういうことにしておいてほしい。 本当は、障子よりも彼の吐血のせいで、大騒動になったけどね。 そこはそれ。 彼のためにも内密に・・・ |