05. わけわからないのがきた |
『こないだぶり』 学校から帰ってきたら。 キッチンに、塔子さんと・・・なんだか見覚えのある白い子供がお茶をしていた。 side 夏目 貴志 『ど〜も。 しばらく厄介になります奴良 といいます。よろしく・・・コホッ』 「お前こないだの!」 驚きすぎてうっかりカバンを落としてしまい、おれが落としたカバンがドサリと音を立てる。 そこにいたのは、どこの爺さんだとつっこみたくなるほど物凄く様になる態度で 堂々と湯飲みを手にしている、長い白髪の十歳ほどの子供・・・の、姿をした妖だった。 と名乗ったこどもは、楽しそうでもなく、なにか野心を隠しているわけでもなく、 どことなく疲れたような青白い顔をしていて、やるきがなさそうにこちらをみつめてきた。 彼はこないだ多軌(たき)とであった額に傷のある妖騒動に、最後の最後で黒い刀を持ってどこからともなく乱入してきたあの妖怪だった。 ニャンコ先生から聞いたところ、幼い子供の姿をしているので見た目にだまされそうになるが、あれは相当な妖怪らしい。 《あれは酒飲み仲間の妖怪だ。あんなみてくれをしているくせに、あれはあれで百鬼の主ときている。 夏目、お前は手を出すでにゃいぞ》 と、ニャンコ先生は言っていたはず。 なのに、なんでここに!? おれが驚き、わたわたしていると、塔子さんが不思議そうに首をかしげておれと彼を交互に見やる。 「あらあら、貴志くん。くんのこと知ってるの?」 「あ、いえ・・・人違い、でした。 ところで塔子さん。その子は?厄介になるって、塔子さんの親戚の子ですか?」 そんなはずはない。そう思いながらもたずねる。 もし“そうだ”と言ったら、きっとあの妖が塔子さんたちの記憶を操るとか何かしらして、 居座ろうとしているのだろう。 そうなると・・・目的はやはり―― 『“友人帳”は関係ないからな』 ぼそりと、聞こえるか聞こえないかの小さな声。 おれの心を呼んだかのようなタイミングで聞こえたその小さなツブヤキに「え?」と、 そちらみると、床に落ちたままのおれがいつも友人帳をいれていた鞄への視線が一瞬向けられた。 そのあと彼は本当に“友人帳”には興味がないといわんばかりに、視線をテーブルの茶菓子へともどし、 ケホケホっと何度か変な咳をしたあと、ズズっと茶をすすっていた。 「くんはね。身体が弱いからここへ療養にきていたらしいの。 だけど預かってくれていた人が、突然仕事ができたらしく、ひとりにしなくちゃいけないってことで、 わたしがあずかることになったのよぉ。 貴志くんも仲良くしてあげてね」 「あ、はい。えっと・・・よろ、しく?」 『・・・・・・よろしく・・・ケホ・・』 妖怪の身体が弱いなんて、そんなことってあるのだろうか? さっきからとまらないその咳は、塔子さんの気を引くための偽物ではないだろうか。 だけど――“あのとき”のような威勢は今のにはなく、やはりどこか具合が悪そうだった。 嫌な咳だけが、おれの耳についてはなれなかった。 あれからおれは、友人帳の入ったカバンを拾って、休むと言った子供の姿の妖怪をつれて、二階のおれの部屋にいった。 は本当に調子が悪いのか、演技かもしれないと疑っていたあの嫌な咳を塔子さんがみえなくなったあとも 何度か繰り返していた。 「今は、おれの部屋でふとんひいてあるんだよな?」 『そう。・・・・・ぐっ・・・ゴホッゴホ・・・けほ・・』 「その咳・・・大丈夫なのか?」 『っ・・・。ケホ・・・これが大丈夫にみえたら貴様の目は節穴だ』 「どうしたんだ?おまえ、妖怪だろう?」 階段を上っている最中に、また激しく咳き込み、そのまま胸を押さえるようにうずくまった相手に肩を貸すように歩きつつ、 部屋へ向かいながら、なんとはなしに尋ねると、鋭く細められた金と勘違いしてしまいそうな明るい黄緑の瞳が無感情にこちらをチラリとみつめてきた。 しかし彼はなにをいうでもなく、そのまま無言で問いに対しての返事はしてこなかった。 普通に触れる。 もしかして妖にみえて・・・実は妖じゃないのだろうか? なら彼は―― 「人間、だったのか」 『・・・さぁてね』 結局、人か妖怪かという問いは、さらりとかわされてしまう。 部屋につくと、塔子さんが言っていたとおり、そこには客人用の布団が一式ひいてあった。 そこに具合の悪そうな彼を寝かして、おれもコートとかを壁にかけて、の枕元に腰を下ろす。 に何度か、妖怪か人かという質問をなげかけてみたが、彼は相変わらずのらりくらりと交わすだけで正確な答えはださなかった。 ほんとうに彼は何者なんだろうか? 「お前は、どうやって塔子さんに取り入ったんだ?」 『・・・取り入ったんじゃねーよ。 ケッホ・・・おせっかいな奴にはめられたんだよ』 「はめられた?」 『そう。見てのとおりオレが身体弱いのは事実でさ。 それを“こっち”の過保護な仲間が心配して、野宿をやめろって、人間世界に帰れって・・・。 オレがぶっ倒れて意識飛ばしている間に、人間にばけた誰かが、オレをここのひとにあずけたらしいんだ。 おかげで寝て目が覚めたら、木の上じゃなくて布団の上で寝かされていて本気でびびった』 「“人間の世界に帰れ”っていうのはどういう・・・」 『オレの姿は普通に力のない人間でも見える』 「そんな・・・妖怪、いるのか?」 『いるじゃんあんたの側に。たとえばよりしろにはいったここのブタネコとか、リオウのような力ある妖怪とか。ああいうのは人の目に姿をさらしてるじゃん』 「あぁ、そういえば」 『まぁ、そのへんはどうでもいいんだよ。 簡単にいうとだな、もともとオレは人と同じように生活していたから。 すぐ倒れるオレを心配して、仲間の妖怪たちが、以前と同じように人間と同じ生活をしたほうが無理しないんじゃないかという配慮だな。いわば静養しろとそういうことらしい』 淡々と語られるのは、どこか彼本人に関しては曖昧な回答。 辛そうに肩で息をし、痛みをこらえるように眉間に深いしわを寄せている様は、彼が“なん”であれ、辛そうだ。 本当にこのまま寝かしておいて大丈夫なんだろうか。 彼については、詳しくはしらない。 だけど知り合いの妖怪たちは、彼を妖怪だという。 それでも目の前で苦しんでいる姿を見ると、病院にでも連れて行ったほうがいい気がしてくる。 こういうときオレは“視えている”のに、どうしたらいいかわからなくて悔しいと思ってしまう。 まぁ、目の前の彼の場合は、万物共通で人に見えるようだけど・・・。 ニャンコ先生がいたらつっこまれそうなことを考えてしまう。 けほけほ・・・ 『っ!?』 少しはなしたところで、また彼は咳をしていた。 今度の咳はただの咳ではなかったようで、今までとは違って何度も何度も咳を繰り返していた。 ふいに、口元を押さえた彼の手から、赤いものが見えたときは驚いた。 「!?塔子さんをよんでくる!!」 『まて・・・。大丈夫。ねてればなおる』 慌てて部屋を飛び出そうとしたオレは、服を掴まれ足を止める。 そこにはいつのまにか布団から抜け出した彼の姿があった。 目に映るのは、赤。 血でせっかくの白い髪や、淡い色合いの着物が汚れてしまっているのが目に止まる。 相変わらず嫌な咳を繰り返しては、彼はその服をどんどん赤黒く染めていくが、 ここから先にはいかせなまいとするようにおれの前に彼は立ちはだかっていた。 『大丈夫。…オレは、妖怪・・だ…か、から・・・』 その言葉を吐いたとたんグラリと小さな身体が傾く。 無意識にその身体を支えると、荒い息遣いがじかに身体に響いた。 彼がそう言うならそうなのかもしれない。 まだ意識はあるようでうわごとのように「大丈夫」「医者は要らない」そう呟く相手に、強情だなぁと思わずにはいられなかった。 思いのほか軽かった身体を抱いて、部屋にしかれていた布団に今度こそ寝かした。 そもそも保険証とかのこともあった。 それに彼が本当に人間でないのなら、まずかかる医者は人間ではないな。 さすがのおれも妖の医者は知らない。 『う〜・・・口の中が鉄臭い。血を吐く。いや、これ以上吐いてたまるか。 あ〜でも、もう死にそう。いやいや、まてオレ。まだ死ぬには早い。ゼンだってまだ大丈夫だって言ってたじゃねーかオレ。しっかりしろオレ。そうだよ。ちゃんとリクオの雄姿を見てからじゃないと死ねない。こんな痛みぐらいなんともあるわけないんだから・・・』 ふとんにはいったは、自分自身で鼓舞するかのように、なにかブツブツと言っている。 そうとう具合が悪いのはたしかなようだ。 それも痛みを伴うほどらしい。 そのまま彼はおれの存在を忘れたように、しばらくふとんにくるまってブツブツ言っていたが、気が付けば疲れたのかそのまま眠ってしまっていた。 * * * * * あのあとが目を覚ましたのは、夜になってからだった。 ニャンコ先生が寝ているを突っついたりふんだりしていたので、たまにうめき声を上げていたが、それ以上はなにもなく、彼は寝ていた。 そんなを心配した塔子さんが、をみてやってねと言ってきたのもあり、おれは布団を隣にひいて寝ていた。 ニャンコ先生は「今日は満月だから酒が美味いんだ」とか叫んで窓から出て行った。 『いい夜だな』 声が聞こえた。 静かで穏やかなそれは、空気に溶けるようによく響いた。 その声に誘われるように夜中に目が覚めて、布団から起きると、いつのまにかが起きていて、窓の枠に腰掛けていた。 彼が見上げる空には、まんまるの月がうかんでいた。 背中まで伸びた白い髪が月明かりで淡い金色をおび、月を見上げる様はまるで帰れない遠い地に想いをはせる御伽噺の住人ように儚げで、その姿はまるで地に堕ちた月の化身かなにかのようだった。 それはまさに一枚の絵のように、おれの目には映ったんだ。 「月の・・・妖かし」 『なんだぁ?』 思わずおれの口からこぼれた言葉に、不思議そうにが振り返った。 驚く様子もないことから、たぶんおれが起きていることなどとっくに気付いていたのだろう。 どう答えたらいいかわからず戸惑っていたおれに、気にした風もなくは大人びた笑みを浮かべた。 それからすぐに何かを探すようにキョロキョロと部屋の中を見渡し、また不思議そうに首をかしげた。 『あのさ、斑は?』 「ニャンコ先生なら、君が起きる前に、酒をたかるぞーって森へ」 『あぁ、だから静かなんだな。あいつうるさいもんな〜』 「?」 『どうした?』 なんだか雰囲気が違う気がする。 さっきまでの儚げな雰囲気も、寝る前のだるそうで鋭利で無表情な姿も。この前の妖怪事件の時のような子供のようながむしゃらにわめくような…そんな雰囲気もない。 今は気分がいいと言った彼は、年相応の子供のようにコロコロと表情を変える。 柔らかく細められた瞳は、月の光を反射して見事な金色にしかみえず、キラキラと月明かりのような光をそっとこぼしつつ、無邪気に彼の感情をよくあらわす。 それはいままでの姿とはかけ離れすぎて、違和感を感じてしまう。 「あの。もう・・・大丈夫なのか?」 おれの言葉にはじめはわからないとばかりの表情をしていただったが、「体調は?」ともう一度尋ねると、納得したように頷き、太陽のような笑顔を見せた。 『オッケーオッケー。いや〜わるかったな突然きてさ。 ちょっと身体弱くてさぁ〜。ああ、えっとこれは起きてる時語ったような? 寝る前はちょっと意識朦朧としてたから機嫌悪くて。態度が悪かったらすまないな』 「はぁ・・・って、そういう性格なんだ」 『うん?まぁ、オレは子供らしくない子供でとおってるからな。ちなみにみてくれどおりまだ10歳…ってことでよろしく』 「え!?10歳!?」 『驚くのも無理はない。こんなチビで百鬼の主とかなにそれって思うよな。オレも思う。・・・まぁ“こっち”きてから何年たったかもわからんし、成長してないから正確にはわからないがな。そもそも精神年齢で言うならたぶん1000・・・いや、もうちょいいってたかいってなかったか?』 「あ、うん。やっぱいい。が妖怪だった手のは理解したよ。 ところで妖怪の癖に、なんでお前体が弱いんだ?」 『なんていうの?化け狐にかけられた呪いが、復活したあげくちょっと進行したというかしちゃってさ。 おどろかせてごめんな。一日警戒したまま過ごさせただろ?わるいことしたね〜』 アッハハと手を振りながら陽気に笑う相手は、無理に動いたり、力を使わなければ問題ないという。 っていうか、狐の呪いってなんだろう? 目の前のっていう妖怪を苦しめるぐらい強いものなんだろうか。 『あー・・・それより。改めて久しぶり夏目貴志。こないだはどーも。あのあと調子はどうだい?』 ニコニコと「どーも」といわれ、はっと我に返る。 そういえばあの鏡はニャンコ先生が酒飲み仲間から巻き上げたとか・・・。 連結された言葉に一気に顔から血の気が引く。 思わず彼の足元で土下座をした。 「ご、ごめん!!あの鏡、まさかあんな大事なものだとは知らなくて!ニャンコ先生が帰ってきたらきつく言っとくから!!」 『ん?ああ。まぁ、いいよ。あとでオレ自らやつをしばくから』 「そ、そうか。 そうならいいんだけど」 はとくに怒るでもなく告げた。 “オレ自ら”・・・。 あー。きっとニャンコ先生とこのあと壮絶なバトルでもするのだろう。 前回の多軌との事件の、出会い頭のケリの威力はハンパなかったし・・・。 あの様子ではもともとという子は、短気なところがあるのだろう。 けれどそれを補うだけの人力と実力が、彼を百鬼の主とさせているのだろうとも思う。 「・・・・・・」 うん。間違いなくニャンコ先生と彼の間で一騒動ありそうだ。 なんだかが物凄くあくどい笑顔で、ニャンコ先生をののしっている姿が、脳裏に浮かんだ。 とっさにおれはこのままではヤバイと思い、話を変えることにした。 ニャンコ先生には悪いけど先生には後でお仕置きでもなんでもされればいい。 ここは自業自得と考えた方が絶対いい。 このときおれは笑ったつもりだったが、おれの顔は間違いなくひきつっていたことだろう。 『・・・ふむ。君にはあのときの瘴気は残ってないな。ならばいい』 「へ?」 『ふふ。ただびとのこどもごときが知らなくていいことさ』 おれがひとりであせっているうちに、彼の中でなにか納得したらしい。 彼は幼い外見には似合わない表情で笑うと、手を伸ばして効き損ねてしまい呆然と間抜け面をさらしたおれの頭をくしゃりと撫でた。 そうしてその日。 おれの側にまた変な妖怪の居候がひとり増えた。 ちなみに宴会からふらりと帰ってきた先生がどうなったかは――・・・ 「あれ?結局って妖怪だっけ?」 ※ナツメ視点。 なぜかがいます。 さぁ、物語はどこへ進むのか。 シリアス? シリアスのまま進むとも限らないのがですよ。 |