04. 酒は飲んでも飲まれるな |
あの鏡についてだって? あれな。 あれはきっとあのときだ。 酒をのんだあのときに盗られたに違いない。 だって翌日にはもう具合悪かったもん。 -- side 奴良 -- 鏡のことを斑に話したのは、あの事件が起きるよりずいぶん前のこと、それは月の美しい夜のことだった。 その日はいつもの森で、森から湧き出る酒をかこんで、仲間たち宴会をしていたんだ。 月見酒としゃれこもうじゃないか、と。 “やつ”はどこからかききつけたのか、その宴にやってきた。 人間なんぞの姿に面をしてやってきた斑は、何か気になるのか前髪をやたらといじくっていたので、「ほらよ」と手鏡を貸したのだ。 「ん?お前、いつもその鏡を持っているな?大事な物か?」 『ああ。これは“魔封じの鏡”(by百均)さ。 祖父が知り合いの陰陽師に頼んで(そこら辺にあった鏡で)作らせたんだ。 こうやって月の光に浴びせておくと力が強まるような気がしてね』 「なんで妖怪のお前がそんなもの持っている?そういうのは祓い屋の持ち物だろう?」 『お前さぁ、オレが“この森”から出たこと見たことある?』 「ん?そういわれてみるとないな」 『ここの森は空気が澄んでいる。排気ガスがないとかそういった意味じゃないぞ。 瘴気や邪気がないから、ありがたいんだ。 この弱い体にはこのくらい澄んだ場所じゃなきゃきつくてね。 それにここなら、一族にかけられ今もなおオレのなかで息づく呪詛の進行を抑えられるんだよ。 鏡はそれに必要なのさ』 「邪気か・・・」 『詳しい説明は省くけど。・・・そうだな、しいていえば邪気とか瘴気ってよばれる“陰”の気配に弱いんだよオレ。 ま、悪化すれば、オレが血を吐いて倒れてしばらく意識不明になるだけだ』 「……そ、それを“だけ”と言い切る貴様がわけわからん」 『まぁ。その辺はどうでもいいよ』 「いいかんい!」 『お。いいツッコミだな斑。 まぁ、なんにせよ、生まれながらにこの身にまとわりつく呪を抑えるためには、この鏡と妖刀を使ってやわらげている。今はこの山が生み出した結界がオレを生かす・・・ってことにしておいてくれ』 「人の、それも祓い屋の力を借りねば生きれんとは、難儀な妖怪だなお前も」 『慣れたよ。 それに人の世は戦国に比べれば明るくなり、影は生きづらい世の中だと祖父は言った。そこに住み、人の祈りや恐怖を糧に生まれた妖たちは消えざるを得ない時代。 明るいこの日の元で、祖父と父は“弱い妖怪”を守ると誓った……らしい。 オレもそんな父たちの気持ちを微妙に、だけどまぁ無碍にしたくない程度には同じ気持ちを持っているんだ。 だから、たとえどれほど本当は、面倒事とかすっごい嫌いで、嫌で嫌でしょうがないしメンドーなんだけど、一応衣食住の恩もあるし、オレを慕うものを裏切りたくない。だからこの弱い体で、この手で届く範囲の“弱い奴ら”を守ると決めた。 そのためにも長生きしなくちゃね!だからこの鏡は手放せないんだ』 「いやいや!まてぬらりひょん!強調するところが全部間違ってないかそれは!?むしろ本音が丸見えだっ!!たて前はどうした!?」 『あっはは。やっだぁ〜、もう。オレってばうっかりさん☆』 「うっかりじゃないだろそれは」 『いやん☆(棒読み)』 「きもいわー!」 『よし。それじゃぁ、オレがきもくなくて、さらにはお前より各上で、めちゃくちゃ凄いってところを証明してあげよう! 魔を切り裂く刀で切り裂かれてじわじわ死ぬのと、キラッ☆とおてんとうさまの恩恵を受けしこの鏡。どちらで死にたい?』 「真顔で言うな!!ちょ、え。な、なぜ鏡を私に向けてるのだ!?右手の黒い刀はどこから出した!!」 にぎゃぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜…!!! ―――なぁ〜んて会話もしたな。 いやぁ、今となっては懐かしい。 というか、しっかり鏡がないと困るってオレは語ったはずなのに、あの事件の前にくすねてくんだから。 本当に、斑っていい性格してるよな。 あきれるほどに。 * * * * * 『むうー』 その日は、朝起きたら、いつもより調子が悪かった。 なにか体の中のサイクルが一つずれたような、微妙な倦怠感。 結界が薄れているのだろうか。 ならば山の調子でもおかしいのか。山に変な祓い屋が入ったのかもしれない。 少し見回ってくるかと、身だしなみを整えようと懐をあさって鏡を探す。 前の世界から持ってきたそれは、はためにはどこにでもある百均で売っていそうなやすっぽい手鏡だが、 陰陽師花開院の実力者に術を施してもらった優れもの。 狐の呪いを緩和すべくいつも持ち歩いていたが、ちょっとのでかけの際に身だしなみを整えるのにも重宝している。 っが、しかし。 『ない』 なぜか、その鏡がない。 どこかに落としたのだろうかと、周囲を探すがない。 あるのはちらかった空の酒瓶と二つのさかずき。 はて。昨日は何があっただろうか。 現状がよくわからなくて、必死に寝る前の記憶を探る。 そこで昨日自分は太ったまんじゅうのような猫と酒を飲んでいたことを思い出す。 そのとき斑に「以前の火神はまだあるか?」ときかれ、鏡の話題にもなった。 そういえば噂では今、斑が護衛している人間の子供がまた事件に巻き込まれて死の呪いをかけられたとか。なんとか。 『・・・・・・』 犯人は奴か。 それ以外に答えが思いつかない。 ありえねぇ。 オレのどこかでブチリと何かが切れる音が聞こえた。 『まーだーらぁーっ!!!!!!』 その日、オレと斑の追いかけっこが幕を開けたのだった。 【オマケ】 チョビヒゲの顔のデカイ妖と、一匹の丸々太った猫が向かい合っている。 《チンクシャ》 「わたしをそんな呼び方するでないチョビ!」 《では斑》 「なんだ?」 《気になっていたでありますが、その鏡…“あの方”に怒られますぞ》 「なぁに、問題なかろう。あやつはあの場から動くことはできん。 寝ている間にくすねてきたからな。起きる前にかえしておけばいいだろう」 《山の方から物凄い雄たけびが聞こえてくるのでありますが》 「……さぁ、とっといくぞチョビ!」 《“あの方”はたぶん“動けない”わけではなく、“動かない”だけでは?》 「っ!?」 「(汗汗)!…お、おーい、夏目ぇ!いいものをもってきてやったぞ!!」 《あ。にげた》 そうして猫がてにしていた“魔封じの手鏡”は、夏目の手に渡ったのだった。 |