SP 02. 緑の迷走 |
『』…有得 「」…ポケスペ 森の中をひとりの青年がぐったりと肩をおとして歩いている。 その横をこちらも泣きそうな顔をした淡い桃色のポケモンがふわふわと浮かび、足元にはしっぽをたらしたピカチュウがトボトボとついて歩いている。 ピカチュウの首には目印のようにクリスマスカラーの大きなリボンがふんわりとつけられているが、いまはそれも元気がなく萎れて見える。 『【レッド】のやつ、どこにいったんだろうな』 『みゅぅぅ〜…』 『ちゃぁ〜…』 『おまえたちのせいじゃないさ』 桃色のポケモンは、数刻前、ようやく知り合いをみつけたと喜んで近づいたところ、その知り合いと思える相手からみたこともないヒトカゲに攻撃を仕掛けられ、それにビックリして逃げてきた――あのミュウだ。 あのときミュウは、すぐに 彼 が、自分の知る【グリーン】とは別人だと気付いたが、そこでとびでてきた赤い帽子をみて、今度こそ探し人かと近寄ろうとしたのだ。 しかし赤い帽子の少年は、ミュウが知る【レッド】のようにサラサラの髪ではなく、特徴的なトゲトゲ頭。 容姿も似ているようで違った。 しまいには “赤い帽子の彼” もまた、隣の “グリーンによく似た少年” 同様に、自分に攻撃を仕掛けてきたことで、ミュウは “あれ” もまた別人だと認識した。 そこで慌てて “そっくりな彼ら” から離れ、ミュウは共にとばされたであろうトレーナーとポケモンをさがしはじめだ。 目的の人物のひとりは、少し離れた森の中にいた。 いたのは、緑と赤のリボンをおしゃれにしたピカチュウと淡い髪色の青年だ。 ミュウはそれにほっとするものの、お目当ての赤色がいないのに視線をあちこちへと向ける。 そんなミュウに気付いた【グリーン】が、彼に声をかけた。 呼ばれて飛んでいくも、自分たちと共にいたはずの【レッド】は近くにいないようだ。 それに愕然とするミュウをなぐさめたのは、ミュウにライバル心を燃やしていたはずのピカチュウだ。 三人はとにかく【レッド】をさがそうと森を歩き始めた。 しかし日が完全に暮れても、次の朝日が昇っても見つからない。 波動を探知できるはずのミュウでさえ、お手上げ状態で、三人は疲れ切っていた。 『…もし、あの黒いポケモン。ギラティナだったか?次に見たらたたきのめすぞふたりとも』 『ぴっか!』 『みゅ!』 『そもそもユキナリのセレビィがすべての元凶だ。あいつが関わったってことは、ここは別の時間軸ってことだろう。 はぁ〜。厄介事はレッドだけにしてほしいよ。僕はジョウトから帰ってきたばっかりだったのに…』 うなだれつつも名前しか知らない黒いポケモンに怒りをぶつける【グリーン】は、ジョウト地方のチャンピョンの座を降りてカントーにもどってきたばかりであったため、手持ちに相棒であるイーブイとウインディの二匹しか手持ちにはいなかった。 これからほかの仲間に会いに行こうとしていたその矢先のことであったため、残したきたポケモンたちのことが気がかりで【グリーン】は憂鬱さが増していく。 ミュウは自分の気に入っているトレーナーとその幼馴染であるトレーナーに “よく似た二人の少年” のことが気になっていたが、それもギラティナへの愚痴に同意しているうちに頭からすっかり抜けてしまっていた。 ********** 『みゅ』 『どうしたミュウ?』 【レッド】をさがしていた【グリーン】たちは、森の入り口までやってきた。 そこで【グリーン】以外の人の気配が近づくと、ミュウは人に見られないようにか姿を消してしまった。 ただ気配は感じるので、側にはいるのだろう。 それを合図に、【グリーン】たちのもとにも徐々に人のにぎわいが、視角にも聴覚に届いていくる。 やがて【グリーン】たちは、森をぬけ、そこに広がった人工的な姿に思わず肩から力を抜く。 『ようやく、ついた。ああ…ここは、ニビシティか』 『ぴっか!』 ピカチュウは人通りが多くなるとはぐれないようにか【グリーン】の肩にとびり、「よろしくな」とばかりに頬づりをする。 柔らかなぬくもりが頬を撫でるのと同時に肌に触れる大きな緑のリボンがくすぐったい。 彼がピチューだったころは、その感覚は自分の肩にいつもあった。ピカが自らの意志で【レッド】の手持ちになってからは、肩に乗ったポケモンのリボンが頬を撫でることはなかった。 それを懐かしく思いながら、ピカチュウの柔らかな黄色の身体をなでながら、【グリーン】は周囲を見回し、見覚えのある光景からそこがニビシティだと判断した。 どうやら過去か未来に飛ばされたとはいえ、場所自体は移動していなかったのだと知る。 自分たちが〔ときわたり〕におとされたときいたのは、トキワの森。 そこから歩いてこれたのだから、先程いたのもまたトキワの森なのだと納得した。 『でも…なにか、違うな』 『ちゃぁ?』 『これもまた時間軸が違うせいか。ここは未来か過去どちらなんだろうな』 いきかうひとの恰好、そして微妙には位置の違う建物。みたことのない建造物など。 始めは気付かなかったが、ゆとりをもって見渡せば、さまざまな違いが目に飛び込んでくる。 【グリーン】はそれを〔ときわたり〕のせいで時を超えた影響だと考えた。 トントン 『ぴかちゅ、ぴか!(グリーン、あそこ!)』 『あれは…ニビジムの?』 【グリーン】は森を抜けてみた街、ニビシティと呼ばれたその町をみて、かすかな違和感を覚えはじめていた。 その違和感の正体を探るべく周囲を見つめていた【グリーン】に、なにかに気付いたらしいピカチュウが彼の肩をたたいて壁に貼られた一枚のポスターをさししめす。 そこにあったのはジムへの挑戦者募集の文字。 それに【グリーン】は眉をひそめる。 『タケシさんはこんなことするようなひとじゃない。ましてや上半身裸なんて…らしくない。らしくなさすぎる』 『ぴぃーか!』 『そうだな。一度、たしかめにいってみようか』 『ちゃぁ!』 そうしてグリーンは、引っ掛かりを覚えたその正体を探るべく、ジムリーダーつながりで親しかったニビジムのリーダー “たけし” のもとへ足をすすめた。 ジムリーダーは 〔たけし〕 。 名前を聞く分には自分の知っている名前であることから、時間軸だけが違うせいで町の風景に違和感を覚えたのだろうかとも思えた。 しかし過去未来であるならばと会いに行ってみれば、ジムリーダーのもとにはいかせないと、彼の門下生らしき人間たちが立ちはだかり、さらに彼らは【グリーン】とピカチュウをみて 「また挑戦に来たのか?」 「最近はピカチュウをつれたトレーナーが多いな」 などと、別の誰かと勘違いをしてきたのだ。 自分は挑戦者ではなく、一週間前までは現役のジョウトチャンピョンだ。それも【レッド】に負けるまではカントーリーグのチャンピョンであったのだ。 挑戦者と間違われるはずがない。 『僕はここのジムリーダーに話があってきただけだ。通してもらえませんか?』 自分を挑戦者扱いだなんて。 それが【グリーン】がおぼえた、三つ目の違和感だった。 道案内されながら、ジムをみていれば、なにからなにまで自分が知るものと異なる。人も建物の構造も何もかもが違っていた。 自分が知るジムは複雑な仕掛けがあって、闘技場のような姿はしていなかった。 こちらはまるで人に魅せるためだけのような、プロレスでもするかのような、あきらかに観客を入れてするようなリングがあった。 そんなバトルフィールドに目を細めつつ、【グリーン】は案内人の後についていく。 肩に乗っていたピカチュウが、明らかに嫌そうな顔でリングをみて「ちゃぁ〜」と耳をたらしていた。 側で不安そうに揺れる気配を感じたので、たぶんミュウもなにかを察したのだろう。 【グリーン】は「これは」と、これから会うタケシに対しても心の準備が必要そうだと気を引き締めた。 そして通された場所であった たけし をみて、【グリーン】は核心を持った。 『あなたがタケシさんですね』 「お前は…このあいだの グリーン だったな。そのピカチュウは?リザードはどうしたんだ?』 彼の言葉で確信は真実となる。 『たしかに僕は【グリーン】といいます。ですが僕は一度もリザードをつれたことはありません。 いまはいませんが、僕の相棒はイーブイです。こちらは【ピカ】。連れの相方です。 それに僕はあなたと会うのは “はじめまして” だ』 「どういう、ことだ?」 『ついでにいうと僕は先程も言ったように今日初めてあなたにあった。“あなた” のことはしらない。 タケシというジムリーダーを知ってはいますが、僕が知っている彼はあなたではない。 同時に貴方が言う “ぐりーん” もまた僕ではないでしょうね』 「いったい、なにが」 『僕たちは――――』 ********** ニビジムでしばらくを過ごした【グリーン】は、この世界についてできるだけの知識をかきあつめていた。 そうしてポケモンたち、とはいえ厳密にはミュウを含めて三体しか持っていなかったけれど、ジムで【グリーン】はポケモンをきたえながら、【レッド】の捜索のために “たけし” やジムリーダーたちと連絡を取り合っていた。 広い情報網を持つジムリーダーたちは、異世界についての説明を受けた後、快く捜索の手伝いを申し出てくれた。 それに【グリーン】は感謝し、ピカチュウは喜んだ。 そうして彼らが異世界からこの世界に来てから、どれだけたったころか。 ニビジムを拠点としていた【グリーン】のもとに、先日【レッド】らしい特徴の人物をタマムシ付近で見たと連絡が来たのだ。 この機を逃しては、二度と会えなくなってしまうかもしれないと、【グリーン】は旅に出ることにした。 【グリーン】はニビジムをでると、ジムに向けて一礼しそこを後にした。 ピカチュウもトレーナーにならいペコリと頭を下げるとふわふわと大きな緑のリボンをゆらし、トテトテと青年の横まで駆け寄り、定位置となったその肩の上に移動する。 世話になった たけし に挨拶をして、ジムの前でモンスターボールをなげる。 なかからは首元に緑に光る首飾りをつけたウインディが現れた。 美しい毛並みといい、その巨体はここいらではお目に見えるレベルではないのが、一目でわかる雄々しい獅子だった。 それに たけし は感嘆のため息を漏らしつつ、もうこの毛並ともお別れかとは、ウインディをなでる。 ガウと一吼えしたウインディの目は嬉しそうに細められ、グルルと喉を鳴らして彼の手にすり寄ると、すぐに待っている主人のもとへ駆け寄ってしまう。 「相変わらずお前のポケモンたちは、よくそだてられてるな」 『それが向こうの世界での僕の役目でしたから。 “たけし” さん。お世話になりました。あいつのこと手がかりを見つけたらすぐに連絡してくださいね』 「ああ。わかってる」 『たのむよフウ』 「がう」 『それでは』 「ああ。元気でな」 『 “たけし” さんも』 そうして去って行った三人組を目でおい、 “たけし” は今以上にやっかいなことが起きなければいいが溜息をついた。 ********** ニビシティをでると、【グリーン】はまず、【レッド】らしいのがいたと聞いたタマムシシティへウインディを向かわせた。 ウインディは【グリーン】たちをのせ、いっきに次の街までかけた。その速さはそこらの野生が目を見張るほどだ。 【グリーン】の育てたウインディはレベルも高く、体格も他のウインディより大きめである。そのため街について騒ぎになるのは必須だったので、少し町から離れた場所で、ウインディをモンスターボールにもどした。 ボールをもっていないため、【レッド】のピカチュウは相変わらず【グリーン】の肩に乗ったままである。 情報源だという女性のもとに向かおうとしたのだが、街からは距離があり人通りがないため、ミュウがようやく姿を見せた。 息が詰まったよとばかりに自分の周囲を嬉しそうに飛び回るミュウに、【グリーン】は苦笑し、「それにしても」と胸にたまったものをすべて吐き出すようにホッと息をつく。 『よかったなぁ。こっちの タケさん や他のジムリーダーたちが信じてくれて。 これで少しは動きやすくなる。 たけし があいつのこと調べてくれるって言ってたし、ジムリたちのおかげで【レッド】の情報も手に入る。 っていうか、本当のこと言っちゃうと、実は僕の方がいまだに異世界だなんて信じられないでいるんだけどねぇ。 まさかセレビィの〔ときわたり〕で、時間じゃなくて次元を超えるとは…。 ここってどう考えても別の世界だよな。似て非なるなんとやらって感じでさ』 『ぴーかぴかぴか』 『みゅ☆』 『はぁー。でもなんでこうなったんだ。こうなるなんて思ってもみなかったから、ポケモンたちはウインディーとおまえたちしかいないし。イーブイは…探しても見つからなかったから、たぶん【レッド】がもってるかもな。 そもそも〔ときわたり〕の有効範囲って、未来か過去。つまり縦の時間軸しか移動できないと思ってたんだけどなぁ。 平行世界とかって名前の通り横軸の世界だと思うんだけど。 あー、僕はまだまだ勉強不足だった。 こういうのはユキナリが詳しいんだよなぁ』 『ぴぃーか』 『みゅぅ』 『・・・てか、僕たちはどうやってあのセレビィを探せばいいんだ?』 『みゅみゅ!?』『ちゃ!?』 【グリーン】の言葉に考えてなかったの!?とばかりに、ピカチュウとミュウが声をあげる。 それにさらに落ち込む【グリーン】。 しばらく【レッド】に会えそうもないとか、元の世界に帰れないとわかると落ち込みはじめたピカチュウとミュウ。その二匹をなでながら、【グリーン】は今日何度目かわからないため気をつく。 『【レッド】もさがさなきゃいけないし。僕らが元の世界に帰れるのは当分先そうだな』 実のところ、【グリーン】がニビジムのリーダー たけし と会うまでに付けた結論は、突拍子もないものだった。 それはその結論に到達した当の本人でさえ、自分の身に起きたことでなければ信じられないようなものだ。 超えたはずの時間。 しかし同じようで違う街。 同じでありながら違う存在。 そして【グリーン】は、セレビィのせいで時をこえただけではなく、違う世界にまでとばされたのだと判断を下した。 それを先のニビジムで語り、物的証拠として “ミュウがいるから可能である” とも証言してみせた。 その際にパフォーマンスとしてミュウを呼び出すことも忘れない。 もちろん【グリーン】当人もこの現象がミュウのせいだとは思っていない。 セレビィとタッグを組んで自分たちを空間の裂け目に落としたあの黒いポケモンが原因だと理解している。 しかしジムリーダーたちが電話越しとはいえ集まったその場では、否、この世界では、まだ“あの伝説の存在”について語るのは良しとは思えなかったのだ。 なにせ、あまりに彼らの伝説のポケモンに対する認知度が低かった。 カントー以外のポケモンの話題は、現状ではそれほど入らないらしいのだ。 けれどその場では、異世界のこと信じてもらうべく、ミュウをだしたにすぎない。 『ごめんなミュウ。お前も巻き込まれただけなのに、お前のせいみたいに言っちまって』 『みゅう〜』 頭をなでようと伸ばした【グリーン】の手に、ミュウは自らすり寄って「大丈夫だよ」となく。 そんなライバルにピカチュウもひと肌が恋しいのか、「じぶんも」とばかりに【グリーン】にすり寄った。 二匹を両手で抱きかかえるようになでながら、【グリーン】は本当にいつ帰れるんだろうかと、なんとはなしに空を見上げた。 「みつけたぞ!!お前!」 『は?』『ぴ?』『みゅ!?』 これからどうするかと空を見上げていた【グリーン】だったが、ふいに罵声のように声をかけられ驚き視線を向ける。 ミュウは驚きの声を上げると同時に一瞬で姿をくらます。 チラリと声の主を一瞥すれば、とくにミュウに反応を見せなかったので、その人物からは自分の身体でミュウが見えなかったのだと位置を推測し理解する。 声の主は、ミュウに用ではない。 ならば何の用だろうと、そちらをみて―― 赤い帽子に赤いベスト。 黒い髪。 『っ!?…あ。ああ、なんだ人違いか』 焦ったように近寄ってきた少年をみて、【グリーン】は一瞬探し人かと目を見張るが、その顔だちと髪型を見て別人だと気付く。 『っちゃぁ〜』 側で自分たちにだけ聞こえるようにミュウが寂しげに鳴いたのも聞こえた。 容姿から何もかもまで似ているとは思う。 まるで当人を目の前にしたような錯覚を受けるほどには “同じだ” とも思う。 けれど “違う” とどこかで感じた。 それはピカチュウも同じだったようで、すこしの落胆が彼からうかがえ【グリーン】はそっとピカチュウの頭をなでた。 『何の用だ?僕達は忙しいんだ』 『ぴかちゅー』 主でなければ用はないとばかりに、ピカチュウが若干いらだったような顔をしてと低い声をだし、 プイっと顔をそむけて、現れたレッド似の少年にしっぽをむけてしまう。 傷心の傷をいやすように【グリーン】の背後に回ってまるまってしまったピカチュウに、赤い少年はなんだか泣きそうな顔をしていた。 「っ!おれのポケモン返せ!」 『はぁ?』『ぴか?』 |