03.痛恨のミス、ここに |
-- side 夢主1 -- オレのシフト時間も終わり、話を聞くと言っておいたので、正面に座ってサトシが口を開くのを待っている状態だ。 ホカホカ料理(当店自慢のパスタです)が並べられたテーブルをはさんで、サトシを正面に腰を落ち着けているオレの肩には、ピカチュウが二匹乗っている。 首元に赤い鈴のついた黒くふんわりとしたリボンをしているのが、オレのピカチュウ。名を―― 風花(カザハナ)。オスである。 カザハナとは反対の肩にのっているちょっと小柄で、ギザギザシッポの先端がハートのように丸く、花を耳につけている子が、メスのピカチュウで 花灯(ハナビ) という。 カザハナとハナビは、カントーにきてから受け取ったポケモンだ。 オレの初代相方であったピカチュウから増殖したピカチュウ一家の若人で、本来警戒心が強いはずのピカチュウたちだが、なぜかオレにはあっさり懐き、そのまま一緒に旅をしている。 その彼らがこっそりモンスターボールから抜け出し、サトシがしゃべるのをひたすら待って、オレンジジュースをすするオレにじゃれついてくる。 「わーピカチュウだ!二匹も!!さんもポケモン持ってたんだな」 『こらこら、サァートシくん。いまはそれどころじゃないだろ。君が話聞いてほしそうだったから、オレ、バイトきりあげたのよ?それで青少年、悩みはなにかね?』 「あ、いけね。ごめん。つい」 そうシゲルくんをまねて茶化してこいつらは無視していいと、続きを促せば、突如ガバリ!と音がしそうな勢いで、サトシがオレに頭を下げてくる。 「お願いですさん!!」 『いや、まじでなんなの?』 「オレ、ジム戦がしたいんです!!でも…ここのジム女性だけって追い出されちゃって」 『うわぉ。なにそれ?そんなジムあったの?いや、うん。ほんと勘弁してくれよサトシくんや』 「お願いします!」 その背後では、不安そうな顔でこちらをうかがってくるピカチュウと、なんだなんだと興味深げな他の席のお客様たちにガンミされています。 オレ、困ってます。 究極に。 実は気にはなっていたんだ。 いつも必ずご飯の時間は正確な子が、しかも誰かしら必ず傍にいるのに、昼もかなりオーバーした時間にひとりで飯を食いにきたサトシくん。 珍しい。珍しすぎる。 しかも彼のことだから真っ先にジムに挑むと思っていたのだが、今日は違っていたし。 なにより元気ない様子をみてしまえば気になると言うもの。 料理を頼んだ後も、なぜか捨てられた子犬のような視線で、何度も給仕中のオレを見つめてくるとか。 気にならずしてどうする!?って感じでした。 それで話を聞くと、状況は悪い。 オレにとってもサトシにとってもだ。 彼はエリカのテリトリーであるこの街中で、香水にいちゃもんをつけてしまったらしい。それにより香水店共にジムにも立ち入りを禁止されたらしい。 ジム戦を挑みに行ったものの、そのままジムを追い出されてしまい、入る方法が思いつかず落ち込んでいたのだという。 そういえばずいぶん前の前世で、ポケモンのアニメをみていたが、無印時代に、サトシはやたら一悶着おこしたり、巻き込まれたり、首を突っ込んだりしていた。 そして彼は乙女心にはひどく鈍感であったと記憶している。 空気を読まず、そのまま見事にエリカの不興を買ったようだ。 そして、どうかとりなしてくれというのが、今この現状に至るまでの経緯である。 どうも町の人の情報から、“この店でバイトしている赤毛のお兄さんは、エリカさんと親しいですよ〜”なる情報をサトシが入手したらしい。 くそ。厄日だ。 「あら。さん。お帰りになっていたのですね。またお土産に香水はいかがです?」 ――っと、会うたびにエリカに土産を進められている、否、おしつけられているに過ぎない。 ちなみにお買い上げは、実質はじめの一回きりだ。 オレはサトシじゃないけど、匂いとかダメで、やっぱり香水って苦手なんだ。とくにくしゃみが止まらなくなるから嫌いだ。 前世が獣だった影響か。それとも赤子時代を2か月ポケモンに育てられたからか。その辺はわからん。 だから買った香水というのは、実はオーキド博士や、ポケモンの出す臭いを研究しているひとたちに頼まれて、そういった施設に送っているのだが・・・。 だんじて好きで買っていたわけではない。 エリカにはそういうこと言えないし、普段は買うだけ買ってすぐにおわかれしてたし。 サトシに頭を下げられても困るんだ。 だって言えるはずがないだろ。 オレもお前と同じ理由でエリカを避けていたなんて! ジムなんかいきたくねーし(匂いが凄そうだあそこのジムは…)。 鼻がもげるわ。 「ピカチュ、ピカピカ。ピぃ〜カ?」 「ちゃぁ〜」 ――こんなに頼んでるんだから、会わせてやればいいじゃないですか。なにか問題でもあるんですか? ――そうですよぉ〜 耳元でピカピカと、オレのピカチュウたちがおしゃべりをしている。 オレの前世が人間じゃないせいか、実はポケモンの言葉がわかるという転生特典がついているのだが、そんなチートばれたらやばいだろうが。 こんな人前で、それもばれたら煩そうなNo1がいる目の前で、話しかけてくんなよと思う。 オレを知るサトシのポケモンたちもたぶんオレが彼らの言葉を理解しているのを知っている。 けれどそれを考慮して言わないのか。あるいは、その事実を自分たちの主に伝える方法がないから言わないだけで。 「ぴかちゅ、ぴか」 「ちゃ〜。ピィカ!」 「「ぴっかぁ!!」」 ――こういう子は、貴重ですの ――主。会してやればいいじゃないですか! ――ぜったいに!!―― 耳元でピカピカピカという声に続いて、副音声が重複して聞こえる。 なんだこりゃ。 むしろ肩に乗った君たちが真剣なのはわかるんだけど、ペしぺし肩をたたくな。くすぐったい。 頬釣りしてねだられても……あ〜静電気が、ちょ、ちょっと髪の毛が逆立つでしょうに!やめなさいって。 電波体質だからこのくらいの静電気は、痛くもかゆくもないし、すぐ地面に流せるけどさ。 だからって ぴかちゅぅ〜ぴかぴか ちゃぁ〜 ぴかぴかぴかぴか… さすがにピカピカうるさいわけで。 オレもブチっときれてしまったのもしかたない。 ぐわっし!! 「しつこいんじゃぁっ!お前らぁーっ!!オレはジムというジムがきらいなんじゃボケがぁっ!!」 「「ぴっ!?」」 「カザハナ、ハナビ。そんなにあいつの肩もつなら、さっさとサトシのとこに行けばいいだろ。 オレだってエリカ苦手なんだよ!」 あんまり耳元で騒ぐから思わず二匹同時につかむと、ブラ〜ンと子猫をつまむようにくびねっこをつまんでいた。そのまま目の前にぶるさげて本音で説教。 とたん愕然とカザハナとハナビの動きがピタリととまり、ただでさえでかい目が大きく開き、うるうると潤んできて―― 「「ちゃぁ〜!!」」 ――主が主以外なんていやです(のぉ)っ!! ぼろぼろっとでっかい涙をこぼしてばたばたとオレに手を伸ばして、泣きながら必死にオレの首に抱き着いてきた。 リボンとかモフモフの毛とか、しっぽとか・・・くすぐったい。 まぁ、それ以降グスグスと鼻をすする音しか聞こえなくなったので、これで少しは静かになったということで勘弁しよう。 オレも一回叫んだら、なんかすっきりしたしな。 さて。 すっかりサトシから距離を置いて、かかわりたくないものでも見るようなピカチュウ二匹にじっとりとした視線をたまに向けられているサトシは、二匹の「お前のせいだぞ」てきな視線をうけ、ガックリとうなだれている。 いいきみだ。 そんでもって、結論から言わせてもらおう。 「っと、いうわけで。わるいけどヤダ。 自分で何とかして。エリカは頭が固いからガンバレヨ〜」 そもそも女性以外ダメとか、ジムリーダーとして失格だよなエリカの奴。 あとでちょっとだけ顔見知りとして文句でも言いに行こうかな。 それにしてもアニメのサトシは、いかにしてエリカからバッチを奪えたのだったか。 あ、そうそう。どうやってかは忘れたけど、ロケット団のお騒がせトリオのおかげでジムにはいれて、その熱意と情熱を認められてバッチをゲッ・・・ん?お騒がせトリオの、おかげ? んー、やべぇな。 もしかして、サトシが落ち込んでいるのは、オレのせいか? テーブルの隅で、ギシギシといまにもやぶりそうな勢いでハンカチをかん(どこからとだしたのやら)で落ち込んでいる二匹のオレのピカチュウどもや、ションボリと落ち込んで「ピカピー」と彼のピカチュウになぐさめられているサトシからも視線をはずし、厨房で生き生きと働く青紫の髪の男としゃべるニャースをみて―――見なかったフリをして、視線を戻す。 この町はジムリーダーが女性のため、意外と女性のための店が豊富だ。 ムサシも女性だ。それにあやかるように、お騒がせトリオもまた紅一点たる彼女の買い物に振り回されていた。 数刻ほど前、オレはぐったりして荷物もちをさせられていたコジロウとニャースを見つけた。 彼等に懐具合がさびしいのだと訴えかけられたので、オレがこのバイトにひきずりこんだ。 なにぶんこちとら、人手が常に足らないのだ。 ネコだろうが使えるものは使う精神のマスターによって、コジロウとニャースは今こうして厨房で爽やかに働いている。 うん、フラグ折ったのオレだわ。ごめんサトシ。 「にゃー。ムサシのせいでもうお金がないニャ」 「みてくれよニャース。この薄くなったガマグチ。おれ達ご飯もたべれないぜ」 「腹、減ったニャー」 ――買出しの帰りのこと。 とあるデパートの正面で、ごみのかけらしかでてこない財布をふってうなだれる人物を見つけ、思わずオレは固まったね。 なにその寂しすぎる愚痴。 ちょっとした買出しだったから、そのままバイト先のウェイター姿のままだったんだけど、そのときのニャースとコジロウが、あまりに不憫で、オレは足を止めたんだ。 黒いエプロン着たオレが食材の入った紙袋を手に固まっているとさすがに目立つのだろう。 声をかけてもいないのに、二人が振り返ってオレを見た。 「レストランの人か」とか、「たべもの・・・」っとよだれをたらしてオレをみてくる二人。 なんだかめちゃくちゃ怖いよこいつら。 むしろ哀れみが・・・。 思わず紙袋からりんごを二つ出して二人に渡し、仕事紹介しようかと声をかけてしまったほど。 声をかけたことでようやく食べ物から視線をオレに向けた彼らが、人の顔をみてひどく驚いた後、警戒するようにわめきだしたのには参った。 「その赤い髪、そのアホ毛!」 「まちがないくジャリボーイの行く先々にいるバイトのやつ!」 言葉的にはまちがっちゃいないが。どこを基準にオレをみてんだよお前ら。 アホ毛だろうか? ちがうよな?ハネてるけど。 「なんでお前がいるにゃ」 「そういえば、おれたちやジャリボーイたちを前の町で見送ってくれたよなあんた」 「なんでそのニャーたちよりも先につてるんだニャー?おかしいニャ」 『賢い子は嫌いだよ』 てか、オレがサトシを町の入り口まで見送ったあと、お前らが草に擬態して子供たちを後追うのをじーーっとオレが見てたのも気付いてたんだ。 それでも気にせずオレの前を葉っぱの気ぐるみで通ったんだな。 勇気あるなぁ。むしろ羞恥心がないのか? まぁ、どうでもいいけど。 『仕事、ほしくないんだな。じゃあぁな』 よし、放置決定。 そう思って手を振って回れ右しようとしたとたん。 ガシッ!と左右の両足をつかまれた。 左にコジロウが、右にニャースが張り付く形で引き止められた。 チラっと振り返ればものすごく必死の顔。 「神でも仏でもジャリボーイの協力者でもなんでもいいニャ!」 「たのむ!おれたちを見捨てないでくれ!」 『・・・時間はシフト制。今からだと少し遅い時間までやってもらうことになるかもだけどかわりにまかないは保証するし、給料はしっかり時間せいでだすひとだから安心してね。 あとオレがどうやってここにきたかなんて気にしないこと』 「「約束する!!」」 ニィーッコリとさっきつきで最後にひとつ笑ってやれば、ヒィーっと顔色を悪くしたニャースとコジロウが抱き合うようにしておびえながら首をおもちゃのように縦に振りまくったので、そのまま彼らをお持ち帰りしたのだった。 隣町からの移動はね、ポケモン(それもこの地方にはいないポケモンだ)を使って飛んできたんだよ。 なぁ〜んていったら、厄介なことになりかねないしな。 なんたって今のオレはトレーナーではなく、ただの“バイトにいそしむ旅のお兄さん”ってことになってるんだから。 そんなこんなでコジロウとニャースをオレの手元に引きずり込んでしまったせいで、うっかりサトシくんのジム行きフラグを折ってしまったようです、オレ。 どうすっかなー。 何度かあったことあるけど、エリカって頑固なんだよな。 うーとうめきながら天井を仰ぎ見れば、サトシの肩にいるピカチュウが不思議そうにオレをみているのが視界に入った。 『ん?』 「ピカチュウ?どうかしたのか?」 「ピカ?ピィ〜カ」 ピカチュウに問えば、「なんだか知ってる匂いがする気がする」と言われた。 さっきも言ったが、実はオレは前世が人間でなかったせいか、ポケモンの言葉がわかる。 人語を介するポケモンには、先にくぎを刺しておくので知れ渡ってはいない。 面倒事に巻き込まれるのは嫌なので、別に誰かにばらすような態度も取ってないしな。 っがしかし、これはやばい。 サトシのピカチュウが気にしているのは、たぶんコジロウとニャースだろう。 彼らが厨房担当であったことが救いだ。 鼻をヒクヒクとさせて、しきりに厨房を気にするサトシのピカチュウに、オレはとっさにごまかすように、サトシに話題を投げかけた。 『サトシのピカチュウは鼻がいいんだなぁ!実は厨房でいま新作メニューの注文が入って作ってるんだよ』 「へぇ、そうなのか」 『ああ。しかも残念なことに、あのエリカが育成したハーブでつくった料理だ』 事実ではあるが思わずエリカという発言をするたびに、サトシとともに遠くへ視線を向けてしまったほど。 変なところでいオレタチハ気が合うようだ。 サトシが一瞬なりとも意識を飛ばしている間に、オレのピカチュウたちをよびよせ彼らの耳元で「貧困で困っていたロケット団がいることだまるようにピカチュウに言ってくれるか?」と念を押す。 頷いた二匹は即、においの正体に思い当たり顔を険しくさせたピカチュウのもとへかけていき、ピカピカと説明をし始める。 サトシのピカチュウがチラリとオレをみたので、頼むとばかりにおがめば、ため息を一つこぼした後サトシのピカチュウは「理由があるんだね」とやさしい言葉をくれて納得してくれた。 あとはカザハナとハナビに誘導してもらい、ピカチュウは外に遊びに行ってしまった。 『どうやらご飯の後は外で遊びたいみたいだね。ちょうどオレのピカチュウたちもいるし』 「ああ、そうだなぁ〜」 三匹のピカチュウが扉からでていうのを見送ったサトシは、べちゃ〜っとテーブルにつっぷしてしまい、深いため息をはきだした。 その手は手持無沙汰に、フォークをとりパスタをクルクル巻いたりしている。 『いい案を出すには息抜きが必要だろ。少しサトシには考える時間がいるようだね』 ジムへの挑戦権たるフラグを折ってしまったオレとしては、なんとかしてやりたいが、さすがにいい案など浮かばない。 オレが苦笑を浮かべて肩を竦めれば、諦めわるくサトシが、すがるような目で見つめてくる。 手は相変わらずパスタをいじくって遊んでいる。 「なぁ、さん。本当にだめ?」 『やっだね。オレも君と同じでね〜“あの子”苦手なんだわ。案が浮かんだらすぐにでも教えてやりたいのはやまやまなんだけどな。浮かばないし』 「だよな〜。はー。どうしよ」 『違う、ジムにいく…とか?』 「カントーに大きなジムは六個しかないよ。あとはどこいけって?」 『…だっよなぁ。オレも思いつかないわ』 「『はぁ〜』」 なんだかまた厄介なことになってきたなぁと、オレとサトシは頭を抱えてうめいた。 実はさ、なんか、この話に関わったらいけないと、オレの中の何かがずっと訴えているんだ。 たぶん原作でおきた“何か”が、オレの古傷に塩を塗るような痛手を負わせるのだろう。――なんかそんな気がする。 うーん。まじでこの先どうしよう。悩むなぁ。 エリカとサトシの仲介だけはしたくないし。 ってか、オレが折ったフラグってどんなのだっけ? フラグ修正を図るにしてもわからないとしょうがない、そこが問題なんだよな。 結局オレがどうこうするのがとてもとても面倒くさく思えて、ちょっと強引な手段に出ることにした。 ちょっとばかし早めにシフトをまわして、ロケット団をサトシと合わせようって思ったんだ。 原作では彼らが手助けすることになっていたのは記憶にはあるので、まかせることにしたのだ。 オレはエリカを怒らせた後に、サトシが彼女とバトルをするまでの良策なんか浮かばないのだから、しょうがない。こういうときこそ、やつらの柔軟なおもしろ発想に期待するしかない。 なにかおもしろいことでもおきればいいと思って、サトシにパスタをたべるようにすすめると、『空気でも吸って頭でも冷やすんだな』と店から早々に追い出し、人為的であるが、サトシとロケット団がうまく出会うように“出会い”を謀ることにした。 オレが壊しておきながら自分でやらずに楽しもうって、その“楽したい”根性丸見えの魂胆がわるかったんだろう。 その後、奴らのだした策は、結果、見事にオレの傷をえぐったのだった。 もう、それは見事に。 |