白と赤色の物語
- 銀 魂 万事 屋 よ 永 遠 なれ -



07.かくしていたもの





『またあとでな』

あのひとは笑ってそう言ったんだ。

そんな・・・。
俺らを置いていくなんて、聞いてない。
あんたはいつもそうやって大事なこと言わなくて。
俺達は旦那とあんたがなにをたくらんでるかなんていつもわからない。
わからなくて後でようやく理解するんだ。
なぁ、待ってくれよ。

未来って。

あんたの言う未来ってどこにあるんだよ!!
ここじゃないのかよ!?
あんたは何を知っていたんだ!
これからだろ?これからみんなで・・・

なぁ、たのむから待ってくだせぇよ。速足でどこに行くんでさ?
待って

待ってくれよっ――×××さんっ!!








 -- side 沖田総悟 --








坂田銀時のコスプレをした男によって万事屋が再結成され、あのバカな銀色の遺志を継いだ者たちが、すべての根源を断とうと立ち上がった。
その日から、いろんな奴らが、似顔絵を手に江戸中を走り回った。

しかし聞けどもきけども目撃者一人見つからない。
そうして夜はクタクタになって戻れば、いつもすぐに寝付いてしまう。


その日はたまたま、夜中に目が覚めた。
なんとはなしに外に出てみれば、空は晴れていて。
見事な月が周囲を明るく照らし出していた。

沖「お月様はのんきでいいねぇ。こちとら白詛でいつ死ぬかわからないって怯えて暮らしってるっていうのに」

あまりに夜空がきれいで、思わず憎まれ口が漏れ出てしまう。


こうして駆け回ることで、いつ白詛に感染するか、そうやって死が近づくことが・・・怖くないわけじゃない。考えなかったわけじゃない。
けれどやらないでいるよりやって後悔した方がましだ。
だから俺達はちっぽけな存在でしかないけど、小さなことかもしれないけど、白詛の根源を探すことで抗ってるんだ。

綺麗すぎる月は、それをあざ笑ているようで、どうにも好きになれそうはない。


けれど、もしことがすんだら・・・
この夜空をまた好きになれるだろうか。



カラ ン・・


ふいにどこか懐かしい音が耳についた。
誘われるように、音をたどれば、黒い人影が門の前にあった。


沖「土方さん?」


ここ五年、すっかり着物を着なくなってたあのひとが、五年前までは気に入っていつも着ていた黒い着物を身に着け、懐かしいゲタの音を鳴らしてそこにたっていた。

普段は首元まできっちりとしめられた襟元、長袖でかくされていた肌が、着物からのぞいている。
五年前のことが原因でついた痛々しい――消えない傷跡が、着物の隙間からでている肌をおおうように這っている。
それは手だけでなく、首元や足もすべてそう。
首だって少し髪を伸ばして隠していた。顔には近くで見ればいまもそれがあるのがわかる。

土方さんが洋服ばかり着るようになったのは、その傷跡を周わりのやつらから隠すため。
“みられること”に土方さん自身が苦痛を覚えたためではなく、それを“見ている側”がつらそうな顔をするから。
自分のことより周わりの気持ちを思って、そうしていつしか土方さんはかっちりとした洋服を着るようになっていた。


そんなあのひとが、人目も気にせず着流しを昔と同じように風に揺らしている。


ああ、でも。なぜだろう。
それがすごく不安になるなんて。
まるでこのまま土方さんが消えてしまうような気がして・・・

沖「土方さん。どこに、いくんでさぁ?」

思わず不安が声になって漏れた。


沖「もう夜も遅い、もどりやしょうぜ」
土『ん〜?ああ、総悟か』

さっきまでの俺と同じように月を見上げていた土方さんは、呼べばすぐに振り返る。
いつもと同じ。変わらない仕草。変わらない口調。

土『どうした総悟?眠れねぇのか?』
沖「あ、ああ。そうちょいと今日の月が明るすぎて・・・」

いつもと変わらないはずなのに。

土『そうだな。今日の月はいつにもまして明るく感じる。
きっと万事屋の再結成でみんなも活気づいて、前向きに、未来に向けてみんなキラキラしってから。月もきれいに見えんだろうな』

けれど・・・

なぜだろう。
どうして。
どうして穏やかに笑う土方さんを見て、こうも不安な気持ちになるのだろう。


まるで月に導かれたかぐや姫がさっていくかのような・・・月をみていた土方さんの、あのいまにも消えてしまいそうな印象が忘れられない。
いかないでと伸ばした手もいまならスルリとぬけられてしまいそうだ。


そんな俺の心境なんかそっちのけで、いまの土方さんはどこか嬉しそうだ。
心からなにかを喜ぶように笑っていて。

笑う?五年前から、心から笑うなんてしなくなったあの、土方さんが?


ふとみた顔は、笑っているのに、なんだか今すぐにも泣いてしまいそうで――

矛盾している。
やっぱりなにかがおかしい。


沖「ひじかたさ土『おいおいどうした総悟?顔色悪いぞ』


必死に呼び止めようとした声が遮られ、かわりに土方さんにが心配そうにこっちをみて沖「どうした?」とたずねてきつつ頭を撫でてくる。
くすぐったい。
思わず目を閉じてしまうが、やっぱり気になって、目を開ける。

そこにはやはり満面の笑み。

沖「なんでそんなに嬉しそうなんでぇ?」
土『なんでって当然だろう!やっぱかぶき町には、三人組の万事屋がないとな!』

ああ、そうか。このひとは、万事屋がもう一度も度てきたことを喜んでいるんだ。
そう思ったら、少しだけ肩から力が抜けた。


本当は・・・“そうである”と、信じたいだけ。
だからまだどこかで疑ってる自分がいる。
まだその笑みが信じられない。

何か隠していそうで。

けれどもし土方さんの言葉が嘘だとしても俺はこの人がついた嘘が真実であればいいのにと思わずにはいられなくて。
嘘っぽい表情だとわかっていながら、信じ込むふりをすることにした。


だけどそれならそれで、一つだけきかせてくだせぇ。

沖「いいんですか土方さんは?万事屋に銀の字のかわりにあんな外見卑猥物やろうがおさまって。それで万事屋をはじめても?」

とっさにでた言葉は、あまりいいものではなかった。

だって俺は万事屋の再結成を喜びはしてもその中心が、銀時に似ているようで全く似ても似つかないあの存在そのものが卑猥物なあのヤロウであることがどこかしゃくぜんとしなかった。
やっぱり万事屋は、坂田銀時でないと。
そう思ってしまって。

銀の字の義兄弟なんて嘘に決まってる。土方さんがゆるはずな・・・

土『いや、あいつのこと知ってるぞオレ』
沖「え。義兄弟ってマジだったんですかぃ」
土『オレはちゃんと“あいつのことを知っている”。 だからあいつが今だけでも銀の代わりをしてくれるのにむしろ感謝してるくらいだ。ああやって三人でいるから万事屋だろ』

違和感ねぇだろ。そういってぐしゃぐしゃになるまでひじかたさんに頭を撫でられた。
まぁ、もとから寝起きだったせいで、頭なんかぐしゃぐしゃだったけどさ。



手が、離れる。

土『ん、じゃぁまぁ総悟。またあとでな。オレはこれからちょいと月見酒としけこんでくるぜ』

沖「え・・・ちょ、いまからですかぃ?」
土『ああ。こういう月がきれい夜はなぁ、猫の集会があるんだよ。 チンさんと飲んだ後、そっちにも寄ろうと思ってな。あーなんなら煮干しでももってくべきか?お、いいかも。チンさんとの酒のつまみにもなるし一石二鳥?』

心配していたのに。そんなことそっちのけとばかりに、土方さんはニカっとわらって、たもとからッスと小さな酒壺をちらつかせた。
これで万事屋をもっと盛り上げてくる!
あまりに嬉しそうに言うものだから、その酒が楽しみだったのだなと今更気づく。

では相手はお登勢さんか。あるいはあの銀時の義兄弟という卑猥物野郎のとこだろう。
なら、邪魔はしてはいけないかもしれない。

土産はいるだろうかと真剣に悩み始めた土方さんの表情はいつもと同じだった。


それにほっと安堵する。
きっとさっきのは月明かりが見せた錯覚だ。

会話をしていくうちに緊張がほぐれていき、いつもの調子で土方さんに声をかけることができた。


沖「どうせなら秘蔵のまたたび酒でも持っていけばもっと喜ぶんじゃねぇですかい?あれ、人間が飲んでもうまいですし」

土『そうだなぁ。“酒をもっていて、みんなを酔わす”とするか』

猫と一緒に万事屋のやつらがぐでんぐでんになっているところでも想像したのか、土方さんの印象的な緑の瞳が柔らかく弧を描く。


ああ、よかった。
いつもの土方さんだ。

それにようやくすべての肩の荷を下ろしたような気分になり、俺の顔も緩んでくる。


そこで柔らかい笑みを浮かべていた土方さんが、ハッと何かを思い出したように勢いよく顔を上げこちらを見てくる。
何事だと思えば、

土『っていうか、なんでお前、オレがまだ持ってるってしってんだよ総悟』
沖「いや、だって土方さん。真選組の奴らからマタタビ酒は飲むなって言われて没収されたあと、またどこからか買ってきて、こっそり部屋にため込んでるでしょ。俺の他にも結構知ってるやついやすぜ」

神棚のうらにこっそりとビンがみえてますしねぃ。
あと机の下にちょこんと置いてある花瓶の中、あれの中にも小さな酒瓶が入ってますよね。
中身はなんですありゃぁ?

そうニヤリと笑って暴露してやれば、土方さんは渋い顔をして土『あとで隠し場所変えよう』とつぶやいていた。

沖「ならとってきますね。どれ持ってくんでさ?」
土『ちっ・・・ばれてるならしかたない。だけどいいか総悟、隠し場所は絶対他の奴にいうなよ。
引き出しの一番下には、まるまる一袋の煮干しが入ってる。神棚のはまだ熟してないから駄目だ。だから“机の下の”持ってきてくれな』
沖「了解です」

いつものように笑って
いつものように冗談めかしたやりとりをして

土『じゃぁな。頼んだぜ、総悟』

沖「わかってますって」



それが土方さんと交わした最後の言葉だった。





引き出しからは言われた通り大量の煮干しや鰹節が出てきた。

けれど机の下にあった花瓶はなくなっていた。
かわりに小さな箱がそこには置いてあった。

箱の中には手紙。






























――― 十五年前の、その先の未来で・・・













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