20.思うことが同じなら |
第27話「刀じゃ斬れないものがある」より 大切なもんを巻き込ませないために。巻き込んだ。 けれど結果は思うようにいかず。 やはり後手になってしまった俺たちは、最悪の報告を受けた。 その報告を聞いたとき、目の前が真っ暗になった。 けれど自分は、それを顔に出すようなたまじゃない。 落ち込みはすれど―― 俺にも。 銀色のあいつも。 赤い鬼にも。 ――守りたいものがあった。 ただそれだけだ。 それだけのために、俺は声をかけるべきでない銀の字、あんたに声をかけた。 それがあんな結果になるなんて・・・ 思いもしなかった。 いや、あってほしくないと、考えが足らなかっただけだ。 巻き込んでおいて。 いまさら。 悪いなんて言えた義理ではないけど・・・ -- side 沖田総悟 -- 「あれ?土方さん…おっといけね。っと、シロウ。どこにいくんでさ?」 『にゃぁ〜ん』 赤い毛並みのシッポを優雅に揺らして、真選組屯所の門をでていく猫の姿を見つけて思わず声をかける。 うっかり土方さんと呼んでしまい、あわてて呼び名を訂正する。 思わず声をかけたが、にゃぁ〜っとひげをそよそよと揺らして目を細めるさまは、なんだか嬉しそうに笑っているように見える。 猫の顔だけどさ。 すりよってきた赤い猫の頭をなでていると、頭の中に直接響くような“声”が聞こえた。 《ちょっと猫の集会にいってくらぁ》 「は?」 《なんて顔をしてる。オレだって猫だぞ。ご近所付き合いは大事だろう?》 あの書類と格闘しては眉間にしわを寄せ、緑の瞳が鋭いと、目があったら斬られる!と鬼の副長とよばれ、ちまたで恐れられているあのひとが?人付き合いならぬ、猫・・・づきあい? 「え。まじでさぁ」 『ニャン』 「・・・さいですか。えっと、ではお気をつけて?」 《またな》 「はぁー」 あいさつ代わりとばかりにシッポをひとふりして去っていく猫に思わず呆れて呆然と見送ってしまったが、ふと観戦用のつまみにと持っていこうとしていた包みを思い出す。 門の向こうへ消えようとした赤色をあわてて呼び止める。 「あ!土方さん!!」 『にゃ?』 「つまみ、いりやす?」 『にゃー!!』 小魚とピーナッツのカリカリおつまみ。 昨日コンビニで大量に買った奴だ。 そういえば猫って、ピーナッツは食べてもいいのだろうか。 まぁ、猫とはいえ、ネギを食おうがイカやタコを食おうが何ともない中身土方さんだし・・・嬉しそうなのでよしとしよう。 もし食べてはいけないものが入っていたら、土方さんのことだ。きっとほかの猫に与えるなんてことはしないだろうし。 嬉しそうにもどってきた赤毛のニャンコに、大量にソレが入った袋ごと渡すと、赤毛の猫はそれを器用に咥えていってしまった。 猫が「ふふん〜ふふん〜にゃにゃにゃ・・・♪」みたいに、あからさまな鼻歌うたっているってどうなんだろう。 あ、しかもこの曲、アレだ。《遠い匂い/YO-KING》の「ながくながく君の背中を〜」のところだ。 それからしばらくして、屯所脇の路地の方から、「にゅぁー!!!」「ぅにゃーん!!」「にゃー!」「にゃ〜」という複数の猫たちによる大歓声という合唱が聞こえた。 あー。意外と近い場所で集会開いてたんですね。 とりあえずそこは気にしないことにした。 「さ。俺もいきやすかね」 せかっくの休暇だ。 今日はめいっぱい楽しもう。 ――大江戸女傑選手権。 殴り合い、武器有り。 楽しみだなぁ女どものどろどろ劇。 ********** 今回の目玉選手を寺門通が、ギターでたたきのめす。 寺門通と主婦だった選手が戦っていると、万事屋んところのチャイナ娘が戦闘に乱入してきた。 「なにやってんだぁ!なんのために主婦をやめたんだ!」 ギターになぐられたって、アイドルなんかに負けんじゃねぇ!と応援していれば、観覧席の脇を横切る知人の姿を目にとめた。 相手も自分に気付いたようで、視線が合った。 寺門通がいるからには、万事屋のところの眼鏡がいるだろうなぁとは思っていたけど、万事屋全員そろっていた。 こんなところまでくるぐらいなら、格闘技が好きなのだろう。その有無はかはともかく。 旦那たちと会ったのこれは、きっとチャンスだ。 ――私事だけど。 手を貸してほしいことがある。 常に想像の斜め上を行く万事屋の彼らなら、この状況を何とかしてくれるんじゃないかと、ふいに思ってしまって。 あるものをみせようと、試合終了後に彼らに声をかけた。 「いやぁ。奇遇ですね。旦那方も格闘技が好きだったとは、俺は特に女子格闘技が好きでしてね。女どもが醜い表情でつかみ合ってるところなんか爆笑もんでさぁ」 「なっんちゅうサディスッテクな楽しみ方してんのぉー!」 「一生懸命やってる人を笑うなんて最低アル!勝負を邪魔するやつは格闘技を見る資格ナイネ!」 ペシ 「なにするネ銀ちゃん」 「あきらかに試合の邪魔をしていたやつが言うんじゃネェよ」 眼鏡――姐御の弟の志村新八が、つっこんでくる。相変わらずのきれのよいツッコミだ。 二人の女子たちの間に割ってはいったチャイナ娘――神楽は、銀の字に頭をはたかれていた。 そのとおり。女同士の戦いの邪魔をしちゃいけネェよ、なぁ神楽。 あれはあれで面白かったけどさ。 「・・・それより旦那方。暇ならちょいと付き合いませんかい?」 本当はここで彼らに声をかけちゃいけなかったんだろう。 それでも、見てほしいものがあった。 うーん。“アレ”には、真選組を巻き込みたくない。 かといって銀の字を巻き込んだら・・・土方さんにばれたら殺されるかも。かもじゃすまねぇな。 間違いなく殺される。あのひと、子離れしてないし。 いや、でも、それだけですむなら・・・。 これからのことは、まだチャイナには早いかもしれない。 だけど、これからみせるものをどうこうするには、それだけのもんが必要だから。 チャイナもできればいてほしい。 必ず、その戦力が必要となる。 ここからさきは、覚悟が必要だ。 真選組のやつらにばれねぇように。 土方さんにもばれねぇように。 それに銀時の旦那なら、俺と同じことを思うんじゃないかって。 あの人に育てられた銀色の天パだから。 少し期待をしちまったのかもしれない。 「もっと面白れぇ見せもんがあるんですがねぇ」 「面白い、見せもの?」 「ま、ついてくればわかりやさぁ」 ********** 「おいおいどこだよここ?」 「裏世界の住人の社交場でさぁ」 坂田銀時、神楽、志村新八。万事屋の三人をつれてきたのは、かなり奥まった場所にある繁華街のさらに奥。 その路地裏の先にある階段を降りていく。 変なのに引っかかろうとした神楽を志村弟があわてて食い止めている。 「ここには表の連中が目にできないものばかりがありやす」 下へ下へといくほど、後ろを歩いていたやつの空気が変わる。 だらけきった雰囲気は何も変わってない。片手を着流しにつっこんでるところも。たれきった目も。 だけど気配が違う。銀時のまとう空気がピリピリと張りつめていく。 それにやはりつれてきて正解だったと、内心笑いそうになる。いま、かおにだすわけにはいかないけど。 こんな小汚い連中ばかりがいる暗闇だと、こいつらは光のようにまぶしくうつる。 こぎれいな身なりとか、そういうんじゃなくてだ。 とらえた攘夷志士どもが、坂田銀時や桂小太郎を光と例えていたことがあったが、真っ白い外見だけでなく、なるほどと思ってしまう何かが――その死んだ魚のような目にある。 まぁ、俺らと銀の字との付き合いって、土方さん経由で実はけっこう長い。 土方さんの髪の毛が白かったころを知っているやつらは口が堅いから、黙って知らないふりをしているが、真選組の奴らにも俺や近藤さんとかを含めて、坂田銀時が白夜叉だと知っている者はいる。 とっつかまえた攘夷志士らが、白夜叉や神狩りや貴公子やいろんな二つ名を呼ぶが、彼らは攘夷4(+一匹)の素性については口を割らないから、銀時を捕まえないで済むわけだが。 いまなら、あいつらがこの真っ白けを慕うのがわかる気がした。 「旦那方に見てもらいたかったのはこれでさぁ」 最後の扉だ。 そこへの道を彼に譲るよう促して、三人を中にいれる。 「これは…地下闘技場か」 「煉獄関。 ここで行われているのは。正真正銘の殺し合いでさぁ」 さぁ。どうでる? あの人の子であるあんたなら―― その銀色の魂に、だれかの戯れとしておこなわれている目の前の殺戮は、どう映る? 「こんなことが…」 「あめぇですよ志村弟。 真剣での斬りあいなんざぁそうおがめるもんじゃねぇ。 そこに賭けまでからむときちゃぁ、そりゃぁ、みんなとびつきます」 「趣味のいいみせもんだなぁ、おい」 「むなくそわるいもんみせやがって!寝れなくなったらどうするつもりだこんにゃろー!」 銀時の嫌味に、その通りだと思っていれば、神楽に胸倉つかまれののしられる。 ああ、健全な考えだと思わず苦笑してしまいそうになる。 なにせこの場にいる奴らには、神楽のような思考はない。逆に血をみて興奮している者ばかりなのだから。 これなら、万事屋は動いてくれるだろうか。 淡い期待がよぎった。 「明らかに違法じゃないですか。沖田さん、あんた、それでも役人ですか?」 志村の言葉に、いつもの調子で笑い返すような軽い言葉は浮かばない。 「役人だから手がだせねぇ。こういうものの後ろには、強い権力が見え隠れするんでさぁ」 「おかみもからんでるっていうのかよ?」 「下手に動けばウチもつぶされかねないんでね」 銀時の言葉に頷く。あまりに敵の権力が高い場所にありすぎて、真選組を巻き込むわけにはいかないのだ。 「自由なあんたがうらやましいや」 「・・・」 「いっとくがな。おれはてめぇらのために働くなんざごめんだぜ」 「おかしいなぁ。あんたは俺と同種だとおもってやしたぜ。 こういうのは虫唾が走るほど嫌いなたちかと」 まぁ、どちらにせよ。あんたならやってくれそうな気がするんだよなぁ。 「銀の字。あれをみてください」 闘技場の真ん中で赤い鬼の面をしている闘士をさす。 指で指し示せば、彼らの視線が俺の言葉にひきつけられて、いやがおうにもあちらをみてしまう。 それをねらった。 「煉獄関最強の闘士“鬼道丸”。やつをさぐれば何かでてくるかもしれません」 「おい」 「心配いりませんよ。こいつは俺の個人的な頼みで、真選組は関っちゃいネェ。 ここの所在は俺しかしらないんです」 銀(どうだろそれ!?本当にどうなの?猫が入れるようなところなら、どこでも入り込んでそうなやつがそっちにいるじゃねぇの!?) 「あんたが今何を考えてるかはさっぱりわかりませんが、顔が引きつってるところもうしわけねぇんですね。 だからどうかこのことは、近藤さんや土方さんにはご内密に」 断りを入れられる前に、見せてしまえ! 見てしまったからには、聞いてしまったからには、あんたはどうもできねぇよな。なぁ、銀の字。 ニンマリとわらってやれば、銀時は梅干しでも食べたような渋い顔をして口を尖がらせていた。 「―――っで。結局、行ってくれるとこが、にくいねぇ」 ********** 銀時の旦那たちが、闘技場をでていった赤鬼の面の男を尾行していったあと。 俺はひとりで敵をたたきのめそうと、地下闘技場に残って下っ端を狩っていた。 土方さんやらにばれたり、真選組を巻き込んだら、彼らの身が危ない。 だからできる限り、ひとりで―――とは思ったものの。 どれだけしたっぱをたおしたところで、敵さんは尻尾もみせやしない。 「・・・雑魚をやったところで何も出てこねぇや」 やっぱり一人では限度があるかと、倒した奴らの屍(とはいえ生きてるが)の山の上に座ってため息をつく。 しかし―― 倒れたやつらの山を見て思う。 「暴れすぎたかな」 自覚はあった。ちょっとやりすぎたと。 あまりに上が遠い位置にあって下っ端をやっても意味がないのだろう。 ハァーとため息をつこうとしたら 『くくっ。オフの日まで仕事たぁ。ご苦労だなぁ』 いつからそこにいたのか、俺のすぐ背後の路地に黒い着流し姿の土方さんが、昼間にやったつまみの魚を咥えながら立っていた。 『その情熱を普段の書類仕事にもまわしてくれや。なぁ、総悟クンや。』 「ぅわ・・・やべぇ」 『“やべぇ”ってなんだよ。そう思うならもっと感情こめて言うんだな。棒読みだぜ?』 やれやれとばかりに肩をすくめ、ガリリとつまみの小魚を噛み砕くと、土方さんはその黄緑の瞳をギラリとひからせ、俺のそばまでやってくると、ガシッ!っとばかりにその手で頭をわしゃわしゃとなでてきた。 近藤さんほどじゃないにしても意外と力が強い。 つ、つぶれる。 『つぶれてろバカ。一人で突っ走るんじゃネェよ。ガキは大人に頼って何ぼだろ』 上からなんのための仲間だというつぶやきが聞こえ、そのままもう一度強く頭を撫でられると、そのあと腕を引っ張られ立たせられ、地下闘技場から追い出された。っというか、引っ張られてそのまま連れてかれた。 腕をつかまれたまま連れて行かれたのは、真選組駐屯。 戻ってきてしまったらしい。 そこで見て、耳にしたものがあまりに予想外で、思わず足が止まってしまう。 土方さんはそんな出迎えも想定内だとばかりに、ふっと笑って、勝手知ったる何とやらとばかりに仲間たちの間をつきっていく。 俺たちが屯所に戻れば、待っていたとばかりに真選組の奴らが集まっていた。 「お帰りなさい土方さん!」 「副長、あ、沖田隊長もお帰りなさい」 『ああ。帰った』 「あ、えっと、ただいま?」 『っで。そっちの首尾はどうだ?』 「副長!いいところに!」 「さっきはいった情報ですがね。煉獄関にちょっと動きがあったみたいですよ。どうやら鬼道丸を消すという話が出いるようですね」 「そっちはどうでした?」 『ああ。お前らの情報とこっちで仕入れた情報に差異がない。間違いネェ』 「さすが副長!」 「山崎、ようナシじゃね?」 「そうだなぁ。副長の情報収集能力はんぱねーし。山崎の奴かたなしだなぁ」 『ばーか。山崎たちが情報集めてくれるから、こっちの情報と照らし合わせることで、より正確な情報が得れるんだろうがよ。情報が正確であればあるほど作戦の成功率は上がる。いらねぇもんなんかどこにもねぇんだよ』 ――なぁ〜んて。俺そっちのけでなぜかワイノワイノと話が進んでいく。 「あれ?」 これはもしかしてあれだろうか。 「土方さん…」 『どうした総悟?』 「あ・・・いや。えーっと・・・もしかしていろいろ俺よりご存じで?しかももうすでに動いてたり?」 チラリと窺うように土方さんのほうを見やれば、着流しの袖に腕を突っ込んで腕を組んでたたずむ真っ黒黒助の姿。 土方さんはいたずらをたくらむ子供のようにコチラをみてニンマリと口端を持ち上げ、その鮮やかな緑の瞳を楽しげに細めた。 そのニヒルな笑みに思わず肩の力が抜けて脱力してしまう。 それをみて一瞬で理解した。 このひと“全部”知ってやがる。 あまりのことに力が抜けて、その場にドサリと座り込む。 「はは。なんだ。なら、はじめから一人で行くんじゃなかったな」 『だから言っただろ。“突っ走るな”――とな』 そういえばさっき闘技場のところで下っ端を狩ってる時に言われたなぁ。 なんだ。そうだったのか。 あーあ。むしろ余計なお世話でしたかね。 まぁいいや。あとはこのひとに任せておけば、なんとかなる。 そんな気がして、思わず笑った。 「へいへい。あぁ、それにしてもあんた、本当にくえねぇおひとだ」 『ふ。褒めても給料は上がらねぇぜ。あと仕事も減りはしねぇ。 ほら、総悟。お前の願いをかなえてやるから、仕事手伝え』 「がってんです土方さん」 伸ばされた手をつかんで、今度は自分の力で立ち上がる。 けれど このときの俺たちは まだこの先に待っていることなんて、知らなかった。 届いた悲報に・・・ 俺は万事屋たちを巻き込んだことを後悔した。 第27話 刀じゃ斬れないものがある |